透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
アリウス。百合園が襲われた事件の黒幕というべき存在。
聖園の和解したいという純粋な願いすらも、彼女たちは己の憎悪と復讐の為に利用した。
今、数百年前の弾圧の記憶と共に、己を地の底へと追いやったトリニティと、憎むべきゲヘナに復讐すべく地上に姿を現した──
だが、数百年前など、本人たちが生まれてすらいない過去の話だ。
過去の歴史を知ったとして、ここまでの憎悪を人は抱けるものなのだろうか?
そして、何よりも、正面の少女は確かに憎悪を抱いているようだが……特にスナイパーライフルを抱えている少女の瞳には、憎悪の色は薄い。
アリウスと
そんな彼女たちを、今、このテロ行為へとつき動かしている裏には、一体何があるのか。
「まあ、知らないことには始まらないよな」
独り言ちた俺は、肩を峰で叩く。
正面の少女を強化した眼球で捉えたまま、隣で浮遊するドローンに囁いた。
「ちなみに、お前はどうすんの?」
「既に幾つかの端末で古聖堂のカタコンベの解析に移っている。だが、必要なら同時並行で貴様に手を貸しても良いぞ」
「それはいいや。昔から神頼みは後が怖いしな」
「改めて、俺の名前は三条ヒイロ。ついでに、君の名前と好きな女の子について教えてくれないかな?」
「……ミレニアムの人間だと言ったな。なぜ、トリニティとゲヘナを庇う」
「そこに
迷いなく断言した俺と、数秒視線が交わって、少女は目を閉じる。
「そうか……我々の復讐の邪魔をするのなら、貴様も敵だ」
開いた双眸。
冷徹な瞳に一切の揺らぎは無く。
正面の少女は俺に銃を向けて、仲間に指示を出す。
「空崎ヒナはユスティナ聖徒会に追わせろ。私たちは手始めにこの邪魔者を片付ける」
顔をマスクで覆った少女が頷いて、正面の少女が引き金を引いた。
明滅する光を強化した眼球が捉え、瞬間、俺は横に滑るように回避しながら飛び込んだ。
「なっ」
「俺、君たちのことが前から気になってたんだよね」
蒼白い魔力光を地面に残し、急加速する。一瞬で距離を詰めて来た俺に、彼女は目を見開いた。
ユスティナ聖徒会が移動するのを視界の端に収めつつ、空崎なら大丈夫だろうと踏んだ俺は、気にせず眼前の少女に集中する。
そのまま光刃を右上に構えて──間合い──袈裟懸けに斬りつける。
「とりあえず、四人の馴れ初めとか聞いちゃっていいかなぁッ!」
咄嗟に銃で防御した彼女に、俺は満面の笑みで話しかけて、後退。
アルスハリヤの魔力障壁が割れる。
魔力の残滓が煌めく中、鼻先を通り過ぎた弾丸が頬を切って赤い線を残す。
「えへへ、命令なので……すみません……」
スナイパーライフルの少女か。
左後ろに九鬼正宗を構えながら、俺は矛先を変える。
「今のは危なかったぜ。ついでに、お嬢さんの名前を伺っても?」
「えっ? 槌永ヒヨリです……?」
「……わざわざ答えなくていい」
律儀に答えてくれた彼女を、脇からロケットランチャーを構えた少女が遮る。
「みんな、離れて」
白煙を噴いて飛び出した弾頭が、再度空中で点火し、急加速する。
いつの間にか正面の少女も距離を取っていて、慣れたような連携に百合を見出す暇もなく俺は左手の人差し指と中指で狙いを定めた。
正面から魔法の矢が激突し、爆風が地上を舐める。
衝撃波に煽られながら、俺は九鬼正宗を上段に構えて、影。
煙の只中から少女が銃撃と共に飛び出して来て──唐竹割り。
最小限の動きで横に回避しながら振り下ろした刃が、防御するように斜めに傾けられた銃に叩きつけられる。
数瞬、互いの視線が絡んで。
──瞼の狭間に覗くは、虚無を孕む
「で、まだ君の名前を聞けていないけど?」
「貴様が知る必要など、あるとは思えないがな!」
息を吐く暇もなく、彼女がその場で回る。
左から飛んでくる中段蹴りを俺は一歩下がって避けて、肩の上を銃弾が掠めた。
「おいおい、気を付けたまえ。僕が魔力障壁で逸らしていなかったら今頃腕が飛んでたぞ?」
アルスハリヤの恩着せがましい台詞を聞き流しながら、俺は着地と同時に射線を切るように左に滑り込む。
腰に溜めた光剣。滑らせるように抜き放とうとして──奥のフードを被った少女の射撃に、咄嗟に屈みながら刀刃の腹を盾にする。
だが、当然その隙を見逃すことなく、正面の少女は弾かれていた銃を俺に向けていた。
流石に、四対一はキツイな。
眉間に銃口を突きつけられた俺は、彼女の無感情な瞳に口元に笑みを湛えたまま無言を返す。
「そうだな。最期ぐらい教えてやる」
アサルトライフルを片手に、俺を見下ろした彼女はささやく。
「私の名前は錠前サオリだ。名前を知りたかったんだろう? これで満足か?」
漸く教えてくれた名前に、俺は笑った。
「いや、好きな女の子がいるかをまだ聞けてないぜ?」
跳ね上がる銃口。
同時に、
持ち上がる銃と共に胴ががら空きになっている正面の少女に対して、俺は左後方に溜めていた刀身を振り抜いた。
一閃。
剣線に遅れて紫電が奔る。
確かな手応えと共に、俺は彼女を横薙ぎに吹き飛ばして──
息をつく暇もなく、視界に丸い影が入り込んでいた。
「とんだ置き土産だ!」
思わず感嘆の声を漏らした俺の眼前で、ピンが抜かれた手榴弾が起爆する。
魔力障壁で防護しつつ、力を逃がすように後ろに転がった俺は姿勢を低くしてその場で止まった。
「……近くに一人、接近反応がある。恐らく、味方だろうな」
後退した俺の横。ふわりと降りて来た
「そりゃ朗報だ。四倍と二倍は天と地ほどの差がある」
「ちなみに、正確には四対三だ。見ているだけというのも、存外つまらないものだ」
ドローンが両側面から縦二連装の銃身を展開する。俺は意表を突かれてまじまじと見た後に、正面に視線を戻して唇を曲げた。
「契約と報酬の話とかしていた割には、無償の愛にでも目覚めたか?」
「単なる私の暇つぶしだ。それとも、貴様は己の為の──百合の為の行動に、見返りを求めるのか?」
「勿論、求めないに決まってるな。ま、百合そのものが見返りではあるけど」
気まぐれで信用できないと以前言ったが、案外、機械なりにデカグラマトンも変わっているのかもしれない。
果たしていいことか悪いことかなんて、その時にならなきゃ判りもしないが……それは機械も人も同じだ。
実際、俺一人ではこのまま戦ったところで不利になる一方だろう。決戦兵器なんて言葉も口にしていたし、払暁叙事を開くには早すぎる。
俺はドローンと肩を並べたまま、こちらを伺う槌永とミサイルランチャーの少女の位置を確認して、錠前が吹き飛んだ先に向き直った。
「なるほど、面倒だな」
土煙が退いた先に、銃を下に向けた自然体のまま錠前が立ち上がる。
「見えない打撃……ミサキのスティンガーを防いだのもそれか」
流石に気づくか。
服を汚しながらも眉一つ動かさず感情の伺えない彼女に、俺はあくまでも余裕なフリをして答える。
「気になるなら手品の解説もしてやって良いぜ?」
「必要ない。トリニティとゲヘナに我らの憎悪、その負債を支払わせる為にも、たかだか貴様一人に付き合っていられるほど我々も暇でもない。それに、先程の一撃を受けてみて理解した。貴様では私たちを止めることは叶わない」
「丁寧に忠告どうも。つくづく、キヴォトスは普通の人間には厳しいね」
お道化た俺は、納刀した九鬼正宗の柄に手を添えて、
「銃弾を痛いで済ませる奴ら相手じゃ、俺の九鬼正宗も鈍らだな……まあでも、勝てないからと言って、敗けるとも決まってないぜ?」
「では、実際に確かめてやろう。いつまでその口が回るかをなッ!」
銃口を持ち上げた錠前に、俺は九鬼正宗に手を掛けたまま腰を落として、新たな乱入者が叫ぶ。
「どうして!」
綺麗な銀髪を伸ばした有翼の少女。
息を切らしながら、俺の背後の交差点に飛び出してきた小柄な少女は錠前を睨みつける。
「……ここでお前が出てくるのか」
「どうして、どうして……サオリッ!」
あの夜。聖園の送って来た位置情報に従って向かった桐藤のセーフハウス。そこで初めて見た、補習授業部の一人にしてアリウスのスパイだった白洲アズサか。
「まさか姿を現すとはね……そのまま逃げ出しても良かったのに」
「えへへ、お久しぶりですね……」
各々反応する様子から、旧知の仲であることが窺えて、俺はその場で沈黙を保つ。
銃を向ける白洲に、錠前は動揺らしい動揺も見せずに問いかける。
「アズサ、お前も私たちの邪魔をするのか?」
「……」
「全ては無駄だ。それなのにどうして足掻くんだ、白洲アズサ?
私は言ったはずだ。トリニティにも、シャーレにも、お前の居場所は無い。私たちみたいな『人殺し』を受け入れてくれる場所なんて、この世界には無いんだよ」
怒りを宿した白洲の瞳に、錠前は諭すように柔らかく語り掛ける。
「そんな場所があるように見えても、全ては儚く消える……。思い出せ。お前を理解して受け入れてくれるのは、私たちだけだ。ここがお前の居場所だ」
物わかりの悪い子供を相手するように彼女は囁いて、変わらず睨み返す白洲に、困惑の色を映す。
「その目だ、アズサ。なぜ、お前は……」
しかし、次の瞬間には表情を消し、冷徹さを感じさせる声音に戻る。
「……トリニティもゲヘナも終わりだ。今更、歯向かって何になる? それとも、目の前でお前の大事な居場所とやらを壊せば理解するのか?」
「ッ……そんなこと、させない!」
錠前に白洲が真っ直ぐ飛び出して、邪魔する様に移動した俺は左手を出して制止する。
「あの時の……!」
「一旦深呼吸でもしようぜ。俺の知り得ない深い深い関係があるんだろうが、冷静さを欠いてちゃ勝てるもんも勝てなくなる」
「……やはり、邪魔だな、貴様は」
周りが見えていなかったのか、俺に気付いた白洲が驚きと共に見上げてくる。
少しの間、白洲は俺を見つめていて、一度目を閉じた末に錠前を見ながら口を開いた。
「ありがとう。でも、これは私の──」
「とっくに、トリニティの問題だ。なら、俺も当事者さ。それに、お友達なんだろ? 俺、そういうの大好物だから」
とんとんと九鬼正宗の柄頭を叩いて白洲に笑いかけた俺は、視線を錠前に戻す。
「……温い。温いな」
昏い感情を覗かせて、錠前は俺を
「そうやって、この世の真実を隠して、甘い夢を煽り、嘘を教えるわけか」
一度瞼を下ろした彼女は、白洲に向けて口舌を打つ。
「アズサ、楽しかったか? トリニティでの生活は? 好きな人たちと一緒にいること、お前を理解してくれる人たちと一緒にいることは?」
「なにを……!」
「……虚しいな」
一言呟いた錠前は、隣の少女に確認する。
「ミサキ、残りの時間は?」
「あと5分ぐらい。電子機器も復活したし、そろそろ混乱から抜け出した両学園が動き出す頃だと思う」
「十分だな……まだ甘い夢を見ているなら、教えてやろう──私たちは、『エデン条約』を奪い去った」
感情の色の抜けた両目が、白洲を睥睨する。
「お前の裏切りによって、計画にズレは生じたが……誤差の範疇だ。本来ならこの場に来るのは、ミカだと読んでいた。しかしあのバカは何一つ為さずに役目を放棄した。となると危険分子はナギサだったが、幸いにも何の疑いもなく調印式に参加した」
俺達の前で、錠前は事の経緯を明らかにする。
「ねじ込んだ巡航ミサイルが迎撃されたのは不測の事態だったが、古聖堂から逃げ出してくれたおかげで、こうして条約の内容を捻じ曲げることが出来た」
「……」
「何を言っているか分からない、そんな顔だな」
「忘れたのアズサ? 私たちには『トリニティ』としての資格がある」
そこにロケットランチャーを持った少女が付け加えて、仕組みを理解したのか
「成る程な。
錠前たちが説明するよりも先に、ドローンが語り出す。
「エデン条約とは、『トリニティとゲヘナの紛争を
全ては、『ユスティナ聖徒会』の『
一通りの種明かしが終わると、その場を沈黙が包む。
錠前は白洲に視線を戻すと、口を開いた。
「……これで分かっただろう? アリウスは無尽蔵の兵力を得たに等しい。戦術兵器だってある。
目を閉じて囁いた彼女は、睨む白洲を見つめ返す。
「条約の主体である私たちが存在する限り、この戒律は永続していくだろう……私たちを止めたいか? ならば私のヘイローを破壊してみろ、白洲アズサ」
わざわざ、挑発するように彼女は脅しを口にする。
「でなければ、お前が思い出すまで、お前の居場所を一つずつこの手で潰していくだけだ」
その言葉に、白洲が手元のアサルトライフルをピクリと動かして、俺は割って入った。
「やっぱり、俺も混ぜてよ」
ニヤニヤと軽薄な笑みを俺は浮かべる。
会話に土足で踏み込んできた異物に、錠前は無感情な瞳を向ける。
「私たち以外世界には要らない系の百合展開かと思ったが、一緒にいたいのプロポーズにしても、随分穏やかじゃねぇからな……。そもそも、他の百合を傷つけてちゃ世話が無い」
それに、無理やりってのが頂けない。
百合ってのは形がどうあれ、互いに互いを大切に尊重し合ってて……なんというか、救われていなきゃあダメなんだ。
百合の為なら他の百合を傷つけていいわけがない。百合ってのは、全てが平等に美しく尊いもので……そう、幸せでなきゃいけない……!
「甘い夢だとか真実だとか、お前らの事情は知らねぇが……」
鯉口を切る音が空気を打つ。
「あいつの努力を踏み荒らして、その上戦争おっぱじめて百合を壊そうとしている……俺が間に挟まる理由としては、十分だ」
唖然とする白洲を背に、俺は獰猛な笑みと共に錠前に九鬼正宗の切っ先を突きつけた。
後ろから聞こえて来た疑問には、振り返りもせずに返す。
「百合……あの謎の暗号、ミカナギのことか……?」
「兎に角、手伝うぜ。錠前を止めるんだろ?」
「……でも、これは私の責任だから──」
「悪いな、百合の為と決めたら、嫌だと言われても首を突っ込むのが俺の生き方だ」
その言葉と同時に、暇そうにしていたドローンが降りて来て頭の上に収まり、俺は九鬼正宗を右斜め後ろに構えた。
俺の姿を白洲はじっと見上げていて、曲げる気は無いと悟ったのか、アサルトライフルの引き金に指をかけて隣に立つ。
「うん……分かった。……ありがとう」
「礼は止めてからだ」
その様子に、つばを抑えた錠前がぽつりと呟く。
「そうやって真実から目を背け、聞こえの良い理想を騙って縋る……本当に、虚しいな」
初めて見せる強い感情の発露。その眼に確かな怒りを宿して、錠前は銃口を俺達に向けた。
「なら教えてやる。偽りの甘い夢だけを見ているお前たちでは、我々に勝てないと……! その弱さを捨てられない限り、勝ち目などないことを……!!」
憤怒に彩られた声に、俺達は互いに戦いの引き金を引こうとして、爆轟。
地面が揺れる。
アスファルトを穿って、飛来した砲弾が爆発を引き起こす。
「……あぁ、そうか。動き出したか」
狙いも定めず、バラバラの場所に砲弾が落ちる中、興が削がれたように戦闘態勢を解いた錠前が空を見上げる。
その傍に黒マスクの少女が寄って、判断を仰ぐ。
「予想より早かった。ティーパーティー傘下の砲撃部隊みたい。反対側からは50mm迫撃砲……風紀委員会の予備部隊かな。リーダー、どうする……?」
「そうだな……戦術兵器は?」
錠前はフードの少女にアイコンタクトを取る。
彼女は無言で頷いて、手話で何かを返した。
「……(スッ、ススッ)」
「あの木の人形、ちゃんと仕事してるんだ」
黒マスクの少女が呟いた後、状況を窺ったまま止まっている俺達をチラリと見て、錠前は口を開いた。
「巡航ミサイルによる被害が想定を下回っている以上、次を急ぐ必要がある」
「そうだね。ヒナとかを相手にするには戦術兵器だけじゃ足りなさそうだし。異論は無いよ」
砲撃に紛れて彼女たちは動き出そうとして、九鬼正宗の
「おいおい、待てよ。この先は行かせねぇって言っただろ?」
「……直接現実を教えることが出来ないのは残念だが、お前たちの相手はこれでも十分だろう」
最後に一瞥して去っていく錠前を追いかけようとして、アスファルトの割れ目から滲みだすようにナニカが顕現する。
「こんなものまで……」
微かに喉を震わせながら白洲が呟く眼前。
ぬるりと地面から現れた影は、空を覆うように高さを増す。
頭部には顔を覆い隠す黒いベールに白い円。人型でありながら、その両手の先の異常に長く鋭い爪が目の前の存在が人ならざるものだと訴えかけてくる。
言葉にならぬ咆哮が空間を支配し、足元で円を描くように黒い炎が躍った。
「へぇ、キヴォトスにもエスコのダンジョンの敵みたいなのが湧くんだな」
警戒を怠ることなく、俺は軽薄に笑ってみせる。
蒼炎のような靄を纏った異形の怪物が、俺達の前に立ちふさがった。