透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
大扉が開く。
割れた窓と散らばった硝子片。
薄暗い大気に自然光が差し込み、天井から落ちた塵だらけの床を照らし出す。
エデン条約に向けて小綺麗に改築されていた古聖堂は、戦火に晒され元来の廃墟としての姿を取り戻していた。
銃を構えて周囲を警戒する白洲を伴って、分厚いステンドグラスの残骸を踏みつけながら俺達は長椅子の間を進む。
「座標、ちゃんと阿慈谷に送ったか?」
「以前に一度、あの小娘の端末にアクセスしている。私の神性を以てすれば容易い話だ。しかし、小娘に教えて何の意味がある」
「送ったなら十分だ。ま、その時が来たらわかるさ。俺の千里を見通す深謀遠慮ってやつがな……」
「……貴様の理解し難い趣味の類か」
ニタリと口角を上げる俺にデカグラマトンが呆れたように呟いて、白洲が不思議そうに尋ねてきた。
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっと今先生が何処にいるのかって話をね」
「三条ヒイロ、先生なら暫くは時間がかかるぞ」
「本当は、先生との合流を優先しても良かったかもな」
俺が零すと、白洲が答える。
「サオリが『次』があると言っていた。もし古聖堂に何かを残しているなら、先に止めるべきだ」
確かに、錠前は次を急ぐと言っていた。あの化け物、アンブロジウスが戦術兵器なら、その次もまた、似たような化け物なのだろうか。
「それもそうだな。ユスティナ聖徒会の次に、あの化け物を量産し始めたら……それこそ終わりだな」
「その可能性は限りなく低いと思うがな。
冗談めかして俺が最悪のパターンを口にしていると、ドローンが不意にその場で止まる。
「──トラップか」
「クレイモアの糸……! まさか!」
白洲が切迫した声を上げて、即座に俺たちは後退する。
部屋を照らす閃光。
強烈な光に、一瞬、壁面に象られた影が濃く浮かび上がる。
爆風が長椅子もろとも扇状に目の前の空間を薙ぎ払い、その隙を突いて放たれた弾丸が眼前を掠める。
見事に巻き込まれたドローンを心配する暇もなく、俺は後ろに転がると、姿勢を低くして戦闘態勢を取った。
展開された魔力障壁の上で破片が弾かれる音を聞きながら、声を張る。
「今の糸には触ってないだろ?!」
「手動の遠隔起爆だ。私たちは既に誘い込まれていた……」
白洲が睨む方向。
煙が晴れた先に、無傷のドローンの背中──さらにその奥に人影を捉える。
「及第点だ。初めから誘い込まれている可能性を考慮すべきだったが、少なくとも教えたことは覚えているようだな」
濃藍の長髪にキャップを被った少女は、その冷徹な瞳で睥睨する。
「トラップは視線誘導にも使える……トリニティでのお友達ごっこを通して忘れていたらと心配していたが、杞憂で済んでよかったよ、アズサ」
「サオリ……」
斜めに割れた巨大なステンドグラスの前。
聖堂の壇上から錠前が語りかける。
その横にスナイパーの少女、槌永も現れて、ミサイルランチャーを構えた少女も合流した。
入り口から祭壇へと広がる身廊を挟んで対峙する。
一人を除いて揃い踏みになるアリウススクワッドのメンバーに、白洲はその手の銃を強く握りしめて──
「ああそうだ。定番のあれ聞かなくていいの?」
ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべた俺は、緊張感のない口調で割って入る。
「『なぜ貴様らがそこにいる! アンブロジウスはどうした?!』みたいなやつ」
「……言ってほしかったのか? だが、貴様があの木偶人形を倒したからといって動揺する意味もない。我々には手札があるからな」
「ああ、やっぱ次があるのね。この場にいないもう一人が、ああいう謎の力担当なのかな? ゲヘナの委員長さんを追いかけさせる時もあの子が頷いてたし」
「……」
「まあいいや、カタコンベに行けば分かるか」
俺の言葉に、錠前は黙り込んで、代わりにデカグラマトンが答える。
「三条ヒイロ、見当ならば大体ついている。この小娘から情報を引き出す必要はないぞ」
傲慢さも極まれば頼もしいというべきか、無遠慮に言い切るドローンにニヤリと笑って、九鬼正宗の柄に手を掛けた。
「召喚の儀式とか変身シーンとか、行儀よく待てるほど人間できてないんでね。とりあえず先に行かせてもらうぜ? お前らもそれを止めに来たんだろ?」
「そうだな……その通りだ」
帽子のつばを押さえて目元を隠した少女は、顔を上げた時には憤怒も隠さず俺を睨む。
「約束通り、教えてやる。甘い夢に惑わされ弱さを捨てきれないお前たちでは、我々には勝てないと……!」
錠前は再び宣言して──
「そんじゃ、俺は偉大な絵本に則って、愛と勇気があれば勝てるって教えてやるよ」
「うん。トリニティのみんなのために、ここでサオリを止める……!」
横に並んだ白洲と共に俺達は前へ駆け出した。
黒マスクの少女がミサイルを射出する。
噴煙を吐きながら弾頭が真っ直ぐ突っ込んできて、俺は駆ける勢いのまま長椅子を一つ蹴り飛ばした。
破壊しないように鏃は丸めて。
叩きつけた透明な矢で、前方に浮き上がった長椅子を押し出す。
空間を埋める縦長の物体。
ミサイルが回避しきれず激突する。
前方の空間が爆炎によって埋まり、弾け飛ぶ木片の只中で白洲が声を上げる。
「ヒイロ! サオリの相手は私が……!」
「オッケー、任せた!」
俺は笑いながら応える。
「折角だから、もう一つ乗ってけ!」
そして、一つ飛び越えた先の長椅子を同じように蹴り上げた。
『操作:重力』、『変化:重力』──発動、
浮き上がった木造の椅子の上に横から白洲が飛び乗って、俺は下から魔力壁で押さえ込む。
バネのように白洲は膝を曲げ──飛ぶ。
矢のごとく、白洲は一直線に爆煙の中へ突っ込み、追いかけるように、俺も煙の中へと飛び込んだ。
導体換装──『生成:刀』、『属性:光』──抜刀の構えを取って、俺は暗闇を突き抜ける。
視界が開ける。
正面に錠前と至近距離で格闘戦に入る白洲。それに気を取られた二人。
コンマ数秒の思考を挟んで、一番近いミサイルランチャーを持った少女へと間合いを潰す。
「キミが戒野ミサキちゃんで合ってるかなぁ?!」
「っ……何、こいつ……」
「白洲から聞いたぜぇ〜! 俺の名前は三条ヒイロ、よろしくよろしくぅ!」
鞘から爆発的に紫電が迸り、腰溜めの剛剣が魔力光を曳いて弧を描いた。
俺の声に反応して少女は縦にランチャーを構えて防御するも、その上から
下から差し込まれた剣筋は彼女の矮躯を僅かに持ち上げ、その体勢を崩した。
「……バカみたいな力を!」
「悪いが、ちょっと、寝ててくれ! 神、今だ!」
その隙に俺は叫んで、デカグラマトンが答える。
「言われずとも、最適解はこちらで演算済みだ」
「なっ……」
空間が明滅する。
両側に展開した縦二連装の機銃から、ドローンがレーザーのような勢いで連射を放つ。
「えっ、み、ミサキさん……!?」
スナイパーライフルでこちらを狙っていた槌永の真横を通り過ぎるように戒野が吹き飛び、古聖堂の柱に濛々と煙を立てて叩きつけられる。
「って、こ、こっち来ないでくださいぃ……!」
唖然としていた彼女も、既に俺がターゲットを変えていることに気づくと、慌ててその長大なライフルの銃口を向ける。
狙いをつけてわずか一と四半秒。スナイパーとしての非凡な腕が窺える反応速度で槌永は引き金を引いた。
強化された網膜が、そのマズルフラッシュを捉え──俺は気にせず直進する。
頭上の発砲音とほぼ同時に甲高い音が響いて、軌道を捻じ曲げられた対物ライフルの弾丸が地面で弾け飛ぶ。
「い、今、弾丸で弾丸を撃ち落としませんでしたか……ッ?!」
「流石神、略してさす神だな!」
「そういうことだ、三条ヒイロ。エリドゥの少女の玩具に出来て、この私に出来ない道理がない!」
正面の槌永が驚愕に口を開く中、俺は距離を一気に詰めて、眼前。
「あっ、えっ、えっとぉ……」
スナイパーライフルを持ち上げ銃口を明後日の方向に彷徨わせたまま。
喉元で揺らぐ光剣をチラリと見た槌永は、その次に俺を見てニヘラと媚びるような笑みを浮かべる。
「い、痛くないやつでお願い、できたりとか……?」
「ごめん、首トンってやつ、普通に後遺症が残ったりするぐらい危ないらしいねアレ」
「うわぁぁぁんんん、やっぱり人生は辛いことしかないんですぅ!」
「主語が大きいなこの小娘」
戦う気が削がれた俺は、戦線離脱するように脅迫だけして、戒野の救助に向かう彼女を見届ける。
白洲と錠前の戦いに意識を戻して、そちらも形勢が定まっていることを確認した。
「いつから……いつからだ、サオリ……? いつから、アリウスは巡航ミサイルなんて物を……?」
仁王立ちしたまま、片手で銃口を向ける錠前の前で。
尻もちをつくように床に手をついた白洲は問う。
「
「それ、俺も気になるかも」
鞘に収めた九鬼正宗の引き金に手を掛けたまま、ニコニコと俺も会話に混ざる。
チラリと錠前が視線だけを俺に投げて──
錠前が俺に注意を向けた僅かな隙を逃さず。
白洲が銃を手に取って持ち上げ、同時に俺も
舌打ちをした錠前は銃を盾に防御姿勢を取り、瞬間、俺から真っ直ぐ伸びた
魔力光が弾け、錠前の体を押し出す。
その隙に白洲は体勢を立て直すと、俺の隣に並んだ。
「これで二対一。逆転だな。で、その力の出処の話、聞かせてよ」
「……」
「まあ、ベアトリーチェとかゲマトリアだろうけど。真っ当に考えて」
何の話だと言わんばかりにこちらを見てくる白洲を尻目に、俺はペラペラと錠前に捲し立てる。
「実はもう俺の中の妄想だと、仲間のために本当はやりたくないテロ行為に手を染めている悲劇ってとこまで行ってるんだけど、どう? 意外といい線いってんじゃない? やっぱり百合に憎悪だとか復讐は似合わないからな」
俺はヘラヘラと笑って、目つきを鋭くした錠前が重い口を開く。
「……私の殺意は本物だ。トリニティへの恨みも憎悪も……本物だ。道具が何であるかなど関係ない。重要なのは『意思』だ。
巡航ミサイルも、ユスティナ聖徒会も……私の意思を示す道具、それ以上でもそれ以下でもない」
「サオリ……でも、本当にそうなのか?」
白洲は心配するように錠前を見つめる。
「だって、その恨みは……私はあの時ただあそこで『習った』だけだ……その恨みは、一体誰の──」
「虚しいな」
一言、ぽつりと錠前は零す。
「虚しいな、アズサ」
その言の葉は、古聖堂の静寂に波紋を広げるように染み付く。
「この恨みは私たちのものだ。私たちの犠牲の上で成り立つ、この欺瞞に満ちた平和のもとで、安逸を貪るトリニティとゲヘナに天罰を下すこと。それが、私の意思だ。ああ、そうだとも。これが、私の選択だ」
割れた窓から差し込む光が、戦闘の余波で乱雑に折り重なった長椅子を照らしていた。
退廃的な教会の空気の中、細い糸を張ったような沈黙がその場を支配していて──錠前が地面に視線を落とす。
「……慰めにもならない会話だったが、時間稼ぎにはなったな」
昏い瞳が白洲と俺を射抜く。
静かに祭壇に亀裂が走り、罅が広がる。
漏れ出た金色の光が蛇のように這い、魔法陣のような幾何学模様を描く。
死んでいたはずのパイプオルガンが不協和音と共に降臨を祝い、古聖堂の空間そのものが悲鳴を上げながら軋む。
尋常ではないナニカが這い出る感覚が、背筋を撫でて──ソレが姿を現した。
「信仰と秘跡の『
宙に浮かぶ黄金の
二つの手で祈り、残り二つの手に御杖を持つ痩躯の白装束は、その頭部のフードだけが、その奥の虚無──暗闇に形を与えていた。
「
「それはまた」
一人で納得して解説するドローンに、不敵に唇を曲げた俺は軽口を叩く。
「お前の預言者よりも神の使徒っぽいのが出て来たな」
「……だが、不条理主義以前に、虚無主義を語った者は『神は死んだ』と評した。所詮は、科学と産業革命による
呟いた
「三条ヒイロ、11分だ。11分稼げば、私の絶対的な『
「じゃ、それプランCで。プランBは当てがあるからな」
「……プランAは聞くまでも無いな」
「当然」
俺の目配せに白洲が頷いて、俺は九鬼正宗に手を掛けた。
「この場で、化け物退治だ」
ヒエロニムスがその杖で地面を叩くと同時に、俺達は地面を蹴った。