透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
「まず、状況を整理しよう」
片目を手で覆う俺の前で、白洲が真剣な表情で頷く。
「その事情があるとは、具体的に如何なるものか追及したか? 世の中には、事情があると嘯きドタキャンを図る蒙昧な輩が存在するからな……」
「なるほど……でも、ヒフミたちなら大丈夫だと思う。だってみんな友達だから」
純粋な少女の想いに照らされ、俺は額に手を当てて空を仰ぐ。
「素晴らしい百合だ……。自害するね(即断即決)」
溢れんばかりの賞賛を送ったのちに、さもしくも美しき百合に対しあらぬ
俺は九鬼正宗で切腹を試みて、アルスハリヤの魔力障壁に阻まれ失敗し、一拍遅れて何をしようとしていたのか理解した白洲に九鬼正宗を取り上げられる。
「刀身が無い……仕込み刀なの?」
「魔術で
「渡したらまた腹を切ろうとしない……?」
「……」
「も、もしかして、ヒイロ……私と遊園地に行くの、そんなに嫌だった?」
「うっひょー!! 遊園地、たまらねぇぜ!! 俺、コーヒーカップ回すのだーい好き!!」
眉尻を下げる白洲の前で、全身で喜びを表現する。
ほっと彼女が何時もの表情を取り戻したところで、俺は切り出した。
「とはいえ、二人ってのも楽しくないだろ?」
「私は別に、ヒイロとなら──」
「まあまあ、丁度いい人知ってるからさ」
ウインクを飛ばして、俺は百合を護るべく助っ人を呼ぼうとする。
端末を取り出して連絡先をタップ。画面を耳に当てようとして、目の前に影が差す。
「遅れてごめんなさい。今着きました」
ピンク色の長髪の少女。
突然割って入った彼女は、ニコニコとしたまま俺の端末を取り上げた。
コール音に続いて、ちょうど向こうの声が流れてくる。
「ヒイロ! そっちから掛けてくるなんて珍しいね。あっ、もちろん嬉しいんだけど……どうしたの?」
「あら? すみません、先生。間違い電話みたいです」
「……えっ? あれ、ヒイロの電話からなんでハナコの声が?!」
「ふふっ、これから男女の仲を深めようと思っていまして……その先は、先生にもひ・み・つです」
「ちょっ、変なことしてないよね!? ハナコ!? ハナ──」
そこで強制的に通話を切ると、彼女は俺に端末を返してくる。
固まっている俺に微笑みかけると、自身の名前を口にした。
「こんにちは、三条さん。セーフハウスぶりですね。改めて、浦和ハナコです。お話はアズサちゃんからも聞いていますが……今日はよろしくお願いしますね」
先生は呼べなかったが、予定通り補習授業部の全員が集まれば、俺の思い描いていた百合鑑賞会へと元通りになる。
だから、この展開は望ましい状況のはずだよな……?
「あっ、山田さ……三条さん!」
「……金髪イヤリングの男子?! ほ、本でよく見たことある! けど……見た目で判断するのも……」
残り二人も合流する。
阿慈谷は勢いよく頭を下げ、その横で、唯一初対面のツインテールの小柄な少女、下江は顔を赤らめ、こちらを警戒しながら何かを呟く。
個性豊かな面々が揃ったところで、俺は流されるままに遊園地のゲートをくぐった。
「わぁ! 凄いですね!」
「木を隠すなら森の中。姿を隠すには丁度いい人混みだ」
遊園地自体はオートマタやら獣人、幾つかの生徒のグループでそれなりに賑わっていた。
素直に感嘆する阿慈谷と戦術的な視点から口を挟む白洲を見ながら、俺は考え直す。
いや、問題ない。少し予定と違う始まりだったが、元の軌道に全て戻っている……今こそ、気を取り直して計画を進める時……!
今日この日のために用意してきた自作のパンフレットを懐から取り出す。
「よし、じゃ、何処に行くか決めようぜ! と言っても、他に候補が無ければ、行きたいとこがあるんだけど……」
「流石はヒイロだな。既に計画を練っていたなんて。作戦でも任務でも計画は重要だ」
「……準備が良い……やっぱり、何か裏があるってこと……?」
目を輝かせる白洲とブツブツ呟く下江の前で俺は自信満々に最初のアトラクション、少し離れたお化け屋敷を指し示す。
遊園地のアトラクションには二種類ある。人が自然消滅してもばれにくいアトラクションと、そうでないアトラクションだ。勿論、お化け屋敷は……前者だ。
三条ヒイロ自然消滅計画を脳裡に描いた俺は、微かに口角を上げて頷く。
「この遊園地、大きなプールもあるんですね!」
「でも、やっぱり初手は、お化け屋敷だな!」
「え、えっと……?」
「やっぱり、お化け屋敷だよなァ!」
紙のマップを見て楽しそうにプールについて口にする阿慈谷を押し切って、俺は叫ぶ。
「すぐ近くに三条さんが大好きだと言っていたコーヒーカップもありますよ? 先にそこでもいいと思いますがどうでしょう?」
「いや、お化け屋敷だ。お化け屋敷しかない。最初は、ここにしよう……って待って。その時君いなかった──」
「決まったなら早く行こう。兵は拙速を尊ぶものだ」
「お化け屋敷……男女で暗い部屋……暗い、み、密室?! みんな待って!」
浦和の発言に俺が突っ込む前に、白洲が先導する。
駆け出した全員を後ろから見送りながら、俺はほくそ笑んだ。
かかったな。誰も見えない暗闇の中、迷ったふりして一人になってやる。後から、先に行っててくれ、とメッセージを送ってフォローすれば完璧だ! 最悪のパターンも想定し揃えた仮病デッキだってある……まさに、隙のないパーフェクト・プラン。
笑いが止まらない俺は、四人を後ろから百合ウォッチする未来を描きながら、悠々と彼女たちの背を追いかけて──
「暗視ゴーグルを持ってくるべきだった。これでは何も見えない」
「そ、それは意味がなくなって……って、アズサちゃん! ちょ、ちょっと待ってください!」
目の前の百合に俺は意識を集中する。
努めて、両脇の感覚を無視すべく、俺は全力を尽くしていた。
「きゃっ!」
「俺は百合の守護者俺は百合の守護者俺は百合の守護者俺は百合の守護者俺は百合の守護者」
「や、やっぱりこういう魂胆だったんだ! 本で見たことあるもん。暗くて見えないのをいいことに……こ、こんな、不可抗力みたいな顔してやらしいことを──」
「コ~ハルちゃん! ふふふっ」
「ひゃぁぁあああ!! うぅ……な、何するの!! っ……こ、これは違う!! ハナコが!」
「ああ、そうだな。女の子が、男に抱きつくだなんてあってはならない……これは夢。これは夢。これは、夢なんだ……!」
左から思いっきり抱き着かれた俺は、逃げようにも身動きが取れないこの状況に身を任せるしかない。
俺の自然消滅計画は、物理的に詰んでいた。
「君……時々、とんでもないバカになるよな。普通に考えて、お化け屋敷なんてこうなるに決まっているだろ」
プカプカと暗闇に浮かび上がる蛍光色アルスハリヤが紫煙をくゆらせる。
睨むことしか出来ない俺の前で、ニマニマと魔人は指を一本立てる。
「全く君は世話が焼けるね。必要なら、助けてアルスハリヤ先生、と僕の名を呼びながら懇願するといい。僕が、可哀想なヒーロ君に手を貸してやろうじゃあないか」
「……」
俺の憎悪の視線を背に魔人は紫煙と共にフェードアウトし、今度は右腕に柔らかな感触が押し当てられる。
「ふふっ、大変ですね~。でも、ここまで暗いと、少しぐらい脱いでしまってもバレなさそうですね」
「ぬ、脱ぐ?! な、何言ってるの?!」
右から浦和の妖艶な声が耳朶を打つ。
「ははっ、ナイスジョーク笑(震え声) なあ、下江、浦和ってこういう冗談言うんだな?」
「ち、近くで耳に囁きかけないで! エッチ、駄目、死刑!!」
「えぇ……まあ、でも、三条燈色は死刑だな!(納得)」
秒で死刑にされた俺は、三条燈色アンチとして困惑しつつ共感する。
結局、下江の援護を得られなかった俺は、孤立無援でお化け屋敷よりも他人を揶揄うことを楽しんでいる浦和に立ち向かう。
「あれ、ちょっと引っかかってしまいました」
「え、ほ、ほんとに脱いでる? だ、駄目だよ? 女の子の大切な肌は女の子だけにしか見せちゃダメなんだよ……?」
「でも、暗いので実際に脱いで裸を晒していたとしても、真実は分からないままとも言えます。ですので、気になるなら触って確かめてみますか?」
「……よーし、先に行こう!!」
進んでいると、ギミックが作動し、霧が噴き出て雷鳴と共に空間が点滅する。
思いっきり驚いた下江が再び抱き着いて来るが、それどころではない俺はガン無視して二人を引っ張って仕掛けを突破する。
「ふふっ、つれないですね。あっ、でもそうやって強引にされると……」
「ご、強引に?! 何してるの?!」
「引っ張ってるだけね。手を離さないから勝手について来るだけで。これ受動態ね」
「そんな、力強く……このままだと脱げてしまいそうです」
「脱げる?! な、何が?!」
「靴じゃない? ……靴だよね?」
「思ったよりも大胆なのですね……実際に、じっくり確かめてみますか?」
「じっくり?! 確かめる?!!」
いちいち浦和の発言に下江が反応するラリーに挟まれながら、俺は漸く脱出する。
出口の先には、とっくにクリアしていた白洲と阿慈谷が待ち構えていた。
「……ハナコたちの方が楽しそうだな」
「えっ、確かに、アズサちゃん全然怖がってなかったですよね。お化け屋敷は平気なんですか……?」
「突発的な事象への対応も、日頃からの訓練の内だ。戦闘中の隙を無くす上で重要だ」
ジト目で仁王立ちする白洲から視線を送られながら、解放された俺は一息つく。
「や、やっぱりそう言う事だったんだ……! わ、私が正義実現委員会のメンバーとしてみんなを守らないと……!」
一人離れた場所で決意する下江を余所に、初めて会った時よりも自然な微笑みを浮かべる浦和と目が合って、こちらに気づくと謝ってくる。
「すみません、三条さん。反応が良くってつい……困らせてしまいましたよね?」
「いや……でも、楽しそうならよかったよ。そっちの方が俺も嬉しいし」
「嬉しい、ですか……」
実際、ある意味下江と浦和の二人のやり取りは百合とも言える。普段から似たようなやり取りをしていることを感じさせる、仄かな百合の残滓もポイントが高い。
……これで間に挟まってる異物さえいなければ完璧だ。やはり三条燈色は死刑では?(確信)
三条燈色の罪を数える俺の隣で、浦和はくすりと笑う。
「ふふっ、そうですね。息苦しいのは私も嫌ですし。ヒイロさんのお言葉に甘えさせてもらって、もっと気楽に接するのもよさそうです」
「ああ、ま、三条燈色に遠慮する必要は無いさ」
「では、早速次に行ってみたいところがあるのですが」
集まって来たみんなの前で、浦和はマップを広げて一点を指す。
俺はそのカタカナ三文字を見て、脳裡に逃走の二文字が浮かび上がる。
「プールですね! アスレチックも充実してますし、楽しそうです」
「ハナコがグループで言ってたのはこれのためか。水中用装備なら、学校指定の水着を準備済みだ」
「えっ! アズサちゃんは折角かわいいのに、スクール水着なんてダメです! 一緒に買いましょう! プールはそれぞれが隠していた魅力を披露する戦場なんです!」
「そうなのか……?」
「お互いの大事な部分をさらけ出して、みんなで肌と肌の付き合いをしましょう。きっと気持ちいいですよ~」
「大事な部分……?! 肌と肌の、突きあい?! そ、そんなのダメ!」
盛り上がる四人を前に、俺はせわしなく眼球を動かし、逃走経路を見つけ出す。
本当はお化け屋敷のようなアトラクションの最中が理想だったが……背に腹は代えられない!
俺は九鬼正宗の引き金を引くと、その場で消える。
発動、
複雑な魔術ゆえに集中力を削られながらも、じりじりと、まだ会話に夢中になっている四人から後退りしながら俺は距離をとる。
三十秒、一分と、いつ気づかれるか分からない戦いに耐えながら、俺は売店の角の近くまで辿り着いて──
こ、ここまで来れば一旦安全な筈だ!
「きゃっ」
「へぶっ」
聞き覚えのある声で鳴く例の謎の鶏マスコット、ペロロ様と正面衝突した俺は尻餅をついた。
「待った。ヒイロはどこだ?」
「ほ、ほんとですね。消えちゃいました」
「ん〜、お手洗いとかでしょうか。男性のあれは早いそうなので時間はかからないと思いますが」
「男性の……って、何を言ってるの!?」
「あらあら……? そういうコハルちゃんは一体何を想像しているんですか〜?」
「へ、へへへ、変態! 何も考えてないわよ!」
「むっ、何だ……?」
あちらも騒がしくなり、一人、何かに気づいた白洲がこちらに近づいてくる。
脱出計画失敗かと俺は絶望に慄いて、気づけば隣でペロロ様が蠢いていた。
「す、すみません、ヒイロさん!」
「えっ」
突然暗がりに飲み込まれた俺は、続いて控えめな香水と温かな柔肌に包まれる。
着ぐるみの布地を透過した陽光が作り出す暗がりに適応した視界は、はっきりと目の前の相手を映し出した。
「き、緊急だったようなので……差し支えなければと……んっ……あっ、そ、その、あまり動かないでくださると……」
悩ましげな声を上げた桐藤は、耳まで赤くすると恥じ入るように顔を伏せる。
遅れて、ペロロ様の着ぐるみの中に匿われ、少女と密着していることを脳が認識した。
「えっ」
周囲とは切り離された空間。起伏する胸が視界に入り、吐息が胸元を擽る。
薄着越しに伝わる体温と柔肌の感触に唖然としたまま、先程まで遊園地にいたはずの俺は、声を抑えながら身じろぎする桐藤を腕の中に抱きとめていた。
「……えっ?」