透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
瞼を閉じた俺は、呼吸を止めて、己の平衡感覚のみを頼りに砂嵐を突っ切る。
皮膚を砂が叩く。パチパチと、弾けるような音が外耳道を這いずって──止む。
砂嵐を抜けた先。開いた瞳に、巨大な影が映りこんだ。
金属とも合成樹脂ともつかぬ光沢を纏った白色の装甲。その隙間に橙色の燐光が模様を描く。
汚れを知らないその姿は、地下を移動しているとは俄に信じがたい。
悠々と、地上から己を見上げる怯者を歯牙にも掛けず、大蛇、ビナーは砂漠を泳いでいた。
「いやはや、SFの化け物だな、これは。それでヒイロ君? デートのプランはどうなっているのかな? アレではキスをするにも身長差で不可能だ」
「アルスハリヤ先生ともあろう人が、いきなりキスなんて初心者か? まずは、お茶に誘って、
嵌めておいた、射出の
「よう、バケモノ」
「俺とお茶しようぜ」
纏った弾帯から、次々に
衝撃で巨体がよろめき、振るわれる尻尾に砂が巻き上がる。
襲い掛かる砂塵から、腕を交差して目を守った俺は、晴れた視界の先にその姿を捉え──ぞくりと、死の気配が背筋を撫でた。
殺意。
黄金に輝くヘイローを戴冠し、この砂漠を支配してきた王者は、愚かにも矮小な身で殴り掛かってきた下手人を
硬質な物体がぶつかり合い軋む音が響き、駆動音が高音域へ突入する。
背の蓋が開かれ、露になる
「びっくりどっきりメカかよ!」
噴煙を曳いて複雑な軌道を描くそれは、空中に弧を描いて俺へと迫る。
背を向けて、強化した下肢で目的地に向かってスタートダッシュを切った俺は、叫ぶ。
「アルスハリヤ、誘導は任せた!!」
「やれやれ、魔人使いが荒い男だ。仕方ない。誤差は修正しよう、狙いは自分でつけたまえ」
左手で
体に焼き付いた手順で
半回転──迫り来るミサイルを視界に収め──射出ッ!
勢いのまま一回転した俺は、再び砂地を疾駆する。
空中、地上、あらゆる座標で
「あれは体躯に見合わず心は狭いタイプだな。よかったじゃないか、とりあえずデートのお誘いは成功だ。なめた真似をした君を絶対に殺す。そんな意思を感じるね」
「テメェはお喋りしてないで、仕事をしやがれ!」
「してるさ、こんな風に」
魔力障壁が、弾頭の爆発ともに高速でまき散らされた鉄片を弾く。
「さて、君の計画では、砂漠の廃墟ビル群で決着をつけるのだろう? 良いね。あそこなら墓標にも困らない」
アルスハリヤの言葉を聞き流しながら、再び
「それで、魔眼はいつ使うのかい? 大事に隠し持ったまま死んでは世話がない」
「少なくとも今じゃねぇよ。魔眼を開いたところで、今の俺が得られる効果は最善を視ること。視た事象を確定させる力は使用出来ない……テメェが言ってただろ」
「分かっているなら何よりだ。依然として君とあの蛇の体格差が問題となる。此処で君が魔眼を開き、新技を披露したところで、奴の腹に傷をつけるのが関の山だ」
「だから手を借りる。嘗て人々が築いた遺産に──」
ミサイル攻撃を不可視の矢で迎撃しながら、目的の場所に踏み入れた俺は、徐々に速度を落として、振り返る。
確かに、人が住んでいた跡。そして砂に沈んでしまった都市。廃墟となった大廈高楼を背負って、俺はこの光景を創り出した元凶に対峙する。
「──お前が壊した百合、償ってもらうぜ。蛇野郎」
静かに鎌首をもたげ、ビナーは俺を睥睨した。
「それで、啖呵を切った割にこうしてコソコソしてばかりだが、どうするんだい?」
「仕方ないだろ。攻撃が激しすぎて隙がねぇ。ビルを遮蔽に使って有利に立ち回る予定だったが……」
部屋の中で悪態をついていると、轟音。殺到する誘導弾に、限界を迎えた壁面が爆炎と共に崩れ落ちる。
窓から脱出した俺は、
眼下に広がる黄砂の海。
ビナーの起こす砂津波に、落下するビルの瓦礫が加わり、地上は砂塵に呑まれている。誘い込んだはずが、逆にビナーの姿を捉えられなくなっていた。
「やはり、視覚に頼っているわけではなさそうだな」
「……そもそも自分が引き起こす砂嵐に阻害される視覚に頼っているわけがない……そして視覚に頼らず人を特定する方法……電磁波は砂嵐の前に無力……そうか、コレならいかにも蛇っぽいな」
ニヤリと、ビナーの索敵方法に当たりを付けた俺は笑みを浮かべる。
雪山で遭難して、裸で温め合う悪夢のようなラブコメ展開を回避すべく、用意しておいたが……こんなところで役に立つとは……。やはり、僅かな可能性に備えておいて損はない。何事も、思わぬ形で実を結ぶものだ。百合の女神が俺に微笑んでいるぜ。
即席の熱源デコイを作り出した俺は、ガラスを叩き割って、窓枠に足を掛ける。
ビナーの攻撃に限界を迎え、崩れ始めた建物から飛び出し──
誘導弾の軌道が混乱を反映するように乱れ、勢いのままあらぬ箇所に着弾した。
効果を確認して、俺は攻撃に転じる。
瓦礫と衝撃波に揉まれながら、上空からミサイルの噴煙を辿って、発射地点を視認した俺は叫んだ。
「アルスハリヤ!!」
空中に
それを全力で俺は踏み込み──飛び出す。
反力で割れた魔力障壁が、青白い欠片となって飛散する。
急降下。
蒼白の魔力光が迸り、一条の光となった俺は、やや斜め前方にカイロを射出する。
「よ! 蛇野郎!! さっきぶりだなァッ!!」
俺に先行するように飛来した
飛び込んできた俺に向かって振り返ろうとするが、遅いッ!
何度も繰り返した動き。
俺自身の速度を乗せた上で、鞘の中で滑らせて刃を抜き放つ。
一筋の銀閃。
神速に達した刃先が、ビナーの背後の
勢いのまま、地面を割って叩きつけられた俺の背後で、誘爆し連鎖する爆轟と絶叫が上がる。
完全な切断には至らなかったものの、背後から前方に掛けて、ビナーの右半分に刃を通せた、そんな手ごたえがある。
本当は頭部を狙うつもりだったが……あの速度と砂塵による視界不良の下では、軌道を修正するのも難しい。少し下にずれてビナーの背中側となってしまったが、これで相手の誘導弾は封じたはずだ。
むしろ意図せぬ誘爆により、相当なダメージが期待できる。高速で地面と激突し、痛む全身に鞭打って、立ち上がろうとして──
「ッ避けろ!!」
──アルスハリヤの叫び声に、咄嗟に出来たのは左腕を黒い影と自身の間に差し込むだけだった。
振りぬかれた巨大な尻尾。
強烈な打撃が全身を突き抜ける。
鉄筋コンクリートの壁に、蜘蛛の巣状の亀裂を作って叩きつけられる。
意識に空白が生じて、俺はずるりと、重力に従って地面に座り込む。
「おい、動けッ! 本当に死ぬぞッ! 切札も切らずに、此処で野垂れ死ぬつもりかッ!」
熱源の偽装を嫌ったのか、砂塵が引いていく。
頭から流れる血で赤く染まり、霞む視界に、激昂するビナーを捉えた。
斬撃跡から橙色の燐光や冷却液を漏らしながら、未だ誘爆により煙るその姿は満身創痍と言っていい。
しかし、俺を見下ろす四つの瞳は憤怒に燃えており、王冠のように掲げるヘイローも輝きを増している。
恐らくこの場で、重体なのは俺の方だ。
「……軽く、叩かれただけで……コレかよ……しゃれになんねぇな……」
激痛に顔を顰め、口を開くたびに血が混じる。
震える膝で、右手の九鬼正宗を杖に、ふらつきながら立ち上がった俺にアルスハリヤが必死に呼びかける。
「おい、早く移動しろ!! これは本当にまずいぞ」
破滅を帯びた光芒。
ビナーが開いた口の中で、橙から黄色へと、徐々に光が色を変え、輝きを増す。
「……アルスハリヤ」
「逃げることに集中しろ。今の君では、フィードバックに耐えられない。魔眼を
黙って、俺は九鬼正宗の
「……」
「そうか。まぁ、そうだな。僕としたことが、久々の危機に忘れていた……君はそういう
アルスハリヤは苦笑して、俺の首に纏わりつく。
全身から押し寄せる痛みの信号が薄れ、感覚という感覚が溶ける。
「いいだろう。さあ、生死の狭間で己の矜持を懸けて舞い踊ろう」
目を閉じた俺は、暗中の只中で、吸った息を吐いて──
「十五秒だ」
──
森羅万象を緋色の可能性が埋め尽くし、一つの未来を視た俺は、一直線に伸びる経路線を象る。
嵌めたままの
極光が緋色の世界を塗りつぶす。
左から右へ、薙ぎ払われた光線は未だ倒壊を免れていたビル群の足元をバターのように溶かし、射線上の全てを融解させる。
一撃で、都市の遺構の半分を崩壊へ導き──沈みゆく摩天楼の只中で、俺はビナーを見下ろしていた。
「おいおい、何処見てんだァ……?」
経路線に沿って射出された俺は、全身に魔力線を通し、血が噴き出るのも構わず限界まで強化する。
緋色の未来に示されていた通りに、俺の道筋に倒れ込んできた高層ビルの側面を踏みつけた。
駆ける。
宙に煌めくガラス片の中、倒壊するビルの側面を疾駆し、天へ向かって駆け上がる。
屋上に到達した俺は勢いのまま、宙に身を投げだし──くるりと、太陽を背に反転する。
そして、自由落下に身を任せた。
使い物にならなくなった左手を靡かせて、納刀した九鬼正宗の柄を右手で握る。
体に染み付いた立構えを空中で取った俺は、眼前の敵に集中する。
堕ちる、堕ちる、堕ちるッ!
蒼白の魔力光を曳きながら、急降下する俺を見上げたビナーは、溜めを捨てて口から熱線を放つ。
速射性を優先したそれは、先程よりも遥かに細いが──依然として驚異的な高温を保っていた。
光の筋が、次々に俺の身体を穿つ。
魔眼を頼りに、致命傷だけは避けながら降下して、体から、目から、脳から、送られる痛みの信号に呻く。
目が痛む。
強制的に
開け。
──流れる景色に、小鳥遊の目を思い出す。現状への行き場のない怒りに……無力さと後悔が混じった暗い瞳。
そうだ、開け。眼前に、百合を汚した元凶が居るのなら。
俺は目を見開いて、己の敵を捉える。
辛うじて使えたのか──背面の左側から一発のミサイルが放たれる。
「アルスハリヤァァアアア!!」
「成る程、無茶苦茶だ。しかし確かに、これが最善か」
俺の足元に魔力障壁が現れ、滑るように反作用で位置をずらした俺は、数ミリの隙間を空けてミサイルとすれ違う。
そして完璧なタイミングで
驚愕するように、ビナーが一瞬固まる。
背中を熱に焼かれ、文字通り吹き飛ばされるように、急加速した俺は敵の眼前に飛び込んだ。
想定外の事態に、演算に空白が生じ──
──再計算を行うよりも先に、俺の間合に捉える方が早い。
「ぐ、ぉ、ぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
破裂しそうな頭。
今にも閉じてしまいそうな瞼。
肺に血が混じり、呼吸すら苦しい。
それでも、俺は、奇跡を起こすと誓ったから。
己がブレぬように、叫んで──大蛇の四つの瞳に、血濡れの男が映り込む。
最期に
引き絞られるように、緋色の線が伸びて──重なる。
「喰らいやがれ、化け物」
全ての可能性が収束した、その輝く緋路に、俺は刃を載せた。
体に覚え込ませた動き。鯉口を切って──抜刀。
緋色の経路線をなぞりながら、
重力による落下速度と、炸薬による加速を載せて。
その一閃は、視認すら不可能な、不可視の刃と成った。
触れた先から延びる魔力線と光刃が競い合い、その太刀筋は斬れぬ物のない伝説の剣を具現化する。
すっと、抵抗なく差し込まれた刃は、魔力が通い裏返った存在を確定させ──
一刀両断。
──頭から腹へ、縦に斬り割いた。
納刀と同時に地面に激突する。
不格好な受け身で転がって、舞い上がる砂埃の中、俺は仰向けに寝転がった。
じんわりと、血が砂に滲み、赤黒く広がっていく。
そして、俺に落ちていた影が、二つに割れた。
頭部から腹まで、真っ二つに引き裂かれた巨体が捻じ曲がり、地面へ倒れ込んでいく。
これで……。
最早、指一つ動かせず、俺は、空を見上げる。
これで……きっと……砂嵐も、止む……。
徐々に晴れる砂塵越しに、何処までも透き通った青空を仰いで、俺は微笑む。
砂嵐の調査資料に垣間見えた、当時のアビドス高校の生徒達の無念、それも果たせた筈だ。
そして、砂嵐さえ止めば、アビドスを捨てざるを得なかった人々も戻り始め、希望の光が見えてくる。そうなればきっと、小鳥遊も奇跡を信じられる。
今日のように、改善の兆しの見えない現実で、どうしようもない自分に苛立ち、梔子先輩とすれ違うような事態も無くなるだろう。
砂嵐の元凶をぶっ飛ばして、百合に挟まる男も消えて、すべてが、丸く収まる。
ただ、そうだ。
今更になって、梔子先輩の無邪気な笑みが思い浮かび──ちくりと、胸が痛んだ。
「なんだよ……月檻達を、残して逝った時と……同じじゃねぇか……学ばねぇなぁ、俺も……あーあ……悪いな……そっちの約束は……果たせねぇや……」
そう自嘲して……俺は、辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放した。
「さて、ヒイロ君。朗報だ。魔眼の開眼時間が想定よりも短く済んだおかげで死は免れた」
「……おやおや、これは僕のゴールデンタイムで良いのかな? ふむ、本当に手がかかる相棒だ。だが、僕は君の唯一無二のパートナーだからね。尻拭いは任せたまえ」
「なに、安心するといい、僕はまだ君で遊び──ゲフンゲフンッ! これでも僕はストイックでね。もっと君と共に救える百合があると思っているのさ。さぁ、ヒイロ君、次の百合に挟まりに──ゲフンゲフンッ! 百合を救いに行こうじゃないか!」
「ユメ先輩、戻りましたよ」
「あっ、ホシノちゃん。良かったぁ、さっきはごめんね?」
「別に……次は気を付ければ……いえ、私も……その……すみません」
「ふふ、ならお互いさまってことで! それよりも、明日三人で何処かに行こうよ!」
「いきなりですね。ただ、ヒイロにも少し言い過ぎて……」
「ヒイロ君ならきっと気にしてないよ。でもホシノちゃんが気になるなら、明日はみんなで仲直りだね!」
「ちょっ、そこまで気にしてませんから! 子供みたいな言い方はやめてください! って何笑っているんですか!」
「やっぱりこれが私にとっての奇跡だと思って。今日は良いこともあったし、もしかすると、明日起きたら砂嵐も無くなっていたりして!」
「ほんと、呆れるぐらい楽観的ですよね……。先輩を見ていると、色々どうでもよくなってきました」
「ひぃん、ホシノちゃんが冷たいよぉ」
静かな砂の世界。校舎の一室で二人の少女は騒ぐ。それをただ、太陽は空から見守っていた。
ぼかぁね、意思を持った機械みたいなのがねぇ、だぁいすきなんだ。正直ビナー君が死ぬの書いてて悲しかった。ほんま、砂嵐の原因にした上に、殺してすまんやで。
でも、ビナーとヒイロを戦わせるために書いた側面もあるし、仕方ないね。
ちなみに、ゆりはさの一つの特徴である、日常から戦闘までの一サイクルを終えて思うのは……戦闘描写難しすぎるっピ! 自己満足ラインまで手を尽くしましたが、まあ本家には至らないですね。精進。