透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
七囚人対百合男
「ふふ、ヒイロさん、お久しぶりです。また会える日を楽しみにしていました」
ここ最近の犯罪率はうなぎ上り、もともと治安が悪いキヴォトスは更に混迷を極めていた。
大廈高楼の屋上で、その銃声が響き渡る喧騒を見下ろす。その隣に見事なワイヤーアクションを決めて、少女が降りてきた。
「『慈愛の怪盗』か」
「それは世間が呼ぶ名。あなたには、名前で呼んで欲しいと言ったはずです」
「……そもそも、私は白百合仮面V3だ。貴様の名など知らぬ」
ドミノマスクとボイチェンを装備し、
「嗚呼、つれないですね。私を否定しないどころか、寄り添い手を貸してくれたあなただからこそ明かしたというのに」
すっと俺に顔を寄せると、マスクを外して、その紅緋の瞳で覗き込まれる。
信頼を孕んだ視線を向けられて、俺は脳内で頭を抱えた。
無事
にも拘らず、アビドスにいた頃に比べ百合の供給が少なくなっている気がするのは気のせいだろうか……?
この目の前の、白桃色の髪に全身を白で固めた人物も何が楽しいのか、俺に絡んでくる一人だ。
彼女とは輸送品の護衛依頼を受けていた際に出会い、俺は感銘を受けたのだ。
クールな怪盗キャラとか、百合一直線、きっと美しい花を咲かせてくれるに違いないと。
当初は剣を交えたが、話を聞くうちに彼女に百合の可能性を視た俺は、当然、百合の為に依頼主を裏切って彼女の側に付いた。その後、彼女から声を掛けられた時に手を貸しているのだが……未だに百合は拝めていない。
おかしい、条件は完璧なはず。スタイリッシュな女怪盗と少女がガールミーツガールの百合予想図が、間違っている筈がない……一体、何が原因だ……?
破綻してしまった百合方程式の謎を求め、頭を回していると、不意に視界が一瞬途切れる。
「……とはいえ、私も追われている身。名残惜しいですが、今日はこれで十分ですね。では、またどこかで」
俺が反応する暇もなく身を翻してワイヤーを掴むと、そのまま飛び去って行った。
一人になったのを見計らって、紫煙とともにアルスハリヤが現れる。
「いやはや、新しいマスクの付け心地はどうだい?」
「どうもこうも、付け心地以前の問題だわ。初っ端から俺だとばれてたじゃねぇか。何が白百合仮面V3だよ、こんなアホみたいな案に乗った俺が馬鹿だった」
百合が視たいと嘆き苦しんでいた俺に、珍しく魔人が手を差し伸べたと思えば、変装するという案。
俺もその時は口車に乗せられ、上手くいくと思ったが……蓋を開けてみれば特に気にせず三条ヒイロとして話しかけられる始末。
ボイチェンして仮面付けてロールプレイもしているのに、指摘すらされず何時も通りってどういう事だよ。
得心がいかないまま、V3が何処から来ているのかも不明なマスクを取って、違和感に固まる。
「気づいていなかったのかい? いま君が持っているマスクは彼女が付けていたものだ。流石怪盗、手慣れているね。ペアルックの仮面を交換だなんてまるでカッ──」
鼻につく身振り手振りと共に、喜色も隠さず喋っていたアルスハリヤの顔面を右ストレートでブチ抜く。
星の彼方に飛んでいったのを確認し、押し付けられたマスクを無言で俺は
うん、落とし物を拾ったことにしよう。
心を護るために記憶を改ざんした俺は、思考を街に戻す。
それにしても、今日はいつも以上に騒がしい。
交差点の角の壁面。大画面で流れるニュースを見て、察する。
「あいつ、矯正局に入れられてたのかよ」
久しぶりとは言っていたが、暫く見かけなかったのはそのせいか。
脱獄した凶悪犯、七囚人として紹介される写真の中に、先ほどのマスク泥棒の顔が載っていた。ついでに、違法武器の流通量が2000%を上回る非常事態であることも把握する。
こういう時こそ、百合の守護者の出番だろう。恐喝や襲撃といった百合の欠片もない行為で、芽生えようとしていた百合を手折られては、悔やんでも悔やみきれない。
眼下の大量の不良達が目について、追跡を開始する。数台の戦車とヘリを有するその集団は、統率の取れた動きで一つの方向を目指していた。
追跡を開始して暫く。
彼女たちはその場で破壊活動を開始し、それを見下ろすように俺はビルの屋上に陣取っていた。
「やはりこの世界は滅茶苦茶だな。あっちこっちで暴動騒ぎ、戦車やヘリコプターなんて兵器が、我が物顔で地上や空中を闊歩している。さて、ヒーロ君。このお祭りを冷やかしているだけでいいのかい?」
「規模がでかいだけで、普段の抗争とそう変わんねぇよ。今は助けるべき百合が無いか探すのが先だ」
百合ウォッチ用の双眼鏡を覗いて、地上を観察する。
先ほどまで追跡していた不良達が、辺りのビルにRPGを撃ちこんだり破壊活動を行っている。幸い、その前に無関係の人々は逃げ出したのか、特に巻き込まれている姿は見られない。
そうやって観察していると、不良達とは異なるカラフルな集団を発見する。
不良集団と戦闘を行っている服装が浮いた集団と、その中で唯一ヘイローを持たない後方の女性は……人間型の大人?
「おいおい、ヒイロ君。思いもよらないこの世界を知る鍵が舞い込んできたかもしれないぞ。早急に接触して情報を集めようじゃないか」
此処一年、キヴォトスで生きてきたが、俺と同じヘイローを持たない人間、外から来た存在自体、黒服程度しか見たことが無かった。その中で現れた人物、しかも異形ではなく人間型の大人。
これで何もないと思う方が異常だ。
話しながら双眼鏡を仕舞い、九鬼正宗の
「接触の前に、脅威を取り除くのが先だ。俺と同じなら、銃弾一発も危ないだろ。何なら魔力障壁がない分、俺以上に脆弱な可能性だってある。だから戦車とかを先に──」
「あらあらあら?」
俺の首の真横に、銃剣が突き出される。
息を呑む。
何一つ、気配が、感じられなかった。
「連邦生徒会の犬かと思えば、何処とも知れない鼠ですか……。私の用があるのはこの先の建物の中にある物。関係がないのなら、このまま退いていただけると助かるのですが?」
「……その、向こうで不良達と戦っている集団が、君の言う連邦生徒会の犬って奴で合ってる?」
「ふふっ、そのようですね。それがどうかしましたか?」
「いや……それなら、俺は……関係者だな!」
既に手をかけていた人差し指で九鬼正宗の
天性の勘か、
驚愕の狭間で──
蒼白い魔力が迸る。強化した下肢で床を蹴り飛ばし、距離を取った俺は安堵する間もなく次の手に移る。
慌ただしく動く左手と並行して、俺の目は相手を捉える。
狐の仮面。黒を基調とした豪奢な着物を身に着けた少女。
強化された眼球が、こちらを覗き返す銃口を認識し、俺は思いっきり仰け反った。
目の前を花弁のような焔を纏う銃弾が通過する。
完全に体勢が崩れた隙に少女が飛び込んで来て──俺は笑う。
発動、
強烈な白に、世界の色彩が飛ぶ。
「閃光弾ッ?!」
虚空に突如出現した目眩まし。魔術の存在しない世界故に想定できない一手。
俺は、そのまま導体を切り替え、
「ウフフフ♡ 久しぶりに楽しめそうですね……!」
何時から仕掛けてやがった? いや、指示を出して破壊させたのか!
崩れるビルの死角から、上昇するヘリコプターが姿を現す。
中指と人差し指で
魔法の矢がテールローターを直撃し、歪んだ回転翼が慣性のままに吹き飛んだ。
ヨー制御を失ったヘリが回転しながら横の外壁に激突し、ガラス片を撒き散らしながら墜落する。
「こっちは馬鹿でかい蛇倒して来てんだ。そんな蚊トンボなんて相手にもならねぇよ」
爆炎と火薬の煙が立ち込める只中で、着地した俺は
「ふふふっ、不可解な術に刀での打ち合いだなんて、ますます楽しくなってまいりました──あら? あらら……?」
近距離での鍔迫り合い。
数瞬、カチカチと刃と刃が噛み合う音がして、ふと相手の力が抜ける。
訝しげに、俺は目の前の狐面、その奥の瞳を見つめる。
「……」
「……えっと、大丈夫?」
奇妙な静寂に、思わず心配になる。
視界の端で、アルスハリヤの口が三日月を描く。
何かが、致命的に捻じ曲がったような、悪寒。
「あ、ああ……し、し、失礼いたしましたー!!」
対面の少女は叫んで、脱兎のごとく逃げ出した。
その背に、今更、彼女が七囚人としてニュースで流れていた災厄の狐であることを思い出す。
「凄いな、ヒーロくん! 君は目と目を合わせただけで、女の子を恥ずかしがらせることが出来るのかい?! この僕でも、あんな劇的な変化は見たことないぞ! 吃驚ものだ! 君こそまさに、ワンルック・ラブハンター! このナチュラルボーン、女たらしが!」
意味不明な狂言を叫ぶアルスハリヤの頭を掴み、丁寧に顔面を摩り下ろす。
崩れたビルの瓦礫に魔人だったものを隠した俺は、先程の災厄の狐の行動の意味について考えないことにした。
とりあえず、暴れている戦車の数を減らしつつ、あの連邦生徒会と関係しているらしい集団と接触しよう。
九鬼正宗を納刀して、煙の燻る街を駆けて行った。