ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る 作:sahala
ハジメ達は現在、冒険者ギルドのギルド支部長室にいた。
余裕が無いあまりに遠藤が魔人族の襲撃を大声で騒ぎ立てしまい、それによって周りの冒険者達も動揺してちょっとした騒ぎになりそうだったのだ。その為にホルアドの支部長のロア・バワビスが出て来て、居合わせていたハジメ達やキャスター共々に別室で詳しい話を聞く事になった。
おそらく応接室も兼ねているのだろう。部屋の奥にロアの執務机が置かれ、その前に長方形のテーブルが二つのソファーに挟まれて置かれていた。ソファーの片側にはハジメとユエ、シアが座り、対面のソファーには遠藤とキャスターが座っていた。
因みにだが、ティオとミュウは別室で待って貰っている。最初はハジメもミュウを膝に乗せながら話を聞こうと思ったが、キャスターから「血生臭そうな話を子供に聞かせるのか? 英才教育だねえ」と揶揄う様に言われ、むかっ腹を立てながらもティオに世話を任せて離席させたのだ。
「俺達はオルクス迷宮の89階層まで行ったんです」
時間が経って少し落ち着いてきたのか、遠藤がゆっくりと話し始めた。
「90階層に降りて、急に魔物が出なくなったから様子がおかしいと思っていたら、魔人族が複数の魔物を連れて現れて……その魔物達は今までとは比べ物にならない強さでした。皆で戦ったけど、最終的には怪我した奴を連れて何とか退避するのが精一杯だったんです」
「お前はどうやってここまで戻れたんだ?」
「俺は“暗殺者”の天職です。スキルを駆使すれば、単独なら魔物に気付かれずに行動できます」
なるほど、とロアは頷く。
「そうして地上への転移陣まで戻ったのですけど、そこで魔人族に追いつかれて……。転移陣で待機してくれてたメルドさん達が命懸けで時間を稼いでくれて、それで………!」
ギュッと遠藤は拳を握る。文字通り、彼等は死兵となって遠藤が逃げる時間を稼いだのだろう。その時の光景を思い出して遠藤の顔が悲痛に歪む。
「天之河達は今、魔人族から隠れて回復に専念してるけど、このままじゃ危ないんです! だからお願いします! 救援を出して下さい!」
危機に瀕してる仲間達の為に遠藤はテーブルに頭をぶつけそうな勢いで支部長のロアに頭を下げた。だが、ロアは渋い顔で口を開いた。
「悪いが……俺のギルドに所属してる冒険者から救援を出せない。そもそもの話で、89階層まで辿り着ける冒険者自体がいないんだ。まあ、ウチの所属でなければ一人いるかもしれんが………」
そう言ってロアはキャスターをチラッと見る。だが、キャスターは来客用の葉巻を勝手に拝借して煙を蒸しながら、いつものニヤニヤ笑いを引っ込めて何かを考え込んでる様な顔で黙っていた。
「かと言って、勇者達の救援が一人だけというのも不安だな。そこでだが………」
ロアは黙って聞いていたハジメに視線を向けた。
「さて、ハジメ。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「まぁ、全部成り行きだけどな」
「手紙には、お前の金ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。ウルで六万以上の魔物を撃退、フューレンで裏組織を半日で壊滅……イルワからの手紙でなければ俄かには信じられなかったが、実はお前が魔王だと言われても驚かんぞ?」
「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」
遠藤は目を剥いて驚く。金ランクというのは冒険者ギルドでの最高位だ。かつて“最弱”と言われたハジメがいつの間にそんな強さになっていたのかと驚き、さらにロアが列挙した戦績に二重で驚いていた。だが、ハジメはそれらを肩をすくめるだけで軽口を叩いていた。
「………ふうん。“魔王”が弱い、ねぇ?」
遠藤が振り向くと、そこには先程まで考え込む様な表情になっていたキャスターだったが、いつものチェシャ猫の様なニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「なんだ? なんか文句でもあるのか?」
「ああ、別に君の戦績を疑ってるわけじゃない。気に障ったらごめんよ。続けて、続けて」
ハジメがジロリと睨むと、キャスターはヒラヒラと手を振って謝った。初対面の時から思っているが、どうもそのニヤニヤ笑いが癇に障る相手だ。ハジメが眉間に皺を寄せていると、ロアが咳払いを一つした。
「まあ、とにかくだ。冒険者ギルドの支部長としてハジメとキャスター、両名に指名依頼を出したい」
「……勇者達の救出だな?」
「そ、そうだ! 南雲! 一緒に助けに行こう! キャスターさんだって、すごく強いんだ! 二人がいれば、きっとみんな助けられる!」
見えてきた希望に遠藤は瞳を輝かせる。ここに来るまでホルアドの衛兵隊や冒険者達を頼ったものの、全員ロアが言った様な理由で断られてきたのだ。仲間の危機をようやく救えると遠藤の顔に安堵と喜びが浮かんでいた。
「………」
だが、ハジメの反応は芳しくない。遠藤の予想では二つ返事で了承してくれるものと思っていたが、腕を組んだまま黙りこくっていた。そのハジメに追従する様にユエも目を閉じて座ったままであり、シアはチラチラと伺いながらもやはり席から立とうとはしなかった。
「ど、どうしたんだよ? 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」
「いやいや、遠藤くん。それはちょっと調子が良過ぎるだろ」
一向に動こうとしないハジメ達に遠藤は苛立った声を上げたが、そこへキャスターが葉巻の煙を吐き出しながら語る。
「俺は南雲少年が行方不明になった後から来たが、それでも“無能でパーティーのお荷物だった”とか、“ベヒモスで全滅しそうになったのもこいつのせいだった”とか、皆で好き勝手に言ってただろ。それがちょっと強くなったからと自分達を助けろ? 仲間だから当然だよね? それはさすがに面の皮が厚すぎるでしょうよ」
「それは………」
遠藤自身は積極的にそう言っていたわけではない。だが、一部のクラスメイト達や貴族達がそんな悪口を言っていた事を知りながら、止めようとはしていなかった。キャスターの指摘に遠藤は唇を噛みながら俯いた。
「まあ、俺は教会がクライアントだから行くのは決定だけどな。ちょっと“死んで欲しくない奴”もいるし」
灰皿に葉巻を押しつけ、キャスターは立ち上がった。それに倣い、遠藤もハジメを名残惜しそうにチラチラと見ながらキャスターの後をつけていこうとする。
「あ、そうだ」
部屋のドアの前でキャスターは唐突に立ち止まった。
「ところで支部長。救出任務だけど………最悪の場合、
振り返って聞いてきたキャスターに、ロアは渋面を作った。それを見て遠藤はショックを受けた様に立ちすくんだ。
「え……キャスターさん、何を言って………」
「いや、ほら。勇者パーティー全滅の危機なわけだろう? そして場所は迷宮の奥深く。首尾よく魔人族を倒せたとして、自力で歩けない奴が複数いた場合は優先順位を決めておかないと」
優先順位と聞いて、遠藤は暗い表情になる。先程、メルド達と合流した時に同じ事を言われていたのだ。
「………“勇者”の天之河を一番に救出して、他の奴は怪我していても置き去りにするんですか?」
「生憎と今の俺は教会の狗なんでねぇ。金を貰ってる以上、クライアントの意向は汲んでやらないといけない。それにな、山登りでも怪我した奴を庇って全員で遭難するのと、無事な奴を連れて一人でも助かる様に下山するのとで、どちらがマシかという話だぞ?」
まあ、それをやったから登山家として干されたんだけどな、とキャスターは自身の経験を踏まえながら言った。
遠藤とて頭では分かっている。自分達は“神の使徒”の一団とはされているものの、教会の神官や貴族達が真っ先に挨拶をするのは光輝だし、王様からお褒めの言葉を貰う時だって光輝が代表だ。自分達は“勇者”の光輝ほどに期待されていないというのは薄々と感じていた。
だが、それをはっきりと口にされるとやりきれない想いがある。ロアもまた、眉間を険しくするだけでキャスターの言葉に特に否定をしてこない。
暗い表情で黙ってしまった二人を尻目に、キャスターはハジメに向き直る。
「ああ、これは関係ない話なんだが………香織お嬢ちゃんは随分と南雲少年の帰りを心待ちにしていたな」
ピクっとハジメの腕組みした手が動く。だが、キャスターはそれに気付いてないかの様に振る舞いながらニヤニヤと話し始めた。
「いやいや、いま時にあんな一途な恋に殉じる子も珍しい。“南雲くんが帰ってきたら、今度は約束通り守れる様に強くなる!”って、 訓練も頑張っていたんだが………まあ、どんなに努力しようが、望んだ結果になるとは限らないわけだ」
ふ、とキャスターはどこか遠くを見つめながら笑う。一瞬、どこか自嘲めいた響きがあったが、すぐにいつもニヤニヤ笑いに戻っていた。
「というわけで俺も最大限の努力はするが………駄目だった時は墓前で愛でも囁いてくれよ。そら、行くぞ。遠藤くん」
「え? あ、ああ、うん………」
そうしてキャスターはハジメに背を向けた。遠藤も後髪を引かれる思いながら、それでもここでグズグズしてるよりマシだと自分に言い聞かせてキャスターの後をついて行こうとした。
「待てよ」
ドアに手を掛けかけたキャスターの背中に、ハジメが声を投げかけた。キャスターはにっこりと笑いながら振り返った。
「何かな、南雲少年?」
「そのわざとらしいニヤケ面を止めろ。俺は神に選ばれた勇者なんて自分から関わりたくないし、仲間達を関わらせる気もない」
言外にもう自分達は仲間ではないと言われ、遠藤は俯く。
だがな、とハジメは言葉を続けた。
「義理を果たしたいヤツの窮地を無視するほど、恩知らずになった覚えはねぇ。だから、そいつを助けに行く」
「ハジメ………」
「ユエ、悪いな。どうしても見捨てたくないヤツがいるんだ。まあ、もしかしたら自分でどうにかしてるかもしれねえけど………」
「ううん。ハジメのしたい様に。私はどこまでも、ハジメについて行くだけ」
「わ、私も! どこまでも付いて行きますよ! ハジメさん!」
慈愛の表情を浮かべたユエに追従する様にシアが主張した。
え? なに、いつの間にハーレムルートに入ったの? と唖然としてる遠藤の横で、キャスターはパンッと手を叩く。
「ようし、話は決まったな! というわけで支部長、南雲少年も救出任務に追加で。ちゃんと俺とは別に依頼報酬を支払ってやれよ? 南雲少年も“勇者の仲間だから助けてくれた。だから勇者の仲間として教会の頼みも聞く筈だ”とか思われたくないだろうしな」
「チッ、勝手に話を進めんな」
舌打ちするハジメだが、それは自分からロアに進言しようとした事だ。香織の事といい、自分を見透かした上で誘導されてる様で少し気に入らなかった。
「そうと決ったらすぐに行こう! こうしてる間にも、ひょっとしたら誰か死んでるかも……!」
「おいおい、落ち着きなって。大丈夫、あいつらは無事だよ」
ようやく救援メンバーが決まり、遠藤は不安な気持ちから逸らせるが、キャスターがやんわりと宥めた。
「今のところはだけど、誰一人欠けてすらない。保証してやるよ」
「なんでそんな断言できるんですか? ひょっとして、お得意の占いとか?」
かつて香織にタロット占いをしていた姿を思い出して聞いてみるが、キャスターはニヤリと笑うだけだった。
「いいや?