ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る 作:sahala
沈黙が場を支配していた。
一度は全滅の危機に陥り、死の覚悟をしたクラスメイト達。ハジメ達の活躍によって窮地から脱した彼等だが、その事に歓声を上げたり、安堵の溜息を吐く者は皆無だった。
人が死ぬところを直に見てしまった。
それも中世の火刑の様に、生きたまま焼かれるという凄惨な死に方だ。焼死という日常ではまず目撃する事などない死に方にショックを覚え、ほとんどの者が言葉を失っていたのだ。
お陰で視覚的には焼け焦げた地面があるだけという絵面だが、肉が焼けた独特の臭いははっきりと残っている。その事に吐き気を覚える者もいる有様だった。
「おい……どういうつもりだ」
クラスメイト達が押し黙っている中、ハジメが低い声を上げながらキャスターを睨んでいた。
「こっちも火傷するところだっただろうが」
「ごめん、ごめん。苦しまない様に一瞬で焼いてやろうとしたら、こんな火力になっちまった」
キャスターは悪びれる様子もなく、いつもの様に胡散臭い笑みを浮かべながら答えた。まるでちょっとした間違いをした、という様な態度だ。
「こっちにはまだ聞きたい事があったんだよ。てめえのお陰で聞けずじまいになったじゃねえか」
「そうは言うがねえ、あのままだと両手足どころか綺麗なお顔にも風穴を空けられそうだったし………第一、その聞きたい事とやらは少年の方で予想がついてるんじゃないか? 俺にそこまでガチギレしてないという事は、聞きたい事の重要性は低かったと見てるけど」
チッ、とハジメは舌打ちする。魔人族の女には何故この大迷宮にいたのか聞きたかったが、キャスターの言う通りに重要性は低い。というより、聞かずとも予想はついていた。
大方、勇者達の調査と並行してオルクス大迷宮の真奥にある神代魔法の取得に来たのだろう。
そして彼女が連れていた強力な魔物達。これに関しても魔物を使役ないし生成できる神代魔法があり、魔人族側にその使い手がいるのだと推測している。まとめるとここ数年で魔人族達の脅威が増したのは神代魔法の習得者が出たからであり、魔人族達は新たな神代魔法を得る為に各地に人員を派遣しているのだろう。
(まあ、だとしても俺には関係ないけどな)
この世界の人間族からすれば十分に見過ごせない情報なのだが、ハジメの中で無情にそう切って捨てた。
ハジメの一番の目的はユエ達と共に地球に帰る事だ。突然この世界に勝手に召喚され、生死のかかった戦いを強要された身からすれば、この世界の人間と魔人族の戦争など興味がない。訓練中にクラスメイトの裏切りによって迷宮の底へと落ち、魔物達と文字通りに食うか食われるかの日々を送る羽目になった彼からすれば、愛するユエ達以外の人間達の為に戦う動機など今更なかった。
「…………なんで」
キャスターの推理は否定できないが、それはそれとして考えを見透かされた事が面白くなくて顰めっ面をしていたハジメだが、その耳に冷たく押し殺した様な声が聞こえた。
「なんで、あの人を殺したんだキャスタアアアァァァッ!!」
光輝が怒声と共に殴り掛かる。だが、大きく振りかぶった拳はキャスターにパシッと受け止められていた。
「光輝!」
「おいおい、なに興奮しちゃってんの? 命の恩人に殴り掛かるとはどんな了見だい?」
「黙れ、人殺し! お前みたいな悪党は許せない!」
雫が悲鳴を上げる中、光輝はキャスターを睨みつける。その目には悪に対する義憤が燃え上がっていた。
「無抵抗の人を残酷に殺したお前は悪だ! 俺は勇者としてお前みたいな悪を許しちゃいけないんだ!!」
「ふうん………勇者として、ねえ?」
いとも軽々と拳を止められ、あまつさえ鼻で笑われた。その事に頭に血が上った光輝はさらに抑えられてない方の手で殴り掛かろうとした。だが———。
「ブッ———!?」
パァン、と光輝の顎に衝撃がはしる。それが殴られたものだと気付けたのは脳震盪で揺れる視界の中であった。そうして足元が覚束なくなった光輝へ足払いがかけられ、地面へと転がされた。
口の中に血の味を感じながらどうにか起き上がろうとする光輝の顔のすぐ横に、ダンッ! とステッキが突き立てられる。
「じゃあ、その怒りをなんで魔人族の女に発揮しなかったんだ? 正義の勇者サマ?」
地面に無様に転がった光輝をキャスターは見下ろす。その表情はいつもの様に人を食った様なニヤニヤ笑いは無い。目は冷たく、酷薄なまでの無表情に光輝はたじろいだ。
「な、何を言って………。もう、あの人には戦意は―――」
「その前だよ。俺達が来る前に、どうして魔人族を倒せなかったんだ? まさかとは思うけど………今みたいに“勝負はついたから剣を収めよう”なんて言って、足元を掬われたとかないよな?」
その瞬間、光輝の顔にサッと赤みが差した。同時に雫が唇を噛みながら俯く姿に、「やっぱりか」とキャスターは呆れ果てていた。
「それで? 自分はもう安全だと分かった途端、殺す必要は無かったと一丁前に宣うわけか? “勇者”というのは、いつから安全圏でキャンキャン吼える奴の代名詞になったんだ?」
「だ、黙れっ! お前が無抵抗だったあの人を残酷に殺したのには変わらないだろ!!」
「ああ。これは戦争だからな。そして俺は教会から雇われた冒険者。教会の意向が魔人族皆殺しである以上、俺は従わなくてはならない。そして―――それはお前等にも当てはまるんだよ。王国に雇われた勇者御一行サマ?」
キャスターがそう冷たく言い放った途端、誰が息を呑む音がした。それは光輝からからもしれないし、それとも後ろで聞いてるクラスメイト達からだったかもしれない。
「ち、違う! 俺は………俺達はそんな事の為に、この世界の人達に力を貸してるんじゃない!」
「お前にそんなつもりがなくても、魔人族の脅威に晒されていたこの世界の人間達はそう考えてねえよ。“邪悪な魔人族を倒してくれる勇者達”。そう信じてるからこぞ、異世界から来た得体の知れない連中を奴等は讃えてくれてるんだよ。それなのに何でそんなに狼狽える? 魔人族が人間の一種だとは一度も考えなかったのか?」
その言葉に先程にカトレアに言われた事を思い出して、とうとう光輝は何も言えなくなってしまった。真っ青な顔で震えてる“勇者”をキャスターはフンと鼻を鳴らす。
「知らなかった。そんなつもりじゃなかった。まあ、好きなだけ言えば良いとも。無知は若い内は許される特権だ。それが後の学びの糧になるなら、成長の為に必要な失敗と言えるだろうよ。だが、お前は自分のミスを認める気がないどころか、その判断で恵里や仲間達を危険に晒した事も都合良く忘れてやがる。お前が見逃したから死にそうになった、という事を。なあ、正義の勇者くん」
グイッと光輝の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
同時に、キャスターは生前のとある出来事を思い出していた。
『あなたは●●ばかり見ていて、私と娘の事を見てくれない! そんなに●●が大事なら———!』
「そんなに大層な
冷たく、そして威圧感すら感じる一言。今まで女誑しのお調子者だと思っていたクラスメイト達は、キャスターが初めて見せる顔に黙りこくるしかなかった。だが………。
「光輝くんを……苛めるなよ………」
誰もキャスターの威圧感に近付けない中、胸ぐらを掴んで光輝を吊り上げてる彼に恵里は震えながら声を掛けた。皆の視線が集まる中、恵里は唇を震わせながら喋り出す。その視線はまっすぐとキャスターを見ようとしてるのに瞳が揺れていた。
まるで……ここで光輝の非を認めたら、自分が大切にしていた物が崩れ落ちるから庇おうとする様に。
「ボクが……ボクが悪いんだ……。ボクがメルドごと斬るのを躊躇ってなければ……光輝くんがピンチになる事は無かったんだ」
「恵里、それは………!」
先程の影英霊の件の事を言っているのだろう。その事に気付いた鈴は恵里を庇う様に前に出て、キャスターに向かって頭を下げた。
「待って、キャスターさん! 恵里を止めたのは私なの! あの時は恵里が皆の為にやる事でも、メルドさんに犠牲になって欲しくなくて……メルドさんに死んで欲しくなくて、それで……! 悪いのは考えなしに止めた鈴なの! だから恵里を責めないで!」
小さな背中を精一杯、鈴は折り曲げる。その言葉は弱々しいものではなく、友達の為に誠心誠意で謝罪してるのだと皆に感じさせた。
「そ、そうだ! お前等のせいなんだぞ! お前等があの女を殺せなかったから、俺達は死にそうになって———ヒィッ!?」
頭を下げた鈴を見て騒ぎ出した檜山だったが、ハジメが鬱陶しそうに魔力で威圧した途端に静かになった。
まっすぐ見てきている筈なのに、視線が揺れながら光輝を庇おうとする恵里。
頭を下げてるから視線は合わないが、まっすぐな気持ちが伝わる謝罪をしてる鈴。
二人を交互に見た後、キャスターはつまらなそうに溜息を吐いた。
「………ふん。まあ、いいさ」
光輝の胸ぐらを掴んでいた手をパッと離す。ドサッと地面に落とされ、光輝を尻餅をついた。
「こちらは地球にはもう未練がないんでね。お前達が異世界で野垂れ死にする羽目になろうが、どうでもいいさ。でもなあ、生き残りたいと思ってるなら、その甘ったれた考え方を捨てろ。
まるで年寄りが子供に説教する様に、そして光輝の立ち位置的にも上からの目線で言われた事に光輝は悔しそうな顔になりながら歯を噛み締める。尻餅をついた光輝に恵里がすぐに駆け寄った。
「………」
「ハジメ、どうかしたの?」
「いや………」
事態が一応の終息を見せる中、ユエはハジメがある一点を見つめている事に気付いて声を掛けた。
ハジメが見ていたのは、カトレアが焼かれた痕だ。文字通りに地面に焼け焦げた跡しか残っておらず、それこそ骨も燃え尽きる様な火力で焼かれたのだろう。彼女の近くにいた魔物の死体も一緒に焼かれた事で、あたり一面に肉の焼けた嫌な臭いと空気中に発散された脂肪がベタつく感覚がする。だが………。
「………」
ユエに返事をしながらも、ハジメはどこか腑に落ちない顔でカトレアの焼け跡を睨む。先程の火炎魔法はハジメの目から見ても凄まじい威力だった。それこそすぐ近くにいた自分も熱気で火傷すると思った程に。だからこそ、ハジメはカトレアが焼ける瞬間に自分の顔を庇い、カトレアが直接死ぬ瞬間を見ていなかった。魔石を仕込んだ義眼に関しても、キャスターの魔法の威力が凄まじかった為に、カトレアの魔力を一瞬で塗りつぶした様には感じてはいたが………。
しばらく考え込んでいたハジメだが、そこへクラスメイト達へポーションを配り終わった香織がやって来た。ハジメが生きていた事に涙ぐむ彼女の対応をする為、思考をそこで打ち切った。
***
その後、メルドも無事回復した事で一行は迷宮の出口を目指して歩いていた。いつもならクラスメイト達は十階層ごとに設置されていた転移魔法陣で地上を行き来していたのだが、魔人族襲撃の折に魔物達が地上に出ない様にと遠藤が転移装置を壊してしまっていた。その為、彼等は地上まで歩いていかなければならなかったのだ。
途中、迷宮の魔物が襲ってきたものの、邪魔くさそうに魔物の悉くをハジメが瞬殺していった。クラスメイト達は“無能”と蔑んでいた少年が自分達とは段違いにレベルアップした事を見せつけられ、驚愕や嫉妬など様々な表情を浮べながらも後をついて行った。
本来なら、ハジメがここまで強くなってる事や持っている銃などに質問攻めしているだろう。だが、その筆頭格である光輝は先程キャスターに言われた影響か、いつもより静かだった。自分よりも強くなっているハジメを気に入らないと思いながらも、自分では及ばない強さに暗い目を向ける程度であった。
そうして迷宮を上へ上へと上がっていき―――彼等はそこに辿り着いた。
「うっ………!?」
そこにあった光景に思わず香織は口元を抑える。場所は迷宮の30階層目。そこは光輝達の後詰めとして王国の騎士達が駐屯していた場所だ。
だが、そこにいた騎士達は全て死体となって転がっていた。鋭利な爪で引き裂かれた様に手足や胴がバラバラになってる者、巨大な顎で食い千切られた様に胴体から内臓を地面にぶちまけている者。
遠藤が脱出する際、彼への追撃を防ぐ為に命懸けで魔物達の盾となった者達の成れの果てがそこにいた。
「お前達………すまない」
光輝達の取引材料の為に生かされたメルドは自分の部下達の無惨な死体を見て、沈痛な顔で頭を下げた。騎士である以上、この様な死を彼等も覚悟していただろう。だが、自分だけがおめおめと生き残り、若い部下達が犠牲になった事を悼んでいた。
一方、クラスメイト達にとっても彼等は知らない顔ではない。昨日まで挨拶していた見知った相手が今は物言わぬ死体となっている。死体の惨状もさる事ながら、その事実にショックを受け、今更ながら自分達が戦争に参加したのだと自覚していた。と、そこにクラスメイト達の最後尾で殿を守っていたキャスターが動いた。
「キャスターさん?」
鈴が不思議そうに声を掛けるが、キャスターは返事をせずに騎士達の死体へと歩いて行く。やがて、一人の騎士の死体の前に足を止めた。
「………なんだい。顔を見ないと思ったら、こんな所で死んでたか」
そう言ってキャスターはホセの死体を見下ろす。いつものニヤニヤ笑いは無く、淡々と無表情にホセの死体に話し掛けていた。
「告白してOK貰ったと、前に言ったばかりじゃないの。せっかくお膳立てしてやったのに………クゼリーちゃんにどう詫びる気だよ、お前」
「そうか………確かキャスター殿はホセ達とも仲が良かったな」
メルドとてキャスターが騎士団の面々と時折酒盛りなどして仲良くしている事は知っている。許可がないのに勝手に城内に入っているのはどうかと思うものの、キャスターにとっても彼等は戦友だったのだろう。静かにホセの死体を見下ろす姿がメルドにはどこか哀愁を漂わせている様に感じた。
同時に光輝はホセ達の死体を直視できずに目を逸らしていた。先程、キャスターが魔人族の女を殺した事を責め立てた。だが、この騎士達は魔人族の女が率いていた魔物によって殺されたのだ。自分にとっても顔見知りの相手を殺した相手を庇おうとしていた事に今更ながら気付いてしまっていた。
「………行こう。今は脱出が最優先だ」
「待って下さい! 彼等をここに置いて行くんですか!?」
「残念だが……お前達“神の使徒”の身の安全が第一だ。まだ魔人族の仲間がこちらを狙ってる可能性もゼロじゃない。ホセ達は弔う時間は無い」
でも……と食い下がろうとする光輝だが、メルドは首を縦に振る様子は無かった。彼とて出来るなら部下達の死体をこんな野晒しな状態で放置したくない。それこそ迷宮の魔物達の餌にしかならないだろう。だが、王国の騎士として何を置いても“神の使徒”達の安全を最優先にしなくてはならなかった。
一方で光輝は彼等を放置するのは気が引けていた。なにせある意味では彼等の死の原因は自分のせいでもあるのだ。命を賭して戦ってくれた彼等を捨て置き、自分達だけ悠々と地上へ帰るなど許されない。
そうして光輝とメルドが押し問答になりそうな雰囲気になりかけた時、唐突に手をパンパンと叩く音が響いた。
「はいはい。ここで喧嘩する時間も惜しいだろ。それなら俺が残ってホセ達の死体を回収してやるよ」
「キャスター殿……しかし、貴方一人では大変だろう」
「忘れたかい? 俺は一応は“降霊術師”だよ」
ハッとした顔にメルドはなった。
「まあ、外面はよろしくないが、降霊術で死体を歩かせればこいつらの死体を持ち帰る事は出来るさ。さすがに顔見知りが魔物の餌になるのは気の毒だし、遺族だってちゃんと墓には弔いたいだろう」
「すまない………」
「あの、それだったら俺達も一緒に!」
「ああ、別にいい。見た感じ、死体もあちこちも散らばってるからな。出来る限り欠損しない様にしてやりたいし、付近を軽く捜索するからお前等は先に帰ってろ」
光輝が手伝いを申し出ようとするが、キャスターはにべもなく却下した。そしてハジメの方へ声を掛ける。
「というわけで、あとの護衛は頼んだ。まあ、ここまで来れば大した魔物は出てこないだろうし、ハジメ少年達がいれば何とかなるだろ」
「本当に勝手だな、お前」
「俺はいつだって自由に生きるのさ」
冒険者ギルドから依頼された任務だというのに、途中で抜け出すキャスターへジト目で抗議するものの、本人はどこ吹く風と気にしてない様子だ。とはいえ、ハジメからしてもホルアドに寄ったのは用事のついでではあるし、これ以上時間を取られたくないのでキャスターを手伝う気も無かった。
「じゃあ、また後でな。帰ったらゆっくり話でもしようや」
キャスターはクラスメイト達全員に―――と見せかけて、恵里に目配せしながらそう言った。先程の冷酷なまでの魔術師の顔ではなく、いつも通りのチャラけた伊達男の笑顔だ。しかし………。
「………っ」
恵里はどこか視線を合わせる事無く、まるでキャスターの顔をまともに見れないかの様に鈴の背中にこそこそと隠れてしまった。そうして光輝が雫に宥められながらもハジメ達やクラスメイト達が去り、キャスターは一人となった。
「やれやれ………分かってはいたんだが、こっちも難しい問題だな。さて、と」
恵里の事を一端、頭の外に追いやってステッキを一振りする。すると騎士達の死体が動き出した。まるで見えない糸で動かされてる操り人形みたいにぎこちない動きではあったが、彼等は傷口から臓器を零れさせながらも自分や仲間の手足を拾い集めていく。
「………」
そうして騎士達の死体達が自分自身の死体回収作業を始めたの見て――――そしてハジメ達の気配が十分に遠ざかったのを感じて、キャスターは転移魔法でその場を後にした。
***
オルクス大迷宮・最奥部。
光輝達が訓練で潜っている百階層とは別に、裏の階層とでもいうべき真の大迷宮。その最も深い場所にはハジメ達も訪れ、今はキャスターが恵里の修行の場として提供しているオスカー・オルクスの屋敷がそこにあった。そして………。
「うぅ………っ」
そこに―――先程、キャスターに焼死させられた筈のカトレアがいた。カトレアの身体は酷い有様だ。全身に火傷を負い、ハジメによって撃ち抜かれた手足の銃創も治っていない。火傷によって傷口が塞がれたから出血死はしないだろうが、いずれにせよこのまま放置していれば確実に死に至ると断言できた。
「ここ、は………?」
火傷による痛みで頭が朦朧とする中、目だけを動かして辺りを見る。どう見てもさっきまでいた大迷宮とは違う場所。しかし、地上よりも魔力の空気が濃く、魔人族としての魔力感知能力がここはまだ大迷宮の中だと告げていた。
周りはまるでここに居住しているかの様な屋敷や小さいながらも畑がある。それを見て、ふと出撃前のブリーフィングでフリードから聞かされた情報が頭に浮かぶ。フリードもシュネー大迷宮を突破した時、最奥部に氷細工の様な屋敷があったというのだ。
「ひょっとして……ここは、反逆者の住処だったのかい……?」
「その通り」
自分が目指すべき場所にいつの間にかいる事に戸惑っていたカトレアだが、不意に声を掛けられた。ハッとカトレアが痛みに耐えながらも首を向けると、そこにはいつの間に来ていたのか、キャスターがニヤニヤと笑いながらすぐ横に立っていた。
「お前、っ………!?」
自分の魔物の全滅させた四人の内の一人、そして自分を焼いた張本人を見てカトレアは顔を歪めるが、だがすぐにある事に気付いた。
(な、何だい? こいつの魔力……! さっきまで実力を隠していたってのか……!?)
それは先程の戦闘では感じなかった巨大な魔力の奔流。魔人族として生まれつき魔力を感知する能力があるから分かる。自分達の君主である魔王・アルブヘイト程ではないものの、それでもただの魔人族である自分では逆立ちしても及ばないと思わせる巨大な魔力をキャスターから感じていた。
「おやおや、ちゃんと実力差が分かってるみたいだな。偉い偉い」
「くっ……何、しに来やがった……? あの白髪の坊やにでも言われて、あたしにトドメでも刺しに来たのかい?」
覆し様の無い実力差を感じながらも、カトレアは動かない身体でせめてもの抵抗として精一杯にらみ返す。だが、キャスターは顎をさすりながら意味深気味に見ていた。
「う~ん、そうしてやっても良いんだが……というか、お前を逃がしたのは俺だし」
「なんだって……?」
「まさかその身体で自力で逃げられたと思ってる? 俺が転移魔術でここに送ってやったから、額に第三の目を開けられずに済んだと言ってるんだよ」
つまり―――真相はこうだ。ハジメがトドメを刺そうとした直前、光輝と言い争いになった隙に派手な火炎魔術でカトレアを焼いた様に見せ、その炎の中で手品の脱出劇さながらにカトレアをオスカーの屋敷に転移させていたのだ。お陰でカトレアは全身に火傷を負ったものの、こうしてどうにか生きていたのだ。
「いったい、何故………?」
「おっと、勘違いしないでくれよ。俺は女の子は好きだけど、あの勇者くんみたいに優しくはなれないなあ。今後を考えると、魔人族側にもパイプがあった方が良いと思っただけだし」
クツクツとキャスターは嗤う。その姿は女好きの遊び人ではなく、計算と合理で動く魔術師の顔になっていた。
「話はシンプル、二つに一つ」
身体を屈め、キャスターは地面に倒れてるカトレアの顔を覗き込む。顔に影がかかった笑顔が、カトレアには人間を誑かす悪魔の様に見えていた。
「俺のパシリになる? それとも―――死にたい?」
>入りきらなかった蛇足
雫「ねえ、恵里。さっきの侍の影だけど……」
キャスター「ああ、それ? 実は俺が教えた降霊術だよ。天職が同じだから、先達として御教授してあげたのだ」
雫「そうだったんですか? それにしても、あの侍の影はすごく強かったですね」
キャスター「まあな。名前はド忘れしたけど……確かイゾーとかいう、歴戦の強者らしいぞ」
雫「イゾー……それにあの構えは示現流の……以蔵? いえ、まさかね……?」
>恵里が庇った心境
例えるなら、DVしてくる男でも依存してる彼女や妻というか。彼がいないと自分は生きていけないと思っているから、警察や第三者が介入しても「あの人は本当は良い人なの! あの人を怒らせた私が悪かったの!」と庇ってしまってる感じです。図らずも、それは恵里の母親によく似てしまったわけです。実の娘が性被害にあいかけたのに、間男ではなく「恵里が誘惑したせいだ!」と責任転嫁した母親に。