ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る   作:sahala

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 ありふれオバロの方も執筆が順調とは言えないけど、とりあえず今はこちらを進めたい気分。一応、これで一区切りはついたかな。


第二十一話「とある魔術師の魔導書」

 分厚い石造りの城の中は外気を遮断している筈なのに冷気を感じさせた。廊下に飾られているのは絵画などではなく、磨き上げられた槍や戦斧というのが、この城は芸術的な美しさより軍事的な威圧感を重んじるのだと物語っており、それが空気として表れているのだろう。

 ここは魔人族の国・ガーランドの首都にある城だ。長く続く人間族との戦争から軍事国家となったこの国に城で、カトレアはとある人物と向き合っていた。

 

「任務ご苦労、カトレア」

「はっ」

 

 直立不動のカトレアに対して、その人物は執務室の机の席に座っていた。歴代の将軍達が使ってきたこの執務室は年季と共に高められてきた威厳が空気として支配しており、並の人間がいれば明らかに場違いな存在として浮いていただろう。

 しかし、彼――フリード・バグアーはその空気をものともしないどころか、背後に掲げられたガーランドの国旗も相まって、自らがこの国を背負うのだという自負を感じさせていた。当代最強と呼ばれる魔人族の将軍を前にして、一介の軍人でしかないカトレアも気圧されまいと背筋を正す。

 

「まずは見事に神代魔法を手に入れられて何よりだ。これで私に続き、我が国で神代魔法の使い手が二人となった。魔王陛下もお喜びになられる」

「………身に余る光栄です」

 

 本来ならば、カトレアは言葉通り祖国に役立てた事を喜べただろう。

 だが、今となっては………その賛辞を素直に受け取る事は出来なかった。

 

「それで報告書にあった勇者、そしてイレギュラーについて改めて説明して貰いたい」

 

 ここからが正念場だ。カトレアは自分に言い聞かせた。

 本来ならば、彼女はガーランドの軍人として正確な報告をしなくてはならない。実際に勇者達と戦った彼女の証言によって、今後のガーランドの戦略は変わるだろう。

 だが―――それは出来ない。

 祖国に対して嘘を吐く事を心苦しく思いながらも、カトレアは虚偽の証言をした。

 

「はっ。オルクス大迷宮の表層89階層において、勇者一味と接敵。戴いた変成魔物によって勇者達を追い詰めたものの、そこで奴等の仲間であろうイレギュラーな人間達と遭遇。その後、戦闘となり―――変成魔物を失いながらも逃走に成功しました。勇者達に関してはこれ以上のアプローチは不可能と判断し、大迷宮の攻略に全力を尽くし神代魔法を手に入れました」

 

 どうだ、とカトレアは内心で冷や汗をかく。報告書は文章を書くだけだから問題はなかったが、面と向かっての報告となるとやはり緊張する。

 当然ながら、任務で虚偽の証言をするのは重罪だ。自分の態度で怪しまれやしないか、とカトレアは真面目な表情でポーカーフェイスを作ったが、幸いにもフリードはその事に言及する様子は無かった。

 

「事前の調査で勇者達のレベルは知っていたが、イレギュラー……か。なんとも信じられない話だが、ウルの町でも六万の魔物がたった四人によって潰されたと聞く。ウルの町を去った後にホルアド方面へ向かっていると聞いたが、その四人が今回のイレギュラーで間違いなさそうだな」

 

 ウルの町で勇者一味の一人を調略し、一緒にいた“作農士”をウルの町ごと葬る作戦があった。

 しかし、作戦は失敗に終わった。調略した“闇術師”の六万の魔物達は全滅し、任務にあたった同僚も片腕を失って戦線復帰は絶望的だと聞く。改めてそんな化け物達と相対して、自分はよく生きて帰れたものだと溜息を吐きたくなった。

 

(いや………そいつらだけじゃない。きっと奴は()()()()()()()()()()())

 

 報告に上げてないシルクハットの魔法師をカトレアは思い浮かべていた。

 

「敵は想像以上に強大だ。私はこれより、大火山に向かう。新たな神代魔法を手に入れ、イレギュラーをなんとしても葬り去る」

 

 眼光鋭く、断固たる決意でフリードは言い放つ。

 

「お前にも同行して欲しいところだが、まだオルクス大迷宮の神代魔法を手に入れて日が浅い。その神代魔法を使い熟す訓練に専念しろ」

「………」

「カトレア」

「……っ! はっ!」

 

 考え事をしていたカトレアは返事が遅れ、慌ててフリードに敬礼した。

 そうして執務室から出た後、誰もいない所で盛大に溜息を吐いた。

 

「くそ、とうとうやっちまった……。この事がバレたら、あたしは縛り首だよ」

 

 カトレアは自分の首をそっと撫でる。恋人から貰ったロケットだけが掛かってる自分の首———だが、カトレアが触れた途端に刺青の様な紋様が首の周りに浮かぶ。

 これはあのシルクハットの魔法師から掛けられた呪法だ。この呪いによって自分はどこにいても監視されているらしく、文字通り首輪としてカトレアの自由を制限していた。当然ながら普段は見えない様になる為、カトレアはこの事を誰にも話せずにいた。

 だが、カトレアがフリードに真実を話せなかったのは他にも理由があった。

 

「どう話せってのさ………あのフリード様に直接聞けるわけないだろうが」

 

 その目に迷いの色を浮べながらカトレアは独りごちた。

 今回、オルクス迷宮の神代魔法を習得したカトレアだが、彼女は自力で試練を突破したわけではない。身動き出来ない状態で転移させられ、キャスターが改造した魔法陣によって習得出来たのだ。

 

『まあ、お前が神代魔法を習得するのは構わんよ。その方が国に戻った時、言い訳が立つだろうし』

 

 あの日、ボロボロの状態で地面に伏せたカトレアを見下ろしながらキャスターは言った。

 

『ただし、条件がある。今後は俺のイヌになること。それと初めての神代魔法だから()()()()を見て貰わないとな♪』

 

 そう言って、キャスターは恵里が習得する時に削除していたオスカー・オルクスの遺言を再生したのだ。

 最初、カトレアは「こんなものは人間族の都合の良い様に作られた嘘だ!」と反発した。だが、その内容を吟味してみると()()()()()()()()()()()()()のだ。

 長年、終わる気配すらなく戦争を繰り返す自分達(魔人族)と人間族。講和が成立しそうになっても、何故かその話は途中で無かった事になって、更に戦争が激化する。そうして二つの種族はお互いに国力が衰退しても戦争を止められない。その真相をカトレアは知ってしまった。

 

(人間族なんてどうでもいいけどさ………魔人族の未来に関わる事なんて、一介の軍人でしない私にどうしろってのさ?)

 

 カトレアとて軍人としての矜持はある。長年の戦争が原因で疲弊していく祖国を見て、どうにかしたいという気持ちから軍へ志願したのだ。

 だが、人間の“反逆者”―――否、“解放者”から告げられた真実はあまりに重く、下手をすれば魔人国の在り方すら揺らぎかねものだ。

 

『いやいや、知ってどうしろとは俺は言わんよ?』

 

 全てを知って呆然とするカトレアに対して、キャスターはニヤニヤとしながら言っていた。

 

『だって俺自身がエヒトルジュエ、ついでにお前達が魔王と崇めてるアルブヘイトとグルなのだし。じゃあ、なんで教えるのかって? そりゃお前―――()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それは―――遙かな高みから見下ろした様な笑みだった。

 地面を這い回る虫ケラでも見てるかの様に憐憫と嘲笑を含んだもの。「お前ごときに何が出来る?」と目が雄弁に物語っている。きっとそれは、“解放者”が話していた神達も同じ様に自分達を見ていたのだろう。

 

(やっぱりフリード様に………駄目だ、あの方は魔王陛下を心酔してる。こんな事を言ったところで、あたしが人間族と内通してると疑われて終わりだ。そもそもフリード様だって神代魔法を習得してるなら、この事を知ってる筈だろ? それなのに何故あそこまで魔王陛下に心酔する様になった?)

 

 以前のフリードは魔人国の同胞達の為に、模範的な軍人たらんとする誇り高い人物だった。

 それがいつからか魔王陛下に度が過ぎる心酔をする様になったと思う。それは丁度、魔人国にある神代魔法を手に入れた直後だった筈だ。

 

(くそ、こうなると魔人国だって怪しく見えてくるじゃないのさ。あの野郎、余計な事を吹き込みやがって……!)

 

 キャスターからはガーランドに帰ったら具体的にどうしろ、とは指示されていない。ただ時が来れば動いてもらうとしか言われなかった。

 あるいは、ここで“魔人国に帰って内部工作をしろ”とでも脅されていれば、やはり奴は人間族の利益の為に嘘を吹き込んだのだと結論づけられただろう。しかし、何も指示されずに無事に祖国へ帰れた事で却ってカトレアは「あれは本当なのか?」と考える時間が出来てしまった。

 

「カトレア」

 

 ハッと考え事に夢中だったカトレアは顔を上げる。そこには恋人であるミハイルが廊下の向こうから歩いてきた。

 

「ミハイル………」

「聞いたぞ、カトレア。神代魔法を習得できたんだって? おめでとう、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」

「あ、ああ………ありがとう」

 

 内容が内容だけにとても誇れる気分ではないが、ミハイルはカトレアの心中に気付いた様子はなく、手柄を立てた恋人を称えていた。

 

「これでフリード様に次いで我が軍に神代魔法の使い手が二人に増えたんだ。きっとこれで戦争も早く終わらせれる! 人間族を平定して、魔人族に平和な世が訪れるんだ!」

 

 ミハイルの喜びは多かれ少なかれ、多くの魔人族に共通するものだろう。

 確かに人間族とは宗教的に相容れないという事実もあるが、それ以上に長く続く戦争に国民達は疲弊してきているのだ。いつ終わるとも知れない戦争に魔人族達は暗雲とした未来しか見えず、また戦争によって消費される物資によって市場に商品が出回らず、日々の生活が苦しい者もいると聞く。

 しかし、ここに来て人間族への切り札となり得る神代魔法をフリードに続いてカトレアが手に入れたのだ。これで魔人族の戦争の勝利は約束され、暗い戦争も終わるのだと舞い上がるのも無理はない。

 

「やっと戦争が終わる! これからは国境を荒らす人間族に怯えなくて済むぞ!」

「………まだ気が早いよ。ハイリヒ王国だって陥落してないだろ」

 

 真実を知るカトレアは窘める様に言った。

 そもそも自分が殺されかける羽目になった眼帯の少年達がいる上に、それを上回る化け物の魔法師がいる。しかも、それらを除いても人間や魔人族を玩具にしか思ってない神までいるというのだ。

 もっとも、それを知らないミハイルは「おっと、そうだった」と軽く笑った。

 

「だが、我々が優位な事は変わらないさ。もうじき、フリード様が強化魔物を揃えて大きな攻勢に乗り出すという噂もある。きっとこれで人間族達も一網打尽に出来るだろう」

 

 どこまでも楽観的なミハイルだが、そこには魔人族の英雄フリードに対する絶大な信頼があった。それだけに魔人族全体でフリードのカリスマは大きい。何も知らなければ、カトレアも一緒になってのん気に喜んでいただろう。

 

「あ、そうだ。カトレア、実は………渡したい物があるんだ」

 

 唐突にミハイルがそう言ってきた。彼は周りに他に見てる人間がいないか、と気にする様に辺りを見回した後、懐から小さな箱を取り出した。

 

「これは……?」

「今回の任務……もしかすると、カトレアが勇者にやられて戻って来ない事もあると心配していたんだ。だから、無事に帰ってきたら、これを渡そうと思ったんだ」

 

 そっとミハイルは箱の蓋を開ける。そこには―――職人の手で見事にカッティングされ、美しい輝きを放つグランツ鉱石がついた指輪が収めれていた。

 

「……結婚して欲しい。ずっと、仕事の忙しさを理由に先延ばしにしていてすまなかった」

 

 それはミハイルからの愛の言葉であった。

 緊張しながらもミハイルの目は真剣であり、一生をカトレアと添い遂げると物語っていた。

 あるいはずっと待っていた結婚指輪と告白を前にカトレアは涙を流した。

 

「カ、カトレア? もしかして……嫌だった?」

「違う……違うんだ、ミハイル」

 

 突然泣き出された事に慌てふためくミハイルに対してカトレアはかぶりを振る。

 恋人とこれから過ごす未来が嫌なわけがない。一生を幸せにしてやると言われて喜ばない筈がない。きっとミハイルは良い夫になってくれるだろうし、彼との間に生まれる子供も可愛くて、その子が健やかに育つのを二人で見守っていけるだろう。

 

 だが、()()()()()()()()()()

 この世界が神が気儘に戦争を引き起こすゲーム盤だと知ってしまった今、カトレアは自分達の未来が酷くあやふやな物であると気付いてしまった。

 それこそ気紛れで人間族に勇者を召喚したり、神は魔人族の事も全く気にかけてなどいない。神がつまらないと感じれば、自分達はおろか魔人族を滅ぼす事だってあり得た。

 

「ねえ、ミハイル」

 

 カトレアは迷いながらも話し出す。愛する人との未来を守る為に。

 狂った神から世界を取り戻す為に。

 

「私がこれから言う事……信じてくれるかい?」

 

 ***

 

 金属音が連続で鳴り響く。ハイリヒ王国の練兵場で雫はキャスターと模擬戦を行っていた。

 地球にいた時から剣道をやっていただけの事はあり、雫の剣筋は綺麗なものだ。おまけにハジメから別れ際にアーティファクトの刀を貰い、以前まではトータスで自分に合う武器が無かった為に難儀していたが、その弱点も解消されていた。

 

「やぁああああっ!」

 

 気迫と共に雫が剣を振るう。ハジメの刀は雫の手にしっくりと合い、元々の才能や“剣士”の天職による斬撃はもはや王国の騎士達でも太刀打ちは難しかった。

 

「フフフ……」

 

 しかし、対峙してるキャスターは涼しい顔だ。いつも愛用してるステッキを使い、雫の剣をいなし、時には受け止める。むしろ仕掛けている雫の方が額に汗を浮べていた。

 

「まあ、君には関しては今更言う事はあまりないな……そら、これはどう対応する?」

「くっ……!」

 

 それまで受けに徹していたキャスターが一転して攻めに応じる。オルクス迷宮でも見せたラ・キャン(杖術)だ。ハイスピードで振るわれるステッキに雫は必死に刀で受けていた。

 

「………」

 

 スッとキャスターの目が細まる。同時に―――雫の全身に悪寒が走った。

 ステッキを引き、突きの体勢となるキャスター。それはこちらの心臓を射抜くという意図が見えていた。剣道の試合では決して味わう事のなかった殺気。その殺気を前に雫の体は強張り―――。

 

「ハアアアアアアッ!!」

 

 掛け声を上げて雫は自分を奮い立たせる。殺気によるプレッシャーを吹き飛ばし、キャスターの突きに払いのけて斬りかかりに転じる。

 

「へえ………やはりこの程度じゃ動じないか、と」

「あっ!?」

 

 だが、最初から突きを払われるのを予想していたかの様に逆に雫との距離を詰める。剣を振るっても当たらない完全なインファイトの距離になると地面につけたステッキを支点にしながら足を振り上げた。

 

 鞭の様にしならせる蹴り―――サバット(フランス式キックボクシング)におけるフエテ(Fouette)

 

 もともとラ・キャンは杖の間合いより接近された場合に備えてサバットと併行して習うものだ。キャスターの蹴りは雫の顔面に当たる前に寸止めされたが、試合ならば一本取られていた事は明白だ。

 

「………参りました」

「はい、ご苦労さん」

 

 試合終了となり、雫は刀を収めて礼をする。その姿は負けながらも相手への礼儀を欠かさない凜とした武人のものだった。

 

「改めて実感しましたけど、キャスターさんは武術も達者なんですね」

「こんなのは護身術の範疇を出ないけどな。それに俺のはバリツとか組み合わせたトンデモ武術の類いだし」

 

 雫の称賛に対してキャスターは片手をひらひらと振ってみせる。

 

「というか、驚いたというならこっちの方なんだが。雫お嬢ちゃんは同世代の少年少女に比べれば肝が据わってるな。軽く殺気を飛ばしても動揺しないしな」

「ええ、まあ……実家が道場でしたし、お祖父様との稽古であのくらいの殺気を受け流すやり方とか学びましたから」

「………なあ、まさか親戚に七夜とか両儀とかいないよな?」

「いえ、そんな名字の人はいなかったと思いますけど……?」

 

 不思議そうな顔をする雫を見ながらキャスターは「ああ、そう」と頷いた。

 

(まあ、あんなのが何人いても困るけどな………。しかし、今更ながらなんで俺が教官の真似事をしてるのかねえ?)

 

 周りには雫の他にもクラスメイト達が何人かいた。以前からメイドの子をたらし込んで半ばフリーパスで城に出入りしていたキャスターだが、今は昼間から堂々と正面口から入れていた。

 というのもオルクス迷宮でメルドの部下達が死亡して以来、騎士達の数が足りなくなっていたのだ。“神の使徒達”の護衛や教官も兼ねていたのでハイリヒ王国でもベテランの騎士達が集められていたが、その為に失ったからといって簡単に補充は出来ない。

 そのお陰で結果的に自分の部下達を死なせてしまったメルドへの処分は見送られたものの、雇われ冒険者に過ぎなかったキャスターにまで教官のお鉢が回るくらい人手不足に陥っていたのだ。そうして何人かのグループに分けられたクラスメイト達の内、キャスターは雫を含む数人の受け持ちとなった。

 

(この国の情報は分身が集めてるから問題ないとして、女の子と遊ぶ時間が減ったのはなぁ……。それに今更こんな事をして意味あるのかねえ?)

 

 オルクス迷宮での事件を経て、ようやくというべきかメルドも腹を据えたらしい。それまで情が湧いた為にクラスメイト達に“人を殺す覚悟”というのを教えてこなかったが、その為にあんな事が起きたのだ。特に光輝はメルドが付きっきりで教えて、クラスメイト達にもより実戦的な―――それこそ人を殺す事を念頭に置いた訓練が始められたのだ。

 

(でもなあ、馬が盗まれてから馬小屋に鍵をかけてるというか………慌てて対策した所で既に情報が筒抜けなんだよ)

 

 分身を通じてハイリヒ王国の諜報を行っているキャスターには分かっていた。魔人国ガーランドと戦争しているハイリヒ王国だが、その内部は一枚岩ではない。

 国の中枢を担う貴族達の中には“我々が支配した後も今の地位と金を約束してやる”などと魔人族に言われて、勇者達の情報を売り渡している者もいる。道理で魔人族(カトレア)が王都近くのホルアドまで入り込めたわけだ。

 それこそ勇者達が力はあれど精神的に未熟な青二才だというのは既に伝わっているだろうし、この隙を魔人族達が見逃す筈もないとキャスターは考えていた。

 

(まあ、何かあれば俺のイヌ(カトレア)から聞き出せば良いだけの話だけど。それにしても恵里の事で手一杯だというのに………)

 

 自分のマスターにして、曲がりなりにも弟子である恵里の姿はここにない。光輝の事で話し合った夜以来、恵里はキャスターを避ける様になったのだ。

 さすがに自分や光輝の生死に直結するのでオルクス迷宮最下層の屋敷でやってる修行には来るものの、そこでも教えを請う為に最低限しか会話しようとせず、昼間においては忙しい振りをしてキャスターと会わない様にしていた。

 

(女の子の扱いならお手の物と思っていたんだが………はっ、何を今更悩んでいるかな)

 

 まるで父親みたいに恵里を案じていたキャスターだが、その姿に自嘲していた。

 

 そもそも――生前、子供と向き合う事をしなかったくせに今更、善人面するのか?

 

 次の生徒が模擬戦を行う間、キャスターは自分自身の過去を振り返りながら自嘲していた。

 

 ***

 

 時刻は夕方。生徒達の訓練が終わったものの、キャスターの雇われ教官の仕事は終わらない。生徒達の訓練成果をメルドに報告し、それを基に次の指導要領もメルドを含めた他の教官達と会議しなくてはならなかった。

 

(マジかよ……女の子と遊ぶどころか、恵里の修行時間まで圧迫するんじゃねえか、これ?)

 

 今更ながら面倒な事を押し付けられたものだ。もういっそのこと生徒達の面倒も分身にやらせようかと考え出した時に、通り掛かった中庭に見覚えのある人影を見つけた。

 

(うん? あれは………)

 

 興味が出てきたのでなんとなく近寄る。そこには鈴と龍太郎が訓練着のまま立っていた。

 

「―――じゃあ、もう一回。本気で打ち込んできてね」

「いいけどよ……ちゃんと受け止めろよ?」

 

 鈴と龍太郎は向かい合う。その距離は手を伸ばせば届くものであり、“拳士”である龍太郎からすれば絶好の間合いだ。

 

「フッ―――!」

 

 龍太郎は腰を深く落とし、まっすぐに相手を突いた。

 すなわち正拳突きだ。地球では空手部に所属していた龍太郎の拳はブレる事なく、鈴の言葉通りに手加減してる様子もない。拳圧が軽い突風を起こし、離れているキャスターにまで届いた。

 それが鈴に向かって放たれたのだ。同年代よりも小柄な鈴では文字通り背中まで拳が突き抜ける様に思われたが………。

 

「“聖絶―――界”!」

 

 拳が当たる直前、鈴は魔法を発動させる。“結界師”である鈴が得意とする防御魔法・“聖絶”。だが、いつもの様に薄い膜状に展開するのではなく、まるで盾の様に一方向に集中させていた。それも二枚の盾を重ね掛けしており、一枚目は破られたものの、二枚目の盾が龍太郎の拳を防いだ。

 これこそは“聖絶・界”。光属性の最上級複合防御魔法であり、“神の使徒”の“結界師”である鈴だからこそ発動できる魔法だ。

 

「くぅぅぅうううっ……! きゃあっ!?」

 

 だが、まだ強度不足の様だ。盾はひび割れながら壊れ、龍太郎の拳は当たらなかったものの込められた魔力が暴発して鈴は後ろに尻餅をついた。

 

「大丈夫か、谷口?」

「いたたた……大丈夫。もっと瞬時に魔力を制御できる様にならないと」

「おや、精が出るじゃないか」

 

 心配する龍太郎を手で制しながら、即座に立ち上がる鈴にキャスターは近づいた。いつの間にかいたキャスターに二人は驚く。

 

「キャスターさん、いつからそこに?」

「ついさっきから。それにしてもこんな時間まで自主練とは熱心だねえ」

「まあ、俺は谷口につき合ってるだけだけどよ。こんなちっこい奴がやる気を出してんなら、俺もやらねえってのはおかしな話だろ?」

 

 「ちっこい言うなっ!」と鈴は龍太郎を小突くが、どちらかというとじゃれてる様に見える。

 

(……ふうん? なんかいつの間にやら仲良くなってるなあ)

 

 おそらく自主練につき合ってる間に仲が進展したのか。若者の恋の早さに茶々を入れたい気持ちもするが、キャスターは別の事を聞くことにした。

 

「へえ。そりゃまた、随分とやる気を出したんだなあ―――俺やメルドが教えてるのは“人殺し”の訓練なのに」

 

 キャスターが皮肉交じりに言うと、二人は俯いた。

 

「……やっぱり、そうだよな」

「当たり前だろ。魔人族と戦争をしてるからな」

「ねえ、キャスターさんは………地球で戦争に行った事あるの?」

「ああ、まあ………あちこちの国が戦争をやっていた時代だしな」

「戦争をやってた時代って……前々から気になってたけどよ、キャスターさんは何歳なんだ?」

「実は七十歳超えのドシニア」

 

 嘘だあ、と二人は胡乱げな目付きになる。どう見たって二十代後半ぐらいにしか見えない。

 

「ま、そうでなくとも魔術師というのは血生臭い話に事欠かない職業だし」

「それって、キャスターが前に言ってた“時計塔”のこと?」

「まあ、そっちはどうでもいいんだよ。今は関係ない。俺が聞きたいのは、なんでまたやる気になってるのかという話。勇者くんなんて、この期に及んでまだ“戦争反対!”とか言ってるのに」

 

 だからこそ、メルドが付きっきりで心構えから鍛え直す羽目になってるのだが。

 いつものニヤニヤとした笑顔ではなく、どこか値踏みする様な目で二人を見るキャスター。やがて二人はゆっくりと口を開いていた。

 

「そりゃあね……鈴だって戦争は恐いよ。でも、この前のオルクス迷宮みたいな事はこれからも起きるんだよね?」

 

 当然、とキャスターは首肯する。運悪く魔人族の奇襲にあった、という話ではない。勇者の未熟さも魔人族側にバレている為、近々に大規模な攻勢もあり得るだろう。

 

「あの時、私は皆を守る“結界師”なのに何も出来なかった。だから、もしまた同じ様な事があった時、皆を守れる様になりたいと思うの」

「俺もよ………この前に何も出来なかったという意味なら同じだけど、元々は俺が考えなしに光輝に乗っかって、クラスの奴らを巻き込んじまった戦いだしな」

 

 龍太郎は召喚初日の事を思い出しながら話し出す。意外な事に彼なりに責任感を感じている様だ。

 

「だから、俺には言い出しっぺの責任があるというか……。そんな奴が戦争が恐いから辞めるなんて、そりゃナシだろ? だったら、戦えねえ奴の分は俺がなんとかすべきだと思ったんだ」

 

 二人はキャスターをまっすぐと見つめてそう言った。それはもはや大人から言われるがままに動く子供の顔ではない。自分で考え、自分の意志で決め出した大人の顔になりつつあった。

 

「それに………私はエリリンの事が心配なの」

「うん?」

 

 唐突にマスターの名前を出されて、キャスターは鈴を見る。

 

「エリリンはきっと、今まですごく無理をしていたと思う。オルクス迷宮でも、その………魔人族を倒す為にメルドさんも斬りそうになったし」

 

 それに関しては元の性格からしてメルドの犠牲は躊躇わなかっただろう。だが、鈴の呼び掛けで止めたのも事実だ。そう思ったがキャスターは口を出さなかった。

 

「あの事でエリリンを避ける様になったクラスメイトもいるけど、エリリンをあそこまで追い込んじゃったのは私達が弱かったからだと思う。だから―――もうあんな想いをさせない為に強くなりたい。私はエリリンの親友だから」

 

 龍太郎も隣で頷く。彼もまた光輝という親友がいるからこそ、鈴が恵里の為に強くなりたい気持ちを理解できていた。

 

「………なんだ、ちゃんと良い友達がいるじゃないか」

「え?」

「なんでもない。まあ、話は分かったよ。ありがとさん」

 

 ボソッと呟いた事を聞き取れなかったが、鈴が聞き返すより先にキャスターは打ち切って背を向けて歩き出した。

 

「………ああ、そうだ。これ、やるよ」

 

 唐突にキャスターが振り向く。その手には―――いつの間にやら、一冊の革表紙の本が握られていた。

 百科事典ほどとは言わないが、それでもそれなりの厚さのある本だ。色は高級感のある茶色であり、それこそ格調の高さを思わせる。表紙には六芒星と十字架を組み合わせた様な紋章が描かれており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

「えっと………これは?」

「俺の書いた魔導書。鈴嬢ちゃんにやるよ。自己流の鍛錬じゃ向上も遅いから、これでも読んで参考にしろよ」

「それって………キャスターさんが地球で研究してた魔法とか書いてあるの?」

「“魔法(magic)”じゃない。“魔術(magick)”だ」

 

 どう違うのだろう? と首を傾げる鈴に、キャスターは魔導書を手渡した。

 

「“魔術(magick)”とは、極限の意志によって変革を起こす科学であり芸術」

 

 詩の一節を呟く様にキャスターは鈴達に言った。

 

「お前達がその意志を強く持ち続けるなら―――あるいは世界()も変える事が出来るかもな」

 

 いつものナンパ師の軽い雰囲気でなく、どこか年齢を積み重ねた老人の様な厳かな雰囲気があった。鈴達は言葉の意味を理解する事は出来なかったが、しっかりと頷いた。

 

「なあ、キャスターさん。それはそうと俺にも一冊くれねえか? 出来るならもっと薄くて俺にも読めそうなやつ」

「お前はもっと頭も鍛えとけ。このくらい軽く読めるぐらいには」

 

 うへえ、と龍太郎は顔をしかめる。しかし、そこで文句を言わないあたりは彼も成長の為に自分の弱点を克服しようとする気はあるらしい。

 

「その本、返さなくていいぞ。むしろ大切に持ってろよ。もしかしたら―――()()()()()()()()()()()()()()()? また恵里がピンチになりそうな時にでも備えて鍛えておけよ」

 

 じゃあな、とキャスターは今度こそ踵を返したが、鈴は咄嗟に呼び止めた。

 

「待って、キャスターさん。最後に一つだけ聞かせて。キャスターさんは何だかいつもエリリンの事を気に掛けてくれてるみたいだけど………それはどうして?」

「………さあね」

 

 鈴の問い掛けにキャスターは振り向かずに答えた。

 

「好きに理由付けしていいぞ。例えば別れた女房に似てるとか、もしくは死んだ娘に似てるとか」

 

 そう言って今度こそキャスターは立ち去った。それ以上は聞ける雰囲気ではく、鈴も龍太郎も黙って背中を見送った。

 おそらく、いつもの様に冗談めかして言っただけかもしれない。なんというか、あまり本心を語りたがらない性格なのだと鈴もそれなりに長い付き合いの仲で学んでいた。

 

 ただ、それでも―――あの質問は無神経だったかもしれない。

 

 キャスターから貰った魔導書をギュッと握り絞めながら、鈴はそう思っていた。




>この作品のハイリヒ王国

 いわゆる封建神権国家。ハイリヒ王家は歴史と国家の象徴であれど、事実的には“エヒト神の代理人”として聖教教会こそが権力の頂点にある。
 その教会にしても地方を支配する貴族達までは統制できておらず、表向きは王家と教会に忠誠を誓いつつも、裏では他国に取り入って自分の利益を優先させる貴族がいるのが現状である。
 以前は魔人族と内通するなど考えられなかったが、戦争が長引く事で「魔人族についた方が有利かもしれない」と考え出す者も出始めている。魔人族もまた、少ない犠牲で戦争を終わらせられるならばと搦め手を使い出している。

>キャスターのマトリクスが一部開放されました。

■■■■■の魔導書群(■■■■■■・スペルブックス)

 ランク:D~A+ 種別:対魔術宝具

 今作のキャスターが所有する宝具。キャスターは魔導書の著者としても有名であり、一説によればその数は百冊を超えるとも。
 通常、魔術師達は“神秘”の隠匿も兼ねて自身の魔術を公開したがらない。

 しかし―――このキャスターにそういった考え方は無かった。

 彼は自らが書き記した魔導書を積極的に世間に流布しており、その魔導書の数々は彼を象徴するものとして人々の記憶に刻まれた。そうした事で全ての魔導書が英霊化した際に宝具として登録された様だ。
 最初から他人に読ませるという意図があった為か、この宝具はキャスターの意志で受け渡しが可能となっている。譲渡された魔導書は単純に魔術の使い方などを記した本ではなく、たとえ魔術の素養がなくても宝具として機能する事が出来る。
 ただし―――その所有者に“極限の意志”があるならば。


 なお、それらの魔導書とは別に彼自身の魔術の秘奥を記した一冊があるのだとか。
 
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