ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る   作:sahala

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 わたしの飼ってる猫がだいぶ高齢で、最近は体調が良くないので以前よりも投稿頻度が落ちるかもしれません。空き時間にポチポチ打ってる作品ですが、どうぞお楽しみ下さい。


第二十二話「遥かな高みを目指して、誰よりも自由に」

 彼が生まれたのはイギリスのとある田舎町だった。

 

 父親が酒造業で財を成していた為、家庭的にはかなり裕福だった。だけど、その家は金持ちである前に熱心なキリスト教徒だった。

 

 神の言葉は絶対。聖書の教えは絶対。

 聖書の戒律を守って、模範的な人間となれ。

 

 両親なりに子供の将来を思っての教育だったのだろう。父親は熱心なキリスト教徒であり、母親も彼に感銘を受けて改宗したのだ。キリスト教の教義に従って生きれば模本的な人間となる。二人は己の人生経験に基づいて、そう信じていた。

 だが、二人の間に生まれた息子は熱心に神の愛を説く両親に疑問を投げかけた。

 

『神様が正しいなんて誰が決めたの?』

『皆が当たり前に持つ欲望や自由がどうして罪になるの?』

 

 その子供はきっと同世代の他の子供よりも賢い知能があったのだろう。聖書の内容をそのまま信じるのではなく、自分の中で吟味して考えた事を両親に尋ねただけだ。

 だが、両親はその賢さを喜ばなかった。彼らにとって信仰は道徳そのもだ。その道徳を疑うなど許される事ではなかった。だからこそ、両親は息子を厳しく折檻した。

 鞭を惜しめば教育を損なう。

 時代的な事もあり、息子が神への疑問を口にする度に()()が行われた。

 

『痛い、痛い、痛い』

 

 やがて父親が早逝し、家に母親と二人きりになると()()は激しさを増した。父親は伝道師の活動も行っていた為に理知的ではあったが、母親はそうではなかった様だ。子供が少しでも自分の思い通りにならなければ、まさに火がついたように怒り狂って鞭を振るっていた。それはやがて、息子の神への不信心に飽き足らず、日常での粗相や学校での成績に対しても対象となっていた。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――』

 

 言う通りに出来なくてごめんなさい。僕はただ知りたかっただけなんです。神様の言う事が正しかったのか知りたかっただけなんです。

 やめて、やめて、ぶたないで。

 お父さんみたいになれなくて、ごめんなさい。悪い子でごめんなさい。

 お父さんが死んだのは()()のせいです。ごめんなさい。

 ()()が良い子にしてなかったから、()()が車道にとび出したのが悪かったんです。だからお願い、ぶたないで――――。

 

(いや、待て………違う)

 

 そこで恵里はようやく気付いた。自分の父親はキリスト教徒ではない。

 ここは夢の中だ。以前から何度も見ているキャスターの過去の記憶。今日はあまりに深く意識が繋がり過ぎて、恵里は自分の過去の記憶と混在した様だ。

 それまで少年時代のキャスターと同期する様に鞭の痛みに耐えていた恵里だが、キャスターから教わった降霊術の要領を思い出して自分の意識を抜け出させる。すると霊体離脱する様に離れた場所から母親に折檻されるキャスターが見えた。

 

(こいつの母親は……クソ、嫌な事を思い出させやがる)

 

 ヒステリックに鞭を振るう母親の顔を見て、恵里は確信する。

 

『どうして私の言う通りに出来ないの!? お前みたいな不信心者な息子だから、あの人は死んだのよ! お前が……お前なんかのせいで――――! お前があの人の代わりに死ねば良かったのよっ!!』

 

 この女は自分の母親と同じだ。

 この折檻は子供の教育の為などではない。自分の愛する夫が突然の不幸に見舞われ、その心の空白を子供への八つ当たりで埋めているだけだ。

 それは恵里が幼少期に何度も見た光景だった。父親が死に、自分へ暴力を振るう様になった母親。他人が体験したものとはいえ、苦しかった幼少期を改めて見せられている様で恵里は胸が苦しくなっていた。

 

(やめろ………)

 

 これはキャスターの過去だ。既に起きた出来事を見せられているだけであり、恵里には関係ない。

 だが、誰も助けてはくれず、ひたすら母親の暴力に耐えている少年のキャスターを見て、恵里は震える声で呟いていた。

 

(もう………もうやめろよっ!!)

 

 気が付けば恵里はキャスターの母親を突き飛ばそうと動いていた。

 自分のトラウマに繋がるこの光景をこれ以上見たくなかったという思いもあるし、子供が虐待されてる光景が痛ましかったというのある。

 あるいは———かつて自分が誰かにそうして欲しかった様に、少年時代のキャスターを庇う為に恵里は動いていた。

 しかし、恵里が触れた瞬間に母親の身体はすり抜けて煙の様に消えた。それと同様に少年時代のキャスターも消えていた。

 

 ………夢の中だろうか、時間はどんどんと進んでいく。

 少年だったキャスターは青年へとみるみると成長していく。最終的に母親に家から追い出された彼は、まるでそれまでの禁欲的な生活とは一変して様々な事に興味を持ち出していた。

 

 聖書以外の文学、登山、格闘技、神秘学、セックス、タバコ。

 

 ………後半はどうかと思うものの、月日を追うごとに母親に虐待されていた弱い少年の面影はなくなり、鍛え上げられた肉体を持ち、異性を惹きつる魅力を持った青年へと成長していった。

 何より、それぞれの分野に対する習熟の速度は異常だった。普通の人間なら一つの分野を精通させるのに数年間はかかるだろう。だが、キャスターはそのレベルに到達するまでの速度がとてつもなく早かった。

 周りの人間は彼を見て天才だと持て囃していた。だが、キャスターの記憶を追体験していた恵里には別の物が見えていた。確かにキャスターは天才的な頭脳を持っていたが、何より異常なのはその熱意だ。寝食を忘れるなどと生易しい物ではない。まるで腹を空かせた獣が獲物を貪る様にキャスターは貪欲に知識や技術の習得に打ち込んでいたのだ。

 

『なあ、■■■■■。そんなに色々と手を出して何になるんだ?』

 

 とある大学の講堂で同級生が彼に尋ねた。彼からすれば、キャスターは節操なく様々な事に興味を持ってる様に見えたのだろう。

 

『別に大した事じゃねえよ』

 

 キャスターは笑う。この頃から、どこか人を食った様な笑みを浮べる様になっていた。

 だが、恵里には分かった。自分が本当の性格を隠す為に大人しい図書委員を演じた様に、キャスターのその挑発的な笑みもきっと仮面なのだろうと。

 

『そうだな。強いて言うなら………今までの自分をぶっ壊したい、といったところだな』

 

 その宣言通り―――彼は自分を変える為に様々な知識と経験を積み重ねていった。

 中でも彼が一番熱心になったのは登山だ。身体一つで山という大自然へと挑む。それは自分の限界への挑戦でもあり、大自然という巨大な相手に対して我を貫こうとする戦いだった。人の手で舗装されてない険しい山道を登り、山頂に立った時、彼は自然をも制覇した快感を感じていたのだ。

 ともあれ、今まで押しつけれたキリスト教の狭い世界(常識)の中に無かった物を見つけていくかの様に、彼はありとあらゆる知識を貪っていたのだ。

 

 やがて―――彼は出会う。

 人為的に奇跡や神秘を再現する儀式。一般人には知られてない神秘学の裏側―――魔術。

 

 切っ掛けは登山仲間を通じてだ。『山に登る』というのは、多くの神秘思想において特別な儀式と同一視される。

 登山による体力の消耗、地上とは違う気圧差による呼吸の乱れ、水分や食糧配分を間違えれば即座に遭難に繋がるという緊張感………極限状態にまで研ぎ澄まされる事で精神は特異的な状態にまで引き上げられ、肉体もその精神に見合う為に順応していく。

 また山というのはその場所自体が神聖視されるのだ。ギリシャ神話で神々が住まうオリンポス山、モーセが神から十戒を授かったシナイ山、日本でも富士山などが良い例だろう。

 そんな山岳信仰を基にした魔術師が登山仲間の一人におり、意気投合した末にキャスターに興味を持った魔術師は魔術の世界を教えたのだ。

 

『貴様がベイカーが推薦したという男か』

 

 魔術を研究する者達、魔術師の総本山―――“時計塔”。

 その学科の一つ、現代魔術科。表向きは一般でも名前を知られるとある結社の体を為し、著名な詩人や劇作家をなど会員にする事で資金集めや影響力を大きくしようとしている新設学科だ。

 

『まあいい、私の崇高な使命(グランドオーダー)の邪魔だけはするな』

 

 そこへ招かれた彼はより深く、魔術の世界へとのめり込んでいく。魔術の世界は彼にとって面白い物だった。一般人からすれば陰惨な面もあり、魔術師とは()()()()の代名詞であるくらい頭のネジが外れた者が多かったが、そこは問題とは思っていなかった。なにせ『神の愛』を説きながら、実の息子を虐待する一般人を知ってるのだから。

 それに科学では不可能な事象を引き起こす感覚は他に得難いものがあった。それこそ―――今までにない新しい景色が見えてくる程に。

 

 だが、月日が経つに連れてどんどんとその熱も冷めていく。

 魔術の世界においては血統が第一だ。魔術を使う為の神経となる魔術回路は両親からの遺伝によって決まり、一族の魔術の集大成である魔術刻印も歴史の長い大家の方が質が良い。血の浅い現代魔術師の様な新世代(ニューエイジ)など誰も期待などしておらず、霊地を使った実験はおろか、魔術書の閲覧ですら渋られていた。

 そもそも当の現代魔術科の学科長自体、何か別の目的に夢中であるかの様に現代魔術科にいる弟子達を気にかけてないのだ。

 

(………なんだか、つまらない世界だな)

 

 地球で自分が知る事はなかった魔術の世界。異世界(トータス)の様に漫画やアニメでしか見られない世界を見ても、キャスターの視点を通して恵里はそう感じていた。

 結局のところ、生まれた時から地位も才能も恵まれてる者が優遇され、そうでない者達はおこぼれに預かるか、指を咥えて見てるしかないのだ。こんな物は地球の生活でも何度も見た光景だった。それこそ―――光輝(一流)の側にいる存在に、自分の様な二流(端役)は許されなかった様に。

 ………誰が見たって、諦めるには十分な道な筈だ。誰も彼の事など期待していないし、魔術師の道などすっぱり諦めるか、他の魔術師達の様に時計塔の“君主(ロード)”達の誰かに臣従するのが賢い生き方だと言われるだろう。

 

(そうだよ………諦めちゃえばいいんだよ。それが一番楽な道なんだ)

 

 いつしか恵里は自分とキャスターを重ね合わせていた。暗い目でキャスターの過去を見つめる。

 子供にとって唯一の味方である筈の母親から愛されず、周りからも主役(一流)に取って代わる人材などと期待などされていない。それはまるで、恵里の境遇をなぞってる様に思えていた。

 

(なあ、そんな道は諦めろよ。自分だって分かってるんだろ? ボク達みたいな日陰役は主役(一流)に並び立つ事なんて出来ないって)

 

 だからこそ恵里は異世界召喚という非日常に賭けていたのだ。地球の日常では自分が光輝に並び立つ事などない。高校を卒業すれば光輝は大学へ進学し、そこで新しい人間関係が出来るだろう。今でさえ香織や雫といったお邪魔虫がいるのに、更に多くの女子が光輝に群がる事は想像に難くない。地味な自分はその他大勢(モブキャラ)としてやがて光輝の視界にすら入れなくなる。

 それを予感していたからこそ、トータスに召喚された事は恵里にとって僥倖ではあった。ここならば地球よりも自分の存在感を光輝にアピールできるし、()()()()()お邪魔虫達を直接排除できる。

 そう思っていたが………それもオルクス迷宮の一件以来、怪しくなっていた。光輝にとっては自分は誰かに傷つけられても、その傷つけた相手を許す程度の怒りしか湧かない存在であり、香織がパーティーから離れると言った時ほどの真剣さを見せてくれる相手ではない。結局、自分は光輝の中にある“正義の勇者”という偶像を飾る為の端役程度の扱いなのだと思い知らされていた。

 

(ボク達なんか一流達には相手をして貰えないんだよ。それがきっと世の中のルール()というやつだよ。それなのに……なんで……!)

 

 だが、記憶の中にいるキャスターに諦めた様子などなかった。『血の浅い魔術師など赤子同然』と歴史ある大家の魔術師達から侮蔑の目を向けられても、ニヤニヤとした笑顔で受け流しながらも眼だけは熱い光を失ってない。

 

 “いつか、お前達が作ったルール()なんてブッ壊してやる”

 

 その眼はそう語っている様に感じていた。

 そうしてキャスターは“時計塔”で自分が手に入れられる知識などたかが知れていると知ったキャスターは世界中を放浪した。ヨーロッパ、エジプト、インド、メキシコ、中国、はたまた日本。特定の魔術への研究を深めるのではなく、節操なしに現地の魔術を学ぶ姿は魔術師達から『雑学屋』と失笑されながらも、彼は周りの視線を一顧だにする事なく進み続けた。

 

 そうして―――恵里はその光景に辿り着いた。

 

 それはエベレストに次ぐ世界第二位の高さを誇る山脈。気象条件の厳しさや険しさから「非情の山」と呼ばれ、今も尚、エベレストより遥かに高い死亡率で知られた世界で最も登頂が難しい山。

 その山へとキャスターは挑んだ。それは魔術的に精神を鍛える為であり、また自らの限界を知る為の登頂でもあった。現代より登山装備は充実しておらず、そこはまだ人類未踏の地として地図も天候情報もほとんど分かっていない。

 途中で高山病を発症し、頂上まで道半ばで断念する事となったが、それでも彼はこの瞬間、人類が到達する限界の高さまで登っていたのだ。下山が決まり、キャスターはふと自分が登ってきた景色を振り返っていた。

 

(わぁ………!)

 

 その光景に思わず、記憶を見ていただけの恵里も感嘆の声を上げた。

 地上から見上げていた白く荒々しい剣峰は自らの足元に。雲も頭上を流れるのではなく、果てしない雲海を眼下に見下ろせた。その雲海から山峰を覗かせる山々は、まるで海に浮かぶ孤島の様だ。

 空は驚く程に近かった。

 濃紺に染まった天蓋はここが宇宙(ソラ)へと通じる場所なのだと全身で体感でき、恵里が今まで見てきたどんな光景よりも鮮烈に見えていた。

 

(すごく綺麗………)

 

 恵里自身は登山の経験などない。精々が学校の行事で行った行楽地の山くらいだ。だが、この光景は美しく壮大に見えていた。同期を切っておいた筈の過去のキャスターの体感が恵里にも感じてくる。だが、この光景を見てる事が恵里には心地良かった。

 なにより、全てが小っぽけに見えてくる。自分を取り巻く環境も、恵まれない人生も………そして光輝の事すらも。この瞬間、恵里は感動の余りに忘れる事が出来た。

 風が吹く。標高にして6000m以上の場所の風は身を切る程に冷たかったが、人里の喧騒も、鳥の声もこの場所には届かない。ただ風の音だけが耳に聞こえ、自分の呼吸音と一体になって生命の息吹の様に心地良く感じた。

 

『生まれて初めて、生きてるという感覚がする』

 

 恵里と過去のキャスターの思考が共鳴(シンクロ)する。“降霊術師”として見るなら、他者の精神(霊体)にまで入り込みすぎている二流の所業。しかし、恵里はその感触に身を委ねていたかった。

 

『ここには(ボク)だけだ。母親の束縛も、息苦しい周りの人間達も、関係なかったんだ。(ボク)は、(ボク)の意志でこの高みに来た』

 

 ああ、そうだ。ようやく分かった。自分が主役(一流)だとか、その他大勢(モブキャラ)とか、そんな事は関係ない。今よりもっと高い場所へ登りたいと思ったのは自分の中に紛れもない願い(意志)だ。

 きっとこいつは自分と同じだ。光輝という高嶺の花に自分が挑もうとしている様に、キャスターは常に今より高い場所を―――頂点を目指しているのだ。

 

(ボク)を縛るものなんてない。神も、魔術師達の常識も、その全ては取るに足りない些事だ』

 

 きっと自分は光輝に並び立てる女の子じゃない。光輝に並び立てるヒロインは香織や雫みたいな一級の女の子だけだ。もしもこの世界が運命(シナリオ)に縛られた物語なら、自分は精々が光輝に一方的に恋するだけのやられ役だ。

 それでも―――諦めたくないと思ったのだ。

 全てに悲観して川へ身を投げようとした、あの時。光り輝く王子様を見て、その光にもっと側で触れたいと心から思えたのだから。

 

『俺《ボク》の意志を以って――――(ボク)自身が世界の法となってみせる』

 

 きっとそれは、キャスターが今後も自分の人生の指針としてる言葉。

 それをはっきりと言葉にした途端、恵里の中でかつてない程に心の中がすっきりとしていた。

 自分自身にブレーキをかけていた心の楔が外れた様な快感。この昂揚感を常に目指す為に脇目も振らずにひた走る。それがきっと、キャスターと自分の根幹だ。

 

 そう、きっと(自分)は――――誰よりも自由の意志の下にある“解放者”でありたいのだ。




>●●●●●●・●●●●●

 調べれば調べるほど、実はこいつ主人公感があるというか……。
 逆境や困難な道程に挑み続けた叛逆者系主人公でした。あと最初から目をつけていましたが、恵里の人生に色々と重なるなぁ、と。だからこそ、恵里のサーヴァントにしようとこの作品を作ったわけですけど。
 なお、この過去回想自体、自分の作品向けにかなりこの人寄りの良い点しか書いてないです。例えば母親への反発として、母親のベッドでメイドとチョメチョメしてたとか(笑)

 それでも、きっと彼は………“自由の意志”を愛した“解放者”に憧れていたのかもしれません。
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