ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る 作:sahala
もう一作の方が佳境に入ってきたので、箸休めも兼ねて執筆しました。
しかし執筆に疲れたから別作品の執筆で息抜きとか、意味分からんな………。
そうして月日が経ち―――“彼”にも子供が生まれた。
切欠はとある女性が意にそぐわない政略結婚を強要されそうになり、気の毒に思った“彼”が手を貸した事だ。女性の家族が用意した男性と結婚させられない様に二人で偽装結婚を行い、ほとぼりが冷めたら別れてお互いに自由な生活に戻るつもりだった。
しかし、そうして偽物の夫婦生活を過ごしていく内に本当の恋が芽生えて、二人は改めて本当の結婚をしたのだ。その際にエキセントリックな詩を贈ったりもしたが………まあ、些細な事だろう。
月日が流れ、ついに二人の間に愛の結晶が生まれたのだ。
愛する妻に抱っこされた赤ん坊はとても小さくて、下手に触れれば折れてしまいそうな程に脆い生き物の様に見えた。
だが、すやすやと眠る我が子はとても愛らしく、“彼”には掛け替えのない宝物の様に見えたのだ。
恐る恐るといった様子で、“彼”は我が子の顔に触れようとする。それは本当に壊れ物を扱うかの様な慎重な手付きであり、同時に自分が―――“職業”柄、血生臭い事も平気でやる自分が触れて良いのか、と迷ってる様な手付きでもあった。
そっと出された指に赤ん坊の方から手を握ってきた。小さくて、父親の指を握るのが精一杯の手の平。それでも温かな柔らかさと共にしっかり“彼”の指を握ってきていた。
いつもは他人に対して傲慢な態度で接しているのに、この時は臆病な顔を見せている夫に苦笑しながら妻は赤ん坊を手渡した。最初は躊躇していた“彼”だが、妻にせがまれて観念した様に赤ん坊をその手に抱いた。その軽さはまるでタンポポの綿毛の様で、骨や筋肉もまだおぼつかない体は液体を思わせた。それでもしっかりとした息遣いと温かさが生命の息吹を感じさせた。
父親に抱っこされて、赤ん坊はくすぐったそうに微笑む。その笑顔を見て、戸惑いを見せていた“彼”の顔もつられて微笑んだ。そうして力を入れ過ぎて壊れぬ様に、だが、しっかりと生まれた子を抱き締める。
そこに傲岸不遜な魔術師の姿などなかった。生まれてきた子供を慈しむ一人の父親として、“彼”―――キャスターは喜びに満ちていた。
愛する妻がいて、そして子供の誕生を喜ぶ。ようやく手に入れた普通の父親としての幸福。
幸せだった。今まで生きた時間の中で、これ以上に勝る幸福など無いというくらいに。
そう―――この
***
「はい、アン、ドゥ、トロワ。アン、ドゥ、トロワ」
パン、パンと手拍子がオルクス迷宮の屋敷で響く。規則正しく叩かれる音はメトロノームの様だ。そして掛け声に合わせて恵里はステップを踏んでいた。
恵里が今やっているのはボックスと呼ばれる基本ステップだ。三拍子のリズムで四角を描く様に足を動かし、ダンスの基本を体に覚えさせていた。
慣れてしまえば単純な動きだが、これを一時間以上も休まずやっているため、さすがに息が上がり始めていた。
「ほらほら、遅くなってるぞ~。アン、ドゥ、トロワ!」
「このっ、好き勝手、言いやがって……!」
そしてダンスの指導をしてるのが恵里にとっては魔術や戦闘の師であり、
ダンスパーティーで光輝のパートナーに指名された恵里はキャスターの指導の下でダンスの特訓をしているのだが、だからと言ってキャスターは手を抜いてなどくれなかった。普段の修行に加えて、ダンスの特訓もプラスされたハードスケジュールを恵里はこなしていたのだ。お陰で睡眠時間はギリギリまで削られ、愛しの光輝と踊るという目的が無ければとっくに音を上げていただろう。
「はい、ラスト! クイック、クイック、スロー!」
指示通りのステップをして恵里はピタッと止まった。息が上がっているものの、ここでコケる様な真似はしない。これが本番なら周りに無様な姿を見せる事になるからだ。
「はい、お疲れ〜。だいぶ様になってきたな」
「はぁ、はぁ………やってやったぞ」
合格点を貰い、その場でへなへなと座り込む。そこへキャスターがタオルを手渡した。
「いやいや、実際よくやったなぁ。初めの頃は自分の足にもつれてコケるから、一周回って器用な奴だと感心したくらいなのに」
「う、うるさいっ、今までダンスなんてやった事ないから仕方ないだろ!」
過去の失敗を思い出し、恵里は汗を拭きながら真っ赤な顔で抗議した。
「大体な、偉そうに指示してるけどお前はダンス出来るのかよ?」
「今更聞くのかよ………そら、見てな」
キツい特訓に抗議する意味も含めて、半ば当て擦りの様に言ってみたが、キャスターは座り込んだ恵里へ優雅に一礼した。恵里からすれば胡散臭い手品師みたいな格好だが、スーツ姿で一礼する姿は非常に様になっていた。
「〜♪ 〜♪」
キャスターがステップを刻み出す。それはまさに洗練された動きであり、恵里の目にいる筈のないダンスのパートナーの姿も見えてくるくらい見事な動きだった………腹立たしいくらいに。
「そら、どうよ?」
「はいはい、あんたは何をやらせても天才でした。私が悪うございました」
一連のステップが終わってドヤ顔するキャスターに対して、恵里は仕方なく降参した。全くもって面白くない。
「というかあんた、女のナンパだけじゃなくダンスも上手いんだね」
「そりゃ出来るとも。社交ダンスくらい踊れなければ、“時計塔”では話し相手とすら認識されないからな」
何気ないキャスターの一言に恵里は顔を顰めた。
無教養な相手など同じ人間とすら思われない。
それが何世代も貴族の家系を重ねた“時計塔”の魔術師達の常識なのだろう。
「話を聞く限り、“時計塔”はつくづく気に入りそうにない場所だな」
「まあまあ。これは“時計塔"だけの話じゃないぞ? 今度の舞踏会だって、王国中の貴族様達が出席するんだろ。それこそ自分の娘を勇者くんにあてがおうとする奴はいくらでも出てくるんじゃないかねえ?」
「ちっ………分かってるよ」
キャスターの指摘に対して恵里は不承不承という感じで頷いた。鈴にも似た様な事は言われたが、光輝に悪い虫がつかない様にするには自分が完璧なダンスパートナーを務めるしかない。光輝の隣に相応しいのは自分だ、とポッと出の令嬢達に見せつけてやるのだ。
「はい、じゃあ休憩終わり」
「早っ!? もうかよ!」
「短期で仕込もうとなるとどうしても無理があるスケジュールになるからなぁ。でも、そうだな………そろそろパートナーを交えて実践的なレッスンをやるか」
「パートナー? 誰がやるんだよ?」
恵里としては光輝と一緒にレッスンを受けられたら最高だ。しかし、この秘密の修練場に光輝を連れて来るなど出来ない。
「決まってるだろ。この俺だ」
「え〜………」
「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても良いだろうに。ほら、立って」
キャスターに催促され、恵里は不承不承ながらも立ち上がる。これも光輝の為、と自分に言い聞かせて立ち上がる。
「はい、まずは基本ステップから行こうか。トータスのダンスも基本はワルツ、ステップを覚えれば応用は簡単だ」
恵里の手を取り、キャスターはもう片方の手で肩を引き寄せた。
「ちょっと。あんまりくっつくなよ」
「ダンスではこの姿勢が普通だ。我慢しろ」
「………加齢臭」
「あはは、ちょ~っとお口チャックしような?」
ボソッと呟かれた事に青筋を立てながらも、キャスターはダンスのステップを刻み始める。
長身のキャスターと小柄な恵里では体格が違いすぎるのだが、キャスターは恵里の歩幅に合わせてゆっくりと動いてくれていた。それはまさしく恵里に教える為に最適な動きであり、レッスンで体に覚えさせた足運びをすると自然とダンスの形になっていた。
「ほら、そこは一歩退いて。本番だと足を踏んづけてるぞ」
「っ、分かったよ」
キャスターに指導されながら、恵里はダンスのステップを踏んでいく。中身は女の形をしておれば誰にでも声を掛ける様な女誑しのくせに、恵里に教える時には真剣な教師の顔になっていた。
(いつ以来だろ………こんな風に誰かが付きっきりで物を教えてくれるのは)
ダンスで密着している為にキャスターの顔がすぐ間近にある。それをまじまじと見ながら、恵里はふと考え込んでいた。
(父さんが生きていた時もこんな風に教えてくれた事があったけな………)
それはまだ恵里が幸せだった頃の記憶。三輪車に乗る練習をしていた時、よく転ぶ恵里に父親が横で日が暮れるまで付き合ってくれた事もあった。泥で顔を汚しながらも何度も三輪車を上手く漕げる様になろうとした恵里に、父親はずっと横で転んだ恵里を何度も立たせてくれたのだ。
そんな幸せだった時間を―――恵里は思い返していた。
「痛っ!?」
「ほら、ボーッとしない。だから踏まれるんだよ」
考え事をしていた為にステップが遅れてしまい、キャスターに足を踏まれる。そこで恵里の意識は過去から現在へ引き戻された。
「憧れの勇者くんと踊りたいんだろ? だったらもっと真剣にやれ」
「っ、分かってるよ!」
過去なんて今更思い返す価値なんてない。全ては自分の未来の為、そして光輝の愛を手に入れる為に。
キャスターの説教に恵里は反発しながらもダンスのレッスンに意識を集中させた。
「ふむ。でもまあ、そろそろ形にはなってきたな」
ペアで踊りながら、キャスターはそう評価した。
「これなら舞踏会で大恥をかく事も無いだろ。努力賞ぐらいはやるよ」
「………どうも」
ダンスに集中しながらも恵里はぶっきらぼうに応えた。それはどこか、苦手な父親にやっと褒められたのに素直になれない娘の様な照れ隠しがあった。それを知ってか知らずか、キャスターはいつもの様にニヤニヤとした笑みを浮かべながら言った。
「いやいや、よく頑張りました。そんな努力家の恵里にご褒美をあげましょう」
「あん?」
「ところで今度の週末、予定空いてる?」
***
「はて、鈴嬢ちゃんが何で一緒なんだ?」
休日の王都の大通り。そこでキャスターは恵里と一緒にいる鈴に対して疑問の声を投げかけていた。
(表面上は)親友同士であるこの二人が一緒にいる事はそう珍しい話ではないが………。
「キャスターさんがエリリンをデートに誘ったと聞いたの!」
ふんす、と鼻息を荒くしながら鈴は恵里と並び立つ。
「キャスターさんの毒牙にかからない様に見張っておかないとね!」
「というか、ボクが呼んだんだよ。お前と二人きりでデートしてるとか、噂されたくないし」
なにせ女とくれば見境なく声を掛ける様なナンパ師であり、そんな奴と二人で休日に出掛けたとか、いらぬ噂をされそうで恵里は嫌だったのだ。
「はぁ………信用ないんだなぁ。いくら俺が女の子が好きでも相手はちゃんと選ぶよ」
「えぇ〜? 本当にござるか?」
「本当にござる。まあ、いいや。恵里が世話になってるし、鈴嬢ちゃんにもお礼してあげましょう」
鈴のジト目に軽口で答えながら、キャスターは歩き出した。その背中を恵里達は追いかける。
「というか、どこ行くんだよ? ボクも詳しい予定は聞いてないんだけど?」
「まあまあ。いいから、いいから。良い所に連れっててやるから。あ、もちろん御休憩とか、そういう所じゃないから安心していいぞ?」
恵里が問い質そうとするも、ヒラヒラと手を振りながら勝手に歩いていくキャスター。恵里と鈴は少しだけ顔を見合わせたものの、結局は大人しくついて行く事にした。なんだかんだで、二人はキャスターの事を根っこの部分では信用はしているのだ。嫌がる自分達を無理やり手籠めにしてきたりはしないだろう。
そうして王都の大通りをキャスターと一緒に歩いていると、通りすがりの人間が次々と声を掛けていた。
「よお、キャスター! 今日は随分と若い子達を連れてるな!」
「やあ、大将。また飲みに行くからボトルをキープしておいてくれよ」
「キャスター、今夜あたりにカードで勝負しねえか? 今日は稼がせて貰うからな!」
「おいおい、ディック。そう言って、先週にすっからかんになったばかりだろ。程々にしておかないと奥さんに愛想尽かされるぞ?」
「キャスターさ〜ん♡ またお店で指名ちょうだいね〜♡」
「アマンダ、また今度な。今日はこっちの可愛い子達とデートなのさ」
酒屋の店主から水商売の女性まで、実に様々な人間がキャスターへと声を掛ける。それは夜の活動を通して、彼が城下町でちょっとした人気者になってる事を示していた。
「あんた、本当に顔が広いんだね」
「ま、それなりに長くいるからな」
「ちょっとだけ羨ましいかも。鈴達も街に出掛けるけど、教会の人達に見つかったら『“神の使徒”の皆様が下々の人間に声を掛けてはなりません!』とか言ってくるのに」
「無視しちまえよ、そんなの。教会の奴等はお前達をダシにして自分達の権力を拡大したいだけなんだから。おっと、ここだ」
目的地に着いたのか、キャスターが立ち止まる。そこはショーウィンドウに飾られたドレスを見る限り、洋裁店の様だった。そしてキャスターはその店のドアを開けて―――。
「あらぁ〜ん♡ いらっしゃい♡」
「げぇっ!?」
「ひぃっ!?」
思わず恵里と鈴は引き攣った呻き声を上げてしまう。
その店にいたのは筋肉の塊だった。劇画のような濃ゆい顔に二メートル近くある身長と全身を覆う筋肉の鎧。なのに赤毛をツインテールにしていて可愛らしいリボンで纏めている挙句、服装がフリルがたくさんついた浴衣ドレスという恵里達の理解を超えた
「ば、化け物………」
「おいコラ、失礼だろうが」
思わず呟いてしまった恵里に厳しい目を向け、キャスターは女装した筋肉達磨と向き合う。その態度は先程の町人達に挨拶していた様に、普段通りの態度だった。
「ごめんな、マリアベル。こいつら、お前の美しさに参ったらしい」
「まあ、そうなのん。ウブなのね〜ん♡」
うふん♡と
うっぷ、と恵里と鈴は吐き気を堪えた。
「初めまして、私はマリアベルよん。少し前からこのお店を始めたのん!」
「話してみると意外と面白い奴でなぁ、腕も確かそうだし、知り合いになったんだわ」
「もう。キャスターさんったら、知り合いなんて他人行儀はやめて。私とあなたの仲じゃないの♡」
ポッ♡ と顔を赤らめながらクネクネとするマリアベル。
改めて
「それで今日はどうしたのん? 何か御用事?」
「ああ、もうそろそろ建国祭が開かれるのは知ってるだろ。この二人に夜会用のドレスを仕立ててくれねえか?」
キャスターが何気なく言った事に、恵里と鈴は驚いた。
「ひょっとしなくても、舞踏会用のドレス? そんな悪いよ、安くないよね?」
「心配するな、鈴嬢ちゃん。臨時収入が入ったからな」
懐から出した財布からチャリン、チャリンと景気の良い音をキャスターは響かせる。光輝達を救出した時、教会から口止め料を含めて大金をせしめていたのだ。
「でも、ドレスなら王宮で用意してくれるって言ったし………」
「そうは言うがねえ。王宮がレンタルで用意するドレスは
舞踏会で自分の娘達の見栄えを良くする為、更には“神の使徒”の少年少女が宮廷のマナーに疎い事につけ込んで、貴族達が裏から手を回してる事にキャスターは既に気付いていた。
それこそ王都のほとんどの洋裁店では貴族達から新しいドレスの注文が殺到しており、ドレスの審美眼などない恵里達には余った既製品で十分だろうという腹積もりらしい。
「その点、マリアベルの店は王都にまだ馴染みがないという事もあって、貴族達の注文が来てないんだよ。この店ならオーダーメイドのドレスを作る余裕はあるだろ」
「そうなのよねえ。私の腕はクリスタベルお姉様に認められるくらい確かなのに、何故かお客さんがあまり来ないのよねえ………」
そりゃそうだろうよ、という言葉を恵里は辛うじて飲み込んだ。外見の印象が第一というが、この女装マッスルが女の子のドレスを作る姿など想像も出来なかった。
「理屈は分かったけど……でも………」
恵里は迷った表情になる。母親と絶縁状態にある恵里は一人暮らしの為、おしゃれなどにお金を使う余裕など無かった。何より誰かからプレゼントを貰うという経験は、父親が死んでからは全く無い。嬉しさより、戸惑いの方が大きかった。
「遠慮なんてするなよ」
恵里の胸中を見抜いている様にキャスターは言った。
「勇者くんに最高に着飾った自分を見て貰いたいんだろ? その為の小道具くらい買ってやるよ」
そう言われて、恵里は心の中で思い浮かべる。
物語のお姫様の様に綺麗なドレスを着て、
「………じ、じゃあ、買って良い?」
「もちろん」
キャスターはにっこりと笑う。それはどこか、プレゼントを買い与える父親の様に優しげだった。
「えっと、キャスターさん。鈴の分も良いの?」
「おうとも。鈴嬢ちゃんも龍太郎少年にアタックしたいんだろ? だったら精一杯着飾ってやれ」
「い、いや、龍太郎とはそんなんじゃなくて!!」
この期に及んでも龍太郎との関係を否定しようとするものの、やはり鈴も舞踏会の日に綺麗になった自分を見せたいと思っているのだろう。遠慮はいらないと言われ、キャスターの言葉に甘える気になっていた。
「あらぁん? 二人とも、意中の彼がいるのかしらん♡」
様子を見ていたマリアベルが感嘆極まった声を上げる。
「ん〜、トレビア〜ン!! そういう事なら私も腕によりをかけて最高のドレスを作っちゃうわよん♡」
「ありがとうよ、マリアベル」
「あぁん♡ お礼を言うのはこっちの方よ、キャスターさん。こんなキュートな子達のドレスを作る機会をくれるなんて、やっぱり惚れ直しちゃうわぁ♡」
「お前は良い
「もう、キャスターさんってば!」
バンバンと背中を叩かれるものの、キャスターは全く動じずに笑っていた。
そうしてキャスターを置いて、恵里と鈴は奥のドレッサールームへと連れて行かれる。
「ねえねえ、こんなのとかどうかな?」
「う〜ん、そうねえん………貴方達は小柄だから、ハイウエストや縦ラインで視線を上に集めるデザインにした方が魅力的になるんじゃないからしん?」
「エリリンはどうする? こういう色の方が良いんじゃない?」
「えっと、ボクは………こういうのを良く分からないから………」
「あらん、それならミッドナイトパープルで大人の魅力を与えるとか、いっそ情熱的なローズワインでアピールしちゃうというのもありよねん♡」
「このコサージュ、可愛い! エリリンもつけてみたら?」
「い、いいよ。こういう可愛い系は鈴の方が似合うだろうし………」
「まあん、そんな事は無いわよん。貴方だって素敵な女の子じゃない♡ 貴方の場合はウエストにリボンを付けてスタイルアップ効果を狙うとか、ネックレスで首元を際立たせるのもありよねん♡」
「わあ、綺麗なネックレス! エリリン、付けてみなよ!」
「う、うん」
鈴やマリアベルに薦められるままに恵里は色々なドレスを試着したり、装飾品を身に付けておしゃれをしたりした。
それは今までの恵里の人生には無かった経験だった。
友達と一緒におしゃれして、綺麗な服を着てみる。
地球にいた頃は余計な事に使うお金が無かったし、鈴と遊びに行く時も公園の様な無料で行ける場所に限られていた。その鈴とだって表面的に付き合っていただけだ。こうしてお互いの好きな男の子を想ってファッションについて相談するなど―――そんな青春みたいな事は初めての経験だった。
「………ははっ」
「あ! エリリン、今笑ったでしょう? くそう、なんでスマホを持ってこなかったんだ私!」
「気のせいだよ。ほら、鈴もそっちのドレスを着てみなよ」
気が付けば恵里の口元は綻んでいた。それはクラスで被っている大人しい図書委員の仮面の笑みではなく、恵里本来の心から出た笑顔。
そして光輝に近付く為に利用した友情ではなく、鈴と一緒にいて楽しいと思っている笑顔。
それはまさしく、ありふれた年頃の少女の様に可愛らしい笑顔だった。
***
「それじゃあ、舞踏会の日までに仕上げておくわね~ん♡」
ドレスの注文が決まり、張り切ったマリアベルに見送られながら恵里達は店を後にした。
「キャスターさん、今日は本当にありがとうございました!」
「その………まあ、礼は言うよ」
「なあに、良いって事よ」
鈴は満面の笑みで、恵里は素直になれずにそっぽを向きながら言った礼にキャスターはヒラヒラと手を振る。そんなキャスターに鈴は更に言葉を重ねる。
「でも、本当にありがとう。なんだか鈴は恵里のおまけだったのに………」
「別にいいよ、俺はそれなりに鈴嬢ちゃんの事も買ってるからな。気に入った奴には金は惜しまない事にしてる」
本当は恵里だけにキャスターはドレスを買ってあげるつもりだったのだろう。かなりの依怙贔屓だが、恵里に何故そこまで入れ込むのか、以前に訓練終わりの時の会話で朧気ながらも知ってる鈴はその事には触れるつもりはなかった。
「あ、そうだ。キャスターさん、以前に貰った本なんだけど………」
ふとその時の事を思い出して、鈴は切り出した。
「あの本、最初は魔力の使い方とか分かりやすいんだけど途中から急に難しくなるというか………読み方を教えてくれない?」
「なに、お前、鈴にも魔術を教えようとしてるわけ?」
「うん? まあ、魔導書を渡したな。そもそも俺は魔術を一子相伝にしようとか考えてないし、見込みのある奴なら魔術の知識はどんどん広めるべきだと思ってるよ」
ジト目で見てくる恵里に対して、キャスターはあっさりとそう答えた。その内容は“時計塔”の魔術師からすれば、目を剥く様な物だが。
「う~ん、本当なら手取り足取り教えてやりたいんだが………生憎とこれでも忙しい身でねえ。ブラックな上司にこき使われてるし、鈴嬢ちゃんの指導をする時間は無いんだよなあ」
夜遊びを結構してるイメージのあるキャスターだが、時折フラッといなくなる事がある。教会の冒険者だからイシュタルあたりに何か仕事を押しつけられているのだろう、と鈴は考えていた。
「そっかぁ………もうちょっと自分で頑張ってみた方が良いかな」
「まあ、いま読めてる範囲が完璧に実践できる様になれば、次のステップにも進めるだろう。もしくは―――時がくれば、
「はは、なんかそう聞くと本そのものに意思があるみたいだね」
「ああ、なにせこの俺が書いた魔導書だからな」
まるでゲームの重要アイテムみたいな言葉に鈴は冗談めかして笑ったが、キャスターは意味ありげに笑うだけだった。
「ま、焦る必要がないなら、ゆっくりと強くなりなさいな。その為の手順書でもあるのだから」
「はい。分かりました、キャスター先生! さてと、もう夕方だけどエリリンは一緒に帰る?」
気が付けば、もう夕暮れ。マリアベルに店でドレス選びをしている内にすっかりと時間が経っていた。恵里が思案していると、キャスターは鈴に頭を下げた。
「悪い、ちょっと恵里を貸してくれないか?」
「まだ何か用事あるのかよ?」
「ちょっと夕食に誘うだけだっての。なに、ちゃんと就寝時間まで帰すからさ」
「う~ん、まあキャスターさんは恵里に
最初の警戒感など、不要だったと知った鈴はキャスターの提案にあっさりと頷く。ドレスを買って貰い、この上に恵里のご相伴になるといのは気が引けていた。そして恵里もドレスを買って貰った手前、キャスターを無下にするのもどうかと思い始めていた。
「まあ………別に良いけど」
「分かった。じゃあね、エリリン。先に帰ってるね」
鈴と別れ、二人になった恵里はキャスターに話し掛ける。
「で、夕食はどこに行くのさ?」
「まあまあ、ついて来なさいって」
そう言って歩き出したキャスターに恵里はついて行く。そして――――。
「こ、ここは………!」
「今日は俺の奢りだ、たらふく食べたまえ♪」
それは食事処というより小さな宮殿だった。
重厚な木製の扉には金細工が施され、両脇には揃いの制服を着た衛兵が立っている。窓から漏れる柔らかな灯火と、壁面を飾る色鮮やかな旗織物が、夜の街並みの中でひときわ目を引いていた。
そんな高級レストランの前に恵里は連れて来られていた。
恵里が鈴と楽しいショッピングの時間を過ごす。それが書きたいだけの回だった………。
今作だと恵里が苦学生みたいな生活してる設定ですが、多分恵里の母親は学費と最低限の生活費しか渡してないと思うんだ………。普段の食事も栄養良く食べれてないから、あんな小柄で痩せっぽちという設定です。