上条?上下や上昇の「上」 条約の「条」?
けっ! これからてめーを上条!ジョジョって呼んでやるぜ!
魔女の結界。そこはとても寂しい独りよがりな場所だと思った。魔女の内面の望むものだけが置かれた、なんとも惨めな空間。嫌なものから目を背けるどころか、嫌なものひとつ存在しない。
それは、かつて少女だったものたちの『誇り』を何もかんも踏みにじる場所。社会性を奪い、ただ欲求と生存だけを考える獣にしてしまう場所。イルカやカラスの方がよっぽど人間らしい。しかしそんな場所を作り出すのは、皮肉だが彼女ら自身だ。
とっても嫌な気分だ。別に僕は聖人だとは思わないが、僕の目で、耳で肌で魔女というものを認識すると自然と湧き出てくるものがある。こんな事を見せられて頭に来ない奴はいない。『こんな酷いことするなんて』じゃあなく、『人間を舐めきってやがるあの白ダヌキ』って怒りだ。
「ああッ!!?今俺のこの頭のことなんつった!」
仗助君が魔女の能力でピンチになった。彼の記憶を勝手に覗き込み、彼が過去に体験した苦い思い出を掘り返して仗助君にまじまじと見せつけた。丁寧に音声字幕付きでね。
しかし魔女は知らなかった。仗助君の
「鹿目さん。彼の髪を貶したら
鹿目さんは犬のような小刻みな呼吸で、ビジュアル系ロックバンドのヘッドバンギングのように激しく頷いた。
怒りに染まった仗助君は、魔女の能力を真っ向からねじ伏せ魔女をボコボコに殴り始めた。魔女も可哀想だなァ、ひとつ間違えただけで全部ひっくり返されるんだから。ここ最近彼の髪を貶すやつなんかいなかったんで、こんなに怒っている仗助君を見るのは久しぶりだ。
彼のスタンドが一発殴ると、魔女の肉体に拳の形がくっきりと。その凹みはひとつ、またひとつと増えていく。テレビ型のソレは金属質で硬いはずだが、粘土を殴っているがごとく簡単に拳の跡はついていった。
「舐めやがって野郎ォーッ!もっぺん言ってみろやスッタコがッ!!」
スタンドが殴るたび、発する掛け声が機関銃のように連なる。手下も漂う破片も全てぐしゃぐしゃに殴る。それが原型をとどめないほどにボロっちくなってもまだ殴る。彼の怒りは収まらない。絶え間ない衝撃の連鎖で、やがて魔女の肉体は完全に崩壊した。
体だと思っていた『ハコ』から球体関節人形が飛び出す。それが本当の正体なんだろう。それを仗助君は、本体と認識する間もなく外郭と共に殴りまくる。本体が殴られるたび、その外皮が裂け墨汁と血液の混ぜ合わせのような液体が噴き出てきた。
その様子は、さながらパンパンに菓子を詰められたピニャータを飢えきった浮浪者が何がなんでも中身を手に入れようと自分の境遇への怒りを込めてぶん殴っているようだ。「もう五日も何も食べていないんです」っていうギリギリの状態の浮浪者が生への執着を見せているって感じだ。
自慢の髪型がその液体で汚れようとも気に留めない。今の彼の頭の中には髪の心配より『髪型を貶されたこと』しかないんだろう。
「どららららああァ〜〜〜〜っ」
最後の一撃。本人はまだ殴り足りないだろうが、先に魔女の限界が来てしまった。体じゅうが欠片となって結界に漂って、全身が裂けてぐちゃぐちゃに潰され、魔女の肉体は結界にゆっくり滲んで溶けていった。
彼女が遺したものはない。遺した言葉もない。彼女の本当の名前は僕たちは知らない。どんな音楽が好きだったのかすら知らない。彼女の最期はひとりの人間の最期にしてはあっけなく、これまた虚しいものであった。
「─────さ、仗助君を止めないと」
「優しいんですね、手を合わせてあげるって」
「……人がひとり死んだんだ。これくらいの『はなむけ』はしてやろうってさ」
知らないうちに手を合わせていた。彼女はいたずらに命を奪う最低な奴だったが、被害者でもあった。下衆な獣になっちまったのも、彼女の本当の望みじゃあない。キュゥべえとかいうクソ野郎のせいだ。肥溜めのゴキブリの翅以下のあいつ。怒りがますます湧いてきたぞ。
鹿目さんも手を合わせる。どうか安らかに眠ってほしい。これは偽りのない本心からだ。少しでもこの苦痛と絶望を和らげられるところで安らかに。
「どこブッ飛んで行きやがったァ─────ッ、出て来やがれッコラァッ!」
「あれ、どォーなってるんですゥ?」
「見えてないんだろォ、怒りで……ほら、いまスタンドで何もないところをぶん殴った」
魔女がいなくなったことすら認識できていない仗助君。恋は盲目というが、怒りはより人を盲目にするらしい。手下も何もかもいなくなった結界で、仗助君はシャドーボクシングを楽しんでいる。手下の残骸へ目掛けてジャブ、フック、気合のストレート。
悪いけど、気絶してもらうしかなさそォだなァ。暴れまわる彼を様子見して、疲弊するのを待つ。数分待っていると、流石に限界が来たかフラつき始めた。肩、怪我してるしねェ。
それでも怒声は鳴り止まない。彼の怒りに末恐ろしさを感じながら、ゆっくりとACT 3を彼の背後に忍ばせる。そして彼に心の中で謝った。
◇
「ごめんなさい、まどか……私油断してた。貴女が魔法少女にならなかったってだけで浮かれてたわ」
「いいの!そんなに責めないで、ほむらちゃん。現に私、助かったんだから……ほむらちゃんが気に病む話じゃあないよ」
昼下がり。風車の見える心地のよい河原。透き通るような青空に、乾いていて爽やかな雲がゆったり流れる。ぴちゃん。魚が飛び跳ねた音がした。もっと河上の方では、子供たちが水切りをしてはしゃいでいる。なんというくつろぎ日和だ。
鳥が高度を落としながら飛び、飛び跳ねた魚を鷲掴みにしてどこかへ飛んでいく。野良猫が茂みの中に見えた。どうやら子猫がいるらしい。なんとも可愛らしい。
「ねぇ。えっと、あれ。あたしたち普通に話してたけど、なんて呼んでたっけ?ちゃんと呼んだことなかった気がする」
「ほむら。ほむらでいいわよ、さやか」
心臓が動いている。胸から聴こえてくる鼓動が未だ信じられない。今回のはこれまで以上にピンチだった。今まではマミさんが守ってくれていたが、今回は違った。数秒でも仗助さんが遅れていたら私はミンチだったろう。思い返すと身震いする。
「オッケェ〜〜〜〜。それで、ほむら。マミさんは今日どこにいんの?」
「仗助さんたちにお礼をだって。自分の役割を変わってくれたこと、まどかを守ってくれたこと、彼女もすっごく感謝してたみたいだから」
「えッ!わ、私も行った方がいいやつじゃんソレェエ───っ」
「マぁ、今度でいいんじゃないのォ?今はあたしらとのんびりしとけばいいのよ」
あんな奴らと正面きって戦うなんて私には出来ない。『覚悟』がない。マミさんや仗助さん、承太郎さんのような『覚悟』がない。所詮私はちっぽけで、最低な奴だと思い知らされた。
何も出来ないくせして、平和を祈っている。平穏を求めている。何もしないが声を張り上げ「やめて」と叫ぶ。それって虫が良すぎないか。私なんかのために彼らが傷つく。それが何より私の心を蝕んでいた。
(うまく笑えてるかなァ〜〜〜〜………)
強いて安心したことと言えば、仁美ちゃんのことだ。結界から出ると、彼女は地面に横になって寝息を立てていた。洗脳されていた人々と共に、康一さんがスタンドで気絶させていたらしい。
洗脳後の後遺症が気になるところだけど、今日会って話して、目立った外傷も異常もなくてホッとした。もし彼女にまで被害が及んでいたら、私おかしくなってしまってたかも。
仁美ちゃんが言うには、夢を見ていた感覚らしい。周りの人にも夢遊病だなんだと騒がれたが、洗脳なんて言っても混乱させるだけだし、上手く丸まるならそれでいい。しばらく寝るとき不安にさせるかもだけど。
「あ、ゴメン。のんびりとか言ったけど、あたし用事があるんだった」
「……また上条?」
「あれっ、ほむらちゃん知ってたっけ」
「まあね」
ほむらちゃん、掴みどころがない感じだけど、妙に私たちの間柄に詳しいなァ。神妙な面持ちでさやかちゃんを見るほむらちゃんの横顔を見ながらそう思った。
「ねぇさやか、間違ってもあの男、他人のために奇跡を使おうとしないで。それだけは約束して。貴女は魔法少女に向いていない。
言葉を選ばないわ……貴女はいじっぱりで、思い込みが激しくて、何より優しすぎる。蛮勇は無駄な傷を生み、仁愛は舌が悶える甘さを生む。無償の愛などもってのほか」
「向いてないのはあたしも気付き始めたよ。あたしはマミさんみたいに強くない。心が弱いってのは知ってるからさ。じゃーねェ、まどか、ほむら」
「ほむらちゃん、言い過ぎじゃあ……」
「こうでも言わないと、彼女、
この場を離れていくさやかちゃんの顔は、逆光で見えなかった。あるいは私が見ようとしなかっただけかもしれない。そんなギスギスした雰囲気のまま、もう一匹、魚が鳥に捕らえられるのを見た。
しかし、その魚はもがいて、鳥から逃れ川へ落ちていく。逃すまいと急降下し魚を追う鳥だったが、さらに大きな猛禽類がその鳥を逆に捕らえて飛び去った。
魚は、鱗はいくつか剥がれたが、生きていた。
◇
なんで恭介なのよ。あたしの指なんて、いくら動いたって何の役にも立たないのに。動いている指を見ると吐き気がする。妬みがあたしに囁く。あいつも絶望させてやれって。こんな犯罪者的思考、絶対変だ。あたしこんなこと考えるやつじゃあない。
奇跡がチラつく。あたし一人ならダメでも、仲間がいるなら何とかなるんじゃあないか?淡い希望がふつふつと湧いてくる。その度に、ほむらの言葉がそれを掻き消して、あたしの思考を綺麗にしてくれる。妙な期待をしちゃあいけない。
「自分って、嫌なやつだなァ」
もしもあたしの願いで腕が治ったとして、それを恭介はどう思うの?『ありがとう』とあたしが言われて、それだけ?言葉でなんと取り繕うと、あたしはそれ以上を求めている。そうなんだろう。
どこかで聞いた話だ。“人に対し何かをしてあげるという事は……全て「見返り」を期待しての行為だ。人に親切にするのは自分も親切にしてもらうためであり、無償の愛というものはない。無償の愛とは……天国へ行くための「見返り」だからだ”
あたしの全てがそれで片付けられてしまう。なんと的を得た言葉だ。的確すぎてムカついてきた。うるせェー、そんなことは分かってんだ。そう怒鳴ってやりたい。
「あらら、上条君のお見舞い?熱心ねえ」
「あ、いえいえ。あははは!」
病室のドアに手をかけるたび、胸が痛む。でも会いたいという衝動を抑えきれず、絶対に開けてしまう。それが絶対的な方程式。どんな顔をしているのだろう。少しでも明るくなってたらいいな。あたしを遠ざけないくらいには……
意を決してドアを開ける。そこには、変わらずしみったれた顔を浮かべる恭介の横顔が。今日もひとりで寂しく天井と壁を眺めていたはず。本棚の本のタイトルを読んだり、目をつぶってその内容を想像したり……そんな事してたのかなァ、と想像する。そんなひとりの時間が、彼を余計追い詰める。
そのひとりの時間が悪い。恭介が苦しむのはそのせいだ。絶対にあたしのせいなんかじゃあない。ひとりのせいでいろんなこと考えて苦しんじゃうんだ。そう信じる。信じなければやってけないよ。
「やっほォー」
「………」
「なんで黙っちゃってんのさ」
「べつに……返事するのがめんどうだっただけ。話くらいは……聞いてるよ」
やっぱり、話したいことが喉を通らない。声帯が動かない。橋の上でパンくずを携えた爺さんを、大口を閉じたり開いたりして見ているコイのように。唇だけが小刻みに動く。慰めもからかいも出来ない。
まどろみに堕ちていきそうだ。恭介の声はシワ枯れていて疲れが声色から感じられる。発音もたいそう鈍い。早送りが丁度いいくらい。
生気がまるで無かった。目に光は相変わらずない。どんな希望も届かないその目は、窓から見滝原の夕焼けを望む。太陽光をめいっぱい浴びて、そしてそれは彼の虚にすっぽり収まった。
「さやか、この前は……ゴメン。気が滅入ってたとはいえ……ヒドい…こと言っちゃった。幼馴染……失格だね。ほんと、申し訳ない」
「あ、ああ……いーのよ、そのくらいさ。今の恭介はああなっても仕方がないんだから」
あたしに謝る恭介は、どこか他人行儀だ。ゲームのプレイヤーが、表示された返答の選択肢の中から、ひとつを選びとったみたい。このシーン、上条恭介ならこう言うって……そんな感じ。
もしかして、自分を自分と認識できてない?あり得ることだ。絶望しきった恭介は、もう自分の人生を自分の物もできていないのかもしれない。
彼にとって音楽に二度と触れられないなんて、そんなもの『ゴミくず』と等しいものだろう。彼の音楽に対する情熱と意識は格が違っていたから。
《ヴァイオリン奏者、上条恭介》
音楽こそが彼の生きる意味であり、彼の輝くようなパッションをさらに煌びやかに燃やす燃料である。心の炎を雲の上まで音に乗せる。噴火のように凄まじい熱気と圧で世界を焼き尽くす。それが出来る人間は、あたしの知る中で恭介しかいなかった。
今、彼の人生はただ時間が過ぎ去るだけの物。数十年の間をぽっかり心に穴を開けたまま過ごすだけ。燃料がなければ火はたたない。マグマがなければ噴火はしない。
今の恭介は、これから永く続くだろう時を消費しているということしか考えてないんだろう。あたしとの会話の中でも、秒針、分針が時を刻む音が頭の中でこだましてるんだろう。
あたしを見る暇もない。音楽をやってたころの恭介と違って、今の彼には余裕がない。余裕がなければ主軸にあるものから逸れた『何か』を見る暇なんてない。今のあたしは恭介の幼馴染じゃあなく、選択肢をポップさせるひとつのキャラクターにすぎないのだ。
そしてその事実をいつ頃か理解してしまった。それが何より、あたしを苦しめる。
「あー、ごめん。なんだか眠くなっちゃった。寝ていいかい?」
「うん!顔が見れただけでも良かったよ。またね、恭介」
あからさまに私は追い出された。それはあたしを嫌いになって鬱陶しくなったんではなく、選択肢を選ぶことで時間を使うより、寝たほうがより時間が経つって思ったからだろう。申し訳なさそうに苦笑いをする恭介の目は、どこまでも暗かった。
好きの反対は無関心。好きの反対は、無関心。病室を出たあたしは、喉をギュッと締めた。こうすると、声が出なくて済む。俯けば顔を見られずに済む。目鼻に込み上げてくるものがある。泣き声泣き顔なんて、誰にも知られたくない。
嗚咽が出るまで喉を締め上げながら、夕日の方を睨んだ。なあ神様、あんたは持っていく腕を間違えた。
「でも……ゴメン恭介。結局可愛いのは自分なんだよ。恭介との『その後』を期待してるから。あんたの為にあたしは何もかもを捧げられないんだよ……」
数分、うずくまった。そして落ち着きを取り戻した
家に帰ったら、自分の部屋へ行って二時間くらい寝て……そして、目を覚ましてからしばらくして、この事を思い出して泣くんだろう。目が少しゴロゴロとする。膨れてるかな?
こんな気分は初めてだ。あたし今どこにいるんだろ。ちゃんと一階まで降りれてるかな。エレベーターこっちだよね?何も分かんない。下を向いて、床の模様を目で追う。タイルの変わり目を辿って、気付けば待合ロビーに着いていた。俯いていて画面は見えないが、待合のテレビは金環日食の話をニュースでしていた。
良かった、迷ってない。こんなとこ出来れば二度と来たくない。流れる冷や汗と共に溶けてなくなりたい。入り口に向かって逃げ出したい一心で小走りしたときだった。
「うげッ!げっ? いッだァァァ〜〜〜〜いッ!!」
左足首をグキリと、土踏まずが上を向いた。段差も何もないところなのに、足がもつれた。そのまま体制を崩して、鼻を地面に打ちつける。受け身を取ろうとして肘も打ったみたい。もォー、サイアクッ。
ボタッと、赤い汁が。どっかから鼻血が出た。鼻血は鼻から出るもんだ馬鹿野郎。軽いパニックに陥っていた。ひとまず、ティ、ティッシュ。こんな時のためカバンに入れといたはず…………ん、あれ、ないッ?もしや恭介の病室に置いてきちゃったァ?
今日は厄日だわ!やばい、鼻血止まんない。うぇえ、こんな人が多い中で恥ずかしいよォおーッ。ほんとに消えちゃいたい。痛くて立てないし肘はジンジンするしさァ。絶対内出血してるよおォ。
「大丈夫スか?あんた……」
「どー見たって大丈夫じゃあねェーでしょうがっ。目ン玉付いてんの?」
「そりゃシツレイ。先輩に向かってその口はないと思うッスけどねェ〜〜〜〜」
そんなチョーハズいの状況で、話しかけてくるノンデリカシー野郎が現れた。能天気に「大丈夫?」って大丈夫なわけねェーだろうがポンコツ!鼻血出てんのよこっちはさッ! そんな怒りを込めてつい、強い言葉で返してしまった。すぐカッとなるのがあたしの悪いところだ。
打ってない方の手で捻った足をさすりながら、声の主の方を見る。制服を着てた。改造制服だったから、多分高校生。中学でイカつい制服着ているやつは噂でも聞いた事なかったから。
でもそれは、同年代にしてはかなりの背の高さで、座り込んでると、結構首を上げないと顔を視界に映すことも難しかった。パニックから落ち着いてきて、改めてその男の顔を見ると……なんと見覚えのある顔だろうか。
話しかけてきた男は心配する素振りを見せながらも、櫛でその特徴的な髪型を綺麗に直していた。少しのハネも気になるようだ。着ている服の肩は少し裂けていて、裂け目からは赤色に染まった包帯が姿を見せていた。
「仗助、先輩……ごっごめんなさい!すいませんっした!」
「べェつゥにィィ〜〜〜?仲間だろォ?別にこんな事で怒ったりしねーよ。先輩なんてかしこまった言い方しなくてもいい。そういうのむず痒いんだよなァ、俺」
東方仗助さん。見滝原の生徒だけど、杜王町からの編入でやってきた。あたしのひとつ上の先輩だ。イケメンすぎてちょっと苦手。スケコマシじゃあないから、苦手なだけで
そんな彼も、承太郎さんや虹村先輩のような『能力』を持っているらしい。先日もその『能力』で魔女を倒してまどかと仁美を救ってくれたと聞いた。見えた肩の傷はその名誉の負傷だろう。
「先日は、仁美とまどかを救ってくれて……」
「あーすまん、勘弁してくれ。マミに散々お礼を言われて、それで充分なんだ。ほめ殺しって意外にツレーんだよ。俺はただ役割を全うしただけだしなァ」
「そっ、そうですか。それで、今日はどうしてこの病院に?」
「この肩だよ。俺の油断でこうなっちまったんだがなァ〜〜〜、マミの野郎が病院に行かねーと許さないってよ。そんで、ここで診てもらったってわけ。ここの病院初めてだから券とか色々作ったりで時間食っちまった」
「えッ、病院行かないつもりだったんですかッ?」
「このくらい何度も経験してるからなァ。腹と太ももにぶっとい木片が突き刺さるよりかは俄然マシだとは思わねェー?」
「いやァ、手当くらい受けてくださいよ……」
腹に木片って、壮絶すぎじゃあないか?この人、ひょっとしなくても魔法少女より無理してるんじゃない?魔法少女と違ってスタンド使いは肉体はただの人間なのに。治癒ができるわけもないのにそんな無理でからって、凄いなァ。あたしには無理だよ。
「じゃ、お先。またなァーさやか」
「あッ、待ってくださいよォ仗助さん。ちり紙とかァ、持ってたりしません?」
冷たいことに、仗助さんは倒れたあたしを起こすこともせず、手を軽く振りながら出口に向かっていった。女の子が目の前で転んで鼻血出したんだよ?信じらんない。
そんな遠ざかる彼の制服の裾を、手を伸ばしてなんとか引く。ピクッと少し反応して彼が振り返る。その時の顔が若干不機嫌に見えて言い淀むが、彼にティッシュを持っていないか聞く。 ……あたし、鼻血を垂れ流して話をしていたのか。そう考えると大概ヤバいやつだな。女子力の欠片もない。
手のひらを向けて、持っているなら下さいとジェスチャーするが、仗助さんはシニカルな含み笑いを小さくしたのち、あたしから目を背けて再び出入り口の方を向いた。
「あ、あのォ、持ってないんですか?」
「ちり紙ィ?もういらねーよ、さやかには。気ィつけて帰れよ」
「いやだって、鼻血がさ────」
意味深なこと言って帰ろうとする仗助さんに、あたしの惨状を見せつけるため、鼻から垂れてる血液を見せつける。鼻を指さして、ほら今も……血が……
赤黒い粉が宙に舞って落ちていく。鼻の穴がなんだかカピついてる。何かが貼りついた感覚。気持ち悪くて鼻下を手の甲で擦れば、粉々がより量を増して落ちていく。これって、血?
「へ? え!鼻血が…出て……ない?」
「じゃあな、さやか。俺の『クレイジー・
「───────な、何を……ねえ今あんたッ!あたしに何した!?肘も痛くない……捻挫もしてない、立てるッ」
脳みそがバグっちゃったのか?アドレナリンを分泌しすぎだ。お陰で痛みが全く感じない。いいや、アドレナリンなんかで鼻血が一瞬で止まるものか。内出血が治るものか。あたしは今何を体験しているんだ?
「おかしいよねェェエこれって。例えるならッ、昨日まで雪が降りしきる真冬なのに今日だけアブラゼミの群れが鳴く猛暑ってくらいおかしい!どォォなってんのよ!」
改めて怪我をした部分を確認する。本当に何事もなかったかのように治っている。信じられないが、本当なのだ。肘は痛くないし、足首は快適に動かせるし、鼻は詰まる事なくスーッと息が抜けていく。
仗助さんに指を突きつける。何が起こったのかまるで理解できない。手品とかそんなチャチなもんじゃあない。もっと奇妙でとてつもない事だ。
「興奮しすぎだぜ。これが俺のスタンド能力ってだけだ。『クレイジー・
仗助さんが胸ポケットからペンを取り出す。そしてそれをあたしの目の前でへし折ってみせる。仗助さんは驚くあたしを見ると満足げにニヤつき、スタンドの名を呼ぶ。
へし折られたペンは部品や欠片が待合室に散乱し、インクもベチャッと床に広がっていた。こうなっては二度と使えない。まとめてゴミ箱へポイされることになるだろう。
しかし。ひとたび仗助さんの声が響くと、散らばった物は次々と宙に浮かび始めた。ペン先、バネ、インクにインクの入っていた軸。それらと散らかった破片が集まって、パズルのピースをはめるようにビタッとはまっていく。十秒も経たないで元の形状に戻ってしまった。
そんなあたしの反応をひととおり楽しんだ仗助さんは、元に戻ったペンを胸ポケットに戻しながら、「どーだ!これが俺の能力だ!スゲーだろッ!」と自慢に溢れた笑みを浮かべてこの場を立ち去ろうとした。そして去り際に一言。
「この能力で、さやか、あんたの怪我を治したってわけだ。そーいうことでよォ。帰り道は転ぶんじゃあねーぞ?」
……『なおす』
仗助さんは状況がうまく掴めず放心しているあたしを置いて、今度こそ出口へ歩き始める。カバンを脇に挟み込み、ヒソヒソ喋る野次馬にガンを飛ばし、堂々と肩を揺らして歩いていく。
『物をなおす』
もんもんと想像していたことを思い出す。甘い願望にまみれたチンケな夢。こうだったらいいのに、を勝手に妄想してた。可能性はゼロじゃないって。どこかの漫画の主人公が言ったような名言の受け売り。
……“あたしにはそれが見えないけど、確かにそこに『有る』もの。様々な能力をもつもの。見ようとしていないものが、見ていないだけのもの”
『怪我を治す』
……“傷を治す能力なんて、都合の良すぎる話かな。いたとしても、それは身近にはいない。そんなの神に祝福されすぎだ。あたしは物語の主人公じゃあない”
あたしは主人公じゃあない。だったらこれは、必然じゃあなく『偶然』なのか。どんな確率なんだろう。どれだけあり得ない事なんだろう。あたしの馬鹿ツキがどれほど頑張って手繰り寄せたのだろう。
あたしは今、主人公を目の前にしている。どれだけあり得なくても、確かにあたしは彼に引き寄せられて、ここに対面している。『奇跡』が起こってもこんな運が良すぎることなんてある?
逆だ。どんな奇跡でもこんな偶然起こらない。『必然』なのだ。こんなの……こうなる運命だったとしか考えられない。天文学的な確率でも、どうしようもなく引きあってしまい、あたしと彼は会ってしまう『運命』。
引力……引きあってしまう力。今あたしは、そんな力がある事を実感した。
だってこんなの──────
────────『引力』としか言いようがないじゃあないか。
「待ってッ!」
病院内の視線が一気に、冷たくあたしに集まった。薬臭い雰囲気に、ぎこちなくソファーに座っていた子供が、親の顔を見ながらあたしに指を刺した。テレビのニュースを、ぼんやりと眺めていた老人がトボけた顔であたしを見た。
肝心の仗助さんは、あたしが叫んでから一歩も動こうとしない。脇にカバンを抱えたまま、病院の出口の方を向いている。振り返るも無視して立ち去るもしないで、そこに突っ立っていた。
あたしの鼻息が荒い。興奮するなと言われる方が無理だ。再び彼の名を呼ぶ。「今帰ってもらうわけにはいきません仗助さんッ」。あたしがそー言うと、彼は舌だけを動かした。
「……まだ、治ってねー怪我があんのか?」
「違います。あたしの怪我じゃあありません」
「家族の怪我か?」
「いいえ、違います」
「じゃあ俺には全く関係ない。てめーの怪我はてめーで治せよ。さやか、あんたがそう言ってやれ。そんな簡単に人に『貸し』を作りたくねェ」
「それじゃあ駄目なんです。あいつは、もう怪我が一生治らないってッ!今の医学じゃ無理だって!貴方の力が必要です、仗助さん。お願いですッ、あいつの怪我が治るなら何だって捧げていい!その点に関してはあたしは必死ですッ」
「おいおい、まあ待てよ……場所を移そーぜ。ここじゃあ色々と、なァ」
そこで、ようやく彼は振り返った。指でクィッと、あたしを外へ連れ出す仕草をしてから、今度こそ出口をくぐっていった。
あたしの大声が原因なのだが、あたしたちは病院内での注目を浴びる的となっていた。蛍光灯のスポットライトに照らされて、咳き込むオーディエンスに変な奴を見る目をされ、恥ずかしさが湧いてくる。
赤面を隠して、あたしは病院から逃げ出した。待っててね、恭介。絶対あんたに奇跡を見せてやるから。
◆
「近くにファミレスがあって良かったなあ〜〜〜〜さやか。ひさびさにカプチーノでも頼んじゃおっかなァ」
「あ、あたしは、アイスティーで……」
ファミリーレストラン『ジョニィ』の窓辺の席。同年代の男女が向かい合ってメニューを見ている。う、浮気じゃあないよッ。これはあんたのためなんだから、決して浮気じゃあない。
クルマが道路を走る。向かい側を見ると、恭介の病室が見えた。今もあそこから、虚な目で街を眺めていると思うとハートが締めつけられる。待っててよね。もうすぐだから。
「それでよォ。あんたにそんな言わすたァ、よほどの野郎なんだろーな?」
「……上条恭介。あたしやまどかの幼馴染です。見滝原高校の一年生。入学してすぐ、あいつは事故に遭いました。命に別状はなかったんですが、代償に片脚と利き腕の神経が、ダメになったんです」
恭介の身の上話を続けていく。音楽の天才なこと、その怪我が一生治らないということ、そのせいで精神が参っていること。
かっこいいところ、ダメなところ、面白いところ。知ってること何でも話していく。あいつのことを語りだすと止まらない。我ながら愛が重いものだ。
気付いたら何分間にもわたってプレゼンしてた。仗助さんもすっかり困り果てている。あいやー、やっちまった。知らないやつの話を何分も聞くなんてつまんないでしょ。
「わ、わかった!上条のことはよくわかったからッ。ようはその野郎の腕と脚を治してくれって言いたいんだろ?」
「はいッ!そうで────」
「だが駄目だ。それはできない。俺は
はい───?
そんな声が出るのを必死で我慢した。瞬間、私の全身から疑問と不安が汗となって垂れてくる。喜びの絶頂から今、絶望の谷底へ突き落とされた気分だ。仗助さん、やらないって言った?なんで?
「な、ァ……なん……」
「俺だって気持ちはわかる。ダチ公がそんな状態になったら真っ先に治してやらんと気が済まねェー。さやかのその幼馴染に恨みがあるわけでも嫌ってるわけでもない。むしろ今すぐに治してやりたいさ」
「だったらッ!」
「擦り傷くらいなら、あんたの熱量に負けて治してやってたさ。しかしなァ、そいつ、治らない怪我なんだろ?今の医学じゃ無理なんだろ?
……赤の他人をそうやって治しちまうと、他の奴はどうなんだ。他の
「それは、その……」
「こう考えると二択になる。そいつを治さねーか、生涯をかけて他のそーいう奴の怪我を治して回るか。どっちがいいと思う?」
焦りが途端に心臓へ突き刺さる。太鼓のような鼓動が耳を塞ぐ。全身が縄で縛られている。無責任な発言の罪悪感、恭介にまた何もできなかったっていう自己嫌悪という縄で、ぐちゃぐちゃに絡み合うまでガッチリと。
仗助さんのその問い……気持ちで言えば、後者と叫びたい。でも、わかってる。そんなの現実的じゃあない。前者も残酷な話だが、理屈は分かる。
せめぎ合い。人としてを取るか、美樹さやかとしてを取るか。仗助さんに頼んでいる立場で後者を選べるか?でも、恭介には怪我を治してほしい。あんな酷い様子のあいつ、もう見たくない。
でも……そんなの言ったってさ。結局友達は治してあげるんでしょ?そのほーがズルいじゃん。仗助さんの理屈も分かるけど、だったら仲間も治しちゃあ駄目じゃん。
「恭介ぇ……」
「言い訳なのは俺も知ってる。だがどこかで線引きをしなくちゃあいけない。俺はダチってのが一本の境界だ。申し訳ないがな……それ以外は、平等に扱う」
「………恭介は、スゴイんだ……治したほうがいいんだよ……」
だって、恭介の音楽は最高だから……あんなの聞けなくなるなんて、一生の後悔だよ……
────
彼の能力を受け取れない人は「何故自分じゃないのか」と思う。それは「仗助さんの友達じゃあないから」と。惨い言い訳だが、その追求から逃れられる。
仗助さんなりに負い目はあるのだろう。じゃなきゃきっと、簡単にホイホイと治してあげている。彼が優しいからこその残酷さなのだ。何だか矛盾しているな。でもそれしかない。聖人になるか酷い奴になるかしかないのだから。
納得だ。「なぜ他の奴は仗助さんの能力を受けられないのか」。そんな疑問の答えは見つからない。正答はない。しかし彼の中で呑み込むため……彼は線引きを行なっている。
「仗助さん。賭け、しません?」
つまり、恭介が文句を言う奴らを黙らせればいい。
恭介、あんたの魂を賭けるよ。あんたのヴァイオリニストとしての魂をこの賭けに使う。この場にいないあんたの……勝手すぎるかな。文句言わないでよね。腕がまた動かなくなるか、動くようになるか、マイナスにはならない二択なんだから。
「賭けェ?」
「恭介の演奏はほんとーにスゴい。あれを聴かずに死ぬなんて勿体なさすぎです」
「そーやって俺を吊り出すかッ。無理だぜ、俺はクラシックとか聴かないんだ」
「そこで賭けですよ、仗助さァん。貴方に恭介のスゴさを理解されてないまま人生を過ごしてもらうのは心苦しい。だからッ、一度恭介の腕を直してください。そして……恭介の演奏に感動したら、あたしの勝ち」
「俺が賭けるのは『治すこと』ってことか?だがこの俺が……感動しなかったら」
「腕をへし折ってください。恭介と……なんならあたしの腕も」
まさかの発言に、仗助さんの顔が固まる。度肝を抜いてやった。恭介の腕を賭けるまでは予想できたかもだが、あたしの腕まで差し出すとは思っていなかったよねェ。
「まっ、待て!何もおめーの腕なんて……」
「これで公平です。試練を乗り越えた者なら治される権利があるッ!」
「いや、しかし、何もおめーの腕まで賭けることねぇーだろうがよ!」
「あたしには腕一本など失っていい理由がある!」
目を逸らさない。あたしの覚悟は今ここで!恭介に光を取り戻すため!気付けば心臓の鼓動は聞こえなくなっていた。明鏡止水。あたしの心は波ひとつ立たない静寂に凪いでいた。だって……恭介なら、絶対感動させられるから。
あたしのそのままの気持ちをぶつける。もし恭介が失敗しても、あたしが腕を失っても文句は言わない。それがあたしができる精一杯の覚悟だ。
睨み合いは五分以上続いた。そしていつしか仗助さんの表情が段々呆れたものに変化する。あたしの剣幕に、仗助さんは深くため息を吐いた。いつの間に運ばれてきたカプチーノをすすって、呆れたため息をもう一度。そして遂に、彼は根負けした。あたしの覚悟が勝利した。
「しょォがねえーなァ〜〜〜〜さやか。あんたの覚悟に免じてあんたの腕はどうもしねーよ。その上条って野郎がよぉ、たとえどんな腑抜けでも演奏を聴くまでには何もしねェと約束する」
「……ハンカチくらいは用意しておいてくださいよ」
「ん、それってどーいう……」
「感動して泣きじゃくるかもしんないですからね!」
にへっと能天気に笑うあたしを見て、仗助さんはまたまた、ため息をつきながらカプチーノを飲み干した。あとはあんた次第だよ。恭介────
to be continued
まどドラリリース記念!
まどか×ドラ……ドラァ? クレイジーダイヤモンド!?
やっぱりこれで証明されました。
魔法少女まどか☆マギカとジョジョの奇妙な冒険は同じ世界線です()
4/13 微修正
5/24 微妙に加筆