今回いつにも増して仗助がカッコつけになっちまったべ。おらの小説、男子高校生っぽいおふざけ仗助がなかなか出てこねえだ
「すみませェェん、時間ですのでお見舞いはご遠慮いただきたく……」
「いいから黙ってください」
「そーいうことなんでェ、すんませんッス」
「………はァ?」
受付なんかにあたしを止められるもんか。恭介の病室なんて、目を瞑ってでも行くことができる。何回お見舞いに行ったと思ってんの。どこに階段どこに壁どこに窓。エレベーターのどこを押せばいいか。プログラムされたように完璧に進んでく。
目的の部屋が見えた。会いたいと心の中で思うと、その時スデにドアを開けようとしていた。仗助さんを置いてけぼりにしてたみたいで、あたしの後ろに彼はいなかった。エレベーターを出てから耐えきれず走ってきてしまったみたいだ。
絶対の方程式。ドアノブに手をかけたとき、どんな状況でも必ず起こること。衝動は抑えきれない。それは悲しい願望に近い期待ではなく、奇跡が起こる可能性の希望である。そして彼との本日二度目の対面を果たした。
「眩しいなァ……くぅつ、ううう」
見滝原を眺めるのは恭介。あたしが入ってきたのは気付いてるのだろうか。目がくらんで分かってないかな?夕日が恭介の目に入るたんび、呻き声を絞り出して瞼を閉じる。
だって、彼にとってあまりにも夕日は眩しすぎる。ちんけな陽光も恭介にとっては閃光弾。強い輝きは恭介にとって、精神への毒と化すのだから。
「久しぶりだね、恭介」
「ん────さやかか?どうしたんだよ、忘れ物かい?」
あたしが話しかけると、やっと恭介はあたしを認識したみたい。
相変わらずシケた顔してんなあんた。腑抜けちまって面白くないよ。しぼんだ風船貰って子供は喜ばない。やっぱり恭介は、音楽に触れてないとダメだ。
目を輝かせて遊ぶちびっ子になって、魂でヴァイオリンを弾いている恭介が見たい。不貞腐れて景色と天井を眺める抜け殻はいらない。あんたの演奏が聴きたい。あたしはその一心であんたに寄り添い続けたんだから。
「『
「……?なんだよ急に」
「恭介ってさ、無理なことはきっぱり諦めるタイプ?」
何を聞いてるんだろ、あたし。あたしなんて、あんたに何もできなかった臆病者じゃない。寄り添うも助けるもできずに他人に頼ってるじゃない。どうして偉そうにこんなことできるんだろう。
でも聞きたい。あたしの憧れはまだ続いているか知りたいから。あたしたち二人の魂を
「無理なことは無理だろ……ああそうか、僕の腕のことを揶揄ってんだな。やるねェさやか、転喩ってやつか。将来は文系だね」
あたしの問いを聞いた瞬間、恭介は悪く複雑な顔で俯いた。恭介の中で飲み込めないものが心の中をぐるぐるしてるのだろう。
頭を挙げた恭介は、自分を卑しめるように、苦笑い。勝手に自分への嘲りと勘違いして塞ぎ込んだ。あたしへの呆れからか、感情を露わにすることはしなかった。
「さやかはどうして僕の嫌がることをする?嫌いなのかい。いっそそうだと言っておくれよ。その方が気が楽だ。
「気にしなくて─────?」
「ああ。音楽のことを考えなくて済むんだ。さやかの言葉はいつも僕を惑わす」
恭介は、今にも消えてしまいそうな声で、やっと本心であろう言葉を言ってくれた。物憂いげな顔を自分の腕に向けて───しかし目に刹那の光が見えて。
「もしかして、恭介……」
「うるさいんだ。僕の意識がある限り、旋律が譜面が音色が僕に流れてくる。手にないはずの感覚があるんだ。ヴァイオリンを握ってる感覚。聞いてないのにクラシックが聞こえてくるんだ。今も、ずっと。
忘れたいのに忘れられないんだよ。さやかのせいだ。僕は音楽に触れられない。だから綺麗さっぱり無かったことにしたいのに、なくなる気配がひとつもしない。
むしろ、さやかが僕を応援するたび、聴かせてやりたいとウズウズするんだ。想像の腕が勝手に動く。応えてやろうと脳みそが勝手に動こうとする……」
……違う。あたし、間違ってる。
そこでやっと理解できたのだ。恭介は勝手に勘違いしたんじゃあない。あたしこそ勘違いしてた。恭介は一度たりとも
わざと意気地ない自分を演じてる。無気力の自分をみんなに見せつけてる。
思い返せば、恭介はこんなことで折れるやつじゃない。そんなんじゃああたしが惚れる演奏なんてできないからだ。プレッシャーの波に揉まれながら、一瞬の気の迷いなくヴァイオリンを手足より上手く扱う恭介がこんなことで絶望するか?恭介のメンタルの強さは何度だって近くで見てきたのに、なんで分からなかったんだろ。
自分に言い聞かせてるんだ。「二度と音楽はできない」「ヴァイオリンを弾けない」「諦めろ」「あきらめろ」。諦めることができない上条恭介を、抜け殻の恭介が言葉の槍で磔刑にしている。そうでもしないと、上条恭介は希望を抱いて苦しみを生む。
なーんだ。
やっぱり好きなんだね、音楽。
あたしを遠ざけてたのも、心の中の上条恭介をつけ上がらせないようにするためだったんだ。こんな土壇場でやっと分かった。あたしはほんとに恭介をバカにしてたんだなって。
それに気付いたあたしはスッと背筋が良くなった。頭のモヤモヤが晴れていく。あたしが気負う必要なんてなかったんだ。肩が軽い。勝手に背負ってた荷をやっと下ろせた。
「なんだよさやか。急に顔が明るくなって」
「それはね……恭介の」
「さやか、おめ〜〜〜俺を置いていくなよ。仕事すんのは俺なんだぞ」
「な、だッ、誰だあんた!」
あたしの言葉を遮って、息を荒げた仗助さんが開けっぱなしになってたドアから顔を覗かせた。いっけない、忘れてた。仗助さん置いてきちゃってたんだったわ。さやかちゃん痛恨のミス!
当然恭介は驚く。そういえば、恭介は新学期から一回も来れてないんだったっけ。仗助さんのことは学校中で噂になってるけど、来てないならそりゃあ知らないか。
恭介はかなり警戒してる。急に背の高いガタイのいいリーゼントの男が、傷ついた改造制服であたしの名を呼んだら流石にビビるか。咄嗟に動かない方の腕を掴んじゃって……なんかかーわいい。
「おめーが上条恭介か」
「あ、あんたこそ誰なんだッ、さやかの知り合いか?」
「おっと、忘れてた。俺は東方。東方仗助っていう。見滝原の二年で……あんたの先輩ってことになるかな。そこの奴とは、マぁ、仲間?というか……」
「何を訳わからないこと言ってるんだ?不気味なやつ。僕になんの用があるんだ?もし僕をシメてカツアゲしようってのならオススメはしないよ。怪我人をブチのめすなんて後味の悪いことだからな……僕は片腕が動かないんだ。自虐だが力も強かない」
その風貌から誤解して、てっきり仗助さんが恭介に御礼参りしに来たかと勘違いしている。必死に虚勢を張って、唇と声をブルブル震えさせて、一生懸命噛みついてみせる。言ってることは男らしさの欠片もないけれど。
仗助さんはその様子に、吠えてきた子犬を見るような目で、可愛らしいと言わんばかりに口角を上げる。恭介の手元の壊れた音楽プレイヤーを目にし、窓から見える夕日を睨み、一帯を観察し終えたところで恭介に近付いていく。
「なあ恭介よぉ、あんたヴァイオリンの天才なんだってな」
「た、確かにそう言われてたさ。過去の話だけど。今の僕は何もできっこないヘナチンやろうさッ。そんなのをイジメて楽しいかよ」
「別に俺はおめーに恨みなんかねーし、今に手を出す気はさらさらない」
嘘は言っていない真剣な表情。恭介の不信感がさらに高まる。
微かにだが、病院内がドタバタうるさい気がした。勝手に入ってきたあたしを探して追い出そうとしてるのだろう。あたしは看護師さんに顔覚えられてるし、すぐ見つかっちゃうな。
仗助さんに小声で「手短にお願いします」とささやく。ハテナマークを浮かべる恭介には悪いけど、これからもっとハテナを浮かべてもらうことになる。あたしにできるのは、信じて見守ることだけだ。
「もしよォ〜〜〜おめーの手が治ったなら。ヴァイオリンで俺を感動させることっつーのはよお、出来るのか?」
「あんたも僕の冷やかしが好きなやろうか。どうしてこうミミッちい奴が湧いてくるんだろォーなァ?
よく聞いとけ、僕の手は二度と治らないんだよ。現代の医療じゃ不可能なんだ。できるわけがないッ!もう帰ってくれよ、仮定の話したって現実は変わらないんだから」
「俺は仮定の話の答えを聞いてるんだぜスッタコ!国語のテストで数式書いたって点数はゼロだろーがよッ」
「う……ぐぐぐぐ」
恭介の逆ギレをものともしない気迫で、ピシャリと黙らせる。そこは不良と言ったところか、求めている発言以外をさせないという『圧』が隣にいるだけで伝わってくる。
次第に重く分厚くのしかかるプレッシャーに、恭介はこれ以上反抗しようとしても良いことなしと理解して、観念してバツの悪そうに渋々語りはじめた。
「ぐぐっ……えっと、東方……さんは、クラシックはァ、好きですか?」
「いいや。むしろ好きじゃあない。眠ったくて仕方がなくなるなあ〜〜〜〜。なんであんなに瞼が落ちるんだろーか?不思議でたまらねー」
「ふゥむ。それェ、素質ありますよ。質問の答えですが〜〜〜〜天才と言われるヴァイオリニストならば、東方先輩。価値観とか変わりますよ。きっと。二村英仁とかどうでしょう?調べたら演奏会とかやってるんじゃあないかなァ」
「
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ。僕に聞きますかソレ、普通。やっぱあんたどこかおかしいぜ、デリカシーってのが欠如してる。ここで診てもらいなよ。精神科があるかどうかはしらねーがよオオォォォ」
出た、音楽をしたい自分を抑えるためのネガティヴ・シンキング。挑発されたのも相まって恭介相当不機嫌になってる。嫌味に嫌味で返せるだけ正気だろうが、一瞬で口調が悪くなったのから分かるように、プッツン手前のストレスだ。
恭介の目つきはこれ以上なく鋭い。手が動くなら引っ叩きにかかっているのにという表情。仗助さん、わざとなんですよね?恭介を焚きつけるためわざと酷いあたり方してるんですよね?あたし心配になってきた。
二人は睨み合う。仗助さんの圧はより鈍くのしかかるが、それはプレッシャーを跳ね除け続けてきた男。毛色の違う圧であろうと決して折れることもない。
「あんたに舐められたままでいられるのは癪だから言っておく。腕が動くのなら絶対にあんたにクラシックを認めさせることができる。断言するよ……負け惜しみに聞こえるかな?
さやか、東方先輩を帰らせてくれ。お見舞いありがとう。できればもう来ないでくれると助かる。音楽の話をするようならな」
「っ……恭介、あんた──────」
「でもよォー、負け惜しみと言うが。
そのとき、仗助さんはニヒルに笑っていた。
ドッキリが成功したように、意地悪な笑みで。あたしにも恭介にもそれは向けられていて、あらかじめ全てに巻き込まれてたことをその瞬間理解する。そして彼の憎たらしく歪んだ口元が心拍を強打した。
てっきりもっと前置きあるのかと思ってた。そういう演出にするつもりなんですか。
恭介は不可解に不思議を重ねた感情が押し留められず、挙動不審なほどに目を泳がせている。『そんなはずはない』と。あたしも思わず椅子から立ち上がってしまう。恭介の様子は……言うまでもなく、パニックで気を失いそうになってる。
恭介は腫れ物を潰すがごとく、慎重に力を込める。震えが止まらないが、確かめざるを得ない。
そして、奇跡は前触れなく起こっていた。
「うおおおおおああああああ─────────ッ!?」
「仗助さんッ、貴方……!」
「何を……きさま何をしたんだァ─────!!現代の医療じゃ治らない怪我なんだぞッ、僕はいま、きさまと話をしていただけなのに……ずっと様子がおかしかったが、一体何者なんだッ、僕は何を見ているんだ!?」
恭介は寝巻きのままベッドから降り、しかと両足で地を踏み、仗助さんに詰め寄る。しかしこれは気が動転しているだけであり、多分本心は漏らしてでも逃げ出したいんだろう。怒りで恐怖を紛らわしているだけだ。
産まれてすぐの偶蹄類や奇蹄類のようにガクガクに膝をゆすり、目には希望と恐怖が織り混ざった異色の光が灯っている。事情を知っているあたしでも、実際に奇跡が起こったのを目の前にしている今、喜びよりも得体の知れない違和感が頭の中をひしめいていた。
そんなあたしたちに配慮することもなく、仗助さんは凛とした冷酷ともとれる毅然な面持ちで『賭け』の説明にはいる。
「上条恭介!いまテメーの肉体は何の異常もない物へと治った。これは紛れもない奇跡だ。しかしッ!奇跡には本来それ相応の『代償』が必要。これを払わずに奇跡を受けるというのは男らしくもなく……誰かにとって不条理なことだ。
『賭け』をしようッ。言い換えるならこれは試練だ。テメーの音楽の力で俺の心を動かしてみろ。ヴァイオリンの演奏だけで俺を認めさせろ。日時はすぐだ。場所は自分で考えろ」
「か……『賭け』だと?何なんだよ一体、僕は夢を見ているのか。奇妙すぎてもう訳わかんない……」
「もしも賭けを降りるか負けたとき、そのとき
再三言うがこれは試練だ。俺がてめーに恨みがあるわけじゃあない。俺だってこんなことはしたくねー。どうかテメーが信じてきた『音楽』で乗り越えてくれ──────」
言うことを言って、満足した顔で仗助さんはクルリときっぱり振り返る。私もおちおちここに居てられない。看護師が来てしこたま説教くらうだろうから。でも、もう少しだけ。恭介の隣でいたい。せめて奇跡を実感してから、おめでとうと言えるまでは残りたい。
そして仗助さんが扉に手をつき、部屋から出ようとしたとき、突然恭介が彼を呼び止めた。
「なあ、東方さん……」
「どうした、賭けの内容が不服か?」
「あなたが僕に何をしたかとかは分からない。気分が浮ついて色んなものの実感がない。色々なことが起こりすぎて混乱してる。でも、ひとつだけ形作りたい物がある。漠然じゃあダメな物がな」
「…………」
「また音楽に触れることを、神は許してくれるのか?」
「それは結局のところあんた次第だぜ。ここで全部が終わるか、栄光を手に入れるかはあんたの腕にかかってる」
仗助さんがそこまで言い切ると、あたしに目配せして、唇で「ヒミツ」と語り、部屋を出ていった。何だか説明始まってから最後まで、ちょっとドヤ顔でカッコつけしてたな。
恭介がぽすんと電源の切れたようにベッドに座る。あたしもそれを見て椅子に座り直した。恭介はひとりで、手を色んな風に動かして治ったことを理解しようとする。
あたしと恭介で取り残され、何と言えばいいか、分からない。気付けば窓からそよ風が吹き込んでいた。二人を包むように柔らかい涼しさが部屋いっぱいになっていくが、あたしたちは何も言えずに固まっている。ここで押せばいいのに、情けない女だ。
良かったねと言うのも違う気がするし、茶化す気にもならない。でもお祝いするには早すぎる。でも……でも。ふふふ、こんな事考えられるだけ、幸せだ。
段々実感が湧いてきた。恭介は治ったんだ。また演奏を聴ける。一緒の道を歩む可能性がある。そうだ、治ったんだ!本当に!?夢じゃあないよね、ウッソマジでェ!?
「きょ、恭介、治った実感は────」
「────やるしかないって、凄まじく燃える。とびっきりに僕はホットになっている。武者震いが止まらない。心臓がうるさいほど僕は今史上最高峰になってるッ。
さやか、分かる?今僕とても興奮してる。さやかはどう?いつもお見舞い来てくれてたの……おかげで音楽が僕の頭から離れなくなっちゃった。そしてそれを表現する!僕の究極のハートをヴァイオリンに込める!ウズウズしてきた。意欲がとめどなく噴き出て止められない。あああ〜〜〜〜もうッ、今すぐ楽器に触れたいッ!!」
あ、来た。情熱の波だ。
これがあたしの憧れだ。まさに覚醒と言うべき眼の輝き。まばゆい閃光も恭介の一部になって埋もれていく。可視光線よりも強烈な光があたしの試細胞を焼きつくす。あたしの見たかった恭介が、今ここにいる。
不死鳥が蘇る時はこんな風に美しく炎が燃え盛るのかな。火柱が幾本もうねり立ち、太陽のプロミネンスのようにガスと溶岩という燃料と熱を莫大なエネルギーで打ち上げる。
恭介の言う通り興奮が涼しい空気を暖かく変える。それを感じると目頭が熱く……何だか、あれ?あたし……泣いてる。のか?うん、泣いてる。
泣く理由は嬉しいっていう感情だけじゃない。これは美しい完成された何かを見たときに出る涙。あたし、恭介の音楽への情炎に感動してるんだ。
《ヴァイオリン奏者、上条恭介》の復活である。
「なあさやか!!」
「えっ!?あわああああわ」
恭介は冷めやらぬ興奮を隠すことなく、あたしの手を掴んで胸元少し下まで持ち上げ、グイと顔を近付ける。恭介の鼻息や体温が伝わってくる。
手汗かいてないかな、毛穴とか見られてないかな。顔が近い。何気にこいつ顔も良いんだよ、もう。演奏してるときはかっこいいのに目を輝かせてる時ときは可愛い。ズルい。この姿があたしをより狂わせる。
「どどっどーしたの恭介」
「どうしたもこうしたもないよッさやか!知ってるか、今の自分と未来の自分はまるで別人なんだぜ、この『やる気』を使わずして演奏者なものか!
ゴメンけどな、あした家からヴァイオリンを持ってきてくれないか?もし捨ててるなら親に伝えてくれ。多分使ってないやつがいくつか蔵に眠ってる。それと出来れば、僕の部屋にある道具とか持ってきてくれると嬉しい。そしたら、僕と一緒にヴァイオリンが弾けるところまで来てくれないか?練習するにもさやかが居てくれるとやりやすい」
「あ、ああー…そんなことなら、このさやかちゃんに任せときなさい!」
「ありがとう……色々と酷い言葉いっちゃってたのに、こんなに僕によくしてくれて本当に感謝してる」
「え!いや、いやいや、へへ。別にあ、あんたの感謝を求めてたわけじゃあないんだからね!でも、本当におめでとう。あんなこと言ってた仗助さんだけど、恭介なら絶対大丈夫。信じてるからね」
尊いというか、なんというか、すごくその、ウキウキしてるよね、あたし。人生薔薇色を体験してるみたい。こんな幸せで良いんですかァ?
この先どん底人生が待っているのかと不安になるレベルだ。こんな幸運、神様の慈愛としか思えない。前世でどんな不幸被ってたんだろ。パラレルワールドの私がとんでもなく不幸せだったとか?
あたしたち二人とも、笑顔が清々しい。恭介を本当に理解できた気がしてて、嬉しくて楽しくて、これ以上言語化できない幸福感。国語力が足りないのが悔やまれる。
「また明日ね、恭介」
「うん、待ってる」
そんな澄んだ気分で病室をあとにした。ドアノブに手をかける。入ってきた時とは違う感情を手にして。 病院を出ようとする一歩手前、結局看護師さんたちに見つかってしこたま叱られたのは別のお話。親まで呼ばれかけちゃった。危ないところだ。
時は経ち後日。まどかや仁美にはまだ内緒。きっと今頃、病院では大騒ぎだろうな。突然リハビリ中の患者が元気いっぱいに回復するなんて、先生も頭を抱えるしかない。天地がひっくり返っちゃうほどてんやわんやになってるかも。
授業なんてやってらんない。ウズウズは止めることのできない情動となってあたしの背中を押す。マミさんたちとのおしゃべりも今日はナシ。放課のチャイムが聞こえた瞬間、あたしは全てを振り切って走り出した。
恭介んちにお邪魔して、色んなもの携えて、恭介の病室へ。看護師たちと目を合わせないようコソコソと、楽器類を見られたら取り上げられるのでバッグに上手いこと隠してエレベーターに乗り込む。
恭介の病室が見えた。迷わず猛ダッシュ。機材や楽器は重いけど、キラキラの目で練習する恭介を一番近くで見られるなら安い安い。録音機持ってきちゃったもんね。
扉をノックして、もしもーし。返事はない。もしや音楽にお熱になってまた気付いてない?ふふふ、うい奴め。そんなんなら思いっきりドアを開いて驚かせてやる。バーン!と。プロレスラーの入場みたいに。
「てやァー!!さやかちゃん、参上!来たよ、きょ───あれ恭介ェ?」
そしてその日上条恭介は失踪した。
to be continued
会話が行間なく隣り合わせで続いているときは、ミスではなく食い気味に発言している時やセリフがほとんど同時に発せられてる時、マンガのギャグシーンのようにみんながわちゃわちゃと喋っている感じを出したい時などのときなのであしからず
11/22 微修正