交わした約束は砕けない   作:イロコイ文明

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今回も相変わらず小説の《無限の王》のネタバレあります。だいたい2000円!お得!《紅い遺言》と合わせて税込みだいたい4500円!買おう!



《イタリアにて》

 

 晴朗、極まれり。

 

 雄大な河川に水上ボートが波をたてて進む。ドゥカーレ宮殿を陽の光が包み、その影が造幣局を覆い隠す。道ゆく人々の活気が水面に反射する。しかし石造りの路地には、ギャングという暗がりが潜んでいる。

 イタリアの都市、ヴェネツィア(ベニス)。数多の運河と整備された水路から、水の都と呼ばれ、その長い歴史から『アドリア海の女王』とも呼ばれる。各地にはペストや拷問などの暗い歴史を抱えながらも、物流、観光業の力で発展していることは確かである。

 船で北東へ三十分。明るいヴェネツィアから一転して、暗く神秘性十分な島があった。島全体が巨大な屋敷と修練場のような施設であり、中央に聳える塔が一際目立つ、荘厳であるが危険な雰囲気が漂う奇妙な小島が浮かんでいる。

 その名は『エア・サプレーナ島』。歳の若く見えるある女がその屋敷の主人である。何に使うかもわからない危険な建造物と、島全体の華麗な趣きは観光客を惹きつけるが、一般の人間の立ち入りは堅く禁じられ、イタリアを裏から支配するギャング団でさえ手を出せない『聖域』である。

 

「貴女がここにいる事で、弾き出された我々もイタリアで多少の活動ができます。感謝してますよ、サーシャ……いえ、ロギンズ師範」

 

「やめてくださいエルナンデスさん!私など先生に比べたら……」

 

「はっは!もう五十代というのにその外見。未だ三十代もいかぬレディのようだ。すっかり老人となった私からすれば、貴女はリサリサに並んでいるように思えますがね」

 

 

 修験場で修行を行う者たちから離れ、屋敷で会話する二人がいた。男の名はJ・D・エルナンデス。苦労で刻まれたであろうシワシワの顔で、向かいに座る女に笑いかけていた。いかにも老人という風貌だが、ほどほどに派手な装飾のついたスーツを、なんとなしに着こなしていて、できる人間ということは彼の雰囲気から感じ取れた。

 SPW財団超自然現象研究部門のトップなのだから、その感覚は当然と言えば当然だろう。そんな立場の人間がこんな孤島に何の用があるというのか。

 

「それで、彼の体調は?」

 

「……ほとんど全快です。先日、やっと両足の機能が回復しました。目の視力は衰えたようですが、波紋でなんとか」

 

 

 『波紋』と呼ばれる技術があった。発祥はチベットの山奥。仙道とも言われる。起源は古く、少なくとも二千年以上前には世界中に密かに広がり、人間の能力を向上させる秘術として存在していたとされる。

 特殊な呼吸法により、血液の流動を制御し、太陽の光の波長と同じ形の波紋を血液で起こし循環させることにより、自らに眠る生命エネルギーを引き出し体内に留める技術。

 習得はとても難しく、才能ある者でも数ヶ月、あるいは数年。才能のない者は修練では決して身に付けられないという、正真正銘の秘術。このエア・サプレーナ島はその波紋の習得・習熟のための修行島である。

 

「波紋ですか」

 

「はい……ですが彼の生命力は凄まじい。継続的な波紋の治療は必要ないようです。まさか、欠損部位が繋がり合うとは思いませんでしたよ」

 

 

 波紋は、一説にはスタンドにたどり着くため生まれた技術と言われている。現在では、数少ない波紋の一族がその技術を受け継ぎ、己の波紋エネルギーを他者に分け与え治療を行う医療法として、細々と受け継がれている。

 そしてこの女。五十代と言われながらも、三十代二十代と変わらない肌。艶がある髪は長く束ねられて、ハリのあるしなやかな肉体はほとばしる生命力に溢れた彼女を体現している。

 若い男もまだ引っ掛けられそうな彼女の名前はサーシャ・ロギンズ。二次大戦期のエア・サプレーナ島師範代であったロギンズの孫である。

 

「流石な生命力ですねえ……スタンドが何か影響でもしているのでしょうかね」

 

「与太話はそのくらいで。要件は何ですか、エルナンデスさん」

 

「……簡単に言いますとォ……ええ、そうですね。ここもそろそろ、奴らが目をつけてきています」

 

「ギャング団……『パッショーネ』ですか」

 

「はい。イタリア支配を目論む彼らにとって我々はささくれのように鬱陶しい存在。無理矢理侵入して荒らしにくるかもしれません」

 

 

 サーシャはエルナンデスの報告を聞くと、古い知人と話していた楽しげな表情を一変、虫が口に飛び込んできたような不機嫌にする。同時に、彼女の波紋の師、リサリサのことを思い浮かべた。

 『エリザベス・ジョースター』───古き彼女を知る者は、その名で呼んだ。ストレイツォという正統な波紋の一族の長を養父にもち、その技術を継承。九十歳を超えてなお現役だった、伝説的な波紋の伝道師。世界的な不動産王ジョセフ・ジョースターの母であり、東方仗助の祖母でもある。

 

「先生も私も財団の一員。ここを探られたら間違いなく、面倒なことになる」

 

「彼のことについて知られるのもいけないからなアァ〜〜〜」

 

 

 彼女はかつて、今のエルナンデスが就く立場にあり、サーシャはリサリサの懐刀として活躍する財団秘蔵の諜報員(エージェント)だった。

 今も財団の一員であることに変わりなく、財団を裏からの圧力でイタリアから追い出そうとしているパッショーネにとっては、イタリア活動の拠点となっているこの島とサーシャは今すぐ始末したい相手であることは明白。

 故のエルナンデスの忠告である。サーシャが歴戦の強者だとしても、何名ものスタンド使いを手駒に持つパッショーネに、ひとりで敵うわけがない。そんなことは、長い戦いの旅路を生き抜いたクルセイダーでさえ難しいだろう。

 お前はイタリア一国にこだわり失っていい存在ではないと、エルナンデスはサーシャに伝えにきたのだ。

 しかし。スタンド黎明期より、リサリサの元で奔走してきた二人だからこそ、お互いの真意には簡単に気付いた。エルナンデスは無理を承知で、彼女へ交渉にやってきている。

 

「エルナンデスさん。私は財団員である前に一族の者です。数少ない門下を捨てるわけにはいけない」

 

「ハァ、何となくわかってましたよ。まったく頭が固いなァ……しかし彼の身柄はこちらに引き渡してもらいたい。彼がここにいるのは危険すぎる」

 

「それは賛成です。私よりもずっと強い彼を私の矜持で死なせるわけには……ヨーロッパから遠いアジア圏かアメリカに逃すべきだ」

 

 

 エルナンデスが、今いる部屋の出口辺りを窺う。体を左右に揺らし、廊下の奥に視線を移して、何か探している様子。

 さっきから『彼』と呼ばれている人物を探しているのだ。サーシャの話を聞くかぎり、彼は重傷を負っていたようだが回復し、容態は安定しているようだが。

 

「呼んできましょうか?」

 

「お願いします。彼に一通のメッセージもあるので」

 

「誰からの?まさかエルナンデスさんのォ?」

 

「こんな嗄れ嗄れのオジサンにメッセージを貰って誰が嬉しいというのかね。クージョー氏だよ。ジョータロー・クージョー」

 

「ああ、なるほど……では呼んできますね」

 

 

 呼んでくる、とサーシャは言った。しかし席を立つわけでもなく、机に電話が置いてあるわけでもない。逆に彼女は深く腰掛けて、ため息を絞り出した。

 エルナンデスは初め首を傾げたが、直ぐ彼女の意図を理解し、腰を伸ばすように、彼もまた深く腰掛けた。窓から波紋の修験者を見下ろしながら。

 外では、十分間息を吐き続け、十分間吸い続けるという修行が行われていた。尋常の人間であれば死ぬ覚悟をしなければ出来ない事であるが、これも波紋使いなら簡単に出来なければならない事。改めて、エルナンデスは波紋使いの人間離れに恐々とした。

 

(スタンドは我々の理解から大きく逸脱するが、波紋も大概だな)

 

「何です?その顔は」

 

「あ! いえ、なんでも……」

 

 

 エルナンデスはわざとらしく咳払いをした。サーシャはしかめっ面で、目の前の老人が失礼なことを考えていたと想像して、呆れたという言葉のような息を吐いた。

 サーシャの顔が柔らかくほぐれる。ようやくか、とエルナンデスは浅く椅子に掛けなおす。外の修行は佳境に入るところで、修験者の顔は苦しく険しいものとなっていた。

 空間に固定されてた空気が、奥から動かされていく。この部屋の開け放された入り口をサーシャは見つめて、その方向に向かって手招きをした。そして、彼はそこをくぐってこの部屋に入ってくる。

 

「ボンジュゥ〜〜〜ルゥ……ああクソッ、気持ちよく寝てたのによお、起こしやがって。何か用でもあるんですかい?サーシャさん」

 

 

 初見ならば吹き出しそうになる、柱状の髪型が現れる。身長185センチ、しかし髪の毛を含めると193センチ。筋骨隆々で肩幅オバケ。ガタイの良さは空条承太郎に迫る勢いである。

 服装は言うなれば、『セクシー無地ノースリーブ切り替えキャミソールタンクトップ』に近い。

 割れたハートのピアスを揺らす。眠気混じりの少し赤い目を何度かまばたきする。彼はサーシャとエルナンデスの顔を交互に見合わせて、伸びをした。

 

「おはようございます、ポルナレフさん」

 

「なあサーシャさん……フツーに俺を起こしにくればいいだろッ。なんでわざわざ、おたくのスタンドで突っつくんだよ、この……ええと、『えるおぶ』?」

 

「 『夜の( エル・オブセノ)みだらな(・パハロ・デ・)(ラ・ノーチェ )』です。人のスタンド名くらい覚えたらどうでしょうか」

 

「長げえよッ!いくらなんでもよお! だいたいあんただって『鳥さん(エル・パハロ)』とか『群れ(レバーニョ)』とか呼んでるじゃあねーかッ」

 

「まあまあ落ち着きたまえよ、そんな喧嘩を見せてもらうためにここまで来たのではないのだから」

 

 

 彼の名前は『ジャン=ピエール・ポルナレフ』 年齢34さい。フランス人。かつて空条承太郎やジョセフ・ジョースターとともに、エジプトに君臨した悪の帝王DIOを打ち倒した者たちのひとりである。

 ポルナレフの強さを言い表すには、ここではあまりに時間が足りないが、数多のスタンド使いたちの中でも特段異常であると説明しておく。

 

 彼は生まれながらにスタンド使いという稀有な存在であった。

 スタンド名『銀の戦車(シルバーチャリオッツ)』 銀色の甲冑からできている人型のスタンド。右手にレイピアを携えた騎士の姿をしている。

 そのスピードはスタープラチナでさえチャリオッツの動きを見切ることは難しく、光速で動くものでさえ軌道を予測すれば斬り伏せることができるなど、驚異的なものである。もちろん、それを操るポルナレフ自身の技量がおかしいことにも気付かなければいけない。

 

「あなたは……いでっ! なあサーシャさん、さっさとこいつら引っ込めてくれよッ。おいっ、俺を啄むんじゃあねえ」

 

「おっと、すいません」

 

 

 サーシャ・ロギンズもまた、スタンド使いであった。波紋と幽波紋(スタンド)の二刀流の人間なのだ。

 スタンド名は『夜の( エル・オブセノ)みだらな(・パハロ・デ・)(ラ・ノーチェ )』中南米に生息している鳥類たちの群体である。体長も体色も実際のものとは異なるものらしいが。

 ハチドリ、オオハシ、インコ……数えきれない種が、サーシャ自身も把握出来ない羽数、存在している。ゆえに『()()()』だ。

 射程距離は1キロメートルをゆうに超える遠隔操縦型。

 一羽一羽にパワーは無く、せいぜいクチバシとかぎ爪で傷をつけられる程度である。しかし、鳥たちを全て融合させて、一匹の鳥にすれば─────(おおとり)と呼ばれる、伝説上の巨鳥に姿を変えれば、パワーとスピードが飛躍的に上昇する。そんな多彩な能力をもつスタンドである。

 

「すいません、お見苦しいところを」

 

「いえいえ……さて、顔を合わすのは初めてですかね、ポルナレフさん。私はSPW財団超自然現象研究部門のエルナンデスです。以後、よろしく」

 

「……名前だけは、存じています。よろしくお願いします、エルナンデスさん」

 

 

 エルナンデスはポルナレフに気付かれるとすぐに、椅子から立ち上がり帽子を外した。

 培われてきたであろう愛想笑いはひとつもせずに、神妙な表情のまま手を差し出す。頭を下げながらもただならぬ雰囲気を醸している。

 ポルナレフはそのしわしわで硬い手をとりながら、気を張りつめらせる。

 

「お会いしたかった……本当に大事ないようで。流石、DIOを倒しただけはありますね。

 あの時は本当に驚いた……貴方との連絡が取れなくなって数年後、まさか知り合いの、全く接点のないような人物から名を聞くことになるとは」

 

「彼女は私の命の恩人です。私がやつの『キング・クリムゾン』に負け、全身を砕かれ崖下に落とされたとき。ロギンズ師範が私を発見し波紋と応急処置を済ませてくれていなければ、私はきっと死んでいた」

 

 

 ポルナレフがいま、この場でいる理由はそれである。(本来ならばどうなったかは、ここにいない誰かにとっては、周知のものである)

 彼がサーシャに向かって会釈をすると、彼女はわざとらしく視線を逸らして修験者たちの様子に目をやる。その耳の赤らみをポルナレフは指摘することなく、ポルナレフはエルナンデスに問いかけた。

 

「しかし、なぜ私のところに? ロギンズ師範が目的ではなく、私に。所詮ディアボロに敗北し、社会的にも死んだものとされている男ですよ」

 

「あなたは自分を卑下しすぎです。実際に私はポルナレフさんの力が必要だと、財団のため世界のために必要であると考えて、危険を顧みずこの島やってきたのですから」

 

「それは………っ」

 

 

 エルナンデスは自分を逃す気はない。それを感じとって、ポルナレフは内心、迷惑だと思った。敗北者に出来ることなどない、と。

 ディアボロに完膚なきまで打ちのめされ、ポルナレフの積み重ねてきた自信が喪失していたためである。

 

「ですが! 矢の捜索はロギンズ師範と協力して行い、すでに一本、ここの屋敷に保管してあります。 ……ディアボロが保管していると思われる矢は回収できていませんが、それは私が動くより承太郎に託したほうが────」

 

 

 ポルナレフは部屋の片隅に指をさす。真っ白な壁にポツンと掛けられている矢があった。ソードラックならぬアローラック。

 それこそ、空条承太郎やポルナレフが追い求めている『スタンドの矢』である。ポルナレフは、エルナンデスがこれを求めてここへやってきたのだと思っていた。

 しかし、予想とは裏腹に、それに対するエルナンデスの対応は冷めていた。

 

「矢のことは今はどうだっていいのだよ、ポルナレフさん。私は矢の話をしたいのではない。私の目的は《パッショーネに狙われている君をイタリアから逃す》ことと《クージョー氏からの伝言を伝えること》なのだからな」

 

「承太郎から!?」

 

 

 懐かしい名を聞いた。あまりに懐かしくて、一瞬、クージョー氏と言われても誰だかわからなかった。無敵のスタープラチナの姿を見たのは何年前のことか思い出そうとしたが、昔すぎて上手く思い出せない。

 

「じょ、承太郎がなんで俺にッ! あ、あいつなら俺なんかいなくても」

 

「私に聞くんじゃあない。君が見ている幻影を私に重ねてもらっては困るよ。私にはスタンドどころか、彼のような度胸や胆力もない」

 

「すっ、すいません…………じょ、承太郎が………」

 

 

 あの旅のこと。妹のこと。DIOのこと。二人と一匹のこと。記憶の奥底の、ポルナレフの人生の中で最も鮮やかな日々が、思い出の中で脚色されながらフラッシュバックする。

 しかしポルナレフの自信の喪失は大きかった。身体が完全に復活したからこそ、そうなっているのかもしれない。

 今の衰え辛気臭くなった自身を見て、承太郎はどう思うか。それを想像するだけで怖くなった。伝言? 伝えたいこと? それはあのときの、戦士としてのポルナレフに向けられたものであって、今の自身に向けられたものではないと、勝手に理解した。

 

「すいませんが─────」

 

「行きなさい」

 

 

 本意ではない、しかし自身が望んでいる言葉を発しようとしたとき、後ろからそれを遮られる。振り返るとそこには、白湯で満たされた水筒をもつサーシャが立っていた。いつの間に。

 

「サーシャさん。やはり俺には無理です。俺はあのとき、やっぱり死んでいたんだ。たまたま貴女のおかげで死の淵から帰ってきただけで」

 

 

 ポンっ!とコルクを抜いたような高い音が。水筒のフタが、突如として発射されたのである。フタはそのまま、金属音とも電気的な音とも違う、独特な音を纏いながらポルナレフに飛んでいく。

 『波紋』の音。サーシャが体内で練った波紋を、水筒に伝え、そのエネルギーによる圧でフタを押し出したのだ。

 予備動作も何もなく、自然だった。フタのスピードは弾丸並みで、空気による抵抗で減衰していく気配はない。

 

 ポルナレフの呼吸は落ち着いている。眉ひとつ動かさず、汗ひとつ垂らしはしない。

 フタが地面に転がる。細切れになるまで切断されて、勢いを失ったのだ。散らばった破片を見て、サーシャは少し眉を顰めた。

 

「あなたねェ、なんでそれで自分のことをそんなに悪く言うのかしら。なに勝手に『自分は引退しました』『いつまでも出しゃばるわけにはいきません』みたいな雰囲気出してるの?

 こっちだってずっとここに貴方を置いておくわけにはいかないの。世話をするのもタダじゃあないのだから。出ていけるのなら、さっさとどこかへ行ってくれる?」

 

「─────…………」

 

 

 シルバーチャリオッツが、ポルナレフの顔を覗き込む。ポルナレフは歯を食いしばり、どこでもない一点を見つめて、涙で目を潤ませる。

 

「聞かせてくれッ。承太郎の伝言を」

 

 

 エルナンデスは優しく頷いた。さっきまで座っていた椅子に戻り、置いていたカバンからカセットテープを取り出す。小型のカセットデッキにはめて、ボタンを押す。

 ポルナレフはその様子を食い入ったように眺める。小さなノイズが起こったあと、機械音が流れるだけの沈黙が訪れ、数秒。テープの再生を始める。

 

〈あ、あー……聞こえてるな〉

 

「おお!承太郎……懐かしいなァァ〜〜〜おいっ」

 

〈直接の電話じゃあなくてすまない。時間がないんだ、きっとお前の声を聞くと雑談してしまうからな……ふ、長話じゃあ済まないだろうぜ〉

 

 

 ポルナレフは笑いながら「たしかにな」と呟く。目を閉じると、しみったれたじいさんと、そのケチな孫の顔があの時のまま映し出される。

 承太郎の声はあの頃となにも変わっていない。そこにポルナレフは安心を感じた。しかし、調子は今の方が落ち着いていて、以前より複雑な物を抱えているのがわかる。

 承太郎がこの時どんな表情で語っていたのか、ポルナレフは知っている。今の俺と同じような、ソフトクリームのように柔らかいものだと。録音相手だということを忘れて、思わず喋りかけようとしてしまう。

 

〈ンン、細かい説明は悪いが省かせてもらう。まず、今俺が置かれている状況だが─────〉

 

 

 承太郎は咳払いをして、勝手に上がる頬を落ち着かせた。

 淡々と説明を始めていく。魔法少女と魔女の関係、仗助たちの存在(ジョセフの隠し子ということは言わなかったが)『キュゥべえ』という潜在的な敵のこと。

 ポルナレフの心は確かに高揚しつつある。無表情を貫くが、目は海から反射してくる光を映して輝きを増していく。

 そして承太郎が『ワルプルギスの夜』の存在を明かしたとき。ポルナレフは誰かから背中を押された感覚がした。続いて、ゾクゾクと背中がよだつ。すでに覚悟は終えていた。もはや、話が終わるのを待つだけだった。

 

〈────というわけだ。………あと一手、足りない。お前がその一手なんだ。 ……じゃあ、日本でな〉

 

「………エルナンデスさんッ」

 

 

 音声が途切れる。ポルナレフはエルナンデスがデッキを片付けるよりも先に、老人の手を取って頭を下げていた。

 ポルナレフの決意は硬い。魔法少女の境遇を、自らの妹に重ねたからか。かつての彼の好色な気性が紳士的な怒りを呼び覚ましたのか。ひとつ限って言えるのは、ポルナレフには再び『黄金の精神』が宿り始めていることだ。

 エジプトへの五十日間とはまた違う、冒険の予感。奇妙にも、戦いを待ち望む自分がいる。妹と自らの安寧を祈って戦ってきたはずなのに。端的にいうと、ワクワクしているのだ。

 

(俺はどうやら、交戦的になりすぎたみたいだな。三十過ぎても、こんなんだ)

「エルナンデスさん、飛行機を出してくれ! 俺は……いくぜ、日本によ。俺は承太郎たちと共に戦うことに決めたッ!」

 

 

 そうして、エルナンデスは手を握られたまま立ち上がる。その顔は、ようやく、という言葉が書かれているようである。

 

「別れを言いなさい。貴方が彼女を本当に恩人と思っているのなら」

 

 

 ポルナレフは頷いて、サーシャの方へ向き直り、深く礼をした。それがフランスいちのハンサムの立ち振る舞いだと言わんばかりに、軽やかに。サーシャは興味なさげに目を逸らす。いちいち素直ではないと、ポルナレフは思った。

 

「……もう会えることはないだろうな、サーシャさん」

 

「私は波紋の一族ですから。積み重なってのしかかる重みが違います。それに私には、すでに覚悟ができています。もちろん、私を犠牲にするのではなく、私が勝利するために」

 

「それなら、せめて」

 

 

 ポルナレフはその言葉を聞いて、自分の迷いを振り切るように歩き出した。力強い宣言は、ポルナレフに()()()()を与える。

 ポルナレフは、自らがかつて発見した矢を、壁に掛かったスタンドの矢を、久方ぶりに手にした。そのまま再びサーシャの前まで赴き、恭しくその矢をサーシャの眼前へと。

 

「エルナンデスさん。俺を回収するついでに、この矢も……そう思ったでしょうが、わがままを言わせていただきたい」

 

「スタンドの矢……」

 

「サーシャさん、あんたにも黙っていたことがある……いや、あえて言わなかった、という方が正しいんだが……

 あ…ありのまま あの時のことを話すぜ! 俺がこの矢を見つけたとき、うっかり地面に落として……なにを思ったかスタンドで拾おうと思った……

 だが……まるで引き寄せられるように俺のチャリオッツは矢を……矢を取り込み始め……姿も、能力も、まるで変化した……な、何を言っているか わからねーと思うが俺も何が起こったのか わからなかった……

 咄嗟に矢を引き抜くと、チャリオッツの姿は元に戻ったが、あの時のことは今でも身震いする……」

 

 

 鎮魂歌(レクイエム)と、ポルナレフはそれを呼んだ。言うタイミングはここしかないと……ポルナレフは薄々感じていたのだ、無敵の『キングクリムゾン』を倒すには、このときの未知の力が必要だと。

 易々と信じてもらえるとは思っていない……ただ、絶対的なピンチに陥った時の切り札として、伝えたかった……が、思いのほか、ポルナレフが想像していたよりも、彼ら二人には反響があるようだった。

 

「魂を別物に変える……チャリオッツがあの姿になった瞬間だけ、その能力を得たと直感した……スタンド能力とか技術(テクニック)じゃあ断じてねえ……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

 

「ホアキンと、オクタビオ。か」

「……ですね」

 

「……? どうしたんだよ、二人とも……顔を見合わせて」

 

「いいえ、なんでも。ポルナレフさんの体験は分かりました。その矢への警戒を財団の方でも強めましょう。 ……しかしそれを私に、という真意が掴みかねます」

 

 

 ポルナレフは言葉を繋ごうと思った。しかし、怖気付いて声が出なくなる。託する勇気があっても、彼女を埋伏の戦いへ引き摺り込んでしまうことに、罪悪感がつきまとう。

 

(ああクソッ、何をうだってんだ! 厚かましいのがこの俺だろッ!)

「この矢は敵じゃあない、だが味方でもない。希望なんだッ!この矢をサーシャさんに託す!

 あんたならやれると信じてるからだ!必ず奴の正体を暴くものが現れる、それまで耐えろ、耐え続けてその矢を今度はあんたが託してくれ!」

 

「私に……ディアボロを……」

 

「────もしそれが出来ないと思うのなら、その矢を破壊してくれ。この場でな」

 

 

 サーシャの中の、彼女すら自覚していなかった焦りの炎が、ポルナレフの言葉によって燃え上がる。新たな覚悟が必要になる。サーシャはディアボロと戦い、潔く散るつもりだった。

 諦められないという感情を抱くことを諦めたサーシャにとって。諦めきれていない彼女にとっての最後のチャンス。背中を押す者はすでにいない。

 どうする? 自問自答。あれこれ考えるが、薄々言い訳を探していると気付いていた。

 

「あなたがこれを持っていたということは、元はあなたが、この遠く長い戦いを行うつもりだったのでしょう。

 ……矢は破壊しないッ。私はこれまで何度も託されてきた。道半ばで倒れた相棒からも、先生からも、門下の波紋使いたちからも。私は未だ『受け継ぐ者』。私は『与える者」へとならなくてはならないッ!

 ディアボロはこの手で、新たに見つけるであろう仲間と共に必ず打ち倒します。受け取りましょう、その矢を」

 

 

 こうして、矢は受け継がれた。

 エルナンデスがサーシャに礼をして、部屋から去っていく。ポルナレフについてこいとジャスチャーする。ポルナレフはサーシャの手の中にある矢を、物憂げな表情で眺めていた。

 

「ロギンズ師範。謝ることはしません。ただ、ここは感謝を」

 

「こちらこそ、ポルナレフさん。Forza(頑張ってください)

 

「死ぬなよな、サーシャさん!Bon(あんたなら) courage (やれる)!」

 

 

 ポルナレフが急いでエルナンデスの後を追いかける。サーシャは矢を卓上に置く。屋敷の外、修験者たちはただひたすら波紋を練り続けている。

 窓から吹き抜けるは黄金の風。髪を揺らして、二人の苦難の道のりを告げているようだった。

 

 

to be continued

 

 





ポル「そういやぁよお、あんたら付き合い長いんだろ?挨拶だけで別れていいのかよ」
エル「私には電話があるのでね」
ポル「………ああッ!たしかに!」
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