お久しぶり大根
マミside
佐倉さんとの戦いからはや数日が過ぎようとしていた。世界はだんだんと春一色になり、獰猛な花粉が空気中で舞っていく。花粉症でないことが幸いである。穏やかな春を清々しく受け取れるのだから。
「さやかちゃん、寝癖ー」
「うえ! まじでェ、うわァ、最悪なんだけど」
「ふふ、その寝癖、なんだか鳥さんの羽みたいね」
「え? そーっすか?やっぱし今のさやかちゃんはノリに乗ってますから! 『飛ぶ鳥も落とす勢い!』」
「落とされてるじゃん」
あれから仗助さんたちは佐倉さんを探したが、情報ひとつ得られず煙に巻かれてしまったらしい。ひょっとすると、見滝原にはもういないのかもしれない。彼女の出身はたしか……そう、風見野市だったはずだから。
「そういえばさ、上条くんってまだ学校来れてないの? 治ったんでしょ、体は」
「ああ、それはさ、あいつ……誘拐されたとき無理しすぎちゃったみたいで。戦いが終わった瞬間、ぶっ倒れてさ。意識はあるみたいだけど、学校は流石にね」
「そうだったんだ。大丈夫かな、上条くん」
「だいじょーぶよ、あいつなら。うなされる程度でへばるヤワな男じゃあないよ。ま、それでも心配ならさァ……行かない?お見舞い」
「え、いいの! なら行っちゃおうかなァ。マミさんもどうですか?」
その話題が出てきたとき、私の頭の中に演奏をしている彼のイメージが現れた。
佐倉さんが逃げ去ってから直後、上条くんは崩れ落ちながら気絶した。すぐさま仗助さんのスタンドが彼の体に触れたが効果はなく、原因不明の高熱に彼は犯されることになる。
心配だ。彼にはとても助けられた。何かできることがあればしてやりたいが、こういったことに対して私はとことん無力である。
彼が魔法少女なら、グリーフシードを渡せば一発なのにね。
「遠慮しておくわ。私、そろそろ魔法少女として復帰しないと。今日からパトロールを本格的に再開するから、ごめんなさいね」
「えッ! ……てことは、これからあんまし遊べなくなる感じ、ですか?」
「平日は……まあそうね。厳しいかも」
「ええーッ、しょうがないけど……うう、さびしィィ」
「暁美さんに最近任せっきりだったから、そろそろ怒られそうで……休みの日は、いつでも大歓迎よ!」
「うわぁぁーい、いやったぁ!」
「そういえば、ほむらちゃんは? 私きょう見てない気がする」
「ああ、暁美さんなら────」
◆
────『佐倉杏子を仲間に引き入れる』と、彼女はわりと大真面目な顔で、出来ると断言した。
たった昨日、それも日も沈んだ夜半のころに、明美さんは私を呼び出した。誰もいないテナントの空ききった廃ビルの屋上。髪を風に委ねながら彼女は待っていた。見滝原の明るく歪んだ夜景を慈しむように見下ろしながら。
彼女は『魔女狩りをしながら話しましょう』と言って、屋上から飛び降りた。外縁に立って、変身しながら着地した暁美さんに続く。暗夜を蝙蝠のように駆けていく。
「佐倉杏子とは……前に接触したことがあります。マミさんやまどか達と会うよりも前に」
「……そうだったの」
意外な事実に目をまんまるさせながら、表面には出さないように取り繕う。驚きと同時に、困惑に近めの怒りも湧いた。どうしてそれを今のいままで黙っていたのか。
そこは暁美さんの事情があったのでしょう、と。私の気持ちは一旦に無視して話を本題に戻す。
「それで、できると思ってるの? 正直『無理』じゃあないかしら。彼女は私が思うほど甘っちょろくなかった。まさに残酷! 私も彼女を信じたいけれど、それだけで済む話じゃあないと思うわよ」
魔女の結界を見つけた。不安はさほど無い。慣れているというのもあるけれど、暁美さんが隣にいる。後輩や仲間に、実力でも精神力でも負けて黒星続きの私よりずっと頼れるであろう存在だ。
「環境が彼女のガワをそうさせただけだと私は思ってます。中身はまだまだかわっちゃあいない」
「まあ、貴女がどう思おうと勝手だけど……会いに行くときは、必ず誰かと一緒に行きなさいよ」
「大人数で行けば行くほど彼女は警戒しますよ。そーいう不条理、不平等は燃える油に水を注ぐようなもの」
使い魔が私たちに群がるが、洗剤の泡を水道ですすがれるように蹴散らされていく。結界の構造物を乗り越え、より深部へ。
ため息を吐きながら、あの時の佐倉さんを思い出す。たしかに彼女が仲間に加われば頼もしいことほかない。3対1の盤面で、上条くんというイレギュラーもありながらひっくり返そうとした彼女なら、ワルプルギスの夜にも通用するだろう。
イメージが湧かない。あの彼女が、私たちと肩を並べている様子が想像できない。むしろ油断した私たちの首に槍を突き立てているところまでありありと想像できてしまった。
「もとよりすぐに行くつもりじゃあないわ。数日期間を空けないと。まだ気が立ってるでしょうから。でも近いうちには必ず会いに行く。学校休んででも。
あ、そうだ。マミさんが私の代わりにノート取っといてくれません?」
「一年先の授業内容でよければね」
結界突入から十数分。使い魔の強さも大したことはなく、結界もさほど深くない。ひよっこ魔女の結界だったのだろう。簡単に最奥部へ踏み入れられた。
魔女が視界に入る。ヤツもこちらに気付いたようで、後退りながら威嚇するように咆哮した。魔女の姿を形容する間もなく、私の銃が魔女に穴を開けていく。
「それで、肝心のワルプルギスの夜については……どうなのよ」
「人数が足りないのは変わりなし。承太郎さんのいう助っ人、佐倉杏子を含めたとしてもまだ足りない」
「スタンド使いの方は?仗助さんたちなら確実にいるでしょう?スタンド使いの知り合いとか……聞いてみたァ?」
「戦闘向きなスタンド使いはもういないそうです。いるにはいるらしいんですけど……銃のスタンド使い。海外に行ってしまって連絡手段もないそうで」
グレネードのピンを暁美さんが抜く。魔女は聞き取れない言葉で愁訴を絞り出しながら、ボロボロの身体で襲いかかってくる。
強烈な破裂音。潰れた鼓膜を瞬時に再生する。身体を突き飛ばそうとする爆風と、同時に漂ってくるガスの臭いに鼻を覆った─────
「─────だから、今頃もう佐倉さんに会ってるんじゃあないかしら」
「じゃあ本当にほむらちゃん、一人で行っちゃったんですかァ? や、やられちゃいませんよね?」
「大丈夫でしょ……多分。彼女の魔法なら危なくなっても逃げられるでしょうし」
「肝っ玉あんねぇ、あいつ。あたしはもうあんな怖いのこりごりだよ。あーいう修羅場、マミさんとか仗助さんは何度も乗り越えてきたってことでしょ?
素直に尊敬〜〜〜っていうか、命がなんこあっても足りないよねェフツーに」
「あれ意外。さやかちゃんって、そういうスリルを楽しめるタイプじゃないの?」
「なにを───ッ!? あたしそんなマゾヒストじゃあないから!てゆーか……まどか、あんたそんな呑気なこと言っていいの」
「そ、それって……?」
「今からこのさやか様に怖い目に遭わされるんだから────っ!!」
「えわ、ちょっ、うぇ、ひひひひひひ…くすぐったいよォ!ストップストップ」
「身も心もこのあたしのものとなるのだあああ〜〜〜〜っ」
そんな微笑ましいやり取りを眺めていると、なんだかんだで心が落ち着いてくる。ここのところずっとナイーブだったから、すっごく新鮮な気分だ。ストレートに肺へ酸素が入ってくるような、脳が冴えていく感覚がする。
少しずつ胸がすいていくが、チャイムの音でハッと意識を戻させられる。始業三分前のチャイムだ。私は次の教科を思い出しながら立ち上がる。
「じゃ、ばいばいですマミさん!」
「また放課後会いにいきますねえ〜〜〜!」
二人と別れて、教室に戻っていく。なんとも億劫だ。憂鬱さが帰ってくる。
正直なところクラスに……いや、仗助さんたち以外の同級生には、『友達』はいないと思っている。弁明するが、私のコミュニケーション能力によるものじゃあなく、魔法少女だから、という部分が大きい。
「あ、巴ちゃん。最近休み時間教室いないよね。どしたの?」
「もうヨシエ、んなこと聞く必要ないでしょ。ごめんね巴ちゃん」
「あー、別のクラスの友達と喋ってるだけだから、気にしなくていいわよ。ありがとうね、ふふ」
はァ、なんともない会話なら、全然出来るのに。双方が傷つけないようにするのが『ヤマアラシのジレンマ』なら、片一方だけのときなんて言うんでしょう。『イッカクのジレンマ』とか?
机の合間を縫い、口うるさく騒ぐ男子達を大回りして席に座る。あと三分くらいっていう、微妙な時間。机の中から教科書を引きずり出す。そのまま突っ伏していようかと悩んでいると、隣の席の椅子が引かれた。
「あぁ、億泰さん……」
「お?なんだァマミ。何か用でもあんのか」
「あ!えっと、ただ声に出ただけで……ごめんなさいね」
「そォーか。てっきり俺のツラに惚れたんじゃあねーのかとよォー思ったぜ。へへ、なんてなあ〜〜〜〜」
「んもう、馬鹿なこと言わないで下さいっ」
………窓の方を向いて肘をつく。頬を手に乗せて、首の力を抜いた。
横目で億泰さんを見ると、授業が始まるというのに突っ伏して夢の世界に入ろうとしていた。いつものことである。
◆
六時限目のチャイム。号令が終わると、教室の空気は途端に緩みきった。早々に荷物をまとめて帰る生徒が廊下を占領していき、何人かの生徒は机に集まり談笑を始める。
宿題と明日の時間割を確認しながらカバンと机の上を整理していると、廊下の方に人混みを避けて、せわしなく足跡がやってくる。
「マミさーん!サポートガ〜〜〜ル……参上しましたよ!」
「美樹さんね。すぐ準備するから待ってて」
教室の視線がドアの前に一瞬集まり、すぐに興味を失った。美樹さんがズカズカと、浮いた存在であることを全く気にせずに私の方へ向かってくる。その後ろを陰気に鹿目さんがついていく。
……うん、忘れものナシ。カバンを肩にかけ、席を離れる。
「途中まで一緒に帰りましょーっ」
「いいんですか?マミさん。魔女探ししないで」
「いいのよ、このくらいどーってことないわ。荷物も置いて行った方が動きやすいしね」
二人と一緒に話しながら教室を出ようとすると、それを追い越すように億泰さんが後ろから現れる。仗助さんを呼びにいくのかな?と気に留めずにそのまま帰ろうとしたとき、予想外に彼が話しかけてきた。
「……いけんのか? おめー」
「えッ!? 億泰さん いけるって……魔女狩り?」
「死なれちゃあ困るんだ。キチョーな戦力が削れるっつーことだ……怪我なら仗助がいくらでも治せるが死んだら終わりなんだぞ?
まだ……焦る必要は無いだろ。仗助も康一も頼りにしてるんだから?焦る必要は─────」
もしや、心配ッ! 彼、私を心配してくれているというの?
どうやら億泰さんは話を聞いていたみたい。完全に机に顔を伏せてたんで、寝ているものだと思っていたけれど。
起きていたのなら隣での会話はそりゃあ聞こえているだろう。いやそれよりもしかし。
「億泰先輩ィィ〜〜〜、心配してるならそう言えばァいんじゃあないっすか?『俺も一緒に戦わせろ』って言えば〜〜〜っ!」
「なに!なんだとテメーこら!」
「おっと!まどか逃げるよッ」
「わあ〜〜ッ!なんで私まで!?」
「おいさやか!美樹ッ!いっかいシメさせろ」
「マミさーん!さ、さやかちゃんと一緒に、後でいつもの通りに行ってるんで、後で合流しま〜〜すっ」
鹿目さんがそう言うと、美樹さんたちは校舎を駆け回りはじめた。美樹さんも億泰さんも冗談半分の鬼ごっこから、だんだん血が昇ってきたようで、本気の追いかけ合いになってたのは別のお話。
帰るときに偶然仗助さんに会って、『億泰がどこ行ってっかよォー知らないか?どこにもいねーのよアイツ』と聞かれたので、
「美樹さんと校舎で追いかけっこしています」
と答えた。仗助さんの口が半開きになって固まった。あのときの仗助さんの顔は忘れられない。
奴を中心に円を描いて走る。マスケット銃が魔女を包囲し、使い魔もろとも蜂の巣にしていく。
背後で大量のパーティクルが着弾し、魔力が弾けている。足を止めれば高密度の弾幕にさらされることになるだろう。ときおり飛んでくる偏差打ちを軽々しく回避し、脚の回転を早めていく。
「もう少し───……あと一歩でッ」
回る外周の半径を縮めていく。魔女の急襲にだけ気をつけていれば、奴の攻撃に当たるはずがない。密度を増して現れてくる使い魔を的確に処理し、銃弾の嵐で魔女の行動を押さえつける。
十分な距離まで近づいたとき、魔女に向かって駆け出す。それに合わせて魔女が腕を振り下ろす。
「見えてるわよ……私はうしろ!」
半身を捻りながらもう一度地面を蹴り、魔女の懐へ。傍に走りながら奴の視界の外へ飛び出す。魔力を手の内で実体化させていく。体を翻して捉えたのは魔女の背中。
「今までお疲れ様」
大砲の弾丸が魔女に大穴を開け、結界を破る。その先を覗くと、結界の外、元の景色が広がっていた。視界が澄み渡る。穴が広がり気付いた頃には元通りの場所にポツンと、グリーフシードがあった。
「まさか、こんなに早くアタリが引けるなんて今日はツイてるわね」
家を出てほんの数分で、ソウルジェムに反応があった。正直アガッた。この広い見滝原でこうやって簡単に魔女を狩れるのは中々ラッキーなことである。ボウズな日もあるくらいなのだ。
「でもこれじゃあ、今日中にもう一体は無理でしょうねェェ。久しぶりのパトロールだし、今回はユルめにいきましょーか」
最近、魔女の数が減っていると暁美さんが言っていた。理由はなんてことない、狩りすぎってことらしい。確かに、思い当たるフシはある。
ひィ、ふゥ、みィィィ……私が知ってるだけでも、これで三体め。他の仲間たちが倒した分を勘定に入れると、結構な数だ。
ふと気になった。魔法少女にはそれぞれ、活動範囲という『狩り場』がたいてい存在するが、それは経験を積んでいくうちに勝ち取るもの。新米の魔法少女にはそんなものあるわけない。
見滝原の縄張りの主人はこの私だと自負しているが、実際のところこの街に何人の魔法少女がいるのだろうか。
私は縄張りを守るため、命を奪いはしないまでも、何人かの魔法少女を叩きのめしてきたが、今思うと彼女らは、もしかすると魔女になってしまったのだろうかと想像してしまう。
今もそうだ。魔女を狩りすぎたゆえに困窮する魔法少女が……と、言い出したらキリがないことは理解している。一体の魔女を見逃すだけで何人もの人々が死ぬのは分かりきっている。
くだらない思考をもみくちゃに消し、グリーフシードを拾い上げてポッケにしまう。時間は四時半。そろそろ火が沈み始めようというところ。
「このまま晩ご飯を考えながら、帰って祝杯の紅茶かしらね」
変身を解除する。気が抜けたせいか、大きなあくびをひとつかました。昨日少し寝つきが悪かったから、眠くって仕方がない。
ソウルジェムを手のひらで掲げてみるが、予想どおり反応はない。私は残念がりながらそれを丁寧にしまった。
そのとき突然あるアイデアが浮かんだ。頭の上で電球がぴかりと輝いた。おサイフの中を覗いて、三枚の夏目漱石と何枚かの硬貨を数える。
「もしくは……──────なかなかアリかも、しれない……」
ケータイで時刻表を調べながら歩き出す。往復で660円……ぜんぜん余裕ね。まぁバスでも余裕な距離だし、当然と言えば当然だけれど。せっかくだしご飯も向こうで食べちゃおうかしら。
こんなときだけは、一人暮らしって便利だと、しみじみと思った。
◆
【モリオウ───、つぎは杜王】
「はッ! …………セーフね。ぎりぎり」
下校する生徒も、帰宅するリーマンもいない快適な車内は睡眠にはうってつけだった。太陽は日に日に長くなり、少し前までは真っ暗闇なこの時間でも充分さきを見通せる。
春の陽気が悪いのである。こうも眠くなってしまうのは仕方がないこと。腰を立たせて前のめりになる。列車が駅へ入り、速度を落としていく。窓からやや古風な駅のホームが見える。
「ご乗車ありがとうございました。杜王です。お忘れ物ないようお気をつけください────」
サイフに切符。よし。忘れ物もない。少し緊張ぎみなのを隠しながら、堂々と改札を抜けて町の景色を望む。
「衝動のまま来てしまったけれど。空気が澄んでるしいい感じじゃあないかしら。 杜王町!気に入ったわ」
仗助さんたちが住む町『杜王町』。名物が牛タンの味噌漬け、避暑地としての観光業がさかん……で、今は見滝原の端の端。
それについて少し違和感を抱く。駅前の景色を見たところ、そこまで限界的な市町村ではないと思うのだが。落ち目になっている町だとはあまり思えないが、そこら辺は行政的ないざこざがあったのだろうか。
まず目に入ったのは、右手の水場と植林木。目をやった瞬間、水面が揺れた。シルエットから察するに、亀かなにかの爬虫類がそこに飛び込んだのだろうと推測する。
そのさらに奥へ目をやると銀行。宝クジとかの換金もあそこでする。イッパツ五百万円くらい当ててみたいものね。
左手側には『ドゥ・マゴ』というカフェがある。テラス席ではカップルたちがチョコレートパフェなんて乙女チックな甘ったるいものを食べてロマンチック・ムードを楽しんでいる。
「紅茶……いやミルクティー。香りとともにやってくる『まろやかさ』の方が今は欲しいわね。注文する前に、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょうか」
さっきから気付いている、ソウルジェムの反応。懐から取り出すと、油に投げ入れられて飛び跳ねるエビのような、より一層激しい反応を見せた。
「思ったとおり、ビンビンにキテるわね。仗助さんたちが魔法少女に会ったことがないというのならば、ここは相当な穴場ってことになる……いっそ、ここも私が縄張り主張しちゃおうかしら」
反応は南西の方角。日の傾きは少し大きくなった気がするし、早めに行かないと真っ暗闇を歩くことになってしまうだろう。町の案内マップを見ると、国見峠霊園の方向。
私はソウルジェムをしまって、駆け足で歩み出す。地図を見て察するに、魔女のいる場所はぶどうヶ丘病院。あーいう無機質で、弱った人間が多い場所には魔女が溜まりやすい。
魔法少女としての経験から、ほぼ確実にいると断言できる。
誰にも見られないような屋上を伝って進んでいく。ときおりソウルジェムの反応があっちへこっちへ歪むときがあったが、魔女の巣窟なのだろうか、この町は。
「見滝原がダメなら、杜王町でしばらく活動するってのもいいわね。定期券でも買って……あたかも帰宅する学生ヅラして」
遠目から病院の看板が見えた。屋上から降りて、建物の合間をするりと燕のように抜けていく。
病院の裏手に辿り着いた私は、ソウルジェムの反応から断定が合っていたことに安堵する。ここらへんの感はまだまだ衰えちゃあいないわね。
身体が黄色の光に包まれて、変身する。目の前の病院の壁を見上げて、侵入できそうな窓か何かを探す。
「それじゃあ、いきましょうか───────
─────ティロ・フィナーレ!!」
あまりに弱かった。
本日二度目の光景。結界が崩壊していき、もとの景色が戻ってくる。同時に私は侵入経路を逆行し、病院の裏手からそそくさと逃げさった。(ついでに、手指の消毒だけしていったけど)
グリーフシードは落としていったので、とてつもなく大きい利益だ。これだけで杜王町に来た甲斐があったといえる。
戦果は上々。最近キツい戦闘ばかりだったし、天からのご褒美かしら? 帰る頃にはすっかり夜だろうが、今日は満足して床に入ることができそう。それにしても、ここまで楽に儲けものを得たと思うと、テンションが上がってきた。
「外食とかいこうかしら。今月はまだまだ余裕あるし。なんてったって、まさかSPW財団からまじの『お小遣い』貰っちゃったんだから」
実はここ最近、私は羽振りがいい。一人暮らしでカツカツの生活を送ってた私だが、みんなでパーティしたとき、承太郎さんに冗談で、『支援とか、してくださいよ』掛け合ってみたのである。
それがまさかまさかの大盤振る舞いで、学費生活費その他お小遣いを財団が支給してくれたのだ。
細かいことは割愛するけど、非正規雇用の職員に対する危険手当、的な扱いらしい。最初金額を見た時は天地がひっくり返った。今までの支援金なんて目じゃないくらいに、それはもうね、例えるならゴールドラッシュ。
「ツキが回ってきた気がするわ、ここ最近」
もちろん、貯金はしているが、今日くらいパーっと使って良いだろう。せっかく杜王町にまで来たというのに、十数分足らずでとんぼ返りなんてしたくないしね。
あてもなく、何を食べようかとぶらぶら歩いていく。鳩の群れが頭上を羽ばたいて、ぶどうヶ丘の方へ飛び立っていく。私は商店街と真逆、霊園の方を進む。
めぼしい店は駅や商店街の方にある……が、私が求めてるのは違う。そーいう安定した美味しさを提供する店じゃあなく……ツウが通うような。隠れ名店っていうのは、人が入らないように
建物の背が縮んで、だんだんと住宅に変わっていく。向こうを見ると小高い丘と木々が点々として、左を見ると、霊園が─────
ひとつの小さな看板が目に留まった。私はその存在に気付いて、近寄ってそれを声に出して読み上げる。
「────ここ左折、100メートル先……イタリア料理『トラサルディー』」
そう、これッ!まさにこんな感じで
ピザ、パスタ……イタリアンならカプレーゼは外せない。それを純粋な水でサラッと流し込み、香りとスパイスの余韻を楽しむ。最後にドルチェをじっくりと味わう。
私はもはや、お腹に支配されていた。お腹で何かを考えて、お腹で足を動かしていた。なるほど、どうやら私はこんなにも腹を空かしていたらしい。空腹と好物のダブルパンチで、私の理性は弾け飛んでいた。
「パスタ……ピザ……リゾット……チーズ………」
今の私を一目見たやつは、こう思うだろう。
屍死人がやってきたぞッ、と。
to be continued
私生活、忙しすぎ!wwww
ここ一年くらいはまともな更新できるか怪しいです。そこからはまあ、多分やってけます。お待たせして申し訳ござらん