嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
高度育成高等学校の生徒会長、堀北学は、幼少期から学業もスポーツも頂点に立ち続け、同年代の中で際立つ存在だった。
天才と評されるが、その歩みは不屈の努力によるものだと本人は語る。
厳格な性格と揺るぎないリーダーシップでAクラスをまとめる彼女に、生徒たちは畏敬の念を抱き、その背中に憧れと孤高の影を見ている……。
彼女、堀北学少女はとある一年の生徒を、放課後の誰もいない生徒会室に呼んでいた。
そして件の生徒、彼が、約束の時間通りにその部屋に訪れる。
その姿を見た堀北学は、うんと落ち着いたように、彼の方へと頷くと、室内に置かれた椅子に座るよう、視線で指示する。
男は、それに大人しく従い、静かに着席をした。
「○○を呼んだ理由は……自分でもわかっているな?」
堀北学少女が開口一番にそう呟く。
じっと彼を見つめるその目には、呆れと仕方なさが入り混じっていた。
すると男は気まずそうに、――はい。とただ一言答えるのであった。
「なら話は早い。簡単に、自分のやったことを説明してみるんだ」
淡々と、そう言う堀北学少女。
その姿はまるで、警察官が罪人を問い詰めているかのようだ。
――私は、女子生徒の下着を覗き、この学校の風紀を乱しました。
ふっ、と堀北学少女が笑う。
それは嘲笑いではなく、手間のかかる子供に対するような、優しい笑みだった。
しかし男は動揺することもなければ、反省した様子もなく、静かに彼女を見つめるのみ。
彼のあっけらかんとした姿に、堀北学少女は“過去”を思い出して……。
「まったく、お前は変わらないな。自分の事を、本当に悪いとは思ってもいない」
“過去”とは。
それを説明するには、二人の間柄について話す必要があるだろう。
堀北学少女と、彼は、古い付き合いのある知り合い同士である。
具体的には……彼女の家と、彼の家がほぼお隣であることに起因していて……。
ご近所付き合いもあるだろう、二人は仲良く、共に育ってきたのだ。
家は道を挟んで向かい側だったので、残念ながらそこが境界線となってしまい、小学校は別々になってしまったのだが、それでも彼女らの関係は続いていた。
特に、堀北学少女はそんな彼のことを自分の弟のように可愛いがっており、彼の手のかかる性格と行動にはいつも手を焼かされてきたものだ。
つまり、
「私の目を盗んで、よくもそんなことができたものだ。本当に、昔から全然懲りないな」
堀北学少女が口元に微かな笑みを浮かべ、しかし彼の顔を真剣にじっと見つめる。
すると、その視線に参ったのか、彼は泳がせていた目をすっと彼女の方に向けた。
――すみません。その、つい興味で。
今の様子はさながら、子犬が親犬に叱られて、小さくなっているような、そんな場面を思い浮かばせるようだ。
「ふふっ、しかしだ。生徒会長という立場上、ただ許すというわけにもいかない」
堀北学少女は続ける。
「だから考えた。○○には今から私と、生徒会による清掃ボランティアを行ってもらおう」
ξ
翌日のこと。
早朝から堀北学少女と彼は、校内清掃の慈善活動のために再び顔を合わせていた。
まだ登校前の静かな校内は、朝の冷たい空気に包まれている。
二人はモップや雑巾を手にし、廊下の隅々まで清掃を開始した。
「まずは廊下からだ。どうせなら徹底的にやってもらう」
堀北学少女は、厳格な表情で彼にモップの使い方を説明するが、その手際の良さに彼は少し驚いた様子で頷いている。
彼女が見せる指示は、まるでこれが単なる罰ではなく、共に達成すべき「任務」であるかのように感じさせるものだった。
――承知。学さんの言われた通りに遂行させて頂きます。
彼が少し冗談めかして言うと、堀北学少女は一瞬だけ笑みを浮かべる。
「手を抜けばすぐにわかるからな。しっかり働いてもらう」
二人は黙々と作業を続ける中、堀北学少女はふと彼を見て、少しだけ口元を緩めた。
幼い頃から彼と共に過ごしてきた記憶が蘇り、その中には、今と少し異なる彼の屈託ない笑顔が浮かんでいた。
彼が、――どうかしましたか。と不思議そうに尋ねると、堀北学少女は少し咳払いをして「何でもない」と答える。
その何でもない時間は幸福なものであって、何よりも大切なものであるのだろう。
堀北学少女は、自身も手を動かして清掃を行いながら、幼い頃の思い出が、ふとした瞬間に心に蘇ってくる……。
まだ小学生だった頃、堀北学少女はよく彼に勉強を教えていた。
彼女が真剣に教科書を広げると、彼は小さな体で隣にぴったりと座り、――教えてください、学さん。と目を輝かせて彼女を見つめてきた。
算数の計算から漢字の書き方まで、彼女の説明に一生懸命耳を傾け、理解できると嬉しそうに笑っていた姿が今も鮮明に思い出される。
ある夏の日の午後、勉強の合間に二人で休憩を取ることになり、近所の公園で一緒に遊んだことがあった。
ブランコで彼がふわふわと宙に浮かぶのを見て、堀北学少女もついブランコに乗って、風を感じながら二人で笑い合った。彼が――学さんも笑うんだ。と無邪気に言ったとき、堀北学少女は少し照れながらも「たまには、こういうのも悪くないだろう」と言って笑ったのを思い出す。
また、彼が時折ふてくされて――勉強はやらない。と小さな反抗を見せることもあった。
その度に堀北学少女は根気強く彼の話を聞き、「それでも、やらなければならないこともある」と諭してきた。
すると彼はしぶしぶながらも言葉に従い、机に戻って真剣にノートと向き合うのだった。
そして、何よりも記憶に残っているのは。
彼が寂しそうな時、自分に甘えてくることだった。
近所の子供たちと喧嘩して落ち込んでいたある日、彼は静かに彼女の家にやってきて、まるで姉弟のように堀北学少女のそばに寄り添っていた。
彼女はその時、黙って彼の話を聞き、そっと頭を撫でてやった。
彼はその温かさに安心したのか、涙を堪えながらも笑顔を見せていた――。
校内清掃を続けながら、堀北学少女はこうした数々の思い出を胸にしまい込むように、ふっと微笑んだ。
隣にいる彼が、あの頃の幼い子供とは違って大きくなっていることに一抹の寂しさを感じつつも、こうして隣にいる姿が変わらず彼女にとって安心を与える存在であることに、静かな喜びも覚えていた。
「よし、今日のところは終わったみたいだな」
と言って、堀北学少女は最後のゴミ袋を持ち上げる。
二人の清掃は完了し、学校の廊下はピカピカに磨き上げられていた。
彼がさっとゴミ袋を受け取ると、堀北学少女は少し驚きつつも「助かる」と短く言った。
普段からの厳しい姿勢が少し緩み、彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいる。
「なかなか真面目にやったな。今日の仕事ぶりには感心したぞ」
彼は軽く頷き、静かに堀北学少女を見つめた。
彼女はその視線を一瞬だけ受け止め、ふっと息をつく。
「また同じことをやらかしたら……今度はもっと厳しく罰を与えるつもりだからな」
堀北学少女は半ば冗談交じりに言いながらも、軽く彼を睨んでみせた。
彼は視線を逸らしつつ、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
その様子に堀北学少女は一瞬戸惑ったが、次の瞬間には柔らかな表情を浮かべた。
「…まあ、そうならないように注意するんだ。お前が私に手間をかけさせるのは、これで最後にしてほしいものだからな」
言葉に出さずとも、その表情からは彼女に対する感謝と信頼の気持ちが感じられた。
彼が一礼し、軽く手を振ると、堀北学少女も小さく頷き、互いに別れの挨拶を交わした。
彼が廊下を離れていく姿を見送った後、堀北学少女は静かに息をついた。
ξ
廊下の窓の外には、朝日がゆっくりと昇り始め、校舎に長い影を落としている。
清々しい朝の空気が新たな一日を感じさせ、彼女は少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「それにしても、懐かしいな」
一人になったその廊下で、堀北学少女はふと微笑んだ。
それは彼女にとって忘れもしない記憶で――。
彼が幼いとき、近所の悪ガキたちに唆され、当時の堀北学少女のスカートをさっとめくって、走り逃げ去っていた、あの何とも言えない記憶――。
彼女はその日、彼に対してとても厳しく怒った記憶がある。
彼は、目を真っ赤にして泣き腫らしていた。
両手をギュッと握りしめ、何度も――ごめんなさい、もうしません。と言い続ける彼の姿が、今でも鮮明に心に刻まれている。
涙でぐしゃぐしゃの顔を拭いながらも、彼は決して逃げ出そうとせず、真正面から謝罪を続けたのであった。
「まったく…あいつは昔から素直すぎるところがあるな」
その時の彼を見て、堀北学少女はただ怒りが収まったわけではなく、むしろ幼い彼のまっすぐな姿に感心させられたのを覚えている。
彼が涙を拭きながら彼女の目を見て謝った姿は、今でも彼女の中で優しい思い出として残っている。
それからも、彼は小さなトラブルを起こしては堀北学少女に叱られ、また謝罪に来ることが多かった。
しかしその度に彼は、どんなに叱られても決して逃げ出すことはなく、彼女に向かって誠実に謝罪の言葉を伝え続けていた。
「それでも、今もこうして懲りずにいるわけだ」
朝日に照らされた廊下で、堀北学少女はその思い出の一つ一つに目を細めた。
幼い頃から何度も繰り返してきた彼との関係が、今も変わらず続いていることに、彼女は小さな安堵と誇らしさを覚える。
彼が成長し、以前のような子供っぽい行動は少なくなってきたが、それでも見せる無邪気さや頑なに逃げない姿勢には、昔の彼そのままの面影が宿っているように感じられる。
堀北学少女は、ふと微笑みながらその場を離れ、心の中でこうつぶやいた。
「覚えているかな……あの頃を」
それは、彼女の記憶に浮かび上がるもので。
もちろん、幼い頃の無邪気な言葉だと分かっているが、それでも彼の純粋さや変わらないまっすぐな姿勢に、どこか心が温まる瞬間。
○皆は彼女を天才と畏怖する立派な生徒会長。
○○○そんな彼女にも、懐かしき記憶が、
○○○○○懐かしい過去が心にある。
○○○○○○理想郷は朝の空模様。
○○○○○○○約束堀北学少女
――大きくなったら学さんと結婚する!
―END―
姉妹そろって青生地……普通だな!