嫌顔至上主義   作:嫌至ξ紳士

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椎名ひより【文学】

 椎名ひよりは文学少女である。

 印象は薄いが、よく見てみるとふくよかな脚や、もちっとした頬が特徴的であり、裏ではこっそり男子生徒たちからの人気も高い。

 

 そんな彼女は、予定のある日を除き、ほぼ毎日と言って良いほど、学校の図書館に通い詰めては読書をしている。

 

 

 ある日、椎名が席について本を読んでいるところ、近くに男子生徒が座ってきた。

 男は、手元に古文である『源氏物語』を持って読んでおり、それは彼女も読んだことのある名作だった。

 心の中でおすすめは、夕霧ですよ、なんて考えながらその日は終わった。

 

 またある日、椎名がじっくりと己の書籍を眺めているところ、近くに先日と同じ生徒が、席に腰掛けて本を読み始めていた。

 彼は、今日は『山月記』を読んでいるようだった。

 やっぱり李徴と袁傪の再会のシーンがいいですよね、と、心の中で囁く。

 

 さらにある日、椎名の横の席にまた男が座ってきた。

 二人の間に会話はほとんどなく、互いに本を読んでいる時間が続くのみ。

 彼女は、特に思うこともなくそれを受け入れ、心の中で読書仲間認定していた。

 

 そして、また別の日に。

 椎名が先に座って、後から男が席についてくるという状況の中。

 

 彼が『とりかへばや物語』を読んでいるのを発見して、彼女はついに勇気を振り絞って、声をかけずにはいられないと、男に視線を向けてつぶやいた。

 

「あの……いいですよね、それ。男の子が女の子に、そして女の子が男の子に。とても先鋭的な作品で、同時に奥深い魅力があります……」

 

 椎名の声に男は驚いたような様子をみせると、本の表紙を見せてきて、彼女に微笑む。

 突然の声かけにも、温厚に対応してくれるタイプのようだ。

 

「ふふっ……あなたも読書が好きなんですか? お名前をお聞きしても?」

 

 男は手短に自分の名前を言うと、椎名に向かって本が好きだと言うことを伝えた。

 そんな彼の発言に、椎名ひよりも優しく微笑んだ。

 本好きに悪い人はいないと、そう信じているような、溶けるような笑みだ。

 今日は良い日だなあと、彼女はそう思った。

 

 

 それからは、男が近くの席に座ってきては、椎名は彼の方に近づき、その本についての感想を語り始めるという日課のような日々が始まった。

 

「えぇ、そうです。『こゝろ』は教科書の中ではお嬢さんの名前は明かされませんが、しっかりと原文を読んでみると、その真名が明かされているんですよね。とてもしっくりとした、お名前だと思います……」

 

 ずい。

 

「あら、『舞姫』を読んでいるんですか? その小説はさすが森鴎外とだけあって、単語の使い方と文章の構成が上手ですよね……結末は悲しいものですが。私は特に、熾熱灯という表現が、好みです」

 

 ずいずい。

 

「ふふっ『百人一首』ですか、珍しいですね。あなたの心に響く歌はありましたか? ……私? 私ですか? そうですね、有名どころかもしれませんが。遣唐使として大陸に渡った、安倍仲麿の歌でしょうか。天の原〜から始まるそれは、とても恋しくなりますね」

 

 ずいずいずい。

 

「ふむふむ、今日は珍しいですね。H.G.ウェルズの『宇宙戦争』ですね。原作と映画では舞台がイギリスかアメリカで分かれていますが、その顔を見るに、どうやらあなたは映画から入ったみたいですね? 結末は賛否分かれますが、確かに納得のいく作品です」

 

 椎名ひよりは、彼が自分の語りを静かに聞いてくれることに安心感を覚えていた。

 結果、ずいずいの行いの影響で、二人の席は標準で隣同士に。

 なんなら、肩と肩が互いにくっついてしまうほどに近寄っていた。

 

 この静寂の時間は彼女にとって、かけがえのなく、大切なものであった。

 だが最近、どこか少し違和感があって……。

 

 

 ξ

 

 

 ある日、二人がいつも通り静かに読書をしていた時のことだ。

 椎名ひよりは、ふとした瞬間。

 男が、本を読むのを一時停止して、こちらを見つめていることに気づいた。

 

 最初はただ休憩しているだけであろうと思っていたので、その視線を気にしなかった。

 しかし、時間が経ってもたつても、彼の視線はこちらに向けられたままだった。

 まるで何かを求められているかのような視線で、それがわからない。

 

 椎名の心は、得も言われぬ動揺で満たされていた。

 彼がこちらを眺めて続けているのに、何か理由はあるのだろうか……?

 

 すると静かな声で、彼の方から、椎名はこうお願いされた。

 

――見せてほしい。

 

 その言葉は曖昧であり、椎名ひよりには意味がよく理解できない。

 彼女は戸惑いを見せ、彼に問い返す。

 

「……何のことでしょうか?」

 

――見せてほしいんだ。

 

 椎名ひよりは、彼の言葉の意味を探ろうと、しばらくその顔を見つめた。

 何を見せてほしいと言っているのか、全く見当がつかない。

 それでも、彼の視線は真剣で、何か特別なものを求めているようだった。

 

「見せてほしい……とは、具体的には?」

 

 彼女は再度、冷静に問い返した。

 彼は少し躊躇しながら、少し視線を下げた。

 

 彼のその仕草に、椎名はさらに戸惑いを深める。

 まさかとは思いながらも、彼の視線が暗に指しているものに気づき始めたが、それでも確信には至らない。

 

「……本を見たいのですか? それとも何か他の……?」

 

 彼は首を横に振ることもなく、ただ静かに椎名を見つめ続ける。

 男の言葉は少なく、それでもその目に込められた強い意志が彼女に伝わってくる。

 だが、椎名にはまだ何を求められているのか理解できないままだ。

 

 椎名はさっと視線を返し、少し肩をすくめて本に目を戻そうとする。

 しかし、彼の視線が依然として離れないことを感じ、心の中に妙な不安が広がっていく。

 

 その瞬間、彼がほんのわずかに手を動かし、何かを示唆するように視線を下げる。

 彼女はその動きに反応し、一瞬だけ息を止めた。

 

 「え……それは……」

 

 ようやく、彼の曖昧な言葉が何を意味しているのかを理解する瞬間が訪れた。

 視線は、椎名の制服の下の方、つまりスカートに向けられていた。

 椎名は目を見開き、一瞬固まったかのように彼を見返す。

 

 「……冗談、ですよね?」

 

 彼女の声は冷たく、そして鋭かった。

 だが、彼の表情は変わらず、まるで真剣なままだ。

 そう、男が真に何を言いたいかというと。

 

 彼女、椎名ひよりに……。

 

 

――――嫌な顔されながらおパンツみせてもらいたい。

 

 

ξ

 

 

 彼のその一言は、彼女を冷静に怒らせるのに十分な材料だった。

 だが、何と言えば良いかもわからない。

 なんたって、こんなことを男性から直接的に言われるのは初めてだからだ。

 

 椎名は困惑し、再び本を手に取るふりをして視線をそらした。

 だが、それは無駄だった。

 

――椎名のおパンツを見せてほしいんだ。

 

 彼女は驚いていた。

 そして同時に、絶望していた。

 それは悲しみに近かった。

 

「そんなことのために、私に近づいてきたんですか……?」

 

 椎名はこれが現実でなければなんと良いだろうと思った。

 これが小説の世界の話であれば、大いに納得できていた。

 だが奇なりとはいうもので、自身の現状は変え難いものだった。

 

「残念です、私。せっかく共通の趣味を持ったお友達ができたと思ったのに……」

 

 椎名の声には、かすかな悲しみと怒りが交じっていた。

 彼女は、静かな日々の中で育まれてきた友情が一瞬で崩れ去る感覚を味わっていた。

 彼の視線を避けるように、椎名は再び本に目を落とした。

 

 しかし、彼の視線は依然として自分に向けられているのを感じる。

 

 しばらくの間、図書館の静寂が二人の間に張り詰めたままだった。

 椎名はその空気に耐えかね、意を決して彼を見つめ返す。

 彼は微動だにせず、ただ彼女をじっと見つめていた。

 

 冷静さを保とうとするが、その視線は彼女の心をかき乱していた。

 

「……何も言わないんですね?」

 

 椎名は彼に問いかけるが、彼はやはり何も答えない。

 ただ、相変わらずの真剣な眼差しを彼女に向けていた。

 

 それがますます彼女を困惑させる。

 彼が冗談で言っているのか、それとも本気なのか、椎名にはまだわからなかった。

 

 だが、彼が一切の弁解もなく、ただ自分の望みを告げたまま静かにしていることが、彼の意図が真剣であることを示しているようにも思えた。

 

 「……本当に……私の下着を、見たいんですか?」

 

 椎名は、信じられない思いでそう言った。

 彼女は一瞬、立ち上がってこの場を去りたい衝動に駆られたが、何かがそれを抑えた。

 

 自分を裏切った相手に対して、怒りよりも失望が勝る。

 彼女は立ち去るべきだという自分の感情と、もう一つの何かを引きずる感情との間で葛藤していた。

 

「……どうして……」

 

 椎名は呟くように言いながら、目を閉じた。

 そして、ゆっくりと息をついてから、彼に向き直る。

 彼の目はまだ彼女に向けられたままだった。

 彼女は、その沈黙が無言の圧力のように感じられ、重くのしかかってくるのを感じた。

 

「はぁ……」

 

 椎名は、彼の無言の圧力に耐えきれず、再びため息をついた。

 彼の望みを聞いた瞬間の嫌悪感が、再び胸にこみ上げてくる。

 

 それでも、彼がずっと黙ったまま視線を逸らさないことで、椎名は次第に、自分の感情を押し殺し始めていた。

 

 「……そんなこと、普通に頼むことじゃないんですよ」

 

 彼女は冷たい目で彼を見つめながら、声を少し震わせてそう言った。

 自分がここで何をすべきかを考えようとするが、答えは出ない。

 彼女は視線を一瞬床に落とし、手元の本を閉じた。

 拒絶すればいいはずだが、言葉が出てこない。

 

「……本当に、嫌ですからね」

 

 彼女は、怒りと失望を隠そうとせず、わざと嫌そうな顔を見せた。

 彼に自分の気持ちを伝えたかったのだ。

 

 しかし、彼の視線は全く変わらないままで、そのことがさらに彼女を苛立たせた。

 彼は真剣だ――そう思わざるを得なかった。

 

――頼む、一生のお願いなんだ。

 

 その言葉に、椎名は息を吸い込んで、覚悟を決めたように彼に向き直る。

 彼女の表情は明らかに嫌そうで、眉をひそめ、唇を少し噛んでいた。

 

「はぁ……本当に。あなたの一生が短くなりますよ」

 

 彼女は自分の意志でこれを選んだわけではなく、彼の無言の圧力に押しつぶされる形で動かされていることを感じた。

 

「……それで、本当に満足するんですよね……?」

 

 すると、ついに――。

 彼女は、再び彼を睨むように見つめながらも、スカートの裾に手を伸ばし始めた。

 

 椎名ひよりは、嫌々ながらも、ゆっくりとそれを持ち上げ始める。

 彼の視線がそれに釘付けになっているのを感じ、彼女の嫌悪感はさらに強まった。

 

「……もうこれ以上は、絶対にしませんよ。一生です」

 

 椎名は嫌な顔をしながらも、その動作を止めなかった。

 彼女の心には強い拒絶の感情が渦巻いていたが、彼の視線に負けるような形で、それに従う彼女自身がいた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

学少女は出会いを求めて作品に没入する。

○○○の世界は誰よりも豊かに育まれ、

○○○○○を生やし生長していく。

○○○○○○想郷は自然なる心。

○○○○○○○学椎名ひよ

 

 

 

 

 哀れみの目を浮かべて彼女はこちらを見る。

 そしてすっと手元の本を取り出すと、この一節を唱えるのだ。

 

 

「――もし、私たちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたですから、その罪をゆるし、すべての不義から私たちを清めて下さいます――」

 

―END―

 




†悔い改めて†
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