嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
無人島試験。
そこではとある、秘密の会話が行われていた。
「ちっ、なんでアンタみたいな人がDクラスのグループにいるんだよ」
彼女、伊吹澪は、苛立ちを見せながら、その怒りの原因の人物の方を見やった。
アンタと呼ばれた生徒――学内では少し有名な男は、そう文句を吐かれていた。
「全部見てたんでしょ、私のやっていた“コト”」
伊吹がやっていた“コト”とは、とあるDクラス女子生徒の下着を彼女が盗み、それを他の男子生徒のカバンに突っ込むという、社会的信用ぶっこわし計画である。
その一部始終を、なんと恐ろしくも彼は目撃してしまっていたのだ。
「いい? 黙ってて。まぁ、どうせあんたが私を通報しても、信用されないだろうけど」
……の前に、みなさまお気づきだろうか。
なぜかDクラスのグループに件の男がいるのである。
話の前にこれに違和感を持って頂きたい。
ゆえに簡潔な説明をしよう。
この男はとあるくだらない“噂”のせいで、あの温厚で有名なBクラスから追い出されてしまったのである。
かわいそうに、彼が一体何をしたというのだろうか。
それを実行したリーダーの言葉は『君なら一人サバイバルでも問題ないにゃ〜』である。
ともかく、そんなこんなでクラス間闘争の中、男は独り身になってしまった。
そして、そんな弾きものの男は、流浪にも伝手を使いDクラスに潜り込んでいたのだ。
説明終了。
「てかそもそも、何でアンタがこんな時間まで起きていて、私の行動を発見できたわけ?」
ごもっともな質問である。
真夜中に皆が眠っている時間、伊吹が女子のテントから下着を盗み出すという、超極秘任務を、どうして男が知ったのか。
答えはシンプルに。
「……はぁ? 個人的な趣味い? バッカじゃないの、それ」
男はただ、紳士的な理由で、女子生徒のテントを監視していただけである。
「まっ、精々アンタが犯人にされないよう、上手く立ち回ることね」
そう言い残して、伊吹澪は女子テントに戻っていこうとする……が。
――おパンツを見せてほしい
その足が止まる。
それは、男の理解不能な言葉からくるもので。
「……アンタに見せるわけないでしょ? バカじゃないの」
――――伊吹澪に、嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい。
ξ
非常に本能的な願いであった。
伊吹はとても最悪そうな、まるで穢らわしいものを見るような目で、こちらを睨む。
そして、クルリとその艶やかな脚をひるがえすと……。
――勢いそのまま、蹴り上げてくる。
ひゅんっ、と空を切るような音が鳴り、静寂な夜を少し彩る。
が、ハズレ。
相手の金的、つまり目標物にはあたらなかった。
「……ちっ」
伊吹は軽く舌打ちをして、悔しそうに地面を蹴る。
俊敏な動きが夜の静けさに消えていくと、再び男に向けた冷たい視線が鋭さを増す。
「……今のは警告。次はないから、覚えておきな」
彼女の言葉には威圧がこもっていたが、それでも男は微動だにしない。
何も言わず、ただ静かに彼女を見つめている。
まるでその目の奥で、もっと深い欲望を抑え込んでいるかのように。
――おパンツを見せてほしい。
再びその言葉が脳裏をよぎるが、今度は伊吹の動きに変化はない。
彼女は一瞬、言葉を失ったように顔をしかめ、ため息をつく。
「……やっぱりアンタ、どこかおかしい」
だが、男の異常さを理解したからといって、彼女がその場から立ち去れるわけではない。
男の視線にさらされ続ける中で、彼女は徐々に感じていた。
自分の行動が彼にすべて見られていたという現実、そしてその証拠が今ここにいる男自身であるという事実。
無視できない脅威を目の前にして、心の中で焦りが生じていた。
「……っ、何なのよ、本当に」
伊吹は苛立ちを隠せず、自分の拳を強く握りしめる。
しかし、その瞬間に冷静さを取り戻す。
実力差は十分、勢いだけではこの場を切り抜けられない。
彼女は無意識のうちに、自分の裏にいる存在のことを考えていた。
やつに迷惑がかかれば、さらに事態が悪化する。
自分ひとりで片付けるべきだ。
彼女はもう一度男を睨み、低い声で言い放つ。
「……話し合いをしよう」
そうして彼女は、明らかに不本意な表情で、男に向き直った。
ξ
「……話し合いをしよう」
伊吹は不本意ながらも、冷静さを取り戻した表情で男に向き直った。
男は無言のまま彼女をじっと見つめている。
その視線は、静かだが確固たるものだった。
「アンタ、何が目的なの? さっきから変なことばかり言って……」
彼女は疑念を抱きながらも、怒りを抑えて問いかけた。
しかし、男は口を開かない。
ただ、彼の視線が何かを示していることに、伊吹は気づき始める。
――おパンツを見せてほしい。
再び、あの言葉が脳裏をよぎる。
伊吹は眉をひそめ、男の真意を探ろうとしたが、すぐに答えが見つかってしまった。
彼が本当に望んでいるものは何か……彼女はそれを理解するしかなかった。
「……アンタ、本当にそれが目的?」
彼女の声は冷たかったが、同時に無力感も滲んでいた。
男は微かに頷くような動作を見せたが、やはり口は開かない。
沈黙が二人の間に流れる中、伊吹は静かに息を吐く。
「……ふざけないで。私はアンタにそんなことするつもりはない」
そう言い切ったものの、彼女の心には葛藤が生じていた。
もしこのまま男が黙っていなければ、女子生徒の下着を盗んだことがバレてしまう。
仲間に迷惑がかかるだけでなく、自分自身も大きな問題に直面することになる。
「……って、ちょっと待って。アンタが言ったところで誰も信じてくれないでしょ」
すると、とうとう男が口を開いた。
伊吹はごくりと喉をならして警戒する。
――女子生徒の中には私の協力者がいる。
それは驚くべき事実であった。
こんな女の敵ともいえるやつに協力者がいる? 本当に?
「それ、絶対嘘。だってアンタこそが女の敵だもの」
――だが私が協力者に言えば、噂は広まる。お前……伊吹の居場所もなくなる。
「じゃあそれって誰? 教えてくれるなら考えてあげないこともないけど」
嘘だ。見せる気なんて毛頭ない。
ただ、ブラフをかけてみただけだ。
――事なかれ主義の娘だ。
「……はあ? それ答えになってないし。嘘だと思うんだけど」
――ハイじゃあ、ワタシ答えたネ。アナタ、パンツ見せるネ。
男はふざけているようだった。
まるで、自身を中心に世界が動いているかのように、彼女をおちょくってきた。
「……ふざけてるね、本当に」
伊吹は苛立ちを隠せず、言葉を吐き捨てた。
しかし、男は無言のまま、その冷静な瞳を向けてくる。
彼の視線は、伊吹が何をしても彼のペースから外れることはないと言わんばかりだ。
「……黙っててくれるなら、考えてやってもいい」
「でも……本気でそんなことを望んでるわけ?」
彼女はもう一度、男に確認するように問いかけた。
だが男はただ静かに視線を返すだけだ。
その視線には、強烈な意思が込められている。
伊吹は内心で焦っていた。
下着を盗んだ事実が露見すれば、自分だけではなくやつにも迷惑がかかる。
それでも、男のこの異常な要求に従うことは屈辱的すぎた。
「……本当に見せろって言うの?」
彼女は再度言葉を絞り出すが、男は一切変わらない態度で立ち続けている。
その無言のプレッシャーが、伊吹の中で徐々に重圧となってのしかかってくる。
抵抗を続けても無駄なのかもしれない――そう感じた瞬間、自分の弱さを痛感した。
何とかして、この場を打開できる方法はないのか。
彼女は一瞬、様々な可能性を考えたが、目の前の男がすべてを見透かしているかのような視線を向けてくるたび、その考えは霧散していく。
――おパンツ。
あの声が再び脳裏に響く。
伊吹は、再び深いため息をついた。ここまで追い詰められてしまった状況で、どうあがいても男の要求を無視することはできない。
自分ひとりで片付けなければならない現実が、ますます重くのしかかってくる。
「……何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
小さな声でつぶやいたその言葉には、悔しさと苛立ち、そして無力感が混ざっていた。
彼女の拳は強く握られ、爪が手のひらに食い込むほどだったが、その痛みでさえも、今の彼女を救うことはできなかった。
「……わかった。でも、絶対に約束して。裏切らないって」
伊吹澪は決意したように、そう言い放つ。
彼女は深呼吸をし、自分の決断を確かめるようにして、体育ズボンをちょんと掴んだ。
その手は僅かに震えていたが、伊吹は必死にそれを隠す。
目の前の男の前でそっとそれを下ろしていき……。
そして、ついに――。
○戦いの中、誰もが自分を信じる必要がある。
○○○私は誰かに頼るつもりなんてない、
○○○○○孤独に己を守ることが肝。
○○○○○○理想郷は冷たき輝き。
○○○○○○○俊敏少女伊吹澪
「……バカ。ほんとに、変わったやつ……。でも、約束だけは忘れないでよね」
―END―
ちなみに、女子生徒の下着は主人公がちゃっかり自主回収している。
もちろん、件の協力者に渡して返却する予定である。多分