嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
四月の入学式。
綾小路少女は、バスに揺られながら、意味もなく外を眺めていた。
そんな彼女は、百人に百四人が振り向くほどの美少女である。
とてもその空間からは浮いているように見えた。
隣の席にはこれまた黒髪の綺麗な少女が座っており、ここがヴァルハラかとは、乗客皆の心の声を代弁したものだろう。
そしてバス車内では何事も起きることなく、目的地の『高度育成高等学校』に到着した。
そんな中、綾小路少女の内心は可愛らしいもので、「友達ができるといいな……」なんてアオハルを想像しながら、バスから降車するのである。
――君も、入学式に行くところ?
突然の声に、綾小路少女は一瞬足を止めた。
振り返ると、そこには同じ制服を着た男の子が、控えめに微笑んでいた。
彼の声は穏やかで、どこか落ち着きを感じさせるものだった。
「……え、あ、そうだ……です」
少し驚いた様子で返事をする綾小路少女。
彼女は普段、誰かから話しかけられることに慣れていない。
だからこそ、この瞬間に心の中で小さな花が咲くような感覚を覚えた。
――良かった。同じ新入生だね。よかったら、一緒に行かない?
少年の言葉に、綾小路少女の心はさらに暖かくなった。
初めての友人の予感が、彼女の胸を高鳴らせる。
友達……これが、友達……?
コクリ、と。
綾小路少女は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、小さくうなずいた。
「その、ありがとう……。私、綾小路っていいます。よろしく……?」
自分の名前を伝えた後、少し恥ずかしそうに視線を逸らす綾小路少女。
彼女の声は小さく、言葉を紡ぐのに慣れていない様子が伺えた。
――これから三年間、よろしくね。
彼は優しく返事をし、微笑んだ。
その自然な反応に、綾小路少女の心はまたほんのりと温かくなった。
自分の存在を受け入れてもらえたという実感が、彼女の胸に広がっていく。
二人は並んで歩き出した。まだぎこちない沈黙が続くが、その静けささえも心地よく感じられた。
綾小路少女は、ふと彼の横顔に目をやるが、すぐに視線を落とした。
何か言わなきゃ――と考えるが、幾分言葉が見つからない。
「……あの」
思わず声を出すが、そこで止まってしまう。
何を言おうとしていたのか、自分でも分からなくなってしまった。
しかし彼は立ち止まることなく、同じペースで歩き続けてくれる。
この人、優しいな……。
彼女は、自分の鼓動が少し早くなっているのを感じた。
こんな風に誰かと一緒に歩くことが、こんなにも温かいものだとは思ってもみなかった。
心の中でポカポカとした感覚が広がっていく。
二人が歩く道は、まだ肌寒い四月の風が吹いていたが、綾小路少女の心はまるで春の日差しを浴びているかのように暖かく感じられた。
友人……これが友人。いや、もはや親友だろうか……?
綾小路少女の内心。
ちょっと、ちょろすぎるかもしれない。
ξ
入学式が終わると、綾小路少女は露骨に残念そうな表情を浮かべていた。
それは、初めての友達だと思った少年と違うクラスになってしまったからだ。
少年はBクラスで、自分はDクラス。
彼は、綾小路少女にとって初めての友人で、特別なものだと既に考え始めていたので、この無情な現実にうぬぬと天を仰ぎ、心の中で嘆いていたのである。
トモダチ……オトモダチ……シンユウ……。
その様子はまるで萎れた花のようで、落胆したオーラがそれはもう漂っていた。
彼女は自身の配属されたDクラスに入ると、そのまま机に突っ伏してしまった。
すると彼女の隣の席に座っていた女子生徒がこちらに声をかけてくる。
「あなた……大丈夫?」
ちらっと横を見ると、そこには見覚えのある女子生徒――バスで隣の席に座っていた――が、どこか不安げな様子でこちらを見つめていた。
彼女は「堀北鈴音」と名乗り、さっそく綾小路少女に問いかけた。
「ねぇ……もしかして、あの男が何かあなたに問題をかけてしまったの?」
どうやら堀北は、その少年の幼馴染らしく、彼に関連して気にかけているようだった。
しかし今の綾小路少女は何かをすぐに答えるような気分にはならず、沈黙してしまう。
すると、堀北鈴音は、真剣な表情でこちらを見つめながら質問を続けた。
「本当に、彼が何かしたの?」
綾小路少女は一瞬戸惑ったが、それにはすぐ答えた。
「いや、何も。ただ、すごく優しい人だと思う」
堀北は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻してノートに視線を落とした。
「そう……。彼って、そんな風に見られてるのね」
綾小路少女は、堀北が何を考えているのか気になり始めた。
彼女の態度には、どこか意味ありげなものが感じられる。
そこで、思い切って尋ねてみることにした。
「……その、彼ってどういう人なんだ……ですか?」
不安と好奇心が入り混じった声で聞いた。
堀北は一瞬言葉に詰まり、少し考え込んだ後、ぽつりと答えた。
「……普通の人よ。ただ、少し……変わってるかもしれない」
「変わってる?」
綾小路少女は首をかしげる。
彼が見せた優しい笑顔と、変わっているという言葉が結びつかなかった。
「ええ、どう説明すればいいのかしら……」
堀北は眉をひそめながら考え込む。
「彼、普段はすごく無口で、あまり自分から話しかけることはないわ。でも、何か頼まれたら断らないし、人に対して妙に気を使うところがあるの」
綾小路少女は、その説明に彼が優しく声をかけてくれた瞬間を思い出した。
「気を使う……?」
「そう、頼りになるけど……どこか不思議な人なの。少し周りと距離を置いているかもしれないわ」
堀北の言葉を聞いて、綾小路少女はふと考えた。
自分にとって、彼は特別な存在になりそうな予感がするけど、それは単なる偶然なのか、それとも何かもっと大きなものなのか。
「彼のこと、気になるの?」
「えっ?」
堀北が突然問いかけてきた。
綾小路少女は顔を赤らめて首を振った。
「そういうわけじゃなくて……ただ、少し興味があってだな」
「ふーん。口調、そのままでいいわよ」
堀北は興味なさそうに返事をしながらも、微かに口元が緩んだように見えた。
「まあ、別にどうでもいいけど。彼とは仲良くしておけば、困ることはないわよ」
「そうなの……か?」
綾小路少女は少し驚きつつも、堀北の言葉に安心感を覚えた。
「うん。あまり深入りしすぎなければね」
堀北は小さく笑ってみせた。
それが冗談なのか、本心なのかは分からなかったが、綾小路少女はどこかその微妙な距離感を面白く感じた。
「……ありがとう。堀北って、意外と優しいんだな」
「そう思うなら、黙っておきなさい」
堀北はそっけなく言ったが、少しだけ顔を背けているように見えた。
ξ (力尽きた音)
場面は一転し、クラスメイトが赤点を取る場面へ。
38点――。
それはボーダーラインの40点から、2点も低い点数であった。
綾小路少女と堀北は、そんなクラスメイトを助けるために、担当の茶柱先生に点数をポイントで買い取ることを申し込む……だが。
「1点10万ポイントで売ってやろう」
それは破格の値段のはずであった。
しかし二人がポイントを合わせても、2点分の20万ポイントに届かない。
そこで、堀北がついに“彼”に電話をかける。
その“彼”とは、堀北が唯一の昔からの信頼を置く幼馴染であった。
――おまたせ、待った?
堀北と綾小路のポイントを足しても十数万ちょっと……まだ足りない。
つまり残り10万近くのポイントを払える生徒が、必要だった。
しかし普通の生徒は一ヶ月で一ポイントも使わなかったなんてことはないだろう。
だが少年の姿を見た瞬間、綾小路少女は確固たる安心感を覚えた。
その男の、綾小路少女の初めての友人の歪な噂。
それは――。
――毎日山菜定食、無料商品は全部取る、有料商品はリーダーから古事記してきた!
そう、彼は……。
彼こそが、この学校で有名な。
――私こそが、一ポイントも使わないマンだ。
と、なんやかんやあって(強引)
Dクラスの赤点問題は、この男の助力によって解決されたのである。
めでたしめでたし。
ξ
もちろんそれで、終わるのがこの話ではない。
10万近くのポイントを譲り受けたのだ、対価が必要である。
綾小路少女は屋上に呼び出され、その強風の中彼と向かい合っていた。
「本当に、一ポイントも使っていなかったんだな……ね」
――ああ、こんなこともあろうかと、友人を助けるために貯めておいたんだ。
男のそれは異常である。
同時に、綾小路少女の存在も異常である。
つまるところ彼らは惹かれ合う存在。
「ホワイトルームって知ってる?」
――残念だが、アメリカの方しか思い浮かばないな。
「そう……ならいい」
綾小路少女と彼は、屋上でたわいもない会話を続けていた。
青空の下、風が軽く吹き、髪の毛が少し揺れる。
太陽が高く照りつけているが、時折感じる風が心地よい。
「ここ、いい場所だな。風が通って気持ちいいし」
――ああ、ここは気に入ってるんだ。特にここからの景色がとても良い。
彼がそう言ったその瞬間――。
突如として風が強くなり、屋上全体に渦巻くような風が吹き込んできた。
「あっ……」
思わず綾小路少女はスカートを押さえたが、風の勢いは強く、彼女のスカートが風に舞うように軽く持ち上がった。
○初めての友達は一生記憶に残っていくもの。
○○○無垢なキャンパスに彩りを添えて、
○○○○○そこに景色が浮かんでく。
○○○○○○理想郷は純白な絹色。
○○○○○○○原典綾小路少女
ふと綾小路少女は、すぐ前に立つ彼に気づき、顔を赤らめた。
風のいたずらに心の準備もできず、彼女は一瞬凍りついたように動けなくなる。
しかし、彼は特に動揺することもなく、いつもの落ち着いた表情を保ちながら――大丈夫か? と声をかけるだけだった。
綾小路少女は急いでスカートを整え、恥ずかしそうにうつむく。
「……風が強すぎただけだよ」
そう、ただそれは偶然であって。
―END―
心の目で覗くのです