とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》   作:大体三恵

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R complexの被害者

 ごく普通の私立中学校に通う黒木美都(くろき みと)は、復讐者である。

 

 母親を幼くして失い、男手ひとつで育ててもらった。

 何もかも行き届いていたわけではないが、特別な不満も感じることなく中学校へ上がった。

 

 父親は学者で、一定の功績をあげていた。

 その功績を奪い、一瞬で父親を破滅させた男がいる。

 

「氷川……誠一郎ッ!」

 

 自分以外、誰もいなくなったマンションの一室で、美都は週刊誌で今話題の人と特集されている氷川という仇の写真を、ページごと引き破りながら握りつぶす。

 

「なにが……なにが、画期的な治療薬よ! わたしのお父さんの物じゃない!」

 

 写真の氷川誠一郎は、一見して好青年だが、彼は美都の父の成果を奪い、学者として高名を得ている。

 それだけだったら、美都も父を気遣うだけの生活だったろう。

 

 だが、美都の父は、もうこの世にいない。

 功績を横取りされ、失意の父は体調を崩し、そのまま運悪く世界的に流行した感染症で亡くなってしまった。

 失ったモノが大きく、多すぎた。

 

「わたしは氷川をぶっ潰す!」

 

 父を奪われ精神的に追い詰められた美都が、そんな決意をするのも必然であった。

 

 とある手段を使い、証拠はある程度集まった。

 だが、美都にはこれを有効に活かせる手段がない。

 

 そんな時、美都はデッドセックの噂を聞いた。

 

 政府や大企業の不正を暴くハッカー集団。

 ハッキングから荒事まで得意とし、時にはギャングやマフィアとも真正面からやり合う。力技だけでなく、ときにはそのハッキング能力でギャング同士を争わせたり、資金を根こそぎ奪ったりと、その手の逸話は尽きない。 

 

 ただし日本にデッドセックの支部はない。

 

 しかし、チャンスが訪れた。

 デッドセックの日本支部設立メンバーの募集。という情報がネットに流れてきた。

 

 もちろんただ応募すれば良いという物ではない。

 

 まずデッドセックが情報を残しているサイトを探す。

 その情報から、東京のどこかにあるQRコードを見つけて、アドレスを読み込んでデッドセックのチャットルームにアクセスする。

 そこで試験は終わりじゃない。最低限のスタートライン。

 

「まずはデッドセックのメンバーに接触する!」

 

 美都はなんとしても、そのスタートラインに立つと決意する。

 デッドセックであれば、復讐の爪を研ぐことができると考えが至った美都は、すぐに行動へと移った。

 

 デッドセックが用意したサイトを探し出し、いくつかの暗号を解き、QRコードの切れ端が隠された場所を解き明かす。

 

 QRコードの場所は解った。だが、困ったことに時間制限があった。

 それは明確にいつまでとは書かれてはいない。

 隠されている場所が解体中のビル。という物理的な時間制限だった。

 

 解体されるまえ、できるなら解体工事が始まるまえに手に入れるのが望ましい。

 

 解体作業中にできることはほとんどない。

 本場、アメリカの……特にサンフランシスコのデッドセック集団ならば、ドローンや身体能力を活かしたパルクールなどで、解体作業中や深夜でも侵入し、回収するという。

 

 しかし、美都はパルクールどころか、人並みの運動神経しかない。

 12歳の平均的体格から見たら小さいので、体力や筋力はさらに低い。

 

 よって、チャンスは解体作業が始まって、最初の休日しかない。

 

 警備システムを解除するIDキーを、ネットを見ながら自作し、父親に買ってもらった火星探索ドローンレイバーのタイニーモデルをリュックに入れ、池袋のビル解体現場へと向かった。

 

 解体中のビルは、内装はすべて剥がされ、ガラスを外されてた姿となっていた。

 来週には屋上から解体が始まっていたかもしれない。ぎりぎりだったと、美都は胸をなでおろす。

 昼頃に侵入できたが、1人でビルを捜索するには時間がかかった。

 

 見つかるかもしれないという緊張感が続き、精神的にも疲労する。

 

「やったー! あったーっ!」

 

 暑さと疲労で、めまいを覚えたころ、パズルを解くようにして、やっとQRコード……の端切れを見つけた。

 ただし見つけただけ。手は届かない。

 

 瓦礫や廃材の中に埋もれるように、空調ダクトがあり、その奥にQRコードの切れ端が入っているであろう透明の袋があった。

 ダクトはわざと埋めたのだろう。

 

 身体の小さい美都でも、ダクトには頭が入るか入らないかの狭さ。

 試しに棒を持ち、肩まで腕を突っ込んで伸ばすが、まだまだ届かない。

 

 諦めて腕を抜き、リュックを下ろして卵型のドローンレイバーを取り出す。

 本物は80cmほどだが、これはタイニーモデルというだけあって、15cmほどにスケールダウンさせたおもちゃだ。

 おもちゃとはいえ、美都による改造が施されており、遠隔操作でかなりの作業ができるようになっている。

 小型のアームに、ハッキング用の端子、爆音を出せるスピーカーに目眩し用のLED点灯機能もある。

 

 ドローンレイバーはクローラー式の車輪兼、ツメを持ち、機体をくねらすように前進する。

 

 ダクトのなかをゆっくりと進ませ、奥まで進ませる。

 紙袋の持ち手を小型アームで慎重に掴み、ゆっくりゆっくりと後退させる。

 

 待ちきれなくなった美都は、途中まで戻ったドローンレイバーを掴んで引っ張り出した。

 そして袋を開けると、念願のQRコード……の切れ端があった。

 

「やったー! 手に入れたわー!」

 

 美都はぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。とても復讐者の姿に見えない。

 

 思っていたより時間がかかった。窓がなく風通しがよくも、空調がない廃ビルは暑い。喉も乾いた。

 ひとまずQRコードをスマホで撮影。

 手帳にQRコードを挟み、ドローンレイバーと共にリュックに詰めた。

 

 すぐさま帰ろうと工事用エレベーターの前までくると、この階に止まっていたエレベーターが降下していった。

 誰かが下層階で操作した。

 

 気がついた美都は、その場でぐるぐると回り始めた。

 考えられるのは解体現場の作業員か警備員が見回りにきたか。

 それともデッドセック入りを狙った他の探索者か。

 

 警備なら怒られ警察の厄介になるだろうが、他の探索者ならば最悪、横取りされる!

 QRコードは撮影したが、ラミネートされているからには、中にチップや別のメモなどが封入されている可能性がある。

 

 渡すわけにはいかないと、美都はリュックの肩紐をギュッと握って、ゴミが散らばる階段を駆け下り始めた。

 

 4階分ほど駆け降りると、誰かが昇ってくる足音が聞こえた。複数だ。

 エレベーターに最低1人、階段に最低3人。

 

「やばい……。3人以上…………」

 

 美都は警備や作業員であること祈った。

 踵を返し、隠れるところを探し始めたが、階段の中二階にそんなところはない。

 

 上の階に戻り、壁の角に隠れる。

 隠れて待ち伏せ、すれ違いざま駆け降りる作戦だ。

 壁から覗き見る

 

 

 ひとり見えた。

 作業ズボン姿の若い男……やっぱり作業員の人か、よかった。

 と美都が思ったのも束の間、次に現れたのは歳の頃が同じくらいの少年だった。

 

 よく見れば、作業ズボンの男性はヘルメットをかぶっていない。

 よほどの法令違反上等の解体業者でもなければ、あんな格好のはずがない。

 

 そのことに気がついた瞬間、スマホを見ていた少年が作業ズボンの男に声をかけた。

 

「そこだ。壁の影!」

 

 なぜわかったのかと、美都は驚いた。

 スマホを見ていて、こちらに視線を向けてなかった少年が、なぜ気がついたのか?

 

 隣のビルの防犯カメラ!?

 

 窓が取り外された先、隣のビルから美都は丸見えだ。あの少年は、少なくても、スマホで防犯カメラを乗っ取れるくらいのハッカー。

 

 デッドセック狙い、その関係は確実。

 

 階段を上りかけていた作業ズボンの男の反応は鈍い。

 少年の声に、なにが? という顔をしていた。

 

 わずかなチャンス。

 美都は一瞬迷ったが、当初の予定通り飛び出し、階段を駆け降りる。

 少年はスマホを取り落としそうになって、上の階に昇りかけていた作業ズボンの男は出遅れた。

 

 逃げられる、と思った瞬間、美都はぐいっと後ろに引き寄せられた。

 

「リュックが……!」

 

 背負っていたリュックが、中二階で開きっぱなしになっていた消火ホースの扉のレバーに引っかかっていた。

 QRコードの入ったリュックを手放すわけにいかないため、肩ベルトをレバーから外そうとする美都は、階段を5段飛ばしで飛び降りてきた作業ズボンの男に捕まった。

 

「やだ! 離してっ!」

 

「出すもんだせや、ごら!」

 

「な、なんのこと? し、知らない! 黙って入ってごめんなさい!」

 

 わずな望みをかけ、QRコードやデッドセックも知らずに入り込んだ少女を演じる。

 だが、少年の一言で無駄となる。

 

「とぼけるなよ。最上階で何かを見つけてリュックにしまったのは、防犯カメラの映像で見てるんだ」

 

「ひっ……」

 

 わずかな望みも絶たれた。

 あとは暴れても逃げるほかない。

 

「てめぇ、嘘つきやがって! よこせ!」

 

「これは絶対に渡さないからっ! 放して! 放しなさいよ!」

 

 暴れることより、誤魔化そうとしたことが逆鱗に触れたのか、作業ズボンの男は腕を振り上げた。

 身を強張らせる美都。

 振り下ろされる男の拳。

 駆け上がってくる何者かの足音。

 頬を殴られる音と痛み。

 倒れる前に首を掴まれ、男の指が喉に食い込む。

 苦しい……。

 

「こいつ!」

 

 男の声じゃない。少年の声でもない。

 女の子の声が近づいてきた。美都の霞む視界に、異常な速さで滑るように階段を駆け上ってくる茶色い髪の少女。

 

「どけぇえええっ!」

 

 鈍い音が聞こえて、美都の首が解放される。

 咳き込む前に見えた光景は、作業ズボンの男に体当たりしているどこかのブレザー制服を着た少女の姿だった。

 

 涙で霞むその先で、制服姿の少女は短いスカートが翻るのも構わず、鋭い回し蹴りを放った。

 美都は膝をつき、数回、咳き込む。

 

 その数回の咳の間に、2回ほど、バシっという音が鳴り響き、作業ズボンの男は硬直して倒れた。

 

「大丈夫? 助けに来たわ!」

 

 制服の少女が、美都を庇うように、少年の立ちはだかる。状況がよくわかない美都だったが、たったその一言で、苦しさではない嬉しい涙があふれてしまった。

 制服の少女は、凛々しく、かっこよく、大胆で、しましまで、素敵で、不敵で、強く、綺麗で、輝いて、美都の前に立っている。

 

 仲間が気を失い、残された少年はうろたえた。 

 

「お、おまえはあの時のっ!」

 

「覚えてくれてたのね。じゃあ、今度も逃げる?」

 

 挑発する制服の少女。活動的で勝気な美少女は、自信にあふれている。この場での意図や生来の性質はともかく、それが美都には、とても頼りがいのある女性に見えた。 

 

 挑発された少年は、激昂することなく、両手を上げて首をふる。

 

「こ、断っておくが、僕は暴力はよくないと思ってるよ」

「この子、殴られたんだけど?」

「そ、それはそこで倒れてる奴がやったことで……」

 

 そこまで言って、少年の視線が階下へと向いた。

 誰かが駆け上ってくる足音が聞こえる。

 

「こっちだ! ひとり増えたが、女がふたりだ!」

 

 仲間がきたと確認した少年は、階段を数歩降りて、応援を呼ぶ。

 少年の暴力がよくない発言は、あくまで時間稼ぎだったようだ。なかなかクレーバーな少年である。

 

「増えた? って、こっちは減ってるじゃねぇか」

 

 登ってきた3人組は、美都と制服の少女を見て、そんな文句とも愚痴ともつかないことを少年に向けていった。

 制服の少女は、増援の3人を見て、少し困った様子を見せた。

 さすがに4人を相手にはできないのかと、美都は不安になった。

 

「あの、ごめんなさい、巻き込んで」

 

「ん? いいの、いいの。すぐ終わるから。ほら、こっちも仲間がいるし」

 

 そういって制服の少女は、下の階を指差す。

 同時に、ガランガランと何が引きずるような音が聞こえて、4人の男たちは一斉に振り向いた。

 

 空き缶が詰められたゴミ袋が、なぜか独りでに階段へ向かってきていた──。

 制服の少女は、この隙を逃さない。

 

 美都も4人の男たちも、勝手に動くゴミ袋に気を取られて、制服の少女が何を行ったかわからなかった。

 瞬く光が3つと、派手な炸裂音のようなモノが鳴り響く。

 美都は光と音に驚いて、目を閉じた。

 静かになり、様子を見るため、そっと目を開く。

 3人の男たちは中二階の床に倒れ伏し、階段に留まっていた少年は制服の少女に襟を掴まれた状態で、壁に押し付けられていた。

 

「全員、叩きのめしちゃうと、後片付ける人がいないから、アンタと下のヤツが責任もって、ノビてる4人を介抱してあげてね」

 

 ここまで見事で綺麗に、わざとらしい作り笑いをできるものなのか。

 今までトキめいていた美都ですら、作り笑顔の制服の少女にちょっとした恐怖を感じた。

 

 そんな笑顔を目の前で叩きつけられている少年は、もうただただうなずくことしかできない。

 軽口どころか、声すら出ない様子だ。

 

 制服の少女は乾いた笑顔で、少年を解放した。

 尻もちをついた少年は、這うようにして中二階の隅に逃げる。

 

「さあ、いきましょう」

 

 制服の少女は倒れている男たちの向こうから、美都へ手を伸ばす。

 美都はなぜか、その手を取っていいものかと思った。痛そうだったから……というか、ビリビリするような気がした。

 

 遠慮がちに手を取り、倒れる男たちを跨ぐ。

 

「あっ」

 

 つま先立ちで歩いていて、つまづき、よろめいた。

 倒れかけた美都を優しく、だがしっかり抱き止める制服の少女。

 体幹がよほどいいのか、倒れそうになった美都を抱きとめて、制服の少女はよろめきもしない。

 

「おっと、あぶない。大丈夫?」

 

 強くて、優しくて、頼もしい。

 ピンチにさっそうと駆けつけてくれた美少女に抱き止められ、美都は今までにないくらい顔を赤くさせて答えた。

 

「はい、お姉様♥」

 

 心が弱っている思春期真っ盛りの女の子が、こんな経験をしたら、百合の花が咲くのも致し方ないもんである。




美琴「え? もしかして私、なんかやっちゃいました?」
少年「僕は何を見せられているんだ」

ドローンレイバーは、お宝が富ぃなところの製品です。
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