とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》   作:大体三恵

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開幕、ちょっとうんちくというか、SFというか、いろいろ脳科学のなんか説明が入りますが、爬虫類脳だけ覚えていただければ、なんとかなります。


定量(クオンティティ)美琴(ジャック)に、美琴(ジャック)はクイーンに敗ける

「許せないわね、氷川誠一郎!」

 

 ゾンビクイーンであることを告白した美都から、経緯を聞いて、私は拳を握りしめた。

 彼女自ら、セキュリティの低いコンピューターを遠隔操作し、情報を集めると言う犯罪行為を行う理由もわかる。

 年頭にゾンビPCの試運転で巻き込まれ、情報を抜かれた芸能人はお気の毒だけど、かなりタチの悪い不倫だったし、多少は自業自得だとして……。

 正直、ゾンビPC使いとか、そこを責めると私も同じようなことをやってるので、それはそれとだし棚に上げる。

 

 話半分に聞いても、氷川という男が研究を横取りしたというのは事実だ。目の前にある研究資料が物語っている。

 そしてなにより彼女の父が、失意の中、非業の死を迎えたのも事実である。

 仮にその死に氷川が関わっていないとしても、然るべき報いを受けるべきだと思う。

 

 残された美都のお父さんの資料を、流し見しながら確認する。

 

「たしかこれってポール・マクリーンの三位一体脳説よね。ふむ。あえてその三位一体脳説を全肯定せず、でも最大限、参考にして、脳の三層構造を薬品で人為的に強調。生理学的に制御しやすいよう脳の三層を別プロセス化ってわけか。……へえ、逆転のアプローチしたのね。美都のお父さん、すごいんだ!」

 

 紙資料とタブレットの資料を交互に比べ、私は美都のお父さんが行っていた研究を理解するように努める。

 三位一体脳説とは、脳の構造を内部から三層に分けて考えて分類法するアプローチって聞いてる。詳しくはない。習ってないし。

 たしかぁ……脳の内部で下部中心、最奥、小脳のあたりを生存と繁殖、そして反射神経をつかさどる爬虫類脳と呼ぶのよね。一般的には扁桃体って、言うやつ。

 爬虫類脳を包む周辺、小脳皮質を含む部分を哺乳類脳と分類。感情とか感性とか、最低限の社会的活動を司り、情動脳も呼ばれてる。

 そして大脳にあたる人間脳、もしくは新哺乳類脳は、記憶、思考や理性を司るって理論。

 

「ふむふむ、脳への薬の効果を高めて、三層化させることで副作用を大きく抑えることがわけか。これ運動障害への治療とか、アルツハイマー病への薬効を高められるわね。あ、薬がよく効くってことは、薬価効果も上がるのね。美都さんのお父さん、すごいわね!」

 

 さらに薬価効果が上がるなら、投薬量も減る。投薬量が減れば、副作用も減る。

 三層化して、脳の別部分に無駄な薬効が現れないなら、薬価効果が上がり副作用が減るってわけ。

 

「素晴らしいわね」

 

 資料から目を上げると、美都が驚いているような、ちょっと引いているような、それでいて上気した表情をしていた。

 

「ありがとうございます……。あの、く、詳しいんですね、お姉様」

 

「んー、まああんまり薬学は詳しくないんだけど、脳についてはねー」

 

 こういうのを、昔取った杵柄と言うのかしら?

 

 学園都市の能力開発プロセスは、脳へのアプローチが主体と言っていい。

 実際に研究に携わっていない私でも、さんざん話を聞くし、なにより実験や投与で説明されまくる。なんなら契約書へサインする前に、最低限理解しなさいと学科を20時間くらい受けるなんて苦行もあった。

 

 あれ?

 ……爬虫類脳? なんだっけ?

 なにか能力開発のとき、説明を受けたような気がするけど……なんだったかしら?

 

 少し引っかかるものがあったが、その時の説明も大したことがなかったはず。説明してくれていた研究員も、参考と補足までにという意図だったから……まあいいかと、と頭の中から追い出した。

 

「研究資料は全部あるのよね? これだけあって、お父さんの功績を証明できないの?」

 

「そうなんですけど、逆にいえば研究資料だけしか残ってないので……」

 

 美都の歯切れ悪い返答を聞き、タブレットで氷川の経歴等を調べる。

 

「ああ、美都のお父さんがやってた先行研究を、氷川は自分が行ったように偽装して、実証実験を強行して成果だしちゃったのね。おまけに、先行技術も日付を誤魔化して、特許を先回りしてんのね、こいつ。悪辣だわぁ」

 

 美都のゾンビPCが集めた情報を見て、私は氷川のやり口が、法的に巧妙だと感じた。

 

 彼女には言わないが、最終的に実験で成果を上げてしまったのは氷川という男だ。この成果と功績は崩せない。仮に研究を盗んだと証明しても、だ。

 時系列的に、美都のお父さんが体調を崩した後に実験を始めたいたのもタイミングが悪い。美都のお父さんの代わりに、研究を引き継いだと裏工作してる可能性もある。

 こういう話、学園都市でもよく聞くから、なんとなくわかっちゃうのよね。

 

 でも、美都のお父さんが長年かけて行ってきた、基礎研究と応用研究にただ乗りしてるのは確実だ。

 

 ……ところで、氷川の活動や実験の様子を集めた美都って、なかなかのハッカーね。

 ゾンビPCを使うところはやや力技だけど、膨大な現場から精査して情報を集めてる手管は手練れのハッカーのソレよ。

 

「……ふう、さすがに疲れたわ」

 

 美都が入れてくれたハーブティーを口に含み、目頭を押さえる。

 学園都市が技術が進んでいて、私がそこの学徒だとしても、専門的なものはやはり専門的。

 専修してないと、ちょっと難しいわね。

 

 外を見れば、すっかり暗くなってしまっていた。

 

「あー、ごめんなさい。遅くまでお邪魔しちゃって」

「いえ、いいんです。良かったら晩御飯でも、どうですか?」

 

「そんなに悪いわよ。ま、連絡先だけ交換しておきましょうよ」

「連絡先ですね」

 

 美都のスマホと連絡先を交換する。一応、ラップトップ端末ならSNSを介して電話はできるけど、通常の通話はできない。早急にスマートフォンとか手にいれないと……。

 

「これで連絡はできるわね。さて、じゃあ私は帰りますか」

「そういえばお姉様は、どこにお住まいですか?」 

 

 ソファから立ち上がると、引き留めるように美都が問いかけてくる。

 

「ああ、どこって……。うーん、今の私はなんていうか、家なき子というか、家出少女みたいな状態になってて……ホテルとかネカフェとかつかってんのよね」

「じゃあっ! 泊まっていきませんか?」

 

 すごい食いついてきた!

 跳ねるように立ち上がって、私の腕を掴んでくる。

 ちょっと捕食者入ってないですか、美都さん?

 

「そ、それは助かるけど、美都に悪いでしょ」

「そんなことないです! ひとりでさびしかったから……」

「うっ……」

 

 ぐ……、またこの精神にくるなにかをっ!

 ほんと、この子、能力者とか原石なんじゃない? レベル4くらいの!

 私が防御できないってことは、あっちの女王(クイーン)みたいな電気的な信号で水を操るようなモノではなく、なにかホルモンに影響を与える操作系か、香りを介した化学物質系か?

 

 とにかく胸を抑え、この子に尽くしたいという気持ちをなんとか抑える。

 私は世話焼きだと自覚してるけど、こういう気持ちを持ったことはない。確実に、この子の何かがそうさせてる。

 理性で抑えるため、思考を、脳を使う。

 唸れ、人間脳!

 

 実際……この子は、ひとりぼっちなのよね。

 保谷の自宅に戻らないのは、単に復讐の手段だけでなく、父親が仕事で残した物に囲まれたい気持ちがあるんでしょう。

 

「はあ、わかったわ。ありがたく、一晩泊まらせてもらうわ」

「ありがとうございます!」

「なんであんたが感謝するのよ!」

 

 なんか調子狂うわね。黒子相手とは違う意味で。

 

「とりあえず、お姉様。ここは最低限のキッチン用品しかないので、晩御飯は (バウ)イーツか、下のピザ屋さんでいいですか?」

 

「あら、本当。もう見ただけでわかるキッチンね」

 

 一瞥してわかる。包丁すらないキッチン。

 オーブンレンジとか冷蔵庫とかあるはから、最低限というより、完全に料理するつもりがないキッチンだ。

 

 相談の結果、地上階に降りてイタリアン料理のピザ屋さん? で夕食を取ることにした。

 

 美都は少し汚れてしまった活動的な服装から、落ち着きのあるワンピースに着替え、1階まで降りる。

 

 一度、マンションのエントランスから出てから、地上階のイタリア料理店へ入る。

 店舗の真ん中に、売りであるピザの窯がドンとある雰囲気のいい店ね。

 店員に丁寧な案内をされ、店内を見渡せる奥まった席に座った。

 

 メニューを受け取り、開き見る。

 以前ならお手頃価格と思える内容だけど、今の状況だと少しお高く感じるわね。

 

 とはいえ、お酒やそれにあう料理が高めに設定され、普通の食事はそれほどでもない*1値段になっている。

 

 あまり食べない女の子二人の食事なら、それなり*2の値段ね。

 

 美都はやはり小食だった。

 常盤台中学のお嬢様たちと比較しても、上品な食事の仕方で育ちの良さが伺える。

 でも上品なのに、美都がなぜか一切れのピザを「あーん♥」をしてきた。周囲の目が一斉に集まったので、慌てて止めさせる。

 

「いやいやいやいや、ちょ、ちょ、ちょっと待って、お、お願い……」

 

 私は美都の接近から逃げつつ、周囲を見回す。

 微笑ましく見てくる周囲のカップルとか、視線を向けないけど意識を向けてる店員さんとか、ビール片手に「こいつはぁ酒のツマミになるぜぇ」な顔のおじさんとか、めっちゃ衆目の的なんですけどぉ!

 

「もう、お腹いっぱいなので、お姉様。どうぞ……」

 

 うおっ! またこの精神攻撃……絶対、この子、原石だわ……。私がそう判断した。

 

「し、仕方ないわね……」

「お姉様、あーん……」

 

 能力に負けて、私は髪をかき上げ美都の差し出したピザに口を付け──

 

「ひょい、ぱく!」

 

 私が一口食べたら、美都は目を光らせ即座にピザを翻し、食べかけのそれに食いついた。

 

「え、ちょっとあんた。もうお腹いっぱいって言ったでしょ?」

 

「もぐもぐ……。いえ、お姉様が食べてるのを見たら、あまりに美味しそうで、わたしも急に味見をしたく」

「味見って、今の今まで、そのピザを食べてたじゃない!」

 

 仮に原石の能力の影響下だったとしても、これはツッコむわよ!

 本格的に、美都が黒子に見えてきた。まあさすがに、アレほどじゃないと思うけど。

 

 黒子と比べたことで、ちょっと私も落ち着いた。

 

 冷静になると、今度は周囲の目が気になる。落ち着いた雰囲気のお店で、子供のようにはしゃぐのは印象が悪いわよね。

 ほら……みんな、笑ってるじゃない。子供っぽいって、見守る感じで。

 反省して浮かせた腰を椅子に収める。

 

 美都もお腹いっぱい? になって満足したのか……至福ぅという顔になり、大人しく食事を終える。 

 

 部屋に戻り、美都は片付けを再開する。

 寝室は別に散らかってなかったのだが、さすがに居間の惨状は本人も許せなかったようだ。

 私も本を片付けを手伝い、美都はガジェット類の片付けを一応終えた。

 

 こうして泊まることになったんだけど、美都がどうしてもお風呂に一緒に入ると言い出して、断るのに難儀した……。

 

 代わりに一緒のベッドで寝ることを了解したけど、大丈夫なのかしら、私?

 不安になりなながら、早々に寝付いた美都の顔を眺める。

 

「お父さん……」

 

 ──自分の心配をしてたけど、美都は本当に寂しいだけだった。

 そうよね。12歳の女の子が天涯孤独になって、平気なわけないもんね。

 

「おやすみ」

 

 怯えるように小さく丸まって寝る美都を抱き寄せて、目を閉じた…………。

 

*1
庶民の感覚ではそれほどでもない

*2
美琴基準




 百合を書いてるとあぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~

 美琴はお姉様呼びをされまくってるので、まったく抵抗がありません。

 美都の中学は池袋でロボット部のあるところ……と思ってたのですが、完全にその学校を別の学校と勘違いしてたので、混ぜて参考程度にして学校を捏造します。ふわっとスルー願います。
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