とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》   作:大体三恵

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36の御手(みて)は9982の前に留まれり

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 数分ほど洗面台に突っ伏して泣いた美琴は、優しい声をかけられた。

 

 振り返ると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の女性が、心配そうに美琴を気遣って手を差し出していた。

 その手を取り、洗面台から立ち上がり離れ……ふと疑問が浮かぶ。

 

 なぜ彼女が、一昨日会社を解雇されたことがわかったのか?

 それどころか、彼女の名前、家族構成から年収まで、ぼんやりと把握できた。

 

 不可解だが、今はそれどころではないので、意識から排除する。

 涙を拭いて、バッジをポケットに収めて、声を整えて頭を下げる。

 

 

「ありがとう。ちょっとショックなことがあって……」

 

 妹達(シスターズ)の肉体に、自分の意識があること。身体を奪ってしまったのではないかという恐怖。

 ここがどこなのか、とか携帯電話や所持金の心配もあるが、それは美琴にとってあまり大きなショックではない。

 

 とにかく、あの子に重ねて悪いことをしてしまったという気持ちが大きい。

 

 

「そう。大変ね」

 

 小さく「お互いに」と、女性は呟いたが、美琴は聞こえないフリをする。

 

「もう、大丈夫かしら?」

 

「ええ。大丈夫。落ち着きました」

 

 まだショックから抜け出てはいないが、これ以上、心配をかけるわけにもいかない。

 そして泣いてばかりもいられない。

 

 職を失ったばかりの女性に、これ以上心配をかけてはいけない。

 

 優しいが、どこか気弱そうな人だ。きっと、泣いている美琴を心底心配しつつも、勇気を振り絞って声をかけたに違いない。

 美琴はそう感じ、気丈に振る舞った。

 

 強がりには慣れている。

 

「良かった。何があったか知らないけど、頑張ってね」

「はい」

 

 女性も美琴の自信あふれる立ち振る舞いに安堵したのか、もう大丈夫だと判断して立ち去った。

 

 美琴はもう一度、顔を洗って涙のあとを消し、トイレから出て近くのベンチに腰を下ろす。

 

 

 まずは現状を確かめよう。

 

 ここはどこなのか?

 

 商業施設に見覚えも聞き覚えはないが、大手チェーンの喫茶店看板の下に汐留店と書いてあった。

 

「しおどめ? ……汐留! 東新橋? ここ、学園都市じゃないの?」

 

 記憶の上で美琴がいた西東京の学園都市は、壁に囲まれ容易には外へ出られない。

 能力開発の秘匿性から、学生は外出許可が降り難い。ましてや第3位で秘蔵っ子とも言える御坂美琴となれば尚更だ。

 

 どうやって外へ出れたのかは謎だが、まずここが東京23区の新橋駅付近とわかった。

 

 事態は不可解だが、今いる場所はわかった。

 

 次に持ち物。

 

 先ほど確認した通り、携帯電話と財布と身分証は無し。どこにもない。

 

 持ち物は常盤台中学の夏用制服一式。ハンカチとゲコ太のバッチ。ハッキング用の小型ラップトップ端末。

 

 ラップトップ端末は、型番こそ同じだが改造されていた。自分のではなく、おそらく妹達(シスターズ)が使っている物だろう。

 

「こんなの持ってたんだ、あの子たち。……私のより性能いいし!」

 

 きっと研究所が手配した特別仕様なのだろう。

 

 それからスカートの下に隠し巻いた腰ベルト。今までは違和感がなかったが、気がついてしまうと、慣れない感触があって収まりが悪い。

 ここには投げナイフが一本あった。

 空のポシェット? のようなものがいくつかあり、たぶん弾倉をしまっておくポーチだ。

 

 これは多分、絶対能力進化(レベル6シフト)実験当時の武器だろう。

 彼女たちはアサルトライフルや拳銃、小型の爆弾などを持ち歩いていた。

 

 腰ベルトには空のホルスターもあったので、ここに小型の拳銃もあったのだろう。今は失われている。

 これはなくなっていて良かったと……思っていた時、ルーズソックスに違和感を覚えた。

 

「ま、まさか……」

 

 慎重にルーズソックスをめくっていくと、左足には小型の拳銃。左足には小さめの投げナイフが2本、装備されていた。

 美琴は頭を抱える。

 

 ──あの子たち、こんなにいろいろ持ってたの?

 

 美琴は拳銃に詳しくない。あまり見たことのない形状の銃だ。

 ここでは怖くて確認できない。

 そこらに捨てるわけにもいかないので、慎重にルーズソックスを直して隠す。

 

「流石にもうないわよね。あ、そういえば」

 

 妹達(シスターズ)のトレードマークとも言えるゴーグル。これもなかった。

 

 彼女たちは美琴と違い、能力レベルが2か3ほどであったため、電磁波や磁力線を見ることができない。それを補う装備として、妹達(シスターズ)は、大型のゴーグルを常に身につけていた。

 

「でも、見えるのよね」

 

 現状、美琴は普段と変わりなく電磁波や磁力線を見ることができる。

 

 次は能力の確認。

 

 派手に使うわけにはいかないので、磁場の発生など試してみた。

 

 感覚的に、出力が大幅に下がっている。

 美琴は幼少時代レベル1から着実にステップアップしていき、中学入学前レベル5に到達した努力タイプである。そのため、現状の出力がおよそレベル3になりたて当時と、同じくらいだと感覚で掴んだ。

 

 レベルが低く、出力が低くても、レベル5まで伸ばした経緯と経験と努力は失われていない。

 美琴がレベル3だった当時より、器用に正確に、そしてズル賢く能力を使えるはずである。

 

「でもまあ、レールガンとか壁張り付きとかは無理そうね」

 

 確認せずに、磁力を使った高速移動などを行わずに良かったと胸を撫で下ろす。

 高所で何も考えず飛び出して、そのまま落下……という可能性が高かった。

 

 身体の確認をしてみるが、痛みや不調はない。

 

「むしろ、なにこの肌の白さときめ細かさ……。生まれたてだから?」

 

 クローンである妹達(シスターズ)は、14年間の日常生活が存在しない。

 夜更かしの経験や、病気や怪我なども受けたことなく、日常の紫外線でお肌がダメージを受けたこともない。

 生まれたての白いもちもち肌。

 

 壁の鏡を見ると、自己基準で美少女具合が3割ほど増しているように見えた。

 

 打ちひしがれているうちに、商業施設の大時計が午後3時の鐘を鳴らした。

 

 学園都市に帰るならば、そろそろ電車に乗らないと日が沈んでしまう。

 自分が御坂美琴なのか、別に御坂美琴本人がいるかわからないが、勝手知ったる地元に戻るべきだ。

 他の妹達(シスターズ)に出会えれば、現状がわかるかもしれない。

 

 地図と駅の経路図を確認するため、普段はハッキングにしか使わない小型ラップトップ端末を、フリーWi-Fiへ接続する。

 

「ええっと、ここから学園都市入り口の最寄駅へは……あっ」

 

 ここで持ち合わせがないことに気がつく。と、同時に端末が示す学園都市の位置が大幅に違っていた。

 筑波学園都市。茨城への経路案内が、表示されている。

 

 嫌な汗が流れ、御坂美琴は生唾を飲む。

 まさか、と声にならない震えた声で、次から次へと検索を繰り返す。

 

「どこにも……ない」

 

 美琴の知る学園都市の情報が、ネットに中には一切なかった。

 出てくるのは全て別の学園都市の情報で、能力開発を目的とした科学先進都市の情報は皆無であった。

 多角的に検証するため、学園都市のみならず、関係各所の検索もするが、手ごたえはなし。関係外部企業や大学も、存在しないか別物である。

 地名などは同じだが、一部の政治家や有名人などは美琴の記憶と違っている。 

 

 大きな事件事故も、いくつか存在していない。むしろ御坂美琴の知らない大きな地震の被害が、情報としてインターネットに残っている。

 

 最後に……、御坂美琴の父親の会社について調べた。

 

「存在、しない……」

 

 会社がない。

 それが倒産した結果であるなら、まだ救われる。

 だが、かつて存在していた形跡もない。

 

 つまりそれは、最悪の場合、御坂美琴の両親が存在しない可能性を示唆していた。

 

 御坂美琴はオカルトを否定している。だが、サブカルチャーはある程度触れている。

 よくある可能性は、別世界の日本。 

 

「ま、まあ、仕方ないか」

 

 端末をポケットにしまい、御坂美琴は吹っ切るように立ち上がった。

 ショックがなかったわけではない。だが、あの子の身体を奪ってしまったかもしれない衝撃に比べれば、まだ耐えられた。

 

 それよりこれからどうするか?

 

 無一文で、今日の寝泊まりする場所どころか、夕飯すら手に入らない。

 

 ──まいったわねぇ。この私がお金で苦労するなんて。

 

 現実的な困難を前にして、だらしなく天井を仰ぎ見た。

 その時。

 

「……お姉様」

 

 呼ぶ声が聞こえた。

 小さいがはっきりと、雑踏が途絶えた一瞬に。

 

 いつもの変態が、鳴らす鈴を転がすようなくすぐったい変態の声ではない。

 抑揚がないのに、気になって仕方ない声。

 美琴の身体と心が跳ねる。

 

「どこっ! どこにいるの?」

 

 周囲の目など気にせず、ベンチから立ち上がって周囲を探る。

 驚いた通行人が注目する中、美琴は不可思議な光の線を見つけた。通電している有線から感じる磁界に近い物だ。

 

 普段、見えたことのない光のラインが、天井や壁を走っている。その不自然な直線となっている光のラインの一つが、館内放送のスピーカーに繋がっている。

 

 そのスピーカーから、呼ぶ声が確かに聞こえた。

 

「そこにいるのね」

 

 スピーカーに何かが繋がっている気配。今まで学園都市では感じたことがない光のラインが、階上へと向かっている。

 

 商業施設ビルの階段を使い、光るラインを辿っていく。

 昇りきると、そこはビルを背にしたテラスになっていた。何人かの人たちが休憩がてら散策をしている。ほかの施設に繋がる回廊にもなっており、新橋駅へ向かう通行人の姿もあった。

 少ないながらも庭木が植えてあり、

 

 その一角へ、見慣れない光のラインが繋がっている。

 

 これを追いかけた先で、美琴は不思議な場所を見つけた。

 

 いくつもの金網に囲まれ、(もうで)ることができない祠が、そこに祀られていた。 

 

 この祠に、光のラインが繋がっている。他にもいくつか交差した光のラインがあり、それらは周囲の金網の扉へと繋がっていた。

 

「クローズドなシステムなのね」

 

 光のラインを撫でながら、美琴を繋がりが閉鎖的であることを調べ上げた。これは外のインターネットに繋がってない。小さくローカルなネットワークだ。

 

 制御しているシステムは、あの祠の中にあるようである。

 

 近くのエレベーター乗り降り口に、ctOSと大きく書かれた制御盤ボックスがある。光のラインの一つは、このボックスに繋がっていた。

 

「ctOS? 聞いたことない……。いえ、あるわね」

 

 ctOSは、アメリカの企業が学園都市に対抗して作った汎用オペレーションシステムである。

 

 学園都市の技術が進んでいるため、追いつけ追い越せと作られたctOSは、目覚ましい性能を誇っていた。

 実際、用途は違えど学園都市のシステムを大部分で上回っており、シカゴやアメリカ肝入りの学芸都市で試用されていた時期もある。

 広域社会見学のおり、少しばかり触れたことがあるが、特になんという印象はない。ctOSも学園都市の一般的なセキュリティも、美琴のハッキング能力の前では裸同然だからだ。

 しかしながら、セキュリティに重大な欠陥を持っており、危険性を指摘されてお蔵入りとなった経緯がある。

 

 どうやらそれが、こちらでは実用されているようだ。

 

「最近は欧米資本が入ってきてるし、日本でも使ってるのかな」

 

 軽い気持ちで、美琴はctOSにアクセスする。

 

 出力が足りないため、力技のハッキングや遠距離からの制御は難しいが、触れる範囲であれば普段と変わりなく侵入できた。

 犯罪である。

 

「あいかわらずセキュリティ、(ひっく)いわねぇ、これ。しかもなにこれ? バックドアだらけじゃない」

 

 まるで最初から意図的にそう作られたのか。

 特定IDや上位権限を持っていると、想定以上に侵入しやすい作りとなっている。学芸都市で触れたctOSは、ここまでひどくなかったはずなのにと、首を捻る。

 

「開錠キーね。あの祠を囲む金網の」

 

 逡巡も一瞬。美琴は施錠システムを解放する。

 

 カコンという小気味いい音を立てて、祠を囲む一枚目の金網戸の鍵が開いた。

 周囲の目を気にしつつも、堂々とその中に入っていく美琴。

 二枚目の金網も鍵がかかっているが、ここまでくると祠の様子が良く見て取れた。

 

 真新しい木材と樹脂でできた簡素化された祠だ。やや近代的……いや、LANケーブルが突き刺さり、屋根の向こう側にアンテナ、全面には入力装置までもあって、どこかパンクで未来的な祠であった。

 しめ縄と紙垂(しで)がかかる格子状の扉の中には、木札がある。

 

 目を凝らしてみると筆で文字が書かれているが、格子の向こうで薄暗く読み取れない。

 

 まず二枚目の金網を開かないと。

 

 美琴は首をめぐらし、金網の戸から伸びる光のラインが、少し離れた場所の街灯に繋がっているのを探し当てた。

 だが、手が届かない……。

 

 レベル5の能力があれば、出力を上げてハッキングできた。

 しかし今は出力が大幅に低く、端末に手が触れる程度まで近づかないと、接続すらおぼつかない。

 身体を持ち上げるほど、電磁力を発する出力はさらに不可能だった。

 

 仕方なく美琴は金網をよじ登り、街灯の柱に捕まって手を伸ばす。

 

「と、と、とど、届いた!」

 

 触れた瞬間、電撃が走り、施錠システムを解放する。

 バランスを崩したが、危なげなく金網の上から飛び降りて、膝を使って着地した。

 

 そしていつもと違い、短パンを履いていないと気が付いて赤面する。

 

「ちょ、だ、誰も見てないわよね!」

 

 祠は静かな場所を選んで祀られていたため、視界が遮られるように考えられている。

 盛大にスカートがめくれ上がり、しまパンを全部晒して着地した美琴を見た人はいない。

 だが、近くに防犯カメラがあった。

 

「まさか、見てないわよね」

 

 真っ赤な顔で、カメラを睨む美琴。

 終始、監視しているとは思えないし、常にズームしているとも限らない。

 

 遅ればせながら、楚々と歩き、二枚目の金網を抜ける。

 

 そこに、目的の祠があった。

 

 小さく一礼し、手を合わせ、心の中で謝りながら、祠に手を伸ばす。

 

 電撃が、信号が、美琴の脳に接触した。

 

「これは! ctOSの管理用集合端末装置(ターミナル)! この周辺一帯を管理してるわけ!?」

 

 祠の中にはQRコードがあり、ラップトップのカメラで読み取ってみると、ctOSの上位権限のIDが手に入った。

 

 そのIDを適用した瞬間、美琴の意識が広がる。

 汐留から新橋駅を越え、愛宕付近まで、美琴の意識が広がっていく。

 

 出力が足りず、すべてを掌握することはできないが、視界内であれば、ctOS下のシステムを奪うことができる。

 

「ど、どういうセキュリティホールよ……。いえ、一般人じゃできないでしょうけど、知識がある人ならスマホさえあれば……」

 

 ゾッとした。

 

 信号やガスのインフラを制御したり、ctOS下で繋がっている端末を盗み見したり、防犯カメラを傍受したり、停止させたり、改竄することだってできる。

 

「ctOSを作ったのって、シカゴだっけ? そこにあるブルームって企業よね? どうしてこんなひどいシステムを作ったの? ……このQRコードは第三者が仕込んだ可能性があるけど、それにしたってひどいわ」

 

 ハッキングをスナック感覚で行う自分が言うのもなんだが、と思いつつも、愚痴の一つも出てしまう。それくらいctOSには致命的な問題があった。

 

「それより……」

 

 さきほどの呼び声。

 その正体を探らなければ、と美琴は祠の格子戸をあけた。

 そこにあった木札には──

 

 

 御坂命(みさかのみこと)

 

 と書かれていた。

 

「な、なんの冗談よ」

 

 自分の名前と似た札に慄き、渇いた笑いを浮かべる。

 

 オカルトを信じない美琴だが、神仏を無下にするような人間でもない。

 札に触れるのは畏れ多いと思ったが、呼び声の正体を知りたかった。

 

 木札に触れる。

 感触は木を樹脂でコーティングした物。

 

 そしてこれはただの木札ではなかった。

 

 メモリーカードが封入されている。

 外部からアクセス方法はない。

 通常であれば、木札を破壊するしかなかっただろう。

 しかし、今は能力が下がっているとはいえ、ここにいる者は学園都市第三位。

 

 不条理な非接触ハッキングができる存在である。

 

 絶縁されていないコーティングの隙間から、内部のメモリーカードに侵入する。

 

 電撃姫美琴は、電撃を受けたようにショックを受けた。

 その場で弾けるように跳ね上がる。震えて取り落としそうになった木札を祠へそっと置き、胸を抑えながらよろめき下がる。

 

「な、なんで……ここに……、ねえ、なんでよ!」

 

 これは独り言ではない。

 美琴は【御坂命(みさかのみこと)】と書かれた木札へ、話しかけていた。

 

「なんでッ、9982号(あんた)が、ここにいるの!」

 

 




御坂尊を御坂命に変更
日本書紀形式ではなく、古事記表記に合わせました。
命のほうがこう…「御坂美琴命!」って推し感もあるし、お札なら命表記かなと
古事記にもそう書いてある
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