とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》 作:大体三恵
その日、池袋駅前には雨天にもかかわらず、1000人に及ぶTOKYOシティコップファンが集まった。
当日、その場で知った者、イベントの物珍しさから見ていた者、近くのビルから眺めていた者、ちょっと立ち止まってちらり見した通行人まで含めれば、5000人の目の前で事件が起きた。
きっかけは、映画の宣伝として使用されたレイバーの接触事故である。
AVS98mkⅡスタンダード改のヴァリアント使用を操縦していた主演男優が、
肩のパトランプが、天蓋付き仮設舞台の足場パイプに接触。
仮設の電気配線まで引きちぎり、ショートしながら舞台上へ崩落し、人気アイドル松本加奈を下敷きにした。
かと思われた。
観客5000人中、事故を最初からすべてを見て、最後まで理解できたものはわずかにしかいない。
だが、確実にその光景を、その目で見た者たちがいた。
「……雷神」
そのうちの1人、芸能プロダクション所属スカウトマン兼プロデューサー、池内和彦はそう呟いた。
崩れ落ちた天蓋のシートが電撃で弾け飛び、ライトとカラフルな配線でデコられた、鉄パイプのドームがそこにあった。
その中心、その下で、怯えて縮こまり、鳥の巣に守られるひな鳥のように、無傷の
そんな安心すべき事態より、人目を惹く存在が、松本加奈を守るように仁王立ちしていた。
異様な異形の異質である存在は、池内和彦の言う通り、正しく雷神であった。
電撃のごとく荒ぶって舞う短髪から伸びる、悪魔か鬼か、ヤギのように曲がりくねった一対の角。
服装こそ、どこかの学生服だが、電光のように輝く
会場の発電機が、発電する存在として、より上位なる者を恐れるように、蒸気が抜けるような情けない音を立て、最後に黒い排気ガスを吹き出し停止する。
異常事態でありながら、悲鳴は小さくなっていく。
事故で犠牲者がいなかったこともあり、悲鳴より困惑の声でざわめいている。
「発電機が止まったのに……、なんで電気が?」
放電が続く舞台の上。ライトなどより、過激で危険な閃光が
スタッフの1人が、ひとつの異常事態に気が付く。
どこからこの電力は?
漏電ブレーカーで発電機が停止した今、放電の原因がまったくわからない。
いや、発生源は、雷神の少女以外に考えられない。
「鉄パイプが、溶けてるぞっ!」
舞台真正面の観客の数人が、もうひとつの異常事態に気が付く。
アイドルと雷神を閉じ込めていた鉄パイプの一角が、アーク光と共に溶解し、人が通れる道を作り出す。
「勝手に、パイプが……」
溶断された一塊の鉄パイプが、雷神に引き寄せられ、ドーム内の端へと弾かれて張り付いた。
一瞬、アーク電光が輝いた。絡みあったパイプの鉄塊は、ドームの壁として溶接されたのだ。
鳥の巣のようになったドームの中から、溶断された出口を通って雷神の少女がのっそりで歩き出る。
「映画の? 演出?」
「TOKYOシティコップは、こんな映画じゃないだろ!」
「なんなのよ、あれ!」
他人事と見ていた観客も、さすがに身の危険を感じ始めていた。
スマートフォンで撮影していて、カメラ越しということもあり意識が事態より遠ざかっている者たち以外は、みな雷神から距離を取ろうとしていた。
この異常事態の只中、1人だけ比較的冷静な存在がいた。
松本加奈だ。
舞台崩壊の身の危険を一番に感じ、脳内のあらゆる分泌物で思考が高速化していた。
その効果あって助けられたと理解し、マイクを放り出して立ち上がり、雷神に向かって声をかけた。
「あ、ありがとうございます、あの! ボク……ボクを助けてくれたんですね!?」
アイドルの感謝の声に、雷神は静かに振り返る。
雷神は、松本加奈と同じ歳くらいの少女だが、明らかに異様な存在は恐ろしい。いや、畏れか。
「ボク、ボクは松本加奈! 助けてくれてありがとう!」
アイドルというだけあって、自己主張が強い。あえてアイドルとしての自己紹介をして、恐れを内側から吹き飛ばした。
松本加奈のそのお礼によって、観衆も雷神が彼女を助けたと改めて認識した。
雷神は身をひき、ドームの出口を譲る。
出ろ、ということなのだろう。松本加奈は、そっと身をすくめながら、ドームの外へ出た。
雷神からは放電が松本加奈の体に触れないようにと、どこか気遣う雰囲気が感じられた。
アイドルがドームの外に出ると、わあぁっ! と歓声が上がった。
『大丈夫か、すまない!』
事故を引き起こした成瀬了が、心配そうに声をかけ、危険なことに待機体勢のレイバーの操縦席から這い出して降りた。
無様に転がり、雨で濡れる道路で汚れながら、必死の形相をして、松本加奈へと駆け寄った。
「すまない、本当にすまない、怪我はないか? ……ない? よかった……。僕はぁ、僕ぁなぁんてことをぉ……」
ばっちりセットした髪が乱れ、涙目で鼻水まで垂らして謝る成瀬了。
そこにはイケメンからダンディ親父に転身したベテラン俳優の顔がなかった。心から他人を心配する人間の顔があった。
「大丈夫ですよ、ボク。雷神様が助けてくれました」
「そうか、そうかぁ! そうか、よかったぁ! ありがとう、ありがとう神様ぁ!」
口の悪い者に言わせれば、あまりに惨めな姿で礼を言う成瀬了だ。俳優ならばこういう時でも、キャラクターを維持しろというだろう。
だがその必死さと真剣さは、人間として好意に値する。
間近にいた松本加奈は、そんな印象を成瀬了に持った。
「が……」
今まで無口だった雷神が、空気を震わせるような声を発する。
「が?」
成瀬了は、なんと返答されるか待った。
ほんの少しの静寂のあと。
「よがっ、咫gモ裳、gktいおむ坐坐むぅっ!」
耳障りなおよそ人の発する言葉と思えない音声が、雷神の口から漏れた。
予想外な反応に、みなが呆けた瞬間!
雷神は雷光を残して、観衆たちを飛び越えて、その場から去った。
まさに電光石火。
雨のビル街の合間を跳ね飛び、縦横無尽に駆けて、雷神はどこかの空へと飛び去ってしまった。
歓声が上がる中、取り残された成瀬了は、松本加奈に上着をかけながら、冷静になった。
周囲に集まるマネージャーやスタッフに、役者であることを思い出した顔で成瀬了は尋ねる。
「…………ねえ、みんな。これ、映画のプロモーションじゃないよね?」
全員が一斉に、首を思いっきり左右に振って否定した。