とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》   作:大体三恵

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 札の記名は【御坂尊】から【御坂命】に変更しました。
 理由は前回の後書きに書いてあります。


電撃姫と御曹司

 気がつくと、美琴は木札メモリーユニットから、9982号のデータを抜き出し、夕刻の街へ飛び出した。

 

 幸いなことに、9982号のデータは部分的で、容量は小さい。

 

 幸いと表現したが、逆に言えば、それはデータの残骸ということである。

 

 データの残骸のダウンロード──それは、傷つき、欠損し、命尽きたあの子を、祠から引きずりだしているような気持ちなる。

 

 データの残骸の最適化。それはまるで、小さくなった遺体を整え、抱きかかえて棺桶に入れるような行為だった。

 

 早くここから離れたいという気持ちと、どこかに9982号の残りのデータがあるような気がして、どこへとかまわず美琴は走る。

 

 短いスカートを翻し、帰宅ラッシュで溢れる駅前を走って通過する。

 

 見慣れない制服の美少女が、必死な様子で走る姿は衆目を集める。だが、みな帰宅が忙しくて、横目で見送るだけだ。

 

 そして、どれほど走っただろうか。

 

 息が切れて、歩き始めたころ、美琴はゆ()かもめの高架線下付近を彷徨っていた。

 桟橋が近く、海の匂いがする。

 埠頭の作業員もおらず、通行人はほぼいない。

 

 ──そういえば、この先……芝浦あたりのctOSは、掌握してないけど……そこに誰かがいるかな?

 

 周囲をぐるりと見回した美琴は、これからのことを考える。

 

 単なるデータとして抱えた9982号のデータだが、これだけとは限らない。9982号の残りのデータか、他の妹達シスターズが祀られている可能性がある。

 

 まだ日も沈んでいないし、芝浦まで行ってみようかと思った、その時。

 

「おい! 俺のスマホを返せよ!」

 

 路地の奥から、若い男の怒鳴り声が聞こえた。

 直後に殴られるような打撃音がして、メガネをかけた少年が路地奥の角から転がり出てる。

 

 勢いよく倒れ込み、少年はエアコンの室外機に衝突した。

 

 殴られた顔より、エアコンの室外機にぶつかったほうが痛いらしく、少年はズレたメガネも直さず、後頭部を押さえて悶えている。

 

 メガネの少年のプロフィールが、一瞬で美琴の脳に飛び込んでくる。どうもこの辺一体のctOSを掌握した結果、この地域にいる人物のプロフィールを、美琴は所得できるようになったようだ。

 

 ──ああ、そういえばお茶をくれた人とか、トイレで声をかけてくれた人のプロフィールが、漠然とわかったけど、これだったのね。まったく。個人情報を握るくらいなら、しっかり流失しないようにしなさいよ、ブルーム社!

 

 美琴は乾いた気持ちで納得し、さまざまな苛立ちを自分に全く関係ないブルーム社にぶつけた。

 

 頭を抱えて悶えている少年のプロフィールは……

 

 篠原遊驥(しのはらあすき)。帝京工業高等工業学校1年。犯罪歴:補導記録あり。通院歴:なし。父親はSHIの代表取締役社長。住所や両親の情報へのリンク、生年月日や趣味趣向、年収などなど。高専生なので、年収欄はブランクになっているが、ほかの情報はほぼ丸裸だ。

 

 そんな情報と生意気そうな見た目から、美琴が抱いた印象は、おぼっちゃまで優秀かつ優等生なのに、どこか甘ったれたヤンチャな少年だった。……どこか評価が自分に似ている、と思ったが思考を逸らす。

 

 遊驥が転がってきた路地から、数人の男達の声が聞こえる。

 

「ざーんねんだったなぁー。お前は釣り出されたんだよ!」

「こんなフィッシングに引っ掛かるようじゃ、デッドセックになんて入れねぇな」

「おいおい。逆、逆。デッドセックなんてこういう間抜けばかりだろ」

「ははっ。違いねぇ」

 

 4人か。

 美琴は無関係にも関わらず、早くも心構えを始めた。度し難いもんである。

 

「ちっくしょ〜ぉっ……っ!」

 

 ようやく立ちあがろうとした遊驥は、近くにいた美琴に気がついた。

 そして痛がるふりをしながら顔を隠し、目線と口パクで、早く逃げろと促す。

 助けてとも言わず、かといって大声で逃げろなど迂闊なことは言わない。なかなか好感が持てる相手だった。

 

 4人のトラブル相手が近づき、もう逃げられないと判断したのか、遊驥は美琴に聞こえる程度の声で毒吐く。

 

「チッ、わかんねーのかよ、このバカ女!」

 

 訂正。腹立つヤツ。

 美琴は評価を一変させた。

 

「ん? なんだ、この女? お前の彼女ぉ?」

 

 いかにも軽薄な不良、という風体の男が路地から顔を出し、立ち尽くす美琴に気がつくと、指さして遊驥に尋ねた。

 

「いや、さっきまでこの間抜け男は一人だったぜ。女は防犯カメラの映像に映ってなかった」

 

 背の高い二人目のチンピラ男が、自分のスマートフォンを確認しながら、声をかける。

 そのスマホが表通りの防犯カメラに接続されていると、美琴には感じ取れた。光るラインがもつれながら、周囲のctOS化の端末に続いているのが見える。

 こんなことがわかるのも、この辺一体のctOSを掌握した結果である。

 

 それと同時に、このような頭の悪そうな男でも、非合法なスマホアプリでctOS下の防犯カメラに、限定的ながら侵入できると気がついた。

 

 ──最悪ぅ。こんなやつでも防犯カメラ使えるなら、ちょっとは私も警戒しないと。

 

 そう考え、片手間で美琴はサマーニット内のラップトップを使い、自分のパーソナルデータを欺瞞用に書き換えた。

 

「あ、そうか? じゃあこいつ、通行人? 目撃者ってやつか?」

 

 3人目の男は大柄で、警戒することなく美琴に近づく。

 

 ただの中学生が、たまたま通りかかっただけと判断し、油断している。

 

「お、可愛い子じゃーん。超、美少女? ってやつぅ?」

 

 4人目。小柄な男が顔を出し、いやらしい目つきで美琴のミニスカートからすらりと伸びた足を、舐め回すように見る。

 

 美琴はあまりの不快さに、今までの陰鬱だった気分が吹き飛び、苛立ちが勝る。

 

「私が目撃者だったらなに? 口封じでもする?」

 

 挑発するように胸を張り、近づく大男を下から睨み返す。

 この反応を予測してなかったのか、大男は一瞬たじろいだ。

 

 隙を見逃さず、畳みかける。

 

「あんたなんかに口封じとか、そんなのできそうもないけど……。ああ、警察に連絡しないでくれっていうなら、聞いてあげてもいいわよ。あんたたちの態度次第で」

 

「こ、こ、こ、こ」

「なに? あんたニワトリ?」

 

「このガキ! 口をふさぐ方法は、いくらでもあんだよ、あぎゃっ!」

 

 挑発に乗った大男は怒り心頭に発し、美琴の肩に手を伸ばす。が、バチンという音とともに悲鳴をあげて、大きくのけぞった。

 電撃姫の異名を持つ御坂美琴。髪の毛付近から発せられた電撃で、手を叩かれた大男は怯んだ。

 

「おい、このガキ! スタンガン持ってやがるぞ」

 

 大男は痺れる手を押さえながら、後ろの3人に警戒するよう促す。

 

「あら、出力間違えちゃった」

 

 いつものクセで、手加減してしまった。

 今は能力が下がっており、手加減をすると痛いくらいで済んでしまう。

 しかもこの大男。荒事にそこそこ慣れているようで、すぐさま距離を取った。

 

 だがしかし、この判断は正しくない。相手が電撃を放つ異能を持っているなど、わかるはずもないから仕方ないのだが、手が届かない距離を保つという手段は、美琴相手にはまったく意味がなかった。

 

 続く2撃目は、美琴の伸ばした手から放たれた。数歩くらい離れていても、ただの電撃ならばレベル3相当でも十分な威力がある。

 正しく手加減された電撃は、肩に命中して大男を昏倒させた。

 

 この光景は大男が視界を遮り、残りの3人と遊驥には見えなかった。

 硬直した大男が壁へ向かって跳ね、ずるずると地面に倒れる。

 

 その先で、素手の少女が立っている。大男が「スタンガンを持ってる」と警告したが、美琴は何も持っていない。

 だが、たった2撃で大男が昏倒するとなれば、武器があるに違いない。そう考えてしまった。

 この情景を見て、3人は判断と行動が遅れる。

 

「よっ、と」

 

 倒れた大男を飛び越え、立ち尽くす3人へ距離をつめる美琴。

 

 最初の男と、小柄な男は怯んでしまったが、背の高い男は違った。

 

「てめぇっ! 痛い目にあいてぇのかっ!」

 

 テンプレのような威嚇をしながらポケットの中からバタフライナイフを取り出し、華麗に回しながら刃を出し……手からすっぽ抜けた。

 

「あ……」

 

 ナイフは不自然に飛んで、エアコンの業務用室外機にカンッと張り付く。

 

「あーあ。カッコなんてつけないで、しっかりナイフを握って出せば、今の私の作る電磁界じゃ、弾けなかったのにね」

「……電磁界?」

 

 鼻で笑いながら、背の高い男を挑発する美琴。

 しかし、美琴の言ったことを冷静に聞いていたのは、ズレたメガネを直していた遊驥だけだった。

 

 ここで、背の高い男は重ねて失敗した。

 室外機に張り付いたナイフに、手を伸ばしたのだ。

 迫り来る美琴から目を離して。

 

「隙ありッ……シャアアッー!」

 

 掛け声ともに、美琴得意のハイキックが一閃。ナイフを取るため、体勢を低くした男の側頭部へ見事命中する。

 もちろん、昏倒する程度の電撃も忘れず、足から流す。

 

「はまぁっん!!」

 

 紫電の軌跡を残す蹴りを側頭部に受け、間の抜けた声をあげて背の高い男は崩れ落ちた。

 

 ヒュッと空を切り、紫電を払って蹴り足を下ろす美琴。

 遊驥は見事な蹴りを見て、言葉を失っている。

 正確には、御坂美琴のしまパンに見とれていた。

 美琴はいつもの短パンを履いているつもりで、慣れ親しんだハイキックを繰り出した。蹴り足も速く、いまだミニスカートは回転運動を残して対空している。

 

 結果、倒れて地面に座ったままだった遊驥の眼前で、大股開きのパンツを大サービスで披露し、今もお尻を見せつけている状態だった。

 

 そんな状態にも気づかず、うっかり美琴は残党を睨みつけた。

 

「で、どうすんの?」

 

 髪をかき上げ余裕綽々の凛々しい美少女。

 そんな美琴に圧倒された残りのふたりは、一目散に逃げだした。

 

「あらら……。仲間を見捨てて薄情な奴らねぇ。まあ、考えようによっては懸命だけど」

 

「ま、そりゃ、あいつら仲間でも、お友達でもないだろうしな。あ、助けてくれてありがとな」

 

 遊驥は赤い顔を美琴から逸らし、背の高い男が落とした自分のスマートフォンを拾いあげる。

 

「別に。私は自分の身を守っただけよ。お礼はいらないわ」

 

「お礼というか、お代を払いたいくらいだけどな」

 

「は? どういうこと?」

 

「なんでもない」

 

「ところで、こいつら。仲間でもお友達でもないってどういうこと?」

 

「多分、プライム8が雇った一時的な闇バイトだよ。4人ともなんか雰囲気とか違うだろ?」

 

 言われて考える。

 大男は、いかにもスポーツマンという大学生という風体だったし、背の高い男は年齢が高めでチンピラ風だった。

 逃げた一人はチンピラというよりホストぽかったし、背の小さい男は中学生くらいだった。

 

「たしかにバラバラね。同じ組織やグループ、共通の趣味を持った友達という感じじゃないし……。ところで……プライム8? なにそれ」

 

 遊驥はしきりにメガネを気にしている。視線を合わせようともしない。

 

 ──殴られた傷を隠しながら、メガネが壊れていないのか確認しているのかしら? まあ私みたいな年下の子に助けられたらバツも悪いか。

 

 メガネのフレームを持ったまま、遊驥は質問に答える。

 

「ああ、知らないか。プライム8ってのはアメリカのハッカー集団なんだけど、日本で真似したやつらが自称でプライム8と名乗ってる犯罪集団だよ」

 

「へえ。どこにでもいるもんね、そういうの」

 

 美琴は学園都市のスキルアウトたちを思い出し、わかるわかるとうなずく。

 

「とりあえず、礼くらいさせてくれ。こんなところに来たってことは、これを探しにきたんだろ? ほら」

 

 遊驥はラミネート加工されたQRコード……の切り取られた一部分を、美琴へ差し出した。

 受け取った美琴も、ゴミみたいなQRコードの切れ端か何かに困惑してしまう。

 

「じゃ、縁があったらまたな! あ、救急車はもう呼んだから、すぐ逃げろよ」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 礼をしたぞ、そんな態度で遊驥は走り去っていく。

 追いかけようと思ったが、あまり関わるつもりもなかったので、2歩ほど歩いて立ち止まる。

 

「ま、いっか」

 

 QRコードの切れ端をポケットにしまい、痺れているふたりを残して、美琴もこの場から離れることにした。

 いつの間にか夕暮れ時となり、街灯も点灯し始めている。

 人通りのある道へ出て、美琴は軽やかに歩く。

 

「はあ……。バカどもをぶっ飛ばしたら、スッとしたわね」

 

 陰鬱で頭の中がグチャグチャになっていたのに、暴れたら落ち着くとか我ながら呆れたもんね、と美琴は自嘲する。

 

 ──さて、と。そろそろ何か食べましょうか

 

 走って暴れて能力を使って、美琴はお腹が空き始めていた。

 実はもう無一文ではない。

 

 電子賽銭なるものが、9982号に紐付けされており、少額ながら資金を得ることができた。

 隠れた場所にあった祠で、賽銭に訪れる人は少ないはずなのに、電子賽銭が回収されることがなかったため、貯まりに貯まっていたようだ。

 謀らずも電子マネーだけでなく、怪しいながらも口座も手にいれることができた。

 

 口座情報さえ手に入れば、ctOSを掌握し学園都市屈指のハッキング能力を持つ御坂美琴にかかって、名義から口座番号まで書き換えることができる。

 

 犯罪である。

 

 しかし、そんな美琴でも良心があるのか、口座の額を書き換えるのは抵抗があった。

 

「支払いはバーコード支払い形式で助かったわね。これならラップトップ端末でも、画面を見せれば使用できるし」

 

 これが非接触式のNFCであったならば、スマホも携帯電話もない現状では使用不可能であった。

 

「とりあえず、ネカフェやカプセルホテルには泊まれるわね」

 

 あと、持ち物が増えていた。

 しまパンである。

 繰り返す。

 青のストライプのしまパンである。

 

 なぜか祠に奉じられており、「なんでよ!」と叫びながらも美琴はそれを回収した。

 洗濯もままなら今、着替えの下着は貴重なのだ。

 

 パッケージングされていたので、新品だと思う。

 正直、賽銭の口座より気持ち悪い……。誰が買って、あそこに奉納したのか。

 よそう、考えるのは。

 

 気を取り直し、美琴は背筋を張った。

 

「よし! じゃあ、何か食べましょう!」

 

 さきほどまで無一文だった美琴。

 彼女の金銭感覚は、実はかなり怪しい。ひとつ2000円もするホットドックを、値段も確認せず買って、あまつさえ面倒だからという理由で金欠高校生に奢るほどである。

 

 そんな美琴は、せっかく手に入れた賽銭の約半分を、一食につぎ込んでしまった。

 

「ばっ……かじゃないの? 私」

 

 食べ終えてから正気に戻った美琴は、お高めハンバーガーの包み紙を握りつぶしながら自分の額を抑えた。

 

 

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