とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》 作:大体三恵
プロット上、おっさんばかりで、私のテンションもさがります。
ロドニー・ヒューズ伍長は、己の失態を思い出し、
バンザイ芸能プロダクションのスカウトマン池内をマークし、彼が接触した人物のバイト仲間……解体業に従事する青年から屋上の淑女の情報を盗み聞きした。
そこからは一気に、捜索が済んだ。
まず、解体業の青年が、
屋上の淑女はどこにも映っていなかったが、彼女が助けたという小学校高学年から中学生と思われる少女の映像は解体現場へ向かう姿だけ残っていた。
経路を遡り、少女の自宅も判明。
すぐに身元も割れる。
黒木美都。早くに母を失い、薬科学研究者である父を世界的感染症で失った少女だった。
黒木美都が、屋上の淑女と関係者であると、マーク。
さっそく、人のいい外国人のふりをして、秋葉原で軽く接触してみた。
あくまでそれでだけ。それだけのつもりだった。
だが、ヒューズ伍長はどういった神の差配か、美都を異常な現象を起こす男から助けてしまった。
「なんてことだ!」
正体不明の男が、正体不明の力で放った秋葉原特有の路上物品の直撃を受けながら、調査対象である黒木美都を抱えてヒューズ伍長は毒づく。
公式には
その娘と黒木美都が重なって見え、つい体が動いてしまった。
その結果がこれである。
確かに貴重な映像は残せただろう。近くにいる部下ヘッケルが、一部始終を録画してくれていることは間違いない。
屋上の淑女と正体不明の男による不可思議な戦闘は、合衆国にとって値千金であろう。
自分の姿も周囲に晒してしまったことを除けば。
さらに
想定以上の行動だ。やりすぎだと、どんな処罰があるか。
これからのことに不安となっているヒューズ伍長に、屋上の淑女は好意的な声をかけてくれた。
「へえ、さすが米兵さん。ロキを助けてくれてありがとう」
一瞬にして、所属がバレた。
何者なのだと思うと同時に、ヒューズ伍長はおしまいだと思った。
+ + + + + + + + +
秋葉原の雷神再臨事件の夜。
ヒューズ伍長は情報局の奥深くへ呼び出され、通常、接触できないような極東方面の責任者であるアンカーマンと顔を合わせていた。
彼はアメリカ合衆国の情報組織、
そんな高官を前にして、ヒューズ伍長は処刑台の前にいる気分だった。
「よくやってくれた、ロドニー・ヒューズ伍長」
「ほあい?」
不安に反して、アンカーマンの言葉は肯定的なものだった。
始末されるのではないかと考えていたヒューズ伍長は間の抜けた返事をしてしまう。
「しっかりしたまえ、ヒューズ伍長」
「は? はっ!」
当初こそ、お褒めの言葉だったが、ヒューズ伍長の気の抜けた態度は気に入らないようだ。
アンカーマンの強い指摘をうけ、ヒューズ伍長は居住いを正した。
「たしかにキミの咄嗟の行動は、我々のような情報組織からしては模範的な失敗と言えた。だが、結果は違った。
「はっ! 猛省しております!」
後半は褒められているが、それは結果論なので、組織人であり軍人所属であるヒューズ伍長はしっかりと反省していると表明した。
アンカーマンは責めるつもりはないようで、その反省の表明をさらりと流す。
「それにな。これによって、最悪の想定のケースのさらに最悪のケースも出てきたのだ」
「最悪の最悪ですか?」
「そうだ。ヒューズくん。キミは浅草の非公式米国施設へ、彼女が侵入したあの経緯。最悪な想定は、なんと考えるかね? ああ、気軽に答えてもらって構わないよ」
「はっ。我が合衆国に敵対する国もしくは組織による侵入であり、屋上の淑女はそのエージェントであった。と、愚考します」
「うむ。おおむね、私もN.E.W.S.の情報官もそう考えた。だが、それ以上に最悪のケースを、情報技官が上げてきた」
本来、情報技官はケースを想定する立場にない。技官はエリートではあるが、シンクタンクのような分析は専門外なのだ。
その技官の意見とは?
ヒューズ伍長は興味を持つ。
「
ヒューズ伍長は首を傾げ、視線を上げる。
意味はわかるが、それが最悪以上の最悪と理解することはできない。
「わからんのかね? 彼女は合衆国の機密に興味もないのに、散歩のような足取りで我が国の施設を横切った。これほど恐ろしいことがあるかね? まだ仮想敵国が、我が国を追い抜いたほうがマシだ!」
アンカーマンは苛立ち紛れに、拳を握りしめた。
ヒューズ伍長は、政治的なことなどわからない。
だが、アンカーマンの苛立ちを見て、よほどのことなのだと察することはできた。
「だが、ロドニー・ヒューズくん。キミのおかげで、その最悪のケースを超えた最悪のケースであっても、問題がなくなった」
「ど、どういうことです?」
「キミが屋上の淑女と、友人となったからだよ」
「ゆ、友人? そ、そんなことは」
「好印象を持たれたのは事実だ。少なくても我々は、状況を見てそれに近い発表をするつもりだ。そして、キミには友人になる努力をしてもらいたい。そしてこれも重要なのだが、同時に、キミの偽装MIAを解除する」
「はい?」
なにげに処遇が通達されたのだが、あまりに突拍子もなく、ヒューズ伍長はまたも呆けた反応をした。
ロドニー・ヒューズは、サイボーグである。
とびきり機密の塊で、MIAとなったと偽装し、改造された存在である。
「なにを驚いているのかね? 5年から10年で、解除すると約束していただろう」
「はい、はい? はい、たしかにそうですが……」
ヒューズ伍長はサイボーグになって5年、この約束を疑っていた。
いつか処分されるのでは、とどこかで思い続け、最愛の妻と娘を思って、何度も夜に泣いたことがあった。
それが、あっさりと覆された。
「カバーストーリーはこうだ。アフガンでの作戦行動中にMIAになっていたロドニー・ヒューズ伍長は、激しい負傷を受けた状態で、ヒューズ伍長と確認されぬまま発見、回収、治療を受ける。回復後、記憶を失っていたため日本で外務省付き武官として在籍。先日、記憶が戻り、本国の家族に連絡を送ったが、その連絡がトラブルで滞っている最中に、秋葉原の事件に巻き込まれる。詳細はタブレットに送っておいた」
「ま、待ってください! 妻と娘に連絡ぅ? どういうことですか?」
急展開に、ヒューズ伍長はついていけない。
大統領の携帯電話に直接繋げられる高官に、無礼な態度で食いつくように尋ねるほどだった。
「うむ。そろそろ届いたころだろう」
アンカーマンはそんな伍長の態度を、予想していたので甘受する。
5年も会えなかった兵士の反応にしては、まだマシな方だとアンカーマンは考えている。
「妻に! 娘に! 会えるのですか?」
「うむ。まあ……あちらから、日本へくるという形になるだろうがな。キミの家族が望めば、こちらでの生活環境も用意する。現状、君を日本国外に出すわけにも、
事実的な行動制限なのだが、そんな制限を吹き飛ばすほどの好条件。
MIAの解除に、家族との再会、さらに日本での生活。
なかば諦めていた物全てが、ヒューズ伍長に与えられた。
「な、なぜ! なぜそこまで……」
ヒューズ伍長は政治も行政もわからない。
「たとえばの話だが……」
アンカーマンは椅子を横に向ける。こうしてヒューズ伍長から視線を逸らし、真意を悟られないような態度で手を組む。
「大統領閣下が、
「……い、いいえ。そ、それは、大統領が望んだから?」
「違うよ。キミの娘さんが、大統領閣下へキミを探してくれと手紙を何度も送っていてね。大統領閣下とキミの娘さんは、ペンフレンドというものになっていた。つまり、裏を話せば、大統領閣下はキミの娘さんとキミを介して、ライジンガールと友好を結ぶことを選んだのだ」
「大統領と娘が……ペンフレンド?」
もちろん形の上でのペンフレンドであろう。
米国大統領へは、世界各国から手紙が届く。
MIAの兵士の娘ということもあり、国民感情を考えて選ばれただけだ。
ヒューズ伍長の娘は、数多く届く陳情の手紙の主、その中で同情を誘う相手、さらにその中でのひとりにすぎなかった。
昨日までは。
それが今日、ヒューズ伍長が
MIAの兵士の娘だけでなく、ライジンガールの友人(予定)の娘という要素が加わったからだ。
「娘さんに感謝したまえ、ヒューズくん。彼女が大統領に何度も頼み、その誠実さと賢明さを示した結果なのだ。そして娘さんを誇りたまえ。彼女も素晴らしい活動をした」
「お、おおお……、エルサ…………」
「今後、キミは情報局への出向は最低限となる。カバーであった大使館の施設管理員という立場で、ライジンガールと友好的な接触をしてくれたまえ。あとはまあ家族との時間を大切にすればよい」
破格の待遇に望外の幸。
ヒューズ伍長は最上級の高官の前で、ボロボロと泣き出した。
それを咎めることなく、アンカーマンは立ち上がって歩み寄り、彼の肩を労うように叩く。
「いろいろと準備がいるだろう。一時、キミの任を解く。待機中、連絡可能な範囲で自由にしたまえ」
嗚咽を漏らし、なりふり構わず泣くヒューズ伍長をひとりにするため、アンカーマンは会議室から退室した。
廊下ではヒューズ伍長の直属上司である黒人の情報官が待機していた。
室内の部下の様子を確認してから、アンカーマンに代わって会議室の扉を閉じて訊ねる。
「アンカーマン局長……。大統領閣下のご決断、確かなのですか? ladyとの関係を友人で済ますなど、他国に利する……覇権を譲ることとなるのでは?」
情報官は、アンカーマンに切り込める立場にいる。
アンカーマンも答える義務があった。
「その時代時代の大統領はともかく、合衆国が覇権を望んだことなど一度たりともないよ。目的のため、友好国のリーダーたろうとしたことはあるがね」
「まさか……。自分はそのようには……」
「パールハーバーでアメリカはモンロー主義を放棄したが、いつも、その残骸を集め、ポストモンロー主義、モダンモンロー主義を追い求めてきた。実際の活動はそうは見えんだろうが、ぼんやりと目指すところはそんなもんだ」
黒人の情報官は信じられません。という表情をしていたが、アンカーマンは、それ以上の説明を諦めた。
「ま、自分が強いから、もしもこんな強い自分より、もっと強い者などあったりしたら怖い。先んじて叩き潰せないほど、強くて怖い者とは関わり合いになりたくない。という程度の話だ」
情報官は少しホッとした。その言い方は、アンカーマンの個人的感想に聞こえたからだ。
「ほんと、真実は知らないほうがいい。これもモンロー主義なんだろうね…………」
アンカーマンの呟きは、知っている者のそれであった。
ロドニー・ヒューズ、まさかの救済ルート。