とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》 作:大体三恵
「え? ここ、どこ?」
強いめまいのあと、暗転、謎の少女との邂逅、その後、夢から覚めた気分の私は、5階ほどの低層ビルの屋上にいた。
街並みも見覚えがないというより、馴染みのない街並みね。
どこか鉄臭くて埃っぽく、低層のレンガ作りの古いビルがいくつも連なる街。
その一角の屋上に私はいる。
というか、完全にここ、日本じゃないわよね?
ビルの下から聞こえる言葉が大部分が英語。たまに断片的なポルトガル語とか、スペイン語の罵倒が聞こえる。
ついで、ひときわ大きい騒音が近づいてきた。
ビルの脇をみると、屋上のすぐ下あたりを高架橋が走っていた。
長い長い高架橋の向こうから、だんたんと近づいてくる電車も見える。
騒音を奏でているのは、あの電車だ。
「年代物で旧市街のビルの間を貫くような長い高架橋……。それにレンガ作りのビルと……あれは球場?」
ちょっと離れたところに、街の明かりでわずかに浮かび上がってる球場のシルエット。
騒音対策など知ったことか! という硬派な鉄骨の高架橋が、防音されてない古いビルのすぐ隣を走るこの風景。
「ここって、シカゴ?」
まさか、
一瞬で、地球の裏側に飛べる能力者なんて、理論でも聞いたこともない。
もしかして……私のいた世界と同じように、
そのひとりに、私の意識というか記憶が移って、また身体を奪ってしまった?
もしかしたら、
「確認のため……し、しかたないわね」
周囲に誰もいないことを確認。
裾をギュッと握り……スカート捲って、パンツを確認してみる。
案の定の青のストライプのパンツを履いていた。
ていうか、外国のどこかわからないビルの屋上で、スカートを捲ってパ、パパ、パンツ見てる女の子ってなんなのよ!
私は顔が熱くなるの感じながら、スカートを下ろした。
ポケットの中には……ゲコ太のスカイバッチはない。
7インチの小型ラップトップの代わりに、工業用のPDAを持っている。
武器を隠し持っているのか確認してみると、サマーニットに隠して腰に樹脂が多く使われた拳銃があった。
予備弾倉はない。
……持ち物が違うってことから推測すると、
フリーのWi-Fiが存在しないため、ビルの誰かが使っているWi-Fiに繋ごうかと思ったけど、やめた。
PDAの充電量がだいぶ少ないから、ハッキングで負荷をかけたくないのよね。
ここがシカゴだとすると、東京と時差15時間。
向こうでは14時だったから、こっちでは23時くらいかな。
さっきの電車は終電あたりってことになるわね。
「能力は問題なく……使えるわね」
軽く電撃を前髪から指先へ飛ばし、発生する電磁界の確認もする。
いつもの私である
と、いっても経験に即した技術のおかげでギリギリ
雷相当の大出力を発電したら、一瞬で電池切れを起こしそう。
能力を判断するため発生させた電磁界を確認するに、この街のビルに鉄筋は少量しか使われていない。
柱に数本の鉄筋を通しているだけなんてビルもある。
強力な磁界を発生させたら、内部の鉄筋が劣化したタンブルレンガを引き裂いて飛び出し、ビルが倒壊してしまうことがありえそうね。
出力調整が難しいわね……と考えながら、私は外壁に取り付けられた非常階段? を降りる。
鉄製外階段も屋上から懸架させ、壁のレンガにアンカーを打ち込んで、モルタルで固定してるだけで貧弱そう。
今の私でも、まるごと引っこ抜けそうだ。
「そういえば、シカゴってブルームの本社があるのよね? いっそ調べてみようかしら?」
非常階段の踊り場に立ち止まり、薄暗い街並みの向こうに見えるシカゴの大都市を眺め見る。
日本のシステムエンジニアから御坂命と呼ばれるAIを、ブルームの誰かがどこかで開発した。
多分、ブルームの日系エンジニアだと思うんだけど……。
「と、いけない。今の私は一人じゃないんだっけ」
美都に無事であることを、まず伝えるべきね。
とりあえず、
スマートフォンはないから、SNSを介した無料通話アプリを使うのが現実的かな。
私はWi-Fi の電波を探して、薄暗い街を歩く。
ちょっと前に流行った、回線のただ乗りや潜入を目的とした「ウォードライビング」の歩行版ってところね。
「Hey! bae!(よう! 俺の愛らしい子ちゃん!)」
うっそでしょ!
まだ歩いて三歩目よ。
私は裏路地から、3人の男たちに声をかけられた。
明らかに私の反応を待っている雰囲気だ。
「Ugh…….Are you talking about me? (げ……。あんたそれ私のこと言ってるの?)」
baeってのは、極々親しく、本当に愛しい存在を呼ぶようなスラングだ。
それを通りすがりの私に言うなんて、趣味の悪いからかいとしか思えない。
思わず私も「Ugh……」って、嫌悪に近い反応をしてしまった。
私が露骨に嫌がる反応をすると、声をかけてきた男たちは驚いて、それでいてどこか安心したような顔を表情をみせる。
「おう、そんな言い方ないだろ? 俺の愛らしい子ちゃん」
「そうだ。せっかく会えたんだからよ」
「案内くらいするぜ」
「そうそう、俺たちがね」
「どこへ行きたいんだい? お嬢ちゃん」
「おいおい、10歳くらいに見えるが、あの子は日本人だろ? もうちょっと上だろうから、レディって呼んであげなきゃ」
ぺらぺらとしゃべりだす3人。
その目から悪意は感じられない。
下卑た笑みではなく、勤めて緊張を取ろうという笑顔だ。
正直いって、この人たちから脅威を感じない。
私が能力者だから……ということではなく、彼らから悪意を感じないからだ。
「きっとあんたたち、私を
夜の11時とはいえ、通りや薄暗がりに人はいる。
徘徊者か、犯罪者か、ホームレスか。
値踏みをするような視線や、警戒する気配も感じられる。
今も私は誰かに見られていた。
こんなスラム一歩前の街で、彼ら基準では10歳ちょっとにしか見えない子供が歩いていたら、悪意の対象にするか、その身を心配するかの二択だ。
彼らは後者だった。
「お、おう……」
私の態度に、3人はちょっとたじろいでいる。
根は悪い人たちじゃないんだと思う。
「安心して。ちょっと迷い込んだだけよ。すぐ出ていくから」
「迷い込んだって、逆に安心できねぇよ」
ややからかいに傾いていた態度が、急に真剣な雰囲気へと変わる。こういった時、日本人と違って明らかにわかりやすい。
……うん、まあそうね。
迷い込んだ、って表現はマズかったわね。
でも、事実そうなんだし、なんと言えばいいか。
なんて対応を考えていたら──
「よう、マイルズ! そのガキ、なんだぁ? ははは、どっからか攫ってきたか?」
どこからともなく、悪意と嘲りに満ちた英語で呼びかけられた。
3人組が視線を向けたビルの影から、ふたりの男が現れた。
ひとりは、ひときわ大きい身体付きで、首元から頬までファイヤーパターンのタトゥーを施した男。
ひとりは神経質そうで、血走った目をした落ち着きのなさそうな男だ。
一目見て、剣呑な男たち。
最初に声をかけてきた3人組は、ふたりを見てわずかに萎縮してしまった。
まあ、私からするとスキルアウト未満で、見慣れた不良程度だけど。
「ああ、バーンズ。彼女はその……関係ないんだ。知り合いの知り合いのその妹で……うわっと!」
3人組の1人が、なんでもないと誤魔化しながら、私を庇い間に入ろうとしたが、乱暴に押しのけられた。
タトゥーの男が私へと手を伸ばす。
「身なりのいいよそもんが、何しにきたか、話くらいきかねぇとな。……ひっ!?」
左手を掴まれたので、電撃でもひとつ撃とうか。と考えていたタイミングでタトゥーの男が、まるで触っちゃいけないものでも握ってしまった、みたいな情けない顔で飛び退いた。
汚いモノにでも触っちゃったかのようで、ちょっと失礼ね。なにに驚いて…………え?
私の左腕が、薄いガラス細工みたいに崩れ…………。
硬質化した肌が乾いた音を立ててヒビ割れていき、私の顔を覆っていく。
なにが、起こって──
あ、違う。
これ、大覇星祭のときのアレだ。
急に冷静になる私。
「おおお、おまえなんななんあああ!」
「あ、気にしないで。大丈夫だか──」
悲鳴をあげて、距離を取った5人の男たちに、問題ないと言おうとしてる間に、私の身体は今まで観測されたこともないような金属の破片となって、その場に崩れ去った。
+ + + + + + + + +
再び、意識が明確化すると、私は暗い海岸に立っていた。
頭上で星が瞬いて、視線を奪われる。
私は崩れてしまったはずの両手を星にかざし、開いて結んで開いて結んで……。
いけない。
正気に戻って、人工の光を探す。
対岸に瞬く星のような街の灯りと低い山のシルエット。後方に大きな古い建造物のシルエットと屋上のライト。
そして振り向く私の頭上を覆い、対岸へと続く巨大な構造物と点滅する航空障害灯……。
この特徴的な橋のシルエットは──。
「これってゴールデンゲートブリッジ! てことはフリスコ…………サンフランシスコじゃない!」
マイカさんの出身地だ。
シカゴからここまで、何千キロあるのよ!
能力の確認も兼ねて、私は200メートルを超すゴールデンゲートブリッジの橋脚を登る。
さすが20世紀初期の鉄製建築物の最高傑作と言われるだけあるわね。
どここかしも鉄鉄、巨大な鉄の結合体。間近でみると迫力にまで、芸術性を見出せるわ。
「ふむ。電磁気の発生具合に問題はないわね。転移? する前の出力と感覚が同じ感じがするわ」
ゴールデンゲートブリッジを登りながら、芸術性を堪能しつつ、能力を確認し終える。
ゴールデンゲートブリッジの天辺、220メートルからの眺めは最高だった。
これだけのものを、100年近く前に建てたなんてすごいわ。
もちろん海は真っ暗で、行き交う船の赤と緑の航海灯くらいしか見えない。
街の灯りが空の星の灯りを打ち消して、天地がひっくり返ったかのような錯覚すら感じる。
暗闇の間にあるこの橋を、南北に走っていく車は、さながら星と星の間と飛び交う宇宙船ってところかしら。
風でバタバタと舞い上がるスカート。
スカートの端を持って確認してみると、あいかわらず妹達の青のしましまパンツだ。
「何よ。私の服装で再構築されないの? この不思議物質」
誰もみてないので、風に任せスカートの裾を離す。
またもバタバタし始めたけど、私は髪を抑える方を優先した。
しばらくこのまま…………異国の夜景を眺めていたい。
磁場で足をしっかり固定し、私は風に身を任せた。
「一体何が……。この身体が、普通じゃないってのはわかるけど」
私の身体でも、妹達の身体という感じはしない。
なにか……とてもよく馴染む何かで構成された金属のような物質。
大覇星祭で、私は一度、この状態になった構成物に触れている。あの時の私の角や羽衣のような物、そして第三の目や翼のようになった腕を構成していた物質だと思う。
「はあ…………。まさか人間じゃなくなるとは思わなかったわ」
意識が暗転した際に、ドッペルゲンガーが言った言葉が蘇る。
もしも、こっちの世界に来る前に、身体が別のものに入れ替わって崩れるなんて体験をしたら、おかしくなってしまったかもしれない。
でも、
「はは……。むしろ罰かもしれないわね」
…………とか、かっこつけてるけど、私。
これ、日本に帰れるのかしら?
当初の予定では、早いうちにシカゴやサンフランシスコへ、転移する予定でしたがきっかけが見つからず、ズルズルと