とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》 作:大体三恵
「おおぉ〜〜! いるね、いるねぇ。覗き屋が多いこと」
港区の一角、複雑な道がカーブしあちこちで立体交差をするオフィス街に、
ハッキング用のプログラムを作り上げる能力は美都の方が優れているが、応用、活用する、使い倒す能力は大智の方が優れていた。
限りのある小遣いで、特売品の電脳グッズをやりくりした小学校時代の経験の賜物である。
「ねえねえン、大丈夫? こんなに枝葉がついてると、カメラの回線重くてろくにこっちに回ってこないわよン」
いくら回線の主流が
アシストしているマイカが、周囲の回線の重さに気がついて不安を述べる。
しかし、大智は気にしている様子がない。
「こういうのはコツがあるんだよ。ちょっと浅い角度に変えてだなぁ」
ハッキングに角度もなにもあるのか、と美都はツッコミをいれたかったが作業の邪魔になるので堪えた。
「何も本丸を狙うことはないんだって。直接覗いてる奴らはいっぱいいる。だから、そいつらが踏み台にしてる経路をハックして…………」
なにも近所の基地局から直接素直にカメラをハックする必要ない。帯域が最低限確保されている複数の別ラインから、覗き見しているPCをゾンビPCで経由して借りればよい。
作業を見ていて、美都はそのことに気がついたが、もうひとつ看過できないことにも気がついた。
「覗き見してる人のうちから、画像をもらうってわけね。って、それ私のゾンビたちじゃない!」
「ちょっと借りただけだろ? ケチケチすんなって。ほら、きた」
モンゴルフィエ内部や付近の防犯カメラは、もう覗き屋でパンパンの渋滞である。
なので、覗き見先に力を入れすぎて、自分が覗かれるという可能性を考えていない脇の甘いハッカーを見つけて、その経路の途中で抜くという作戦だ。
「……あ」
真顔になった大智が無駄がない動きで……というより余裕のない素の動きで、いくつかあるノートパソコンの一つへ手を素早く伸ばす。さらにいくつかある回線端末のケーブルを引き抜く。
「『あっ』て、なによ今! ちょっと逆侵入されてるんでしょ」
「はっはっはっ、大丈夫大丈夫。どうやら侵入者たちを狙ったやつもいたみたいだけど、大丈夫。そんなの数人だから。侵入はされてPCは致命傷だけど問題ない」
「致命傷って死んでるじゃない!」
一台だけだがノートパソコンは汚染されてしまい、もうローカルにも接続できなくなった。
OSをクリーンインストールしたとしても、内蔵機器にある未知の脆弱性をつかれて汚染されている可能性がある。
ハッカーグループが使うパソコンとして致命傷である。
大智は決して無能ではないのだが、どこか危なっかしいところがあった。
彼もまた脇の甘いハッカーなのだ。
「はあ。こんなことならお姉様と一緒に、屋上からの監視にまわればよかった」
美都は汚染されたノートパソコンの電源を落としながら──落とせない。見事に乗っ取られているので、バックグラウンドで動いている怪しいアプリを、コマンドラインを使って
今回の美都はサポートがメインで、ハッキングの主導は行なっていない。彼女の実力は高いが、その能力が最大限に発揮されるのは、自宅の環境下においてである。
リモートや他人の環境でもできないことはないが、ゾンビPCたちを十全に操るには全てを管理できる環境でないと真価は発揮されない。
「ロキちゃんさぁ。うんなん、ゆうってもさ。今回、トールちゃんは追跡も視野に入れてるから、一緒に空を飛ぶことになるよ」
「う……」
遊驥に指摘され、空中浮遊に慣れていない美都はややたじろいだ。
たんなる浮遊やビルの屋上渡りは、楽しいと思えるほど慣れた。だが追跡となると、かなり無茶な機動を行う可能性がある。
美都は素直に諦めて、大智の作業のサポートにあたる。
現在、御坂美琴は変装して、隠れて待機。
隠れていると言っても、彼女も彼女なりのハッキングで、このガサ入れを監視していることだろう。
「あらン? どうも、前々からモンゴルフィエの製品に、警察は目をつけてたみたいねン」
掲示板やSNS、周囲の無線の精査にあたっていたマイカが、警察関係の情報をあげてきた。
「どういうこっちゃ? マイカ」
「欧州のヘッドクォーターで使ってるけど日本じゃ認可されてない製法で、いままでも薬品を作ってみたい。前々から指摘されていたみたいね。それで工場を査察する予定だったんだけど…………。今回、この事件があってそれを口実に本社にも乗り込むみたいよ」
「あとはハンコ押すだけ! の状態で泳がせてたら、まさかの大事件が起きて慌てて捜索か。モンゴルフィエのやっちまったなぁ〜」
「普通、大事件が起きたら、そこまで監視してたのに兆候を見つけられなかったのかー、防げなかったのかー、警察の失態になるから伏せて、じっくり攻めるもんだが……批判より実利を選んだのかもなぁ。上のどこかが」
「……超能力者を作る薬と、できればその製法の確保。隠滅されるまえにか」
現物と製法の確保。
それを至上命題とし、チャンスがあれば少しの無理もする理由もわかる。
日本政府の本気に、ピリリと
と、その時、凛とした声が偽装バン内に届いた。
『あー。こちら、トール』
「お、どうした?」
開きっぱなしのIP通信通話から、美琴の連絡が入った。
比較的余裕のあった遊驥が応答する。
『ちょっと移動しながら監視してたんだけど、モンゴルフィエの取締役のひとり。逃げたわよ』
「マジか! 立場が悪くなるのに! こりゃ真っ黒だぞ!」
「ちょ、急いで掌握するわン!」
遊驥とマイカは、御坂美琴が送ってきた位置情報を確認し、すぐに周囲の監視カメラを探った。
逃げ出したのはモンゴルフィエ欧州本社の
地下駐車場に入る際の映像が残っていた。
洒落た口髭の初老男性が、まちがっても秘書になど見えないガタイの良い男に誘導される姿があった。
なお日本人であるモンゴルフィエ日本法人の最高責任者は本社内に残っているようで、ハッキングされた本社で陣頭指揮という名目で怒鳴り散らかしをしている。
御坂美琴が再び送ってきた位置情報近くの防犯カメラを掌握し、目的の車を探すため画角を変える。
およそ企業の幹部が乗るとは思えないゴツいSUV車が、走り去っていく姿が映った。
運転している人物は、およそ真っ当なサラリーマンとは思えない強面の外国人で、大きな体格にスーツを着込んでいる。
助手席にも似たような男が乗っており、剣呑とした雰囲気を纏っている。
「あらやだン。いい男にエスコートさせてるじゃない」
「この場合のいい男ってのは、護衛に
「どっちもよン」
「さよけ」
マイカの軽口に付き合った俺様が悪かったと、遊驥は作業に戻った。
「トールちゃんのほうで追えるか? こっちからじゃきついんだが」
「不自然じゃない程度に信号、操作しながらいくから、追えると思うわよ」
「はえ〜、すっご」
御坂美琴の万能さに、遊驥は舌を巻くしかなかった。
現在、真優が運転する偽装バンは、複数車線のしかも掘り下げられた道を走っている。SUVが逃げ去る道には地上へ上がって側道に入り、逃げる車が走る道へ向かわなくてはならない。
大幅なタイムロスだ。
しかしモンゴルフィエのCFOが乗るSUVを、御坂美琴がctOSを使って信号で足止めしながら追うという宣言に、遊驥は素直に感心した。
『車もctOSなら簡単に足止めできたんだけどねぇ』
「ちょっと待て、トール。こっちも一大イベントだから監視はするぞ。うぉ! イングラムマークⅢまで来てるじゃねぇか! ……なんでこれで幹部の車を逃してんだよ」
遊驥が呆れる中、ついに警察がモンゴルフィエ日本本社ビルへと乗り込んできた。
多くのマスコミに野次馬とyoutuberなどが、到着した警察と出迎えるモンゴルフィエに様々なカメラを向ける。
プロ機材とアマチュア機材とスマートフォンが警察とビルへ向けられ、いかにも令和というのガサ入れが始まった。
「覗き見に、怪しいやつを何人か見つけた。ま、プライム8気取りのやつと、本場のプライム8のやつらっぽいけどな」
遊驥が車の中から野次馬だかアマチュア取材陣だかわからない奴らを眺めながら呟く脇で、パソコンの画面を睨んでいた大智がほくそ笑む。
「お、本命を発見〜」
近くのビルの上で、数人の黒服の男たちが集まっている。他のビルにもいるが、それらはいかにも一般人が配信をするため陣取っているという姿だが、黒服の男たちはまるで違う。
窓の振動から音声を聞き取るレーザー盗聴器……しかも、怪しい通販で買うようなおもちゃに毛が生えたものではなく、長距離高精度高音質が保証されている本格的なものだ。
大智はこれらの監視のため、2台のノートパソコンと数台のスマートフォンを持って、近くの路地で降りた。
「じゃ、こっちはやっとくから。追跡は任せたぜ」
足早に野次馬とアマチュア取材陣の中に紛れ込んでいく。
あまりに注目される存在が多すぎて──
強制捜査には興味なさげで虚な目で裏路地をうろつく高校生くらいの少女が、炎を纏いながら飛び去るという異常で目立つ姿が目撃されることはなかった……。
+ + + + + + + + +
「ど、ど、どど、どういうことだ! 説明しろ!」
モンゴルフィエの
「なんで研究室で完成したばかりの試作品が、全然関係ないラインで作られた新商品の中に混入するんだ! ……なんだと! わからないじゃない! もういい!」
CFOはひどい剣幕だったが、もう日本には見切りをつけているので通話を切った。
手入れがあったばかりでは、さすがに逮捕とはならない。
法治国家とは手続きと許可の連続であって、超法規的措置でもなければ速さが圧倒的に足りない。
だが、まごまごしていては監視がつく恐れがある。ひとたび監視がつけば、それを振り切るには相当な労力がいる。
いや、もう監視がついているかもしれない。
フランスへ
「ええい、なぜこうも信号に引っかかる!?」
不自然なほど赤信号に捕まり、SUVは思ったほど距離を進んでおらず、CFOは苛立たしく運転席の座席を後ろから叩く。
「追跡する車はありません。落ち着いてください」
護衛を兼ねたフランス人の運転手は、不機嫌になりながらもCFOを宥めた。しかし、護衛は防犯カメラリレーを使ったデジタルな追跡の可能性があることは、あえて口にしなかった。
さらに急かすこと間違いないからだ。
なお、頭上から追いかける存在に護衛が気が付けなくても、それを責めるのは酷である。
CFOと二人の護衛を乗せたSUVは、時々際どい追い抜きや黄色信号の通過を繰り返し、空港へ向かうモノレールの途中駅を最寄りとする複合ビルの地下駐車場へ滑り込んだ。
4階までは商業施設とオフィス、上層階は住居というビルだ。
そこは最新の防犯システムで守られた電子の城で、住人の一部はモンゴルフィエの息がかかった社員を装った企業工作員である。
コンシェルジュはいないが、それらを補うマンションのサービスはAIとロボットなどで提供されている。
不法侵入するためには、マンションの防犯システムとAIとモンゴルフィエ偽装社員の目を誤魔化す必要があった。
「念のため、ここで車を乗り換えます」
「そうか。資料と資金を回収してくる。ついてこい」
追跡回避のため乗り換える車を取りに、護衛は地下駐車場の奥へと向かう。
CFOは上層階のセーフハウスから荷物をとってくるから、残った護衛についてこいと指示した。
地下駐車場から住居階へ向かうエレベーターに、生体認証をパスして乗り込み、最上階付近の部屋へと向かった。
──そこには、CFOを待ち受けていた人物がいた。
「はっはっはっ。お困りのようですな」
長い前髪とキザな笑みを浮かべる白スーツの男が、わざとらしい微笑みで両手を広げてCFOを出迎えてみせた。
「おおっ! 君は! どうやってここに?」
「ん? ああ、今はロビーのオートロックも、ちょっとした工夫で突破できましてね。このお部屋に、住人を装って荷物を注文するという手間は必要ですが……。いやはや、QRコードが二つあるだけで入れてしまうとは。今時のセキュリティーは心配の種だらけですな」
「な、なんだって?」
白いスーツの男の発言に、困惑するCFO。護衛は警戒して、懐に手を入れた。
「ああ、これはね。配達員が他のところで配達している間に、プライム8を通じて雇った闇バイトに荷物のQRコードを撮影させて画像を送ってもらい、配達員の胸にあるIDのQRコードは望遠で撮影。これも転送してもらう。その二つの画像をオートロック玄関でQRコード読み取り機に通すと、こうして通れてしまうわけですよ。ま、正規の配達員は、先に私が入ったことで荷物を届けられず、困ったでしょうがね」
社長は白スーツの男が、何を言ってるのかと首をかしげて固まった。
集配物は軽ワゴンに満載されていて、どれがここへの荷物か簡単にはわからないだろうに……、ああ、大きな荷物にすれば少しは目立つか、いやいやそうではないと
侵入方法も疑問だが、それは「企業スパイ」として雇っていた彼ならできても当然だ。
「わ、わたしはどうして
思考も疑問もかなぐり捨てて頼るCFOを見下ろし、白いスーツの男の作った笑顔が、わざとらしい困り顔に変わる。
「追加のご料金を頂ければ…………、と言いたいところですがね。あなたも人がお悪い」
「なんのことだ?」
「どうやら私が盗んだ薬の製法で、開発には成功したようですが。いやはや。いくらなんでもあんな悪用はいけませんなぁ〜」
「あ、悪用? ……な、なにを言って? それは…………ま、まさか!」
「こいつ、危険です。下がって……ごがっ!」
話の流れを悟った護衛がCFOを庇うように前に出てると、素早く銃を抜いて構え──手首を捻って自ら自分の頭を撃ち抜いた。
「ひ、ひえぇっ!」
突然の凶行に、CFOは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「あー、こちらの護衛。どうされたんでしょうねぇ」
白スーツの男は嗜虐的な笑みを口元に浮かべ、CFOをより見下すよう歩み寄る。
「き、きさまぁっ!」
CFOは恐怖が反転し、冷静さを犠牲にして激怒する。
彼は老いてはいるが、かつて軍役があった。銃の扱いは充分できる。
自ら頭を撃ち抜いた護衛の銃を拾い上げ、ブレることなく銃を白スーツの男に向けて──肘を曲げ銃を胸に引き寄せ、自分の頭を顎ごと撃ち抜いた。
「お仕事終了〜」
奇しくもどこかの誰かと同じセリフで両手を広げ、契約した仕事の終了を宣言した。
そして防犯カメラを見上げ、目線で何かを伝える。すると防犯カメラは返事をするかのように、LEDランプを瞬かせた。
白スーツの男は、なぜか自殺をしてしまった男たちの死体を越えて、彼らが利用したエレベーターに乗った。
地下駐車場のボタンを押し、静かにエレベーターが目的階に到着する。
地下駐車場では、もう一人の護衛が乗り換える予定だった逃走用の車の前で、首を鋭利な刃物で切り裂かれ絶命していた。
これをやったらしきナイフ使いが、暗がりから現れる。
「鬼土あらし。上は終わったか?」
「ああ。世を儚んで、この世を去ったよ」
「そうか。こっちだ」
ナイフ使いの男はナイフをしまい、白いスーツの男【鬼土あらし】に、ついてこいと促す。
素直に鬼土あらしがついていくと、そこには真っ赤なオープンカーの運転席で、豊満なボディで大胆に足を組み、ノートパソコンを操作する妙齢の女……氷川インダストリー社長付きの秘書がいた。
女はノートパソコンを閉じると、シートサイドに仕舞い込み、大げさに足を解いて鬼土あらしを迎えるように助手席のドアを開けた。
「おかえりなさい。防犯カメラの映像とドアの開閉
「ほう。最近の秘書は、ハッキングもできるんだな」
「あら。秘書はもともと総合職よ。なんでもできなくちゃ」
鬼土あらしはオープンカーの助手席に座ると、女を褒めながら自然に肩へと手を回そうとする。
これを女秘書は軽く払い、車のエンジンをかけた。
ナイフ使いは自分のバイクに乗り込み、二人の乗ったオープンカーを置き去りにして地下駐車場を去っていく。
「そういうものか。……なあ。あんな若造りのじいさんなんて相手にしてないで、俺のところにこないか? 今みたいな秘書の仕事なんて
「悪いけど、その若造りがいいんじゃない」
「……若造りが目的か?」
「いやねぇ。私は若いわよぉ」
「ふっ。そうだったな」
鬼土あらしは女秘書の手馴れたあしらいに、舌を巻きながら自嘲する。
「まあいいさ。あの若造りからおさらばするときは、俺を頼れ。
「あら。親友のことをあんなヤツだなんて言わないほうがいいわよ」
私、不機嫌ですよ。と主張するように、荒っぽくハンドルを切って、シートベルトをまだしていない鬼土あらしを驚かせた。
冷や汗をかきながら、鬼土あらしはシートベルトを締め直す。
「ぅおっと。そうだな。撤回しよう。今後も気をつけるよ。……不二子」
鬼土あらしはおどけるように、おっかないな……と呟き、氷川インダストリーに秘書として潜入する峰 不二子に謝罪した。
ステルスクロス開放。
ルパン三世です。
秘書として潜り込むことに定評がある峰不二子。実はまだルパンネタがいくつか仕込んであるのです。そのネタの一つは児童的に……じゃなく自動的に児童となってる頭脳は大人な世界も混じってしまい非常に厄介です。
真実はいつも一つだと困ります。
今回登場の「鬼土あらし」ですが、大変古い原作の100てんコミックス時代の「鬼土あらし」しか知らないのですが、ルパン三世Hでリライトされて登場しているようで、今捜索中です。
なんか雑誌掲載のみらしく、コミック全巻買ったのに出てない(;_;)
「ハプニング嵐」というサブタイトルなのですが、ググっても歌って踊れる嵐が溢れるようにでてきてどうにもなりません。
せめて掲載号がわかれば、電書で探す手もあるので、求)情報!
鬼土あきらは、親友を「あんなヤツ」呼ばわりするとは思えないのですが、これは口がちょっとすべったということで。きっと反省してます。
あと、ちょっと前に話題となったオートロック解除をネタに盛り込んでみました。
まさかこんな簡単なやり方で侵入できるようなシステムを、行政も企業も共通化するとは思えないので、ctOSと同じフィクションです。