とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》 作:大体三恵
「御坂様のご降臨! めでたい! じつにめでたい! 乾杯!」
「かんぱ〜い!」
集会場は宴会場。
誰が呼んだのよ。こんなにいっぱい。
きっと村に現在住んでいる人だけでなく、あちこち働きに出ている人たちとかもいるんでしょうけど、どう考えても村の人口をより遥かに多い。
この村と氷川について説明するって話で朝倉先輩に呼ばれたのに、集会場の座敷には料理とお酒が並んでいて、村人たちはもう完全に宴会モードに入ってる。
輿に乗せられ村を一回りした後、集会場で上座に座らせられた私は、苦笑いするしかない。
私って本当に、ここで信仰されてんの?
ただの宴会のダシになってない?
「東京で騒ぎになった時は、すぐに御坂様と分りました」
「いつこちらにいらっしゃるのかと、一日千秋の気持ちでお待ちしておりましたぞ」
宴会のダシになってるのかと心配になったら、村の年寄り衆が挨拶にしながらそんなことを言ってくる。
年寄り衆と言っても、70から80歳の人たち。私が飛騨の地にいたころを知る人は、司さんしか存命していないので、他の人たちは親から伝え聞いたという人たちばかりだ。
「わしらはこの日をがくることを、いつかいつかと! 待ち侘びげはごはげはっ!」
「ほらほら、牛丸さん。無理しないで」
「ごほっ……、わ、私の苗字を……?」
「あー……。だって、牛丸さんにそっくり。100年近く前だけど、その時、センギョウ和尚のところにいたからよく覚えてるわ。お孫さんになるのかしら?」
「う、うおおおおっ! そうです! その牛丸が祖父です! 御坂様に覚えてもらえて、祖父も喜んでいることでしょう!」
いや、私の主観ではつい先日のことなので、覚えてなかったら逆にヤバいんですけど?
こんなことがあり、おじいちゃんおばちゃんたちが「私は誰の息子か孫かわかりましか!」と怒涛のように集まってきてしまった。
適当に言い当てたり外したりして、喜ばせたり落胆させたり。
この血族クイズ合戦、いつ終わるの?
「はいはい。みなさん、そこまで。キリがありませんわ」
一応、私の巫女ということで権威のある朝倉先輩が、間に入ってこの血族クイズに幕を下ろしてくれた。
「助かりました、朝倉先輩」
「どういたしまして。でも……昭和というのは、こういう雰囲気でしたのかしらね」
朝倉先輩も、村の衆の宴会モードには呆れがちだ。
小学校6年まで東京で住んでいた朝倉先輩は、地方の山奥の時間が止まったような空間に、私同様の違和感を覚えるんだと思う。
「どうぞ、御坂様! 御坂まんじゅうです!」
名物だと問題のまんじゅうを献上してくる村の人。
それを止める年寄り衆の人。
「これこれ、御坂様はお食事ができないんだ。どうぞ、こちらのお酒を。御坂様がお好きな銘柄です」
「あ、どうも。これ、フルーティーで美味しいのよね」
この身体だとなぜか、水分以外を受け付けない。
100年近く前、ここに来た当時もこのお酒をいただいていたんだけど……。
「うぉっほん!」
トレンチコートのおじさんが咳払い。
警察官の前で未成年飲酒はまずい。いくら酔わない身体とはいえ、そんな言い訳ができる人じゃない。相手が悪い。
「今回のあなたの件、まだ本庁への連絡はいたしませんが、それはそれとして飲酒はいかん」
「ひゃ、100年前の事は時効よね?」
「むぅ……。まあそっちは仕方あるまい」
実は114歳なんですーとかいう冗談も効きそうにないから、素直に酒杯は置いた。
そんなところに、司さんが車椅子に乗せられてやってきた。
「司さん! 大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですじゃ。念の為と乗せられてしまってな」
司さんは玄関で、ヨイショと車椅子から降りて、手を借りながらも集会場の玄関に上がる。
「さて。宴会などしている馬鹿共がおりますが、御坂様がお聞きしたいという氷川についてお話いたしましょう」
本当に私を信仰しているのか、信仰の仕方がこれなのかわからない村の衆を馬鹿共と司さんは一喝し、静かになったところで語り始める。
「まず。氷川精一郎というモンは、罰当たりもんですじゃぁ」
「罰当たり?」
司さんは氷川精一郎を知っているようである。
それはそれとして罰当たりとは?
「御坂様から見られて、わしの姿。どう思われますかな?」
「そうね。ずいぶん若々しいわ。あれから100年近く経ってるのに……。それに私と同じ電気を発する能力には驚いたわ」
司さんは、当時15歳。私より一つ年上で、年齢が近いということもあって、もっとも近くで世話をしてくれた人だ。
それが95年を得て、110歳。だというのに、まだ70かそのくらいに見える。
「それもこれもあやつ。氷川精一郎のせいですじゃ」
「氷川の?」
「戦中、ここで氷川は、わしらを実験台にしおったのだ」
感情的で説明不足もいいところだけど、司さんの言い分を聞いてなんとなく察する。
能力者の開発を行っている現在の氷川と、過去の氷川精一郎の行動がつながれば、おのずとこの村でやったことが想像できる。
「まさか……、村のみんなに薬を摂取させた?」
「ああ。あやつの父の葬儀の時にな」
精一郎が喪主を務めたという話は、住職から聞いている。
その時、彼は振る舞い料理に口腔摂取の薬を混入させたと、司さんは語ってくれた。
「わしは問題ありませんでしたが、村の衆がだいぶ亡くなりました……。センギョウ和尚と明子と操もその時……」
「お、和尚さんに、明子さんと操さんも!」
明子さんと操さんのふたりは私の世話をしてくれた女衆の中でも、みんなを取り仕切っていたリーダー的の人たちだ。
司さんより私を信仰してた節があったけど、その代わりに司さんと違って距離感がほどほどあった。
加えて私にいろいろ便宜してくれたあのセンギョウ和尚が、そんなことになるなんて。
村人たちには80年以上前の話だけど、私にとってはついこの間まで、一緒に生活してお話していた人たちだ。
一瞬、目の前が暗くなって涙で滲んだと思ったけど違う。
悲しいよりもっと抑えられない気持ちが、電撃となって発露される。
「あいつめ……、よくも……よくも和尚さんと……村の人たちを!」
「ひえっ……」
「み、御坂様……」
「どうか、お怒りをお鎮めください……!」
「あー……ごめん。大丈夫よ」
少なくない電撃が私の周囲で弾けたので、宴会場は騒然となる。
慌てた住職が大げさに平服してくるので、それを見てこちらも少し冷静になった。
司さんは発電能力者なので、あまり驚いてはいない。
私が電撃を抑えてとまると、淡々と話を続けてくれる。
「戦中ということもあって、食中毒と処理されました。氷川はわしらの症状だけ見て、そのまま姿をくらませました」
「どうやら血液サンプルも取っていたそうだ。そいつを使って、何やら軍で実験などしておったらしい……まではわかった」
トレンチコートのおじさんが補足する。
おじさんが調べたところ、氷川精一郎は旧帝国陸軍に所属しており、戦犯として裁判にかけられる前に逃亡。
自分の父の出身地を、実験の場にするような男だ。
戦中に何をしていたのか、この一件だけで窺い知れるわね……。
「って、おじさん。すぐにそんなこと調べられるの?」
「ツテに連絡して、そいつがすぐに調べてくれおった。なにぶん80年以上も前のことなんで、在命のもんがおらんかったが、資料をあたってもらった」
簡単にいってるけど、古い資料を調べるってインターネットを調べるのが違って、人手と時間がかかりそうなものだけど……。
そういえば警察でも立場が上の人っぽいのよね、このおじさん。
「それで司さん。もしかして、今も若々しいのって……、もしかしてその時の?」
「はい。これはその時の薬のせいかと思います。もう亡くなりましたが当時、薬を服用させられた者たちは、みなそれはそれは若々しいもんでした。わしも60の頃でも20代に見られたものでした」
「副作用が酷かったけど、若返るとか、歳を取りにくくなる効果もあったってことなの? それで司さんは若々しく…………あっ! まさか」
清一郎の孫となっているが、地元で氷川誠一郎の存在を確認できない。経歴はあるが、過去を知っている人がいない。
110歳の司さんが、まだ70台か80くらいに見え、かつての村人も若々しかったという話。
一つの仮説。いえ、仮説ともいえない妄想とも言える結論が脳裏に浮かぶ。
「まさか! 氷川のやつも若返ってるか、老化が遅れてる!?」
精一郎が、誠一郎だった。
私の飛躍したまさかの帰結に、司さんは頷く。
「その可能性がありますな」
「自分で言ってなんだけど、信じられないわね。まだ氷川精一郎の隠し子とか、誰かが孫に成り変わってるほうが、まともな推測だけど……」
若返りは学園都市でも実用化されているとはいいがたい。
学園都市の七不思議の一つ。人を250年稼働させるという出所すら怪しい計画。『二五〇年法』だって、七不思議の数えられるくらい噂のレベル。
でも……こっちでは実現できた可能性は……ないとは言い切れない。
科学というのは積み重ねが基本とはいえ、ときどき一足飛びしたり先鋭化した発展をすることがある。
氷川の造り出した薬が、そういった物である可能性だってゼロじゃない。
なにより、非道な実験を行う誠一郎が、村人を実験台にする精一郎と同一人物と言われた方が飲み込める。
そんな人間が何人も、何代も続いているなんて受け入れ難いから。
「しかし、御坂さん。こういってはなんだが、この村でのこの氷川のやらかしは、今の氷川誠一郎の首を絞めとるんだ」
おじさんが落ち着きなさいという声色で、私にいい情報を伝えようとする。
「どういうこと?」
「わしも最近、知ったのだが。この村のもんが、あちこちで村の秘密を守るために働いとるのは昨日聞いたな」
「ええ。麓の高校とか役所のことでしょ?」
「そうだ。その中には国会議員にまでなったモンもおってな。故人なので今は影響力がないが、足跡をしっかりと残しておる。……御坂さんよ。今回の事件で政府の動き。やたら早いとは思わんか?」
「ええ。そうね。民主主義国家、特に日本なんて後手に回ればまだ良い方で、なんなら見て見なかった、耐えられなくなったらやった動くってのが私のイメージよ」
「だはは。辛辣だな。しかし、今回は早い。そしてやるという覚悟と意志が見えるだろ?」
「たしかに……。マニュアル疑惑があるって話も言われてたけど…………」
まさかね、という目を向けると、おじさんはにやりと笑う。
「そう。あるんだ。かつてこの村から国会議員にまでなったもんが草案を作り、役人になったものがまとめた雷神および超能力者への対応マニュアルがな」
「この村の人が……。それじゃあもちろん氷川を警戒してるわよね?」
「そうだ。そして氷川の行ったこの村での実験をモデルケースとし、対応マニュアルには後年にまとめた症例や、村人の検体サンプルなどが一緒に保管されておる」
「じゃあ、今頃……」
「うむ。東京で起きた局地的な地震で、薬を服用した被害者たちの検査も進んでいる。照合されて、氷川が行った実験と結び付けられるのも時間の問題だ。そもそもマニュアルには要注意人物として、氷川の名と経歴を書き残していたと高瀬元衆議院議員が村人に伝え遺しておる」
高瀬……たぶん、センギョウ和尚と初めて出会ったとき、一緒にいた村長付きのあの人だ。
そうか。あの人、国会議員になったんだ。
そして、きっと相手にされなかっただろうけど、国の中枢に対応マニュアルという仇の一手を残して行った。
「そう……。一矢報いた。いえ、乾坤一擲のマニュアルね」
「ああ。政府はまだ開示しておらんが、この村の人は全員知っている。氷川誠一郎は、実際のところもう詰んでいる。だから御坂さんよ。あんたがあれこれ動く必要はもうない。わしらに任せてくれんか?」
おじさんはそういって、それとなく私に非正規な活動をするなと釘を刺してきた。
きっとある程度察しているのだろう。私が氷川と敵対していると。
警察官として、私が違法な活動をしていることは見逃せないが、今なら目を瞑る。そういう意図があるんだろう。
しかし、ここで司さんが茶々を入れてきた。
「なにを偉そぉに言っておる、平太郎。おぬしも昨日、わしから聞いて信じられんと、叫んでおっただろうに、御坂様へのいいようは?」
「平太郎と言わんでください。ワシは幸一です!」
「平次にあやかって平太郎じゃ、平太郎と呼べと、言っておったろうが」
「そ、それはまだ5歳の頃の話でしょうがぁ、おばぁ……」
「5歳でご先祖さまに、名前で勝とうとするとは飛んだ子供じゃったな。泥棒の一人もいまだ捕まえられんでのぉ。なにが平次の上の平太郎か」
「うむむむ、それを言わんでください」
おじさんが司さんにあれこれ言われて、タジタジになっている。
「ねえ、そういえばおじさん。名前聞いてなかったわね?」
「む? おう、そうだったか。それはすまん」
司さんの猛攻から逃れられると思ったのか、おじさんは私の話にのってきた。
懐から警察手帳を取り出して開いて見せ、愛嬌でウィンクと敬礼をおり混ぜながら名乗った。
「警察庁の銭形だ」
バレバレだったかもしれませんが、銭形のとっつあん登場です。
・銭形警部
黒子枠です。
ごめんなさい。この分では初春枠もおっさんになってしまいますね。体制側の協力者であり、ストッパーという意味での黒子枠なので変態枠ではないです。
飛騨の山寺で寺子をしたり、住職をしたりと、埼玉とならんで岐阜とも関係がある銭形警部。なんのゆかりもない寺で、住職したりというのは考えにくいので、飛騨出身で血縁者が寺関係者という設定にしました。
センギョウ和尚は、千行と銭形の呉音読みにかけてます。普通、仏教は名前の方を呉音読みするんでしょうが、苗字と千行をかけたというわけです。僧名は多分センギョウではないと思います。(設定してません)
あと可能性があるとしたら、銭形寺かもしれません。
昔から銭形警部はファーストネームが平太郎だったりとブレたり、幸一はどこからきたのか謎だったりしたのですが、どうやら平一と表記したのが、幸一を間違えられてインド人を右に状態だったようです。