とある妹達《レギオン》の監視役《ウォッチドッグス》   作:大体三恵

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「お肌に合わない場合は、ご使用をおやめください」

 氷川 誠一郎は追い詰められていた。

 本人はまだ少しつまずきがあっただけと思い、しかも原因は他人にあると考えていた。

 

「どう責任を取るつもりだ、馬場くん」

 

 社長室、氷川は高圧的な態度で、サウンドオンリーと表示されるパソコン画面の向こうにいる通信相手に詰問している。

 

 これが社員や幹部相手ならば通用しただろう。

 だが、通信の相手は社内の人間ではない。

 氷川がいつでも切り捨てられるようにと、外部契約しているコンサルトだ。

 サウンドオンリーと表示される通信相手は、氷川の恫喝を聞いて笑っていた。

 

『ぷ、ぷくく……ぷーっくっくくっ。え? せ、責任んん〜〜〜〜? 責任ってなんの?』

 

「計画失敗の責任だ。わからんのか?」

 

『わかってないのはあんただよ、社長さん。僕はあの雷神ガールの捕獲計画を提案しただけ。映像を見たけど見事に成功してたじゃないか。スーパーマンの登場はもとより、あなたの欲張りまでフォローする計画は含んでないよ』

 

「そういうことを言っているのではない!」

 

 テーブルを叩き、怒号をあげる氷川。

 しかしサウンドオンリー相手では、威圧にならない。

 

『今の音、なに? 転んだの? 大丈夫? まさか、八つ当たりでもしてるの? どなって誤魔化すとか、昭和ですかね? それで誤魔化せるのは平成まで。よくて氷河期相手にマウント取る令和の無能上司だねぇ』

 

「あまり舐めた態度を取るなよっ! こちらがその気になれば貴様など……」

 

『話にならないなぁ……』

 

 氷川が喚くので、馬場は務めて冷静に、だが馬鹿にする態度を隠すことなく答える。

 

『自分で計画を立てられないだけなら、荒事の二流。だが自分ができないことを、できる他人に任せるなら、人を使う側の一流かと思ってたけど、余計なアドリブを挟んだ上に、その失敗を他人に擦りつけるとか他人を使う者として三流。いや、三流にもならないな。あんた……お山の大将にもなれないよ』

 

「貴様……」

 

『ま、今までお金になるからお付き合いしてきたけど、三流以下と仲良くしてたら笑い物のされてしまいますよ』

 

「逃げるつもりか!」

 

『逃げないといけないのは、あんた。ま、通信を切ったあと、いくらでも吠えてればいいさ。第一、僕なんかより傭兵を無駄に消費した言い訳を、カラーチャート相手に考えておきなよ。平社員が上司にぺこぺこするみたいにさぁ』

 

「黙れ!」

 

 氷川は口の減らないガキだと激昂し、こっちが通信を切ってやるとチャット会議アプリを停止させた。

 少し落ち着いたところで、秘書室からの通知が鳴る。

 

「なんだ?」

『社長。カラーチャートのフィールドランナー氏より、回線の呼び出しがつながっております』

「…………繋げ」

 

 ctOSが普及した現在、通常回線の電話ではなく、秘匿性と匿名性が高いネット回線が使われることが多い。

 実際のところ、電話とは違う面でネット回線もセキュリティーが低いのだが、偽装ができる点から利用されている。

 

 今回はパソコン画面のサウンドオンリーではなく、社長室の壁にかけられた大型モニターに、空々しい笑顔のアメリカ人が映し出された。

 フィールドランナーというあからさまな偽名で、非合法な人材派遣から、果ては人身売買を行う人物だ。

 

『やってくれましたね、氷川さん』

 

 第一声で挨拶もなく、笑顔で突き放す一言。

 

 氷川は冷徹な表情を崩さなかったが、一瞬、言葉に詰まった。

 

「……あれは馬場の計画に問題があっただけだ」

『強気に何度も都合のいいことをいえば、それが通るとお思いで? 紹介した立場上、広い意味では馬場もこちらの人材。すべて筒抜けですよ』

 

 氷川はその鋭い目で、フィールドランナーを睨んだ。

 しかし相手は怯まない。

 社内の人物であれば、その威圧と不可視の攻撃を恐れてひれ伏すことだろう。だが、外部の人間、しかも攻撃が及ばない通信相手ではなんの効果もない。

 

「貴様……。パレットがICPOの手入れを受けた時、商品を引き取ってやったのを誰だと思ってる?」

 

『引き取ってくれた? 買い叩いてやったの間違いでしょう?』

 

「言い換えるな! 加えて、そちらの火投(カトー)を仕上げたのは、私だぞ!」

 

『言い換えているのはどちらか。こちらが安く売ったモノを、あなたが仕上げた。その仕上げたものを、買い上げた。正当な商取引です。窮地に手を差し伸べるフリをして、ねぎってきた取引も無論商取引です。ただの取引だからこそ、恩着せがましいことを言われても、私どもは困惑してしまいますよ』

 

 氷川は二の句が告げない。

 一般的に追い詰められた者、言い争いで不利になった者などは無駄に饒舌になることがあるが、氷川はそれを惰弱だとして自戒している。

 鋭い一言が浮かばない場合は、ただ冷徹な表情を崩さず相手を見下す態度に徹する。

 

 だが、現状では、あまりに滑稽であった。

 

『だれが言ったか、賄賂を受け取らない官憲は例外なく優秀。ええ、私もそう思いますよ』

 

 語らない氷川を見て、フィールドランナーは自分たちの現状を語り始める。

 

『日本の警察は対外への対応が無能だが、メンツと強情さと融通と賄賂の効かなさは世界でも指折り。こちらがお貸しし、あなたの采配ミスで捕まった傭兵たちの回収はほぼ不可能でしょう。火投(カトー)を我々が回収できたからよいが、日本に確保された場合、どうなっていたとお思いで?』

 

「それはだから馬場の作戦がっ!」

 

『自分に都合のいい妄想を怒鳴り続け繰り返せば事実になるのは、大陸のやり方だ、呆れた奴らだとさんざん言われていたのはあなたでしょうに』

 

 過去の何気ない発言、実質愚痴なのだが、それを出されて氷川はまたも言葉に詰まった。

 

『ま、とにかく。しっぽを巻いて逃げ出す準備をされたほうがいい。なんでしたら、カラーチャートから脱出を手助けする人員を派遣いたしましょうか? 今なら手持ちの資産と海外の資産の全部でお引き受けしますよ』

 

 全財産の要求。

 払うやつなどいるはずがない。

 つまり受けるつもりなどないという宣言だ。

 

「誰が頼むか!」

『あ、会社の株などは要りませんよ。そのインダストリー。終わりですから』

 

「私の……会社が終わりだと?」

 

『今回の件で、こちらもインターポールに目をつけられましてね。なかなか小うるさい人物が帰国したという情報もありますし、日本撤退と店じまいと転業を考えないと。……ああ、私たちからは責任追及などという無粋なことはしないので、ご安心を』

 

「当てつけか? そもそも目をつけられたのも、君たちの商売が奴隷商人だからだろうが!」

 

 氷川は侮蔑の言葉と共に、不可視の攻撃をモニターに向けて放った。

 大型モニターはひしゃげ、液晶画面は激しくさまざまな色を表示した後に沈黙した。

 しかし、スピーカーは生きてる。

 

『では、失礼いたします。再会を楽しみにしております』

 

 不可視の攻撃と破壊されたモニターに、対比したように平常通りなフィールドランナーの声。

 通信は切られ、氷川はまるで取り残されたコメディアンのようだ。

 

 そこを見計らったかのように、また秘書室からの通知音が鳴る。

 

「今度はなんだ!」

『石木様よりのご通達です。その……』

「かわまん、言え!」

 

 務めてクールを装っているが、氷川の語気が荒々しい。

 

『はい。資金の供出は一旦停止するとのことです』

 

「それだけか? ふざけるな! 100億のプロジェクトだぞ……。折り返し連絡をしろ!」

『さきほどから繰り返し、連絡をお入れしていますが、財団の窓口レベルで取り次ぎを拒否されております」

 

 秘書や財団の理事や局長レベルではなく、窓口での取り次ぎ拒否。

 これは門前払いというものだ。

 氷川の冷たい表情にも焦りが浮かぶ。

 

「評議員を経由して、なんとしても石木の翁に取り付けろ」

『評議員のどなたに?』

「かたっぱしからだ」

 

『かしこまりました』

 

 秘書の対応はいつも通りだが、氷川の態度があまりに乱れているため、逆に彼本人が違和感を感じた。

 ──もう少し狼狽えれば可愛いものを……、出来すぎるのも問題だな。

 

 氷川は秘書に勝手な印象を抱く。

 そこへ、またも秘書室からの通知が届く。

 

『社長』

「つながったか?」

『いえ。受付に来客です。インターポールの銭形と名乗っております』

 

「インターポール? ICPOが? ……多忙だと断れ!」

 

 実際、多忙なので理由としては正しい。

 非協力的な返答は正しいとは言い難い。

 

『わかりました。多忙とお伝えします』

 

「……そうだ。多忙だからな。多忙と言うならばこちらから、こちらから岩木翁に出向く方がいいだろう。出かけるぞ」

 

 評議員を介することを早々に諦め、氷川は席を立って社長室を後にする。

 秘書室で忙しく応対にあたっていた秘書の中から、不二子が立ち上がって氷川の後ろについた。

 

 残った秘書は社長から指示されていないが、岩木氏の元に出向く連絡と車を正面玄関へ回すように車両部へ手配をすませる。

 すべてが行われて当然という態度で、氷川はエレベーターに乗って玄関ロビーへと向かった。

 

 + + + + + + + + +

 

「ほほう。あなたが日本企業でも指折りで、新進気鋭の氷川インダストリーの社長さん。さすがよいお車とお召し物で」

 

 氷川がエントランスで車に乗り込む直前。

 コーヒーを片手に持ったトレンチコートの男に、声をかけられた。

 

「なんだ、きさまは。警備を呼ぶぞ」

「申し遅れました。わたくし、インターポールの銭形です」

 

「多忙だと断ったはずだ」

 

 冷たい視線で銭形を睨むが彼は怯む様子もなく、おどけて片手のコーヒーを指さす。

 

「いやいや、なんともご立派なオフィスで、受付前になんとも素敵なカフェがありましてな。断られ、こりゃ困った。なんとオシャレなカフェ! 喉も乾いたしと一杯、飲んでおっただけです」

 

 カフェスペースがある企業は多い。氷川インダストリーも、エントランス脇に来客同士のマグネットスペースにと、カフェが用意されている。

 一般にも開放され、直接には関係ないもよりの企業の社員も、このカフェを常識的な範囲で利用している。公務中とはいえ、コーヒーを自費で購入して飲む警官を咎める理由はない。

 

「そうか。ではごゆっくり……」

「おや、どちらに?」

 

 立ち去ろうとする氷川。

 食い下がる銭形。

 

「多忙だと言っている!」

「もしや岩城財団の石木氏のところへ?」

 

 銭形に行き先を言い当てられ、社員によって開けられた車のドアに手をかけて止まる氷川。

 

「なぜそれを?」

 

 会いに行く相手を言い当てられたとしても、氷川は立ち止まらず、振り返らず、疑問の言葉も飲み込むべきだった。

 この場面、段階で、支援者へ会いに行くという言質を、捜査官によって取られる。

 その重要性を氷川は思い至らない。

 天才的な科学者で、優秀な経営者であったも、不測の事態への対応が優秀とは限らない。

 

「実は先ほどまで、石木氏とお会いしてましてな」

 

 ()()()()()()()()()辿()()()()()という匂わせだが、氷川は気が付かない。

 ただ自分より先に石木に会って話を聞いた。という点にわだかまりを持つ。

 

「あなたには警官としての接触を断られたので申しますが、一個人として差し出がましいですがひとつ忠告を、あやつ……石木氏とはもうお会いにならないほうがよろしいかと」

 

「君には関係のないことだ」

 

「そうですか。失礼いたしました!」

 

 助言を一蹴された銭形は、コーヒーの紙コップを片手に敬礼をした。

 それは接触を断られた警官として個人と公人、半々の敬意の表現だった。

 しかし、氷川は気が付かない。ただ”邪魔者の警官”という印象しか抱かかず、車の窓を閉じた。

 

「出せ」

 

 短く指示し、運転手は静かに走り出す。

 銭形という警官は、コーヒーを啜りながら見送っている。

 なんとも無礼で下品で滑稽な男だと、氷川は印象を抱いた。 

 

 走り出した車が会社の敷地から出て、そこで遅ればせながら気が付く。

 

「不二子はどうした?」

 

 一緒に車に乗り込んだはずの秘書の姿がなかった。

 いくらゆったり広いスペースの大型乗用車とはいえ、大人の女性が見えなくなるなとありえない。

 この疑問に、運転手が答える。

 

「はい。さきほどの警官に張り付き、対応すると」

 

「指示していないぞ。……いや、それでいいか」

 

 氷川は自分で代わりの秘書を、別の車でよこすようにと連絡して座席に深く座り直した。

 当初は秘書の勝手な行動に腹を立てた氷川だったが、峰不二子という女は、元々こういう時のために雇った女である。

 能力者を生み出す薬の製造元としてなすりつけたモンゴルフィエ。そこのCFOの処分の仕方は見事だった。

 彼女を雇う時は裏の人材派遣カラーチャートを通しておらず、現状ではもっとも信を置く手駒だ。

 

 岩木氏との面談には、荒事や謀略のできない普通の秘書でいい。

 

 いざという時のため、銭形の身辺を洗ってくれているのだろうと氷川は受けとって、何も言わず消えたことを問題とは思わなかった。

 

 + + + + + + + + +

 

「彼がいないのに、銭形が出てきたらもうここも終わりね」

 

 石木氏に直接会いに行くと出かけようとした氷川に伴った不二子は、エントランス脇のカフェで、コーヒーのやたら長いカスタマイズ注文に困惑している銭形を見つけた。

 氷川にも銭形にも気取られないように、ファードアウトした不二子は、運転手にそれらしい言い訳を伝える。

 銭形が氷川を捕まえている最中に、顔を見られないルートで秘書室へ戻った。

 同僚の秘書が驚いていたが、新たな雑務を与えて余計なことをさせないよう取り計らい、代わりに氷川について行く秘書とその車を手配する。

 外出を伝えて氷川インダストリーの本社地下駐車場から自分のオープンカーで走り出した。

 

 言い訳でしかないため、銭形の身辺を洗う必要のない峰不二子は、所在を不明にしている状態で、氷川インダストリーの秘密工場へと向かう。

 

「なんならここの情報を取引に見逃してもらおうかしら」

 

 門警備の検問をパスし、そんなことを思いながら工場脇に車を停め、最上位のパスで正面から堂々と建屋に入る。

 そこは先進化学研究所に偽装された「スピリッツ」と呼ばれる能力開発薬の生産工場だ。

 偽装の研究室を抜け、最上位のパスカードで通過して行く峰不二子。

 

 職員たちがその美貌に見惚れるが、その行動を咎めたり遮るものはいない。

 

 あからさまな視線を浴びながら、研究所の最奥にたどり着く。

 一際厳重な警備員と、不法に銃を携帯する傭兵の間を抜け、三階の隠された部屋にはいる。

 そこでは大きな水槽が並び、少量ながら薬を生産する工場となっていた。

 

「どうされましたか?」

「岩木氏へ最新の出来栄えを報告するため、サンプルを分けてもらいにきました」

「そうですか。ではこちらを」

 

 不二子は研究員に悪びれることなく、嘘の理由を述べてサンプルを受け取る。

 旧型のサンプルをいくつも失敬している不二子だが、ここで手に入れた能力開発薬は、最新も最新。あの氷川ですら接種をしていない薬だ。

 

 不二子は貴重なサンプルを受け取り、騙した研究員に軽いウィンクをして廊下に出た。

 

「それをどこへ持って行くつもりだ?」

 

 さっそうと通路を歩きだした不二子の背後から呼び止める者がいた。

 石木氏の元へ向かい、ここにいるはずのない氷川誠一郎だった。

 

「しゃ、社長、これはどうしてこちらに?」

 

「なに、銭形という男に石木氏に合わないほうがいいと言われてな。少しその意味を考えるついでに、研究成果の確認に来たのだが……まさか飼い犬に手を噛まれていたとはな」

 

 ──銭形ったら。そんなことを言ったの?

 不二子は内心毒付く。

 銭形に見つからないように、距離をとっていたため、彼がなにを氷川に伝えたのか聞き逃していた。

 隠し持ったサンプルに気が付かれないよう身構える。

 

「社長。なにか勘違いをされて……」

「隠すな。もうわかっている。仮に私の推測が間違っていても、疑わしきは始末する」

 

 氷川が不可視の能力を使おうとする気配を発する。

 不二子は絶体絶命の状態で背中に冷や汗をかきながらだが、この場を脱するため口を開く。

 

「これは今まで雇ってくれたから忠告だけど、岩木に会うな、というのは銭形の誘導よ」

 

「……どういうことだ」

 

 不可視の攻撃を止めて話を聞くつもりになる氷川を見て、不二子は少し安堵し忠告を続けた。

 

「会うなと言われ、迷うあなたを監視しているはずよ。銭形本人ではないにせよ、誰かがここまでつけていると考えていいわ」

 

 会うなと言われて面会を強行するようならば、その関係は非常に強固。少なくても警官の一言を軽んじても構わない程度には。

 会うなと言われ、別の行動をとるならば、その関係は薄くせいぜい金の関係。なんなら、もっと大切な場所へ向かわせるという行動の誘導方法だ。

 

「社長は警察関係者とあまり親しくされていらっしゃらなかったようですから、こういった……」

 

「黙れ……」

 

 銭形にしてやられたと気がついた氷川は、怒りに震えて手を強く握り閉める。

 両手の革手袋が裂けて、爬虫類のような鱗が浮かぶ氷川の手が肥大する。不二子を睨む目の周囲にも、鱗の輪郭が浮かび始めた。

 

 危険を察知した不二子は、スカートの中に隠した銃へ手を伸ばした……が、氷川の不可視の攻撃で弾かれ、取り出した小型銃は通路の奥へと吹き飛んでいく。

 しかし、それは視線と行動の誘導。

 

 本命は、まとめ上げた髪に隠した小型閃光手榴弾(フラッシュバン)

 銃へ伸ばした手とは逆の左手で、髪を解きながら目を閉じ、ヘアバンドに偽装していた耳栓をしつつ、中に仕込んでいた閃光手榴弾を足元に落とす。

 

 爆発、閃光ッ!

 

「ぐおぅっ! お、おのれっ!」

 

 ふとももの銃を狙い視界を下へ向けていた氷川は、床に落ちた閃光手榴弾をまともに見てしまった。

 男のスケベ心をも利用した不二子の搦手は、氷川のような能力者相手へ見事な痛打を与える。

 

 閃光と破裂音で視界と聴覚を奪われた氷川を尻目に、不二子は廊下の窓を開けて飛び降りた。

 ワイヤーを窓枠と観葉植物に絡め、速度を殺しながら1階分降りてエントランス屋根へと着地した。

 

「若返りは魅力だけど、あんなふうに肌が荒れちゃうんじゃ使用はやめないとね」

 

 エントランス屋根からも飛び降り、玄関にいた研究所職員たちにスカートの中をサービスしながら走り逃げる。

 三階ではまだ視力を戻していない氷川が、窓から不二子を探している。

 

 ここまで乗ってきたオープンカーは危険と判断した不二子は、普段から駐車場脇に隠していた大型バイクのシートを剥ぎ取り、タイトなスカートを裂いて飛び乗った。

 

 けたたましい音を立てて走りさるバイクを、酷い耳鳴りの中で辛うじて捉えた氷川は、窓から不可視の攻撃を放つ。

 しかし、それは見当違いの道路を削り、不二子を取り逃してしまう。

 

 氷川は肥大化した腕で窓枠を握り潰し、低い声で呟く。

 

「……ふ、ふふ。どいつもこいつも……いいだろう。私の本気と本当の目的。見せてやろうではないか!」

 

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