姫乃side
「兄さん…」
私は、心配になって兄さんの病室の中にいた。
私の目の前には兄さんが安らかに眠っている。
それはまるで子供が眠っているように無邪気に。
今にも目を覚ましそうな表情で。
こっちの気も知らないで…。
「いけるかな…」
私はそっと兄さんの手を握る。
そして、念じた。
風見鶏の時に兄さんが夢にとらわれてしまった時に兄さんの夢に飛んだ方法。
兄さんを助けるために兄さんの楽しい日常に飛んだ方法。
それでも、
「なんで……どうして!」
無理だった。
この前はできた。なのに、今は入ろうとした瞬間に弾き飛ばされた。
「どうしてよ……」
私の目から涙がこぼれ落ちる。
「どうして、助けられないの!!」
「私達が辛い時、苦しい時、悲しい時、いつもそばにいてくれて、励ましてくれて、助けてくれた。なのに、どうして私には助けることができないの!」
私はヒステリックのように叫んでしまう。
「兄さん……」
私には涙しか流せない。
「兄さん……」
私の大好きな人…。初めて好きになった男性…。
「兄さん……」
私の大切な人……。世界でたった一人の私の兄…。
そう私が思っていると、後ろからドアが開く音がして振り向く。
「姫乃……」
「サラ……」
入ってきたのはサラだった。
sideout
サラside
いつまでも家に縛られた人生を送ると思っていた。
それに疑問はなかった。
むしろ、当たり前だと考えてそれに従っていた。
そんな私の暗い道に光をくれたのは清隆だった。
清隆が私に新しい可能性を示してくれた。
それがどれだけ厳しい道かということも教えてくれた。
いつも私の前にいてくれた騎士。
それが私にとっての葛木清隆と言う存在だった。
彼のおかげで私にはいろいろな道ができ、今では目標もある。
主人公の補佐をする魔法使いになること。
決して、表舞台には立つことはできないだろう。
それでも、私は清隆たちのそばにいたかった。
そんな想いを感じながら、ゆっくりと歩く。
桜並木を……。
周りではカップルと思われる二人組が見えた。
二人ともとってもいい笑顔だった。
まるで、今が幸せそうに。
それが永遠に続くように。
もしかしたら、清隆に助けてもらった時の自分の顔もあんなんだったのでは?と思えば、私の顔が赤くなっていることがわかる。
あの時の私も思っていたはずだ。
こんな日常が永遠に続けばいいと。
「清隆…」
私がそっと手のひらを広げるとそこには小さな桜餅が出来る。
それは、清隆から教えてもらったはじめての魔法。
食べた人を少しだけ笑顔にできるそんな魔法だ。
「あむ。……不味いです」
最悪だった。
この魔法にはその作る魔法の対象の和菓子の知識が必要だった。
決して食べられないほどの味ではない。
ただ、清隆の作ってくれる和菓子と比べるととても食べられたものじゃなかった。
「清隆のはもっと甘かった……もっと暖かかった」
いつから、私はこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
きっと清隆と出会い、清隆に触れて、その時間が重なるごとにこんなにも弱くなってしまったのだろう。
清隆と居れば居るほど暖かく、そして強くなれる。
その逆もまた然りである。
「やっぱり、冷たいです」
自分の手を握りしめる。
清隆の手は暖かかった。
今の自分の横には主人公はいない。
つまり、無力な存在だということ。
「これが、清隆の言っていたこの目標の弱点…」
以前に清隆が言っていたことを私は思い出した。
清隆はこの目標に対し、自分以外にも主人公を見つけることを考えるように言ってきた。
今、その理由がようやく分かった。
主人公がいなければ、どれだけ補佐が上手くても私は無力である。
そして、ふと見上げるとそこは清隆の居る病室の前に私は立っていた。
そして、ゆっくりとドアを開いた。
もしかしたら、清隆が目覚めているのでは?というかすかな希望をもっていたのだろう。
「姫乃……」
「サラ……」
私の目の前に現れたのは涙を流している姫乃だった。
sideout
姫乃とサラは一緒に清隆の顔をのぞき込んでいた。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
「本当に眠っているんですね」
サラがふとそう呟いた。
「はい。まるでいつもの様に」
姫乃も簡単に返す。
「直ぐに目を覚ましそうです」
サラはゆっくりと清隆の髪を整える。
「サラ…」
姫乃もサラの手に重ねるようにしてゆっくりと清隆をなでる。
そのまま何時間が過ぎただろうか。
日が傾き始めた頃、突如ドアが開かれた。
「ふむ、葛木の教室はここで間違っていないな?」
「そうですね、イアン様。先程の名前もきちんとあっていますし。あ、あの二人もいますよ」
「イアン君に瑠璃香さん…」
「イアン、瑠璃香…」
姫乃とサラの声がかぶる。
しかし、二人の心境など全く理解せずにイアンはズカズカと歩いていく。
「ほぉ、クリサリスに葛木妹か。おや、其処にはやはり葛木が眠っているのだな」
「さすがですイアン様!空気の読めなさでは超えることは神でもできませんよ!」
「褒めるなよ、瑠璃香」
そう言いながら、イアンは清隆の横に立つ。
「なんで、イアンがここにいるんですか?」
サラは当然の質問をイアンにした。
「ん?あぁ、そういえば君たちは知らないんだったね。後でそれは教えるよ。だいたいの事情も理解している。それよりも二人ともこっちに来て欲しいんだが?」
突然のイアンの言葉に二人は何を言っているのか理解することなく下がる。
「瑠璃香、少しだけ迷惑をかける」
「わかりました、イアン様」
「ありがとう。フンッ、ハァ!!」
ドガッ!
「「なっ!?!?」」
突然イアンは清隆の腹の部分に思いっきり拳を叩きつけた。
「な、何してるんですか!イアン!!ッ!?瑠璃香!」
「イアン君!!ッ!?瑠璃香さん!!」
二人がイアンに飛びかかろうとするが瑠璃香の捕縛魔法でその場から二人とも動けなかった。
「瑠璃香、何で止めるんですか!」
「黙ってみていてください」
サラが怒鳴るが、瑠璃香はそれを静かに返す。
「確かに、イアン様は自己中心的で自分が良ければどんな卑怯な真似をもしてました。しかも、それを自分の手を汚さないように。しかし、それは風見鶏に来るまでの話です」
瑠璃香の言葉を二人は静かに聞く。
「今も空気の読めなさや自分の表現に戸惑い、周りを傷つけてしまうことがあります。しかし、それでもイアン様は皆様を仲間として見て、私によく相談してくれます。自分はなぜ、皆の中で浮いてしまうのかと。そして、イアン様は一番大事なことを風見鶏で学び、手に入れました。だから、最後まで見ていてください」
瑠璃香の言葉に二人は再びイアンと清隆の方を静かに見直した。
イアンが殴っても清隆は表情をひとつも変えずに眠ったままだった。
「どうして、そんな顔が出来る!」
イアンが清隆の顔面に拳を放つが寸前で止める。
「なぜ、昔のように怒らない?なぜ、眠っている?」
イアンはゆっくりと拳を離し、壁に拳をぶつける。
拳には魔力を使わなかったらしく、赤く腫れ上がっていた。
「君は言ったはずだ。暴力では何も生まれないと。いつでも、間違えば俺がなんとかしてやるよとも言った。なぜ君は僕を怒らない!」
イアンは清隆の胸ぐらを掴む。
「僕が周りから見放されたとき、君や君の仲間たちは僕を笑わなかった。君が手を差し伸べてくれたとき、正直言って嬉しかった。噂で聞いたよ、またすごい力を手に入れたんだってね。多分、愚かな君のことだから、力で仲間たちを傷つけたらどうしようなどと迷っているのだろうね。そして、先走った結果がこれなんじゃないのか?まぁ、早く目覚めるに越したことはないだろうが、少しは休憩をしたまえ」
そして、イアンは清隆の手を握る。
「君の想いは僕が一時預かっておく。そして、必ず僕が敵を倒して葛木を目覚めさせる。君を倒すのは僕だからね」
そして、イアンは振り返る。
「僕は次の魔法祭に出場するんだ。だから、こっちに来た。ついでに杉並さんから話も聞いた。君達はここで何してるんだい?」
イアンは姫乃とサラに話しかける。
「君達が涙を流している時間、敵の力は強くなっているかもしれない。葛木を助けたいなら立ち止まってはいけない」
そして、イアンは両手を握り締める。そして、少し魔力を貯めて、開けるとそこには和菓子があった。
イアンは二人にそれを渡す。
「涙を流す暇があるなら笑ったほうがいい。その方が葛木も喜ぶだろう。この魔法は人をとびきり笑顔にする魔法だからね」
その後、イアンは無言で部屋を出ていった。それについていくように瑠璃香も出ていった。
「まさか、イアンにこんな大事なことを教わるなんて…」
「本当ですね」
二人は和菓子を食べながら呟いた。
「でも、兄さんは誰にやられたんでしょう。兄さんがまさか、夢見の魔法にかかるなんて」
「そうですね。清隆は世界に数少ない夢見の魔法使いでカテゴリー5の魔法使いなのに……あっ!?」
「ふぇ!?」
サラの突然の言葉に姫乃が驚く。
「どうしたんですか、サラ?」
「い、いえ。何か閃いたような気がしたんですがなんでしょう?」
そのまま無言で二人は病室を後にした。
出ていく二人の顔には涙はなく、決意の表情だった。
それぞれの想いが交差する中、清隆は夢の世界を歩んでいく……
それは清隆が本当に臨んだ夢の世界、そして、大切な日常……
そして、次々と明かされていくダークネスの想い……
次回「それぞれの望むモノ」
これで、全てが終わる。永遠に繰り返された『ダークネス』の物語が。そして、私自身の全ての物語が。永遠に繰り返されてきたこの悪夢が……