見捨てられた俺と追放者を集める女神さま スキルの真価を見つけだし リベンジ果たして成りあがる   作:腰尾マモル

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【第450話】命の使い方

 

 

「あれ? 変だな、皆の声が聞こえなくなった……それに目も見えない……今、私を支えてくれているのは誰だ?」

 

 クローズは誰もいない方向を見ながら擦れた声で呟いた。人間は魔量が極限状態まで減った時には五感が鈍るものだ。コロシアム決勝時の俺も目や耳が一時的にほとんど働かなくなった事があったけれど、今のクローズはあの時の俺と同じだ。

 

 もしかしたらサーシャのアクセラなら回復できるかもしれないが彼女は消耗していてスキルを使える状態じゃない。そもそも、クローズは肉体への負荷を掛け過ぎたせいで自然回復力より崩壊のスピードの方が上回っている可能性が高い。時間を早送りするアクセラはむしろ逆効果になるかもしれない。

 

 あまりにも痛々しく悲しい姿に目を逸らしているとクローズは震える声で話を続けた。

 

「アスタロト……君は近くにいるのかな? 今、私の声が聞こえているだろうか? 消耗しきった私はもう目も耳も効かなくなったようだ」

 

 言葉を受けたディザールは這いずりながらクローズへ近づき、執念で立ち上がると両手でクローズの右手を握り、返事をかえす。

 

「ああ、聞こえているぞ!」

 

 ディザールは必死に返答し、強く手を握っているけれどクローズの表情から察するにディザールに触れられていることを認知できていないようだ。それでもクローズは言葉を続ける。

 

「私は消えてしまうが、アスタロト……君が幸せならそれでいい。私はいつしかサラスヴァ計画よりも大事なものができていた。一緒に暮らしてきたアスタロトやシルフィさんとの繋がりだ。だから私が原因でシルフィさんを死なせた時、訳が分からないぐらい辛かった。改めて言わせてほしい、本当にすまなかった……」

 

 言葉を言い切ると、とうとうクローズは両膝をついてしまった。弱っている俺とディザールではクローズ1人分の体すら支えきることができず、3人まとめて地面に倒れてしまう。

 

 クローズの耳にディザールの声が届かないのは残念だが、最後にクローズが言葉を遺すことができたことだけは運が良かったかもしれない。

 

 今はクローズをゆっくり寝かせてやろう。俺はクローズの体を動かして仰向けの姿勢に変えてやった。まだ息はしているが、もう間もなくクローズは命の炎を消す事になるだろう。

 

 俺はうなだれているディザールが心配になり顔を覗きこんだ。だが、ディザールは悲しい表情でもなければ悔しそうな表情でもなく、今までに1度も見せた事がないような吹っ切れた顔をしている。

 

 いくらクローズが最後の言葉を遺せたからといってもディザールにここまで吹っ切れた顔ができるものだろうか? だが、ディザールが次に取った言動で俺はすぐに理解する事となった。

 

「今日ほど僕が死ぬのに相応しい日はない。こいつを使ってクローズを救ってみせる」

 

 なんとディザールは懐から『天地の(はかり)』を取り出したのだ。天地の(はかり)は死の山でザキールの羽を治すのに使っていたアーティファクトだ。たしか片方の生命力を差し出して、もう片方を回復するアーティファクトだ。

 

「待て! ディザール!」

 

 俺は止めようとすぐさま叫ぶ。けれどディザールは首を横に振り、天秤の小さい皿の方に自分の指を当て、大きい方の皿にクローズの指をあてがい、自身の生命力を死に掛けのクローズへ与えてしまった。

 

 過去にディザールは『天地の(はかり)は10の生命力を渡せば10の効果を発揮するような都合のいいものではない』と言っていたはずだ。だから既にボロボロのディザールがクローズを助けられる程に生命力を与えてしまえば待っているのは死だ。

 

 天地の(はかり)を使い終えたディザールは口から大量の血を吐くとクローズに吸い取られるように目の輝きが消え、徐々に瞼が閉じていっている。

 

 俺はディザールの肩を掴んで「死ぬな!」と叫んでいた。しかし、ディザールは穏やかな笑顔を浮かべて最後の言葉を遺す。

 

「ぼ、僕はクローズが大嫌いだ。それでもあいつから多くのものを貰った。あいつのおかげで……孤独にならなかった。あいつのおかげで……グラドの息子と喧嘩ができた。その点だけは礼を言う。だから僕が渡す命を……どう使うかよく考えて決めてくれ。僕は……先にシルフィ達に……謝って……くる……から」

 

 

 

 ディザールの体からクローズの体へ砂時計のように流れていた魔力が全て流れ切り、ディザールは目を閉じる。ディザールが死ぬと分かっていればもっと言いたいことや話したいことが色々あったのに……もうディザールと……父と話す事はできない。

 

 突然の自己犠牲に別れの言葉を伝える暇もなかったリリスはディザールの手を握り、大粒の涙を落とす。

 

「そんな……ディザールと話したいことがいっぱいあったのに……。また貴方は私の前から姿を消すの? もう2度と会えないの? また、あの頃の大事な仲間が1人……減っちゃった……うぅぅ……」

 

 正直、リリスの姿が痛々しくて直視できない。俺以上に話したいことがあったであろうリリスは尚のこと辛いだろう。ディザールは許されないことを沢山しでかしたけれど、それでもリリスの友人であり、俺やフィルの家族であることにかわりはない。

 

 そんなディザールが最後はクローズの為に命を散らすなど誰にも予想出来るはずがない。俺達はやれることを精一杯やったんだ、だから胸を張ってディザールを送り出そう。俺は泣き崩れるリリスに自分なりの言葉を掛ける。

 

「俺たちは死に物狂いで頑張った。だから最後の最後でディザールは優しかった頃に戻れたんだと思う。そうじゃなきゃ自分を犠牲にしてまでクローズを救おうとはしないはずだ。亡くなった事実は辛いが、それでもディザールは最後に満足気な笑顔を浮かべていた。だから俺達も笑顔で送り出してやろう」

 

「…………そう、ですね。涙は止まらないですけど……それでも、無理やり笑顔を作っちゃいます。その方がディザールも喜びますよね」

 

 リリスは顔をぐしゃぐしゃにして、頬に涙を滑らせながらも気丈に笑顔を作り、ディザールの魂に祈りを捧げた。

 

 他の仲間達もリリスに続いて祈りを捧げている。この光景を見て改めて思う、本当に俺達の戦いは終わったのだと。

 

 

 

 後はクローズが喋れる程度まで回復するのを待つだけだ。祈りを捧げてから待つこと数分――――クローズは自身の喉から声が出ているのを確認するように小さく発声すると、今度はこぶしを握っては開くを繰り返し、回復具合を確かめ始めた。

 

 続けて俺達とディザールを交互に見つめると消え入りそうな声で呟く。

 

「もう、私達の戦いは終わったんだね。天地の秤(はかり)を使った後のディザールが残した最期の言葉だけは辛うじて聞き取れた。こんな私でもディザールは礼を言ってくれた。そして、彼は『渡した命をどう使うか、よく考えて決めてくれ』と言い残した。ハハッ、これは難しい宿題だ。そう思うだろ、ガラルド君?」

 

「難しくなんかないさ。最後のディザールがどんな心持ちで命と言葉を遺したかを考えれば自ずと答えは出るはずだ」

 

「答えか……そうだね、簡単なことかもしれないね」

 

 そう呟くとクローズはディザールの横に座り込んで、何も言わずに死に顔を眺めていた。

 

 今のクローズからは反撃や逃走を企む気配は感じられないから、このまま拘束して牢に閉じ込めるのが本当は正解なのだろう。だけど、脱皮(シェディン)によって老いてしまい、ディザールを失って空っぽになったクローズをそのまま牢に閉じ込めて終わりにしてもよいのだろうかと俺は考えていた。

 

 諸悪の根源とも言えるクローズを野放しにすることはできないが、かと言って牢に閉じ込めて何も償わせないのも違う気がする。気が付けば俺は道具袋から『グリメンツの書』を取り出していた。

 

 サーシャは目を見開いて驚くと上擦った声で尋ねる。

 

「な、何をする気なのガラルド君? クローズさんに死の契約を負わせるつもりなの?」

 

「俺はこのままクローズを牢に閉じ込めて死ぬまで何もさせないのは違う気がしたんだ。ディザールが言った『渡した命をどう使うか、よく考えろ』という言葉もそうだ。クローズは償いをする義務があると思ってる。だから俺なりに契約を考えたんだ」

 

 俺はペンを手に取り、グリメンツの書に書き込み始めた。俺が何を書いているのか気になった仲間達はわらわらと集まり、俺の書き込みを見つめている。

 

 

 

 俺がグリメンツの書に書き込んだ契約は『人を殺さないこと』『自らの利益の為に悪事を働かないこと』『2度と転生(リインカーネーション)のスキルを使わないこと』『ずっと人助けを継続すること』の4つだ。

 

 これから先、クローズが悪いことをせず、他の体を犠牲にもせず、世の中に貢献させる為の契約だ。4番目の契約は漠然としているが、その点も含めてクローズに考えてもらいながら頑張ってほしい。

 

 俺はグリメンツの書に契約を書き込み終えると仲間の同意の頷きと共にグリメンツの書に自身の血を一滴落とした。後はクローズが同意して自身の血を一滴落としてくれれば契約完了なのだが、クローズは契約の内容すら見ずに血を落として契約してしまった。びっくりした俺はすぐにクローズへ問いかける。

 

「おい! 契約を見ずに同意する奴がいるかよ! とんでもないことが書かれていたらどうするつもりだ?」

 

「ガラルド君のことだ、どうせ人を殺すなとか悪事を働くなとか、そんなところだろう? 敗者は大人しく勝者へ従うさ。そもそも私は脱獄する気はないしね」

 

「いいや、お前は牢屋に入れない。残りの人生を全て善行に捧げるんだ。ほら、これが俺の書いた4つの契約だ。もう血を落とした身だ、何がなんでも従ってもらうぜ」

 

 クローズはグリメンツの書を覗き込むと薄く笑みを浮かべて頷いた。そして、両手でディザールの遺体を担ぎ上げると魔力の羽を広げて、最後の言葉を呟く。

 

「大陸一甘い男であるガラルド君に従って、最後の1秒までお行儀よく生きると約束するよ。それがディザールに命を貰った私の答えだ。新生した私の最初の仕事は親友を思い出の地に埋めてくる事だ。故郷の外れにある五英雄たちが夢を語り合った、あの場所に」

 

 クローズはディザールを担いだまま、ふらついた飛行で俺達の前から去っていった。もう俺達が奴と会う事はないかもしれない。どうか契約を全うして生きていってほしいものだ。

 

 いや、ディザールの命を受け継いだクローズならきっと契約を守って生き続けてくれるはずだ。タイミングが合えば1年後の今日にディザールの墓で会える可能性だってあるはずだ。きっと、ディザールの遺体を埋める場所はペッコ村の外れにある五英雄がキャンプをした公園跡地のはずだから。

 

 

 

 

 

 

 廃王園(はいおうえん)から敵がいなくなり、長い長い戦争が終わった。後は拘束されている人質を解放してシンバードに戻るだけだ。

 

 俺は後ろを振り返り、皆の顔を見つめ、終わりの言葉をかける。

 

「これで戦いは終わりだ。さあ、帰ろう、俺達の街へ」

 

 

 

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