『何か』を失った俺達のリスタート〜やたら好感度が高い仲間達(知らない人)と、恋人を自称するヒロイン(知らない人)と、何も知らない俺〜   作:鴨山兄助

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第3話:chocolate bread【涙の理由は?】

 衝撃の転校生登場から数日が経過した。

 最初の騒乱は落ち着いてきて、クラスの中に流れた謎ゴシップは一瞬で鳴りを潜めた。

 これで来翔(らいと)の平穏な日常は無事戻ってきた……なんて事はない。

 

「ライト、一緒にご飯食べよ」

「さよなら愛しの半ドン」

 

 本日より全日授業が開始。つまり昼休みもあるのである。

 誰もが予想できた通り、ユキはさも当然のように来翔を昼食に誘ってきた。

 もはやクラスに人間は誰もそれを気にしていない。

 それもその筈。鶴城(つるぎ)ユキという女は転校初日から今日に至るまで、一日足りとも来翔へのアプローチをやめなかった。

 その結果どうなったのかと言うと、全員慣れてしまったのである。

 

「鶴城さん、女友達を作る気はないかな? つか作れ」

「ボクはライトとイチャつきたいから、それは優先度低め設定だよ」

「俺のメンタルが持たないって話で――」

「あと鶴城さんじゃなくて、ユキね」

「いや鶴城さ――」

「ユキ」

 

 笑顔、故に押しも強ければ圧も強い。

 本能的に逆らってはダメだと感じた来翔は、ただ一言「はい」と返した。

 だがそれはそうとして、今この女にホイホイついて行っては確実に喰われる。

 そう確信していた来翔は、ちょうど隣の席にいたメガネ男子を道連れにする事を決めた。

 

杖村(つえむら)、一緒に来てくれ」

「下の名前で呼んでくれるならな」

「なんで今そのセリフ吐いたんだよ! その感情の重さが怖いよ!」

「そういえば今日は食堂の気分だったな」

拓真(たくま)く〜ん、お願いだから助けて」

 

 その言葉を聞くや、拓真はメガネの位置を直して「仕方ねぇな」と乗ってきてくれた。

 来翔は心底複雑な表情を浮かべていた。

 

「オレも一緒でいいか鶴城妹」

「いーよ。タクマは邪魔しないって分かってるし」

「よし人選ミスった」

 

 クラスメイトを防御壁にしようとした者に天罰が下っただけである。

 来翔は全てを諦めて、大人しく捕食される未来を受け入れる覚悟を決めた。

 身長146㎝の女子に首根っこを掴まれて、廊下を引きずられながら来翔は中庭に移動するのであった。

 

「誰か助けてくれ」

 

 来翔がそんな言葉を吐いても、もはや校内では日常の背景と化している。

 誰一人として、助けてくれる者はいなかった。

 

 こうしてユキに中庭へと連行された来翔。そして傍観者の拓真。

 適当に空いていたベンチに座る事となり、ここで昼食を取る事が確定してしまった。

 なお拓真は気を遣ったのか、少し離れた場所に座っている。

 来翔は少し恨んだ。

 

「はぁ……」

 

 大きなため息を吐いて諦める。

 来翔は抱えていたカバンを開けて、本日の昼食を取り出す事にした。

 ユキも同じくウキウキの様子でカバンから昼食を取り出している。

 彼女が取り出したのは500mlの野菜ジュース。そしてチョコパンである。

 

「おっ、味の分かるやつじゃん」

「はむぅ?」

 

 チョコパンを小さな口で頬張りながら、ユキは来翔の方へと振り向く。

 来翔はカバンから取り出した昼食を、ユキに見せた。

 

「俺も同じチョコパン」

「…………」

「何故か最近マイブームなんだよ。特別好きってわけじゃなかったのにさ」

 

 そう言いながら来翔は手に持ったチョコパンの袋を開ける。

 その時ふと、来翔はユキが妙に静かになった事に気がついた。

 彼女の方に目線を向けると、ユキはチョコパンを咥えたまま、ポロポロと涙を流していた。

 

「えっ、なんで!?」

「気にひないで……ボクは、らいひょうぶらから……」

「全く大丈夫そうには見えないんだが」

 

 泣き顔を隠したいのか、ユキはチョコパンを食べながら来翔に背を向けてしまう。

 相当何か心に刺さったのか、嗚咽が聞こえてくる。

 よく見れば少し離れた場所で拓真も顔を覆い、声を押し殺して泣いていた。

 二人の涙の理由が全く分からない来翔は、ただただ頭上に疑問符を浮かべるばかりである。

 

(俺の知らないところで、何があったんだ?)

 

 思い返せば生徒会長である鶴城桃香(とうか)も、何やら奇妙な様子であった。

 だが来翔にとって一番不可解な事は、その面々である。

 拓真と桃香はこれまで全く交流が無く、ユキに至っては転校生である。

 何故彼らは自分をよく知っているかのような振る舞いをするのか。

 来翔はそこが一番分からなかった。

 

「はむぅはむぅ」

 

 珍妙な声を漏らしながら、チョコパンを頬張るユキ。

 よく見れば彼女の隣には、空いた袋が数枚積まれている。

 いつの間にかおかわりしていたようだ。

 小柄な割にたくさん食べるタイプらしい。

 

(変な挙動が無ければ、間違いなく可愛いんだけどなぁ)

 

 少なくとも見た目は来翔の好みではある。

 中身の奇行で評価が下がっているのも間違いはないが。

 来翔はつい無意識にユキの横顔を見てしまう。

 

「どうしたの? 婚姻届は来年からだけど」

「まずは脳からアクセルペダルを外してくれ。話はそれからだ」

「同棲予定だったのに」

「なんで今アクセルベタ踏みを選んだの!?」

 

 ユキの発言に来翔とツッコミを入れる。

 もう慣れすら感じてきた二人のやり取りをしていると、突然全校放送が流れ始めた。

 

『全校生徒に連絡します。至急各自の教室に戻るように』

 

 妙に緊張感のある放送が流れたので、来翔は怪訝な顔を浮かべるのであった。

 

 

 一時間後、来翔はユキと一緒に下校していた。

 

「そういえば途中まで同じ道だった」

「ボクこういうシチュエーションにロマンを感じるよ」

「普通ならそうだろうな。けど今日は事が事だからさっさと帰るぞ」

「とーぜん」

 

 全校放送の後、教室に集められた来翔達には下校の指示が出た。

 理由は非常にシンプルだが、旧時代の考え方だと現実味がない内容でもある。

『近隣の区域にイロージョンが発生。直ちに下校して帰宅するように』

 ただそれだけの指示だったが、その言葉に含まれている危険性は誰もが理解できていた。

 

 超能力共存社会が生み出した負の産物の象徴。

 それが『イロージョン』である。

 簡単に表現すれば、何らかの要因で 『Skill Editor』で獲得能力が暴走し、全身が異形のものへと変化した人間である。

 ある者はテレビ番組でバケモノと形容し、ある者は学会で人類の新たな進化形態だと言い張っている。

 だが多くの者はこう言い表す。昔の特撮に出てきた『怪人』のようであると。

 

「この辺でイロージョンが出たなんて話滅多に聞かないんだけどな。ユキも転校早々に災難だったな」

「…………うん、そうかも」

 

 何かが喉につっかえていそうなユキの返答。

 それが少し気になったが、来翔はユキを家に送り届ける事を優先するのだった。

 スマホに流れてくるネットニュースには『イロージョンを倒す正体不明の集団!』『謎のヒーロー(?)再び現る』などの荒唐無稽な記事が日頃流れてくる。

 だからと言って期待し過ぎるような真似は厳禁だ。

 来翔はあくまで現実的に、ユキを送り届ける気しか持っていなかった。

 

「家までの道案内は頼むぞ。送るから」

「えっ」

「こっち方面に帰るの俺らと会長くらいだろ? 女の子一人にするのは後味悪いんだよ」

 

 少し小恥ずかしくなって、来翔は赤くなった顔を背けてしまう。

 そんな彼を見て安心したのか、ユキはクスリと小さく笑った。

 

「やっぱりライトは変わってないなぁ」

「お前の中での比較対象が何なのか、俺には全く分からないんだけど」

「……分からないなら、それでもいいのかなって思うんだ」

 

 河川敷で立ち止まり、少し辛そうな笑みを浮かべてユキはそう言う。

 

「知らない方が良いこと。関わらない方が幸せだったこと。世界にはそんなのがありすぎるんだもん」

「……言いたい事は分かるけど、それは」

「明日を変える事にはならない。別の明日を選ぶだけ」

 

 自分が言おうとした言葉を一言一句違えず先に言われてしまう。

 少し呆然とするが、今のユキこそ知りたかった答えの一つなのかもしれない。来翔はそう思わずにはいられなかった。

 

「別の明日に進んでもいいし、それを否定はしない。だけど、もしも意地があるなら、今見えている明日を変えたい」

「……それは、誰の言葉なんだ?」

 

 その問いかけに、ユキは来翔をジッと見つめながら返答をした。

 

「ボクの、一番大好きな人だよ」

 

 心からの言葉。それが確かに伝わってきたからこそ、来翔は真実だと思いたくなってきた。

 同時に思う事は、気づかぬ内に自分が失っていたものについて。

 何かを失っているが、具体的それが何かが分からない。

 その事実に対する認識が入り込んでくるにつれ、来翔は酷くもどかしいものを感じていた。

 

「……あのさ」

 

 一度ユキから真実を聞いてみよう。色々考えるのは後回しで十分だ。

 そう思い立って来翔がユキに声をかけた次の瞬間であった。

 

「やっと、やっと見つけたぞ」

 

 限界まで怨念が詰まったような声が、二人の耳に入ってくる。

 来翔が振り返るとそこには、一人の男が立っていた。

 ボサボサになるまで放置されたような長い銀髪に、汚れた作業着を着ている。

 一眼では分からなかったが、恐らく年齢は来翔達と近い。

 だが少なくとも来翔には、このような知り合いはいなかった。

 

「誰だこい――」

七瀬(ななせ)礼司(れいじ)! なんでここに!?」

「えっ誰? ユキの知り合い?」

「トーカさんの一つ前の生徒会長だよ!」

 

 ユキに言われて、来翔もようやく思い出した。

 確かに前の生徒会長は銀髪の男子生徒であった。

 だがふと気づいた時には学校から居なくなっていたのである。

 来翔は特にその件に関して深くは考えていなかった。

 

「お前達のせいで牢屋に入れられて三ヶ月……ようやく復讐の機会を得たぞッ!」

「ユキさん、何やったの? いややらかしたのは旧会長っぽいけど」

「去年まで色んな人をイロージョンにしてた極悪人」

「一応分かりやすい説明ありがとう」

 

 とはいえ来翔も半信半疑。

 そもそもイロージョンを人工的に生み出すなど聞いた事がない。

 仮にそんな方法が悪用されていれば今頃一大ニュースである。

 

「三ヶ月前の屈辱、今ここで晴らしてやる!」

 

 そう言うと七瀬礼司は一台のスマートフォンを取り出して、アプリケーションを起動した。

 一瞬見えた画面は『Skill Editor』のもの。

 だが何かのアイコンが選択された瞬間、画面は見る見る内に禍々しい色合いへと変化していった。

 

《Impurity Wrath→ erosion……》

 

 通常ではあり得ないような、酷く邪悪さ感じるガイダンス音声が七瀬礼司のスマホから流れてくる。

 そして音声が流れた瞬間、ドス黒い炎が七瀬礼司の全身を包み込んだ。

 手に持っていたスマホも、彼自身の肉体も全て、黒い炎の中に溶けて変質していく。

 やがて体格は二メートルを軽く超える程に膨れ上がり、彼は黒い炎を力任せに振り払った。

 

「無理矢理の修復だったのでな。不純物も多いが問題はない」

 

 そこに立っていたのはコールタールのように黒い皮膚に覆われた、巨体の鬼。

 髪は白い炎で構成され、全身のあちこちにデキモノのような廃材が見え隠れしている。

 

 人間の異形化。来翔は間髪入れずに彼がイロージョン化した事を理解した。

 

「さぁ、復讐を始めようか……」

「ユキ、先に逃げてろ。時間稼ぎくらいなら」

「必ず殺してやる……殺してやるぞッッッ! 高杯(たかつき)来翔ォ!」

「俺なにしたのォォォォォォ!?」

 

 来翔の中で、見に覚えのない罪状がまた一つ増えていた。

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