固有スキル『ヘッドスライディング』   作:流石兄者

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今回は主に顔合わせがメインです。
レース回より盛り上がりどころは少ないとは思いますが、よければ読んでいってください。

また、前回の話にイラストレーターさんに描いて頂いた挿絵を追加しましたので良ければ探してみてください。


『非科学的』の語源みたいな女

 桐生院葵はまず、自分の目を疑った。

 何かの見間違いであると。そう、信じたかった。

 

 自分が手に持っている書類は公的な書類であり、そこに悪ふざけとしか思えない情報は一文字たりとも記載されることはない──

 

 はず、なのだが。

 

 目を擦っても、頬を叩いても、その文字列に変化はなかった。

 ならば、この書類に記載されているマネーガールの生徒情報は正しいものなのか? 

 

 この住所を記入する欄に書いてある『今のところトレセン学園』という文章は。

 この家族情報を記載しなければならないところに書いてある『家族:なし。母候補:スーパークリーク』という情報は。

 年齢のところに0歳と書いてあるのは。

 

 

 

 質の悪い冗談でないと言うならば、いったいなんだというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ……ひょっとしたら『ゴルシの仕業では?』なんてあらぬ疑いが生まれるかもしれないので答えを先に言っておくが、これは大いなるどこかの誰かさんによる仕業である。

 

 マネちゃんをトレセンに放り込むため、試験結果や印鑑まで完璧に偽造・生成されているが、書類の内容だけは割といい加減だった。

 

 たしかにマネちゃんは虚空からポン! とアホみたいな効果音と共に爆誕した為、家族はもちろん家なんて存在しない。

 故に記入できないし誕生してから一年も経ってないので嘘は書いてない。「0歳?」と聞かれたら「たぶんそう、部分的にそう」と答えるのが正しい状態だ。

 これでは偽造書類として片手落ちもいいところだろう。まあでも、正直でヨシ! 

 

「なんてひどいミス……。よし、本人に正しい情報を聞いて直しておきましょう!」

 

 担当ウマ娘が『雑にトレセン学園に放り込まれたTS転生ウマ娘』であるとは夢にも思ってない彼女は、これを『今世紀最大の書類ミス』と認識した。

 酩酊状態でもこんなこと書かないと思うよ? 

 

 変に思い切りのいい桐生院さんは職員室を飛び出し、愛すべき担当バ達がいるトレーニング場へ向かった。

 読んだマネちゃんの正気度を削るマネチャン異本を片手に。

 

 

 

 

 さて、せっかくのいい機会だし桐生院さんがトレーニング場に着くまでの間、マネちゃんの生活について語ってみようか。

 

 マネーガールが転生した後、まず心配したのは衣食住である。

 そしてこの問題は入学時点でクリアされていた。

 

 トレセン学園の寮にしばらく住むことができそうだと判明した時、マネちゃんは大いに喜び。

 教科書や筆記用具などが3年分詰め込まれた段ボールの山は、117号室を覗いたマネちゃんを驚かせ。

 食堂にて無料でご飯が食べれるとわかった時、マネちゃんは胸をなでおろした。

 

 だだ、至れり尽くせりなのはそこまでだった。

 

 私服らしきものは1着もなく、娯楽に使えそうなのはスマホのみ。

 女の子らしいカワイイ財布の中にはユキチさんが10人。そして通帳にはいっそすがすがしくなるほど堂々とという数字が主張していて。

 

 下手したら『3年間10万円生活』という黄金〇説もびっくりの状態になるかもしれないと考えたマネちゃんは極力出費を抑えることにし、私服は買わずお菓子など嗜好品も我慢することにしたのであった。

 

 それを何となく察したらしいハルウララ(大天使)

「ねえねえマネちゃん、にんじんプリンあげるから一緒に食べない? マネちゃんと一緒に食べるともっとおいしくなる気がするの!」

 という御言葉と共ににんじんプリンを授かり。

 それを「面目ねぇ、面目ねぇ……!」と号泣しながら食べたのは、つい最近のお話である。

 

 

 さて、話している間に桐生(院)ちゃんが練習場へとたどり着いたようだが、その視線の先では自身の担当バであるマネーガールとハッピーミークが何やらわちゃわちゃしていた。

 

 山のように聳え立つ瓦。その前になぜかバットを持ちながら立っているマネーガール。それをいつも通りの無表情で眺めているハッピーミーク。

 

 目の前で堂々と行われようとしている不正を止めたい気持ちはあるが、ちゃんと2人が仲良くやれているかどうかも気になる。

 桐生院さんは数秒迷った後、近くの物陰へと隠れた。好奇心の勝利である。

 

「よ、よーし。いきますよぉ。やってやりますよ私は! すごいやりますからね!」

「……バットはダメ。……ずる。拳じゃなきゃ……だめ」

「む、無理です! 私の今までの人生(前世含む)の中に、『武』という文字は1文字もなかったんですよ!?」

「バットじゃ逆に……手が痺れるかも」

「う……でも、こんな固い板にパンチするなんて、怖くてできないんです」

「……代わりに……割ってあげよっか?」

「み、ミーク先輩! いえ、今だけはこう呼ばせてください、ミーク先生! お願いします!」

「……ぶい。任されt

「任されちゃだめですよミーク!?」

 

 

 先輩と呼ばれ、さらに頼られてハッピーなミークに、桐生ちゃんの鋭いツッコミが飛ぶ。

 だがツッコミながらも、桐生院の心は安堵で満たされていた。

 

 

 

 

 桐生院さんのエントリーで場はさらにカオスになった。

 ものすごい早口で言い訳をするマネちゃん。そんな後輩をかばいだしたミーク。別に責めていない桐生院葵。

 そして最終的になぜか桐生院さんが瓦を粉砕し、2人に盛大な拍手をもらうという結果に落ち着き。

 

 そうして場が収まった後、桐生院さんが持ってきた厄介事の処理が始まった。

 

「マネーガールさん。お聞きしたいことがあるのですが……」

「はい? なんでしょう」

「……まずは、これを見てもらえませんか」

 

 そうして渡されたのは例の偽造書類。

 それを「なにこれ~」という軽い感じで受け取り読み始めたマネちゃんは、住所のあたりで眩暈を起こしよろめいた。

 

「だ、大丈夫ですかマネーガールさん!?」

「……平気?」

 

 2人の気遣いの声も届いていない様子のマネーガール。

 桐生院さんが顔をのぞき込むと、額には脂汗がにじみ、呼吸は荒くなり瞳孔が開いているのが見えた。明らかに正気度が削れている。

 まさしく『嘘でしょ……?』といったような状態だった。

 

「噓でしょ……?」

 

 今実際に言った。間違いないだろう。

 

「え、えーと、それで……私が間違いを正しておくので、正しい情報を──

「……ないです」

「え?」

 

 

「おうち、ないです。家族もいないです……」

「………………………………え?」

 

 

 まさしく、そこ(書類)に無ければ無いですね。

 現実は非情である。 

 

 

 

 一気にお通夜みたいな空気と化した練習場の一角。

 さらにマネーガールの服を黒い服に変えれば、通りすがりの人にマネちゃんの身内が死んだと錯覚させることすらできるだろう。身内居ないけどね。

 

 事情を聴きたいが、マネちゃんが見るからに絶不調を超えた絶不調となっているのでなんて声をかけてよいかわからずオロオロとしている2人。

 この状況に突っ込んでいけるのは、我が道を行くマイペースな人物であろう。

 

「おや、誰か死んだのかい? 出直したほうがいいかねぇ」

「……大丈夫です。誰も死んでませんよ」

「ならいいんだ。早速だがこれを飲んでくれたまえよ。お近づきの印の元気が出る薬。ちょうど今にぴったりの一品さ!」

 

 そう、たった今登場したアグネスタキオン(我が道を行くウマ娘)みたいなね。

 

 

「貴方は……」

「アグネスタキオンだ! おっと、君の自己紹介はいらないよマネーガール君」

 

 どうやらマネちゃんのことはすでに調べているらしい。マッドサイエンティストに知られてるって怖いね。

 

 体育座りをしているマネちゃんに向かって、薬をチャポチャポさせながらのっそりと近づいてくるマッドサイエンティスト。

 だがその間に桐生院トレーナーがマネーガールを守るように割り込みそれを阻止する。

 そしてそんな2人を尻目にミークはマネちゃんの頭を撫で、慰め始めた。

 

「申し訳ありませんが、マネーガールさんに得体のしれない薬は飲ませられません」

「元気の出る薬だといったじゃないか。嘘じゃないとも。最も、モルモット君に飲ませたら全身が光り輝いたけどねぇ」

「……元気出して」

 

「駄目じゃないですか!? それを聞いて許可を出すとでも!?」

「それ以外の副作用はないさ。安心したまえよ」

「……フレー、フレー」

 

「私に」

 

 マネーガールから放たれた言葉に二人は言葉を止め、マネーガールの方を見る。ミークは止まらない。

 マネちゃんの顔はこの短時間の間に血の気が引き蒼白となっていたが、その口から放たれる言葉は力強かった。元気出たのかもね。ぶい。

 

「私になんの御用ですか?」

 

 その問いに、アグネスタキオンは口元に弧を描きながら答える。

 

「君を研究したいのさ。

 あまりにも摩訶不思議で理解不能な、シャカール君を知恵熱でぶっ倒した君をね」

「嘘でしょ本当にごめんなさい!」

 

 知らないところで一人ノックダウンさせていたマネちゃんは、思わず心からの謝罪をした。

 

 

 

 

 

「この前の選抜レースを記録した映像を見たんだけどねぇ。何回見ても『突然発生した未知のエネルギーによって上空にふっとばされた』ようにしか見えないのさ」

 

 エアシャカール君が「こんなのロジカルじゃねぇ!」と叫んでたよハッハッハと笑うアグネスタキオン。

 それに対しマネちゃんは渾身の苦笑いで返すが、それを気にせずタキオンは話を続けた。

 

「あのウマ娘を吹き飛ばすほどの高エネルギー、あれを解き明かすことができたらレース界に革命が起こる。私はそんな気がしてならないのだよ!」

 

 まるで演説のようにバッと体を大きく広げながら放たれた言葉。その言葉に対する反応は三者三様だった。

 

 一人は警戒を解かず。

 一人はそもそも聞いているかどうか怪しく。

 そして最後の一人は──

 

 

「私も知りたいんです。私自身の体のことを」

「……ほう?」

「その薬を飲んだら、協力してくれますか?」

「マネーガールさん!?」

「もちろんさ。こちらからお願いしたいくらいだからねぇ」

 

 期待の眼差しを向けていた。

 

 

 

 これまでマネちゃんの心の片隅には「私が記憶喪失になっただけでどこかに家族とおうちが存在するのでは?」という淡い、淡い希望があった。

 だがそれは今日潰えた。

 

 それはマネちゃんに絶望をもたらしたが、同時に覚悟を抱かせた。

 

 他のウマ娘は『レースに命を懸けている』のかもしれないが、マネーガールは『レースに命が懸かっている』

 これには「まだ半分」と「もう半分」くらいの少しの違いしかないが、「まだ半分」と「もう半分」くらい絶対的な違いがある。

 

 勝てそうにないから諦める。その選択肢は存在しない。

 止まれない。なら、走り続けられるよう強くならねば。

 

 たとえ「そうです。私が担当トレーナーを光らせてるウマ娘です」とご丁寧に自己紹介してきたウマ娘が作った、クッソ怪しい薬だろうと。

 飲まなければ。勝つために。

 

 

 勝って、金を手に入れる。

 そしてその金で、未来を買うのだ。

 

 あと、ハルウララにお腹いっぱいのご飯やスイーツを奢らなければ。

 

 そう、マネちゃんは決意した。

 

 

 桐生院さんに頭を下げながら、アグネスタキオンに近づくマネちゃん。

『何が全身発光じゃ、こちとらやろうと思えば全身発火出来るんだぞ!』

 なんてことは微塵も思ってないだろうが、それくらい挑戦的な目をしながらマネちゃんは薬を手に取った。

 

 親指の爪をコルクに突き刺し、はね上げるように栓を抜き。

 マネちゃんは薬を呷った。

 

 薬品臭が鼻を突き抜け、

 喉が焼けるようにピリつき、

 後に残るはワザとらしいメロン味。

 

「味に気を使ってくれたんだ……」なんてことが脳裏によぎった、その瞬間。 

 ピロン! という聞き覚えのない効果音と共に、ある文章が味の感想を蹴散らしながら脳内に浮かんできた。

 

 

 

変化球『スターシェル(照明弾)』のコツを最大までつかんだ。

 

 

 

 突如ピシリと固まったかと思えば、何やら虚空に手を伸ばし始めたマネーガール。

 桐生院さんはそんな彼女を不安そうな目で見つめながらも、何やら既視感を覚え、

 アグネスタキオンは期待の感情を隠すことなくチェシャ猫のように目を細め、

 ハッピーミークは『あれ? もしこの子が全身発光して服が透けたらヤバくね?』ということに気づき、万が一の時着せるために上着を脱ぎ始めた。

 

 

 奇妙な動きを終えたマネーガールは近くに置いておいた、もはや半分ルナちゃん専用になっているバレーボールを手に取った。

 

 そしてトレーニングで何度も発動させたレーザービームを投げるときのように力を籠め、しかし頭には変化球を意識し。

『星の弾』を投げるのだったら空だろうと、そう思ったマネちゃんは夕暮れ時の茜色目掛けてぶん投げた。

 

 キュピーン

 

スターシェル(照明弾)

 

 

 その変化球は、主の手から離れた瞬間から輝きを放ち始めた。

 

ぐんぐんと高度が上がっていくにつれ、光度はさらに増していき。

 

トレセンの建物を超えた時には、太陽と見紛うほどの閃光が放たれていた。

 

 

「わぁ、おひさまが増えた! お友達連れてきたのかな? こんにちはー!」

「うぉっまぶしっ!」

「何の光ィ!?」

「マヤわかんない……」

「データベースにない現象を確認。理解不能。ステータス「頭痛」を確認。現象に対する分析を停止。休息へ移行します。

 ……………………………………?????」

 

 突如発生した謎の光源に対し混乱状態に陥る周囲。

 マネちゃんが景気よく上空にぶち上げた為、多くの人に目撃されてしまった。しばらくの間、トレセン学園はこの噂で持ちきりになることだろう。

 

 そんな混乱を引き起こした張本人であるマネーガールは、光るバレーボールを見ながら笑っていた。

 またしてもレースで使えないものにスキルポイントを支払ってしまった後だというのに。

 

「どうです? 解明できそうですか?」

 

 空を見続けながらそう語りかけた相手は、まさかこの場で超常現象を起こされるとは思ってなかったアグネスタキオン。

 だが彼女は、冷や汗を流しながらも実に愉快そうに空を見ていた。

 

「これから忙しくなりそうだよ、モルモット君」

 

 そんなアグネスタキオンの呟きは、ざわめきに溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 説明

 

 

〈マネーガール〉

 

 この前、突然現れたマックちゃんが目の前で右往左往した後、結局何も言わずにピューっと逃げていくというイベントに遭遇した。

 2枚のチケットらしきものを握っていたけど、なんだったんだろうね。

 

 マネーガールのひみつ①

 実は、「知っている野球選手の名前、1人だけ挙げて」と言われたら元日ハ○のイ○スラーと答える。

 質問者とマネーガールの友好度が一定以上だった場合、そのままモノマネに移行する。

 

〈桐生院ちゃん〉

 

 選抜レースで見たマネーガールの狂気的な目の理由が分かった気がした。

 それはそれとしてこの書類どうしよう。

 

〈ハッピーミーク〉

 

 とんでもない後輩が出来たな~とは思っているが、それでも嬉しい気持ちはある。

 

 この後マネちゃんにお願いしてスターシェル(照明弾)を夜空に投げてもらった。

 光る球体がふわ~っと空に浮かび上がっていく姿は、光るクラゲみたいで気に入ったらしい。

 

〈アグネスタキオン〉

 

 シャカール君がこの噂を聞いたらまた倒れてしまうねぇ、と憂いている。

 

〈モルモット君〉

 

 フゥン……説明と言われてもねぇ、モルモット君はモルモット君だよ。

 それ以上でもそれ以下でもないんだが。

 

 まあ、強いて言うのであれば……

 モルモット君は毛艶がいいねぇ。ゴールドシチー君が羨ましがっていたほどだよ。

 あとなんかふわふわしてるねぇ。一緒にいると時々アヤべ君がうずうずしているのを見かけるよ。

 

 参考になったかい? 

 

 

 今回登場した変化球

 

スターシェル(照明弾)

 

 アグネスタキオンとのイベントで特定の選択肢を選ぶと入手できるオリジナル変化球。

 ボール自体が発光しておりクッソ眩しく、打ちにくい。

 

 どれくらい明るいかというと、ダイタクヘリオスくらい明るい。

 ただしその特性上、当然キャッチャーも眩しくなんにも見えない為、ピッチャー自身がキャッチャーミットに向かって投げ込まなくてはならない。

 そのためストレートしか投げられず、相応のコントロール技術も求められる。

 

 無人島に漂流した時とかには救難信号として大活躍するだろう。

 まあ、普通に過ごしていればそんなことは起こらないだろうけどね。




 お金稼ぎと言っても、どのレースを走らせればいいかわからないねぇ。
 どのレースがいつやってていくら手に入るかさっぱりわからないねぇ。

 調べておいてくれよトレーナーくぅん、私に尽くすのが君の役目じゃないか。
 まさか断るつもりじゃないだろうね。

 えぇー!?ほんとに断るのかい!?ちょっと待ちたまえよ藤○君。この僕が頭下げて頼んでいるんだよ?

 フゥン、そうかい。
 いいとも!せいぜい僕が必死こいてネットの海を泳ぎ続けるのを眺めてるといいさ!まったく薄情なやつだよ康一くんは!
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