造花を持ったプロデューサー   作:宮田宮田

1 / 6
造花を持ったプロデューサー

「藤田ことねさん、貴方をプロデュースさせてください」

「……へ?」

 

 放課後、バイトへ急ぐ私の前に現れた、大輪のバラの花束を持った男はそう言った。

 

 あまりの唐突さに、私は昨日のバイトでクレームが入った時以来の目眩を感じた。

 

 だって、そんなことを言われるわけがない。

 これまで一度たりとも見たことのない人から、突然プロデューサーになりたいと言われるなんて、どんな状況だ。

 

 確かに私、藤田ことねは、初星学園のアイドル科という、アイドルを育てるための学科に通っている。

 そこにはプロデューサー科がある大学も併設されており、こういったスカウトは頻繁に行われているという。

 

「なんで、私なんですか?」

 だが、スカウトされるのが私だと話が違う。

 確かに見た目は可愛いが、アイドル科での成績は正直微妙だ。

 名前を知っているなら、そこもわかっているはずだ。

 

「貴方なら、世界で一番輝くアイドルになれると思ったからです」

 

 即座に答えが返ってくる。

 聞かれることは、最初からわかっていたのだろう。

 

 改めて、目の前のプロデューサーを見る。

 学生にしては少し大人びた顔で、細いスクエア型のメガネをかけている。

 着ているスーツはピシッとしている。クリーニング屋歴一年の私でも、ここまでの仕上がりに出来るのは三回に一回だ。

 

 そして何より目立つのが、その両腕に抱えたバラの花束だ。

 

「はっ!だったらその、バラは何ですか!?普通、プロデュースする相手にバラは持って来ないでしょ!」

「ああ、コレは貴方に渡すものではありません。単なる造花ですよ。それに花は、プロデューサーよりファンから貰うべきでしょう」

 

 確かに少し落ち着いて見れば、葉脈もなく、茎のあたりにテープで巻いた跡がある。

「へえー、じゃあこの後、私のプロデューサーになったらそのまま他の女を口説きに行くんですか?忙しいですねぇ」

「いえ、まず方針を伝えます。そして明日からのメニューも伝えて、バイトの時間を調整して貰います」

「思ってたよりマトモな回答が来た……」

「当然です。キッチリとプロデュースの準備はしています」

 

 改めてプロデューサーを名乗る男を見る。怪しすぎる。

 いや、バラの花束がなければ、疑いながらもついて行ったと思う。でも、造花のバラ……

 

「信じて貰えていないようですね」

「そうですねぇ。ちょおっと、信じる理由がないですかね」

「でしたら、一先ず信じて貰うために一つ、受け取って欲しいものがあります」

「なんですか?お金だったら受け取りますケド……」

「残念ながら、お金ではありません」

 

 そしてその人は、ポケットの手帳の中に挟み込まれた薄っぺらい一枚の紙を、私に向かって差し出した。

 思わず、受け取ってそこに書かれた文字を読む。

 

 ¥445000

 

「……へ?」

 それは、振替払込受付証明書だった。

 振込先は、初星学園。

 振込者の名前は、藤田ことね。

 

 当然、払った覚えはない。丁度この額の金を工面するために、今、私は睡眠を削ってバイトを詰め込んでいるのだから。

 

「あなたの半年分の学費です。これで、話ぐらいは聞いて貰えますか?」

 

 私のバイトは、大体時給で千五百円程度。

 つまり、この紙切れ一枚には、三百時間以上の労働分の価値がある。

 そんなものを見ず知らずの人から貰うなんて、なにか裏があるに決まっている。

 

「いくらでも聞きますっ!」

 でも、その紙を手放すことはできなかった。

 

 

 

「さて、ではプロデュース方針を伝えます」

 

 私は、プロデューサー志望に誘われるがまま近くの空き教室に座って話を聞いていた。

 だって、ズルじゃん。

 こんな大金、手放せるわけがない。

 

「えーっと、私まだプロデュースしてもらうって決めたワケじゃないんですけど……」

「ではそのポケットの中の紙は返却下さい」

「あっ、されます!私があなたのアイドルでぇす!」

「……では、まず最初に契約を結びましょう」

 

 急に出てきた怪しげな響きに、今すぐ逃げろと直感が囁く。

 でも、流石にこの金を持ち逃げするのは余りにも……

 

「単純な契約です。今から一か月間、私は貴方のプロデューサーになる。そして一か月後、貴方はその紙の所有権を手に入れる」

「……へ?」

 

 聞き間違えたか、と思って聞き返そうとするが、目の前に全く同じ文言が書かれた書類が突き出される。

 

「初星学園プロデューサー科には、法律の授業があります。プロデュース業を行う上で、契約は必須ですから」

「ええっと、でも、私には、一か月プロデュースされるだけで四十五万貰えるって聞こえたんですけど?」

「捉えようによっては、そうなります」

「そ、そんな上手い話があるわけ……」

 

 その人はメガネをクイ、と持ち上げると、最後に一文を書き加えた。

 

『一か月を過ぎた後、藤田ことねが望むなら、プロデューサーは二度と藤田ことねに話しかけず、顔を合わせた場合は速やかにその場を去るものとする』

 

「!!!?」

 つまりこの契約書にサインするだけで、

一か月間プロデューサーの指導を受けられる上、一か月後には授業料を払える。

 ついでに話していて問題があるとわかれば、二度と近づかないでくれる。

 

「エット……流石に話がうますぎません?」

「いいえ、貴方のような、才能を持ったアイドルをプロデュースできるならこのぐらい当然です」

 

 怖いぐらい嬉しいことしか言わない。

 なんだこのプロデューサー、私の妄想か?

 

「納得いただければサインを、そうでなければ返却を。勿論、質問は幾らでも受け付けます」

「……じゃあ、最後に一つだけいいですか」

「勿論です」

 

 この話は、きっとこのプロデューサーが、絶対に断られないように計画を練りまくった結果生まれたものだ。

 私が思いつくような疑問点など、すぐさま契約書に一文を加えるだけで解決されてしまうだろう。

 

 だから、聞くべきなのは一つ。

 

 今、私が一番知りたいことだ。

 

 

 

「私は、アイドルになれますか?」

「必ず、私がしてみせます」

 

 一歩、踏み出す。

 そしてスーツの胸ポケットに入った万年筆を抜き取ると、一気に紙に書き殴る。

 

 電車での移動中、バイトの空き時間、ずっと考え続けた自分を示す文字列を。

 

「……出来た!」

 改心の出来だ。

 そうでなきゃ困る。

 だってこれは、世界一のアイドル藤田ことねが、初めて書いたサインなのだから。

 

「一か月間よろしくお願いしますね、プロデューサーさん!」

「ええ、まずは一ヶ月、よろしくお願いします」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。