「契約が済んだところで、プロデュース方針を話します」
「あ、そのぉ、申し訳ないんですけど、実はこのあとバイトが……」
「これより一ヶ月、バイトは禁止です」
「うええええええっ!?」
抗議の声を上げようとするも、プロデューサーはピシリと指を立ててポケットを指す。
そのために金を渡したのだと言わんばかりに。
「はぁい……でも、今日急に行かないのは迷惑かなあって。金曜日で、しかも飲食店ですよ?」
「問題ありません。代わりの用意もプロデューサーの役目です」
「えっ、そんなことまで出来るんですか?」
「ダブルブッキング論は、プロデューサー科の授業に存在します」
「何を論じるんですか?」
「それはまた今度、時間のある時に。ともかく、貴方の最初の仕事は、プロデュースされるための準備です。全てのバイトに断りを入れて下さい」
そう言うと、プロデューサーは少し駆け足で教室を出ていった。
教室には、私と花束だけが残されている。
「あっ、花束……!」
返そうか、とも思ったが、流石に大人の男の人の走る速度には追いつけそうもない。
そして連絡しようにも、まず連絡先を知らない。
「……どーしよ、コレ」
仕方なく、花束を抱えて家へと向かう。
家、と言っても初星学園の真横に建てられている、初星学園アイドル科専用の学生寮だ。
「ほら、見て!あの子だよ、放課後にプロポーズされてた……」
「えっ!?嘘!って、本当だ!花束持ってる!」
なので当然、放課後に花束を持って校庭で話し込んでいた男女の話なんかは既に広まっている。
私は恋愛なんかに現を抜かしてる暇なんてないんですよ!と叫びたい気持ちを抑え込み、学生寮の中へと入る。
「何、退学したの?」
その瞬間、失礼すぎる声が飛んできた。
この全く遠慮のない言い方は間違いなくヤツだ。
「なんでそんな誤解が生まれたのか、教えていただけませんかねえ、手毬様」
そう、彼女は月村手毬。
初星学園の中等部からの内部進学組だ。
もっとも、落ちこぼれの私とは違って相手は中学ではトップアイドルだったほどの実力者だが。
「花束持ってるから、そういうことかと」
「せめて卒業だろーがよっ!」
「ことねの成績じゃ、飛び級なんてできっこないでしょ。それに、花を買うような余裕もない」
「もしかして私、喧嘩売られてる?」
だが、言っていることは何一つとして間違ってない。
実力は足りてないし、花を買うようなお金も……って考えてて嫌になってきた。
「この花は私のじゃないの!忘れ物を預かっただけ!」
「そんな花束、忘れないと思うけど」
「いや、それに関しては返す言葉もないけど、あの人は忘れてったの!」
「あいつ?」
「プロデューサーだよ!」
「誰の」
「私の」
手毬はそっとポケットからマスクを取り出すと、顔に付けた。
「早く部屋に戻って。伝染されると迷惑」
「風邪引いて幻覚見たわけじゃないっての!本当に、私に、プロデューサーがついたの!」
「へえ。なんて人?」
「えーっと、メガネかけてて、スーツで、強引で、無茶苦茶で」
「なんて人って聞いたんだから、名前まずは名前を言ってよ」
はいはい、と答えようとして、その先が続かない。
そういえば、出会ってから一度たりとも名前を聞いてない。
「さ、さぁ?」
「は?プロデューサーの名前が答えられないって、どういうこと?」
「私だっておかしいって思うけど、でもあいつ名乗らなかったし……」
「……何かを考えるのは自由だけど、口にするのは責任が伴うからね」
「妄想扱いすんな!」
「はあ……大体、名前聞いてないなら連絡先でも見れば良いでしょ」
確かに良い案だ。
普通なら、アイドルとプロデューサーは連絡先を交換する。
普通なら、なんですけどね。
「…………」
「…………」
「しょうがないから、医務室まで連れてってあげる」
「大丈夫!本当に大丈夫だからっ!」
ああ、同期ってなんて脆い関係なんだろう。
これまで、三年も同じ学校に通っているのに、プロデューサーが出来たという言葉の一つも信じて貰えない。
というか、あのプロデューサーも信じさせるための努力を省きすぎ。
あのときは流されて完璧に準備されてるとか思ったけど、スポンジぐらい穴だらけじゃん。
これ以上話を続ければ、恐らく医務室送りが確定する。
せっかくプロデューサーを手に入れたのに、それは御免だ。
私は全速力で階段を駆け上がり、自室に駆け込む。
こんなとき色々聞いてくる同室の娘がいなくてよかったと思うべきか、相談出来る相手がいないことを悲しむべきか分からないまま、ベットに倒れ込む。
目を瞑って思い浮かぶのは、あの名前すら知らないプロデューサーの顔だった。
「信じて、いいんだよね?」
この週末は、プロデューサーに代理を用意してもらった分以外のバイトは入れていない。
それまでこの不安な気持ちを抱えることになるのかと思うと、気が滅入る。
「……ん?」
プロデューサーバイトの代理を用意した。
つまり、バイト先にはプロデューサーの知り合いがいるはずで。
「あーーーーーーーっ!??」
思わず叫び、そして自分のバカさ加減に呆れながら走る。
バイト先に行けば、プロデューサーと連絡を取れる!かもしれない!
どうしてこんなことすら思い浮かばなかったのだろう。
スマホと、一応財布を握りしめて全速力で部屋を飛び出す。
私、こんなに速く走れたんだ、なんて思うぐらいの速度でバイト先に到着。
「いらっしゃいませーっ!」
プロデューサーのハツラツとした入店の挨拶。
「なんで?」
「一名様でよろしかったですか?」
「聞けよ」
「今はバイト中なので個人的な質問などはご遠慮下さい」
「シフト把握してる相手にその態度とるなら退店凸されても文句ないですよね?」
「はい。それまでこの社割クーポンを使って食事をしていて下さい」
「私も持ってるに決まってるでしょ。いらんわ」
いつも通り、社割クーポンで一番安くお腹いっぱいになれるメニューを頼み、到着を待つ。
今日のバイトは十時までだけど、流石にそれだけで粘るわけにもいかず、ひたすらドリンクバーを頼み、啜る。
そして暫くスマホを弄り続け、段々と眠くなってきた頃、ようやくプロデューサーがバックヤードへと引っ込む。
すかさず私もそれを追いかけ、出口で待ち構える。
「おまたせしました」
「ええ、すぅっごく待ちました。じゃあ、話を聞かせてもらいましょうか?」
「では、許可は取ったので席に戻りましょう」
プロデューサーは私の怒りをよそに、自分の分だけお冷を取って私の正面の席に座った。
「何でしょうか」
「名前!」
「はい?」
「私、プロデューサーの名前も聞いてないんですけど!」
プロデューサーはこれまで一度も見せなかった、驚いたような表情を見せる。そこで?
「不要でしょう」
「必要ですが!?」
「いいですか、藤田ことねさん。貴方のプロデューサーは私だけです」
「そうですね」
「ならプロデューサーと呼べば良い。それ以外は不要です。」
「んなわけねえでしょうが!?」
大声で文句を言っても、プロデューサーは全く動じない。
どころか、怒れる私をよそにスマホを弄り始めた。
「話を、しませんかねえ!?」
「すみません、いつでも連絡できるよう連絡先の交換をしようと思ったのですが……」
「あ、それならいいです。しましょう」
QRコードを読むと、SNSの友人欄にポコンと名前が増える。
そう、プロデューサーが。
……画面に、プロデューサーと表示されている。
「何でSNSの名前がプロデューサーなんですか?」
「プロデューサーだからです」
「私以外にもコレで表示されるけどいいんですか?」
「親はアイドルが見つかったのか、と喜んでいるようです」
「めっちゃいい親じゃないですか」
もしかしてこの人、親以外と連絡先交換してないのかな……
可愛そうだから多めにメッセージ送ってあげるか。まずは適当なスタンプを連打して、と。
「連打はやめて下さい。それで、バイトは断ってくれましたか」
「あ、わ、忘れてました。あはははは……」
「今すぐにやって下さい。ついでに今やっているバイトを全部教えて下さい」
「それはちょっと……」
「私のためです。お願いします」
そう言ってプロデューサーは机に頭を付けた。
形だけの願いではなく、本気のお願い。
大金を払ってまでプロデューサーになってくれたのだから、このぐらいは従わないと可愛そうだろう。
「ええっと、じゃあ連絡先は全部送ります。休みの連絡も、今しました」
「ありがとうございます。これでようやく、プロデュースの話が出来る」
「!」
「では、藤田ことねさんに質問です。貴方にアイドルとして足りないものは何ですか」
「アイドルとして……」
やっべー、全く心当たりがない。
だって、これまでなんだかんだ三年間、努力を重ねてきた。
歌もダンスもビジュアルも、ずっと休まず鍛え続けた。
でも成績が上がらないのだから、何かが悪いはずなのだ。
「貴方に足りないのは、華です」
「華……ですか?」
「そうです。藤田さん、あなたはダンスが上手い。そして歌も人を惹きつける力がある。更に、非常に可愛らしく華があります」
こんなに褒められるの、久々過ぎて照れる……って華あるのかないのかどっちだよ。
「ですが、その華は生まれつきのもの。それが、ステージの上で輝けない理由です」
「えーっと?」
「例えば、貴方は花屋でバイトをしていますね。そこにある華は、どんな扱いをしても同じように咲きますか?」
「そんなわけないですよ。丁寧に世話をしなきゃ、すぐに枯れたり、病気になったりしちゃいますよ」
どうして、そんな当たり前のことを聞くのか全く理解できない。
ずっと咲き続ける花なんて、あるはずがないのに。
「ですが、アイドルは緊張必至の大舞台でも、体調不良の時でも、最高の笑顔でいることが求められ続けます」
「花の例えでいうと、適当に世話をされてもキレイに咲かなきゃ、ってことですか?」
「その通りです。特に、人気が出て忙しくなればなるほど、体調を気遣う暇は減る。それでも輝くのが、アイドルです」
確かに、プロデューサーの言うとおりだ。
ライブなら、ファンは数千円もの金を払って見に来る。
テレビの出演なら、数十万もの依頼料を貰って出演してもらうという。
それだけの金を払って見たアイドルの顔が、体調不良や緊張で輝いていない。
そんなアイドルのライブに、もう一度足を運ぶだろうか。もう一度、仕事を頼むだろうか。
答えはNOだ。
「だから、貴方に必要なものはコレです」
そう言うと、プロデューサーは懐からいくつかの花びらと棒を取り出し、それを滑らかな手つきでテープで巻いた。
本物の花には敵わないが、それでも十分に美しい造花が出来上がった。
「造花……」
「はい。いついかなる時でも同じ美しさを保つ、造り物の華。これから暫くの間、貴方には笑顔の特訓をして貰います」
「いつでも、最高の笑顔を浮かべる特訓ってことですね!」
言われてみれば、笑顔の特訓なんて真面目にやった覚えがない。
だって笑うだけなら、いつもやっていることだから。
「はい。訓練は月曜日からです。放課後、授業が終わったら即座に連絡を」
「勿論です!」
「それと、不調な時に笑顔をつくるのも大事ですが、好調を保つことも同様に重要です。これからは夜十時にはベットに入って下さい。その他の注意事項も送っておきます」
ピコン、とスマホの通知が鳴ったのでメッセージを確認すると、画面全てを埋め尽くしても足りないほどの文章が表示される。
そっとアプリを閉じる。
「良い判断です。今日読んでいては就寝が遅れるので、明日読んで下さい」
「そもそも読みたくない文量なんですが?」
「明日は休日です。その程度なら読めます。さて、それでは今日最後のプロデュースです。藤田ことねさん、笑って下さい」
「……へ?」
「貴方は、今ステージの上に立っています。そこから、ファンに笑いかけて下さい。三、二、一」
「へ!?ちょっと待ってくださいっ!?」
突然のカウントダウンに慌てた私は、引きつった笑顔を浮かべた写真を撮られてしまった。
「酷いですね」
「消して下さい!」
「わかりました。消します。他に、何か聞いておきたいことはありますか?」
「えっと、ありません」
「そうですか。また気になることがあれば、いつでも仰って下さい。では」
そう言ってプロデューサーは、私が会計を済ませるのを待ち、寮の前まで送ってくれた。
が、時刻は十一時。当然寮の門限はとうに過ぎている
「ことね、門限を過ぎないようにってあれだけ言ったよね?」
「うげっ、麻央ちゃん先輩」
私を含め、アイドルを目指す学生は、大抵頑張り過ぎる。
それを抑えるために寮には門限が定められており、そしてそれを守らせるための権限を与えられているのが、同じアイドル科三年の、有村麻央寮長だ。
「その呼び方もやめなさいって言ってるだろ」
「はあい、麻央寮長。それじゃあ失礼します」
「待ちたまえ。呼び方に対する注意は終わったが、門限破りへの注意はまだ終わらないよ」
「そ、そんなあ……」
「有村麻央さん、ですね。申し訳ありませんが、今日のところは見逃していただけませんか?」
そうだ、今日はプロデューサーがいる!
いくら麻央ちゃん先輩が三年でも、プロデューサーは大学生だ。なんやかんやで上手く丸め込んで、説教を回避してくれるはず……!
「……あなたは?」
「申し遅れました、私は藤田ことねのプロデューサーです。本日は、その交渉を行っていたせいで遅くなってしまいました。今後、藤田ことねがアイドルとしてやっていくためには、必ず必要なことだったのです」
「ふうん、君が……でも、それは今日じゃなきゃ駄目だったのかな?明日は土日だ、幾らでもじっくり話が出来たはずだよ」
プロデューサーはすっと無言になり、腰を四十五度に曲げた。
「仰る通りです。寮の規則については把握していましたが、できる限り早く話を進めたいという思いから、無視してしまいました。申し訳ありません」
「大学生口弱っ!?」
「状況が完全に不利です。謝るしかありません」
「いやいやいや!確かにそうですけども、こんなすぐ負けないでくださいよ!」
ギャーギャーと騒ぐ私たちを見て、麻央ちゃん先輩は両手を叩いて黙らせた。
そしてその可愛らしい目をキッと細めて、プロデューサーに語りかける。
「その謝罪に免じて、と言いたいところだけど、ことねはずっと規則違反を繰り返している。これまでは個人の問題として許していたが、プロデューサーがいるなら話は別だ」
「えっ、どういうことですか?」
「監督者としての責任だよ。プロデューサーは、アイドルの行動に対する責任を取るのも仕事だ。当然、プロデューサーはそれを分かっているだろう?」
私のせいで、プロデューサーに迷惑がかかる。
そもそも、今日門限を過ぎたのは、私がバイトを門限を過ぎる時間まで入れていたからだ。
プロデューサーはそれを、最初から自分のせいだとして誤っていた。
なんで、そこまでするんだこの人は。
「では、責任を取って私は初星学園を辞めます」
「なんでそこまですんのこの人!?」
思わず叫んじゃったじゃん!
なんでプロデューサーになったその日のうちにプロデューサー辞めようとしてんの!?
ほら、麻央ちゃん先輩も流石にそこまでしなくても、って顔してる!
「ですが、今回は許してください。次回以降、もし藤田ことねが寮の規則に違反するようなことがあれば、私に報告下さい。即刻、退学届を提出します」
「なるほど、責任を取るということか。それなら、今回は多めに見よう。でも、次はないよ」
「ぷ、プロデューサー!何も私のためにそこまでしなくても!」
「……さて、これで話は終わりだ。今すぐ部屋に戻りなさい」
麻央ちゃん先輩はそう言うと、私の肩を掴んで寮の中へと押し込み、玄関の鍵を閉めた。
「それじゃあ、もう門限に遅れないようにね」
プロデューサーを退学にされてはたまったもんじゃないし、流石に罪悪感が湧く。
私はこくこくこくと何度も頷いて、すぐさまベッドに入った。