造花を持ったプロデューサー   作:宮田宮田

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第3話

「はい、それでは笑って下さい」

 

 私は笑う。

 

「いいですね、もう少し右の口角を上げるともっと良くなりますよ!」

 

 私は笑う。

 

「いいですよ、良い笑顔です。ですが、ライブは同時に複数の方向から見られるものです!顔を向けていない方向へも意識を向けて!」

 

 私は笑う。

 

「いいですよ、かわいいです!」

 

 ヤバい、めっっっちゃ楽しい、このトレーニング。

 笑顔が良くなってる感じがあるし、ずっと可愛いって言って貰える。

 

 今日のトレーニングは、事前に聞いていた通りひたすらに笑うだけ。

 本当に、ただそれだけなのだ。

 基本は座ったままで、たまに立ってのポーズを挟む程度。

 

 なのに常に歓声が届く。

 承認欲求が爆速で満たされていく。

 そうだ、私ってかわいいんだ。かわいいんだよ。そうだった。

 

「それ、プロデューサーってより熱心なファンじゃない?」

 それを一気に冷ますような、失礼すぎる一言。

 本当に、金曜といい今といい、余計なことばっか言いやがって……!

 

「何しにきたの、手毬。今私レッスン中なんですけど?」

「コレがレッスン?単に持ち上げられてるだけじゃない」

「いいえ、これはレッスンですよ月村手毬さん」

「どこが?」

「では、結果を見せましょう。藤田ことねさん、笑って下さい」

 

 私は少々戸惑ったものの、練習通りに笑顔を浮かべる。

「へえ」

 何その反応。すっげえムカつくんですけど!

 

「でも、プロデューサーがついただけでなれるほど、アイドルは甘くない」

「その通りです。だから藤田さんは、今からレッスンに集中しなければならないのです。今日のところは、お引き取り願えませんか?」

「……なんであんたは、こんな落第生のプロデューサーになったの?」

 

 どこまで失礼なんだコイツ!と叫びたい。

 でも私が選ばれた理由をもう一回言って欲しいので必死に堪える。

 

「藤田さんなら、世界一輝くアイドルになれると思ったからです」

「そーゆうことっ!プロデューサーは私を最高のアイドルにしてくれるんだから!」

「そう。そこまで言われると、私もそのプロデューサーが気になって来た。どう?私をプロデュースしてみない?」

「なんでそんな話になるんだよっ!バカっ!私のプロデューサーだっての!」

 

 あ、つい勢いで私のプロデューサーって言っちゃった……仮契約なのに。

 

 しかしプロデューサーは手毬の言葉も私の言葉も否定せずにメガネに指を当てた。

 

 え、嘘、まだプロデュース開始三日目で他のアイドルのプロデュース始めるつもり?一か月やるって話どうなったの?

 

「残念ですが、私には月村さんが藤田さんより輝くアイドルになれるとは思いません」

「っ、私が、ことねより下だと!?」

「そうです」

「いいぞー!もっと言ってやれー!」

 

 散々人のこと落第生だとかバカにしたんだからこれぐらい言われて当然だ。

 そう、このプロデューサーは、何故かわからないけどありえないぐらい私のこと好きなんだからねっ!

 

「ですが、藤田さんに契約を切られた後ならいいですよ」

「「はい?」」

「聞いていませんか?私は一ヶ月以内に藤田さんを納得させられなければ、契約を切られるんです。一応は、そこで合格することで実力を見せようと思っています」

「へえ。一か月以内ってことは、あのオーディション?」

「そうです。貴方も参加するんですか?」

 

 なんか私の知らないところで話が進んでいってない?

 オーディション?手毬も出るって、じゃあ私落ちるじゃん。何考えてるのこの人。

 

「じゃあ、そのオーディションで私が勝ったら、ことねより私のほうが良いアイドルってことになるよね?」

「……そうですね。そう言えます」

「その時は、今のセリフを撤回した上で私のプロデューサーになって。見たところ、いないよりはマシそうだし」

「だ!か!ら!なんで私抜きで話を進めてるわけ!私のプロデューサーなんだっての!」

「仮プロデューサーでしょ?」

「では、こうしましょうか」

 

 プロデューサーは突然、一枚の白紙を取り出すと、そこに万年筆で文字を刻んでいく。

 

一か月後のオーディションにおいて、月村手毬が合格した場合、私は月村手毬のプロデューサーになる

 

「これでよろしいですか?」

「ちょっとプロデューサー!?」

「言いたいことはわかりますよ、藤田さん」

 

 そう言うと、紙に更に一文を付け足す。

 一か月後のオーディションにおいて、藤田ことねが合格した場合、月村手毬は藤田ことねの仕事を全力で支援する

 

「これ、どういう意味」

 そうなれば、当然怒るのは手毬だ。

「そのままの意味です。落第生に負けるようならば、アイドル失格でしょう?アイドルを辞めて、他の道を探した方が良い。まあ、負けると思うなら断ってもいいですが」

「いいよ。そこまで言うんだったら乗ってあげる」

「ねえ!誰か私の話を聞いて!」

 

 私の叫びをよそに、手毬は万年筆を受け取って慣れた手つきでサインを描く。

 何百、何千と繰り返してきたからこその洗練された『アイドルのサイン』がそこに刻まれる。

 

 ただサインを書いただけで、月村手毬というアイドルが、どれだけ圧倒的な人気を誇ったのか思い知らされた。

 

 ああ、勝てない。

 

 手毬に落ちこぼれと言われて怒ったけど、落ちこぼれなのは事実だ。

 毎回補習だし、一度たりとも、オーディションなんて受かったこともない。

 そんな落ちこぼれが、中等部でずっとトップアイドルで居続けた相手に、どうして勝てるんだ。

 

「……私じゃ、勝てないじゃん」

「いいえ、貴方は合格します」

 

 声がした。

 いつだって私に都合のいいことばかり言う、全く何考えてるか分からない人の声。

 

「私は、貴方がトップアイドルになれると信じています。そしてそのためには、現トップとの勝負をして、成長して貰う必要があります」

「で、でも、一ヶ月ですよ?たった、たった一ヶ月!それでどうにかなるわけ!」

「してみせます。それが、プロデューサーの仕事ですから」

 

 まったく、全然わからない。

 なんでこの人ずっとこんなに自信に満ち溢れてるのか。

 なんでこの人は、こんなにも私を信じているのか。

 

 でも、信じたい。

 私だって、輝けるって。

 世界一輝くアイドルになれるって、思いたい。

 

「信じますからね、プロデューサー!」

「必ず、応えます」

 

 紙に両者のサインが揃う。

 それが回戦の合図だった。

 

 手毬はパシッとその紙をひったくると、トレーニング室から去っていく。

 

「この紙は、私が預かっておくから。それじゃあ、一か月後にね、プロデューサー」

 手毬は、私には目もくれない。

 ただ、自分が手に入れる予定のプロデューサーだけをじっと見ていた。

 

「むっっっっっっかつくううううううう!」

「藤田さん、笑って!」

「はぁ!?笑えるわけないでしょこんな時に!」

「だから、笑うんです。貴方はどんな時も笑えるアイドルになるんですから」

 

 そういえば、そういうレッスンの途中だった。

 プロデューサーは全くこっちの気持ちなどお構いなしに、笑顔を要求し続ける。

 

「ほら、オーディション合格の喜びを表すように、笑って下さい!」

 受かる。勝つ。藤田ことねは、かわいい。

 手毬が敵になった後でも、全く何も疑わずにそう伝えてくる。

 あーもう、なんだよ、こんなの。

 こんだけ熱心に言われたら……

 

「やってやるしかないじゃんかよぉ!」

 さあ、喰らえプロデューサー。

 これが世界一輝くアイドルの、最高の笑顔だ。

 

「いいですよ!もっともっと、私にそのかわいい笑顔を見せてください!」

「いくらでも魅せてやる!負けた時は覚悟しとけよおおおおっ!」

 

 笑う。笑う。楽しくもないのに満面の笑みで。

 こうなったらヤケクソだ。どれだけ強い相手だろうと、笑い倒してやる。

 

 その日は寮の門限ギリギリまで、ずっと笑顔を作り続けた。

 

 

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