「おはようございまーす」
私が、プロデューサーに呼びつけられた部屋に入ると、そこには大輪のバラの造花が落ちていた。
「ありゃ、また作ってるんですか」
「はい、少し時間が空いたので」
「あっ、そういえばあのバラの花束も、プロデューサーさんが作ったんですか?前に忘れてったやつ、私が預かってるんですけど」
「そうですが、藤田さんが持っていたんですか。拾って頂いてありがとうございます」
改めて造花を見る。素人目には、結構出来がいいように見える。近所の百均では、このクオリティのものは見た覚えがない。
「明日のレッスンの時に持ってきて頂けませんか」
「えーっと、あの花束、結構綺麗で良いなって思ってるんですけど、貰っていいですか?」
「駄目です」
「即答!?」
「今はだめですが、そのうち差し上げます。それよりも、レッスンです。今日は昨日と同じく笑顔、と言いたいところですが、違います」
それは正直、呼び出された時からわかっていた。
なにせ昨日とは部屋が違う。
今日呼び出されたのは、保健室だ。
最初はもしや、あんなことをされるのでは……なんて思ったが、普通に部屋の中には保健室の先生がいたのでやましいことではないはずだけど。
「今日は貴方に、マッサージをします」
訂正、どうやらやましいことだったらしい。
「そんなこと言って、私の体に触りたいだけじゃないんですか」
「マッサージ師に謝って下さい。藤田さん、顔を触られることに抵抗はありますか」
「顔?別に少しぐらいならいいですけど」
「では、嫌だったら言って下さい」
プロデューサーは何やら落ち着くような音楽を流しつつ、私をベットに横たわらせて体に布団をかけた。
そして目の上に蒸したタオルを置くと、何かを鼻の下に近づける。
「……バラ、ですか?」
「正確には、バラの香りをつけた油です。これを使って、貴方の顔を解きほぐします」
「フェイシャルマッサージってやつですか。なんでも出来ますね、プロデューサー」
「プロデュース科には、マッサージ学の授業があります。そこで習っただけです」
なんでそんな授業取ってるんだこの人は、と思ったのも束の間、少し体温より高い温度のオイルが顔に塗られる。
そして顔全体を、老廃物を押し流すように指でなぞられる。
え、これめっちゃ気持ちいい。
昨日はたっぷりと寝たが、それでも思わず眠りについてしまいそうなほどの気持ちよさだ。
目にタオルを置かれるだけでも滅茶苦茶気持ちがいいのに、それに加えてバラの良い匂いと顔への優しいマッサージ。
これでとろけない人間なんているわけないでしょ……
「昨日のトレーニングは、顔を酷使するものでした。ですから、今日はその疲労を完全に取ることに集中します」
「あー?そうなんですねー、じゃあお願いしまーす」
もう何でもいいや、気持ち良すぎる。
というか、正直滅茶苦茶眠い。
その後一分もせずに、私は意識を手放した。
目元に、ひやりとした風が吹き込む。
何故、と目を開け、目の前にある白いものに焦点を合わせて行く。
やけにブレるな、と思ったが、それが濡れたタオルだと気づいた瞬間、全てを思い出した。
「あー、めっちゃ気持ちよく寝ちゃってました、すみません」
「それで良いですよ。マッサージ中は何もできないので、休息に当てて下さい」
「はーい。そんじゃ、今日のトレーニング開始ですか?」
「いいえ、今日は目元のケアを教育します」
そう言ってサイドデスクには、化粧品類が並べられた。
どれもちまっとした瓶に入っており、そのパッケージには聞いた覚えのあるメーカーの名前が書いてある。
「あの、それ、高級なやつじゃ……」
「藤田ことねさん。貴方の顔は、いずれ世界で一番金を稼ぎます」
「え、あ、はい、そうなんですか?」
「ですからそのケアをするためと考えれば安い」
「そ、そうなんですねえ」
信頼が怖い。
今私が使ってる化粧水、近所の薬局で一本五百円のやつですよ?
それ、量は十分の一なのに値段が十倍じゃあ済まないやつですよ?
「それでは、まずこれですね」
「うあああ待ってくださいプロデューサー!その指に取ったモノは私の一食より高いんですよ!」
「そうですね、食事指導もしっかりします」
「食事代側を上げて解決しようとしないで貰えますか!?」
じっくり丁寧に目の周りの処理をされる間、私は使われる物の値段の高さに怯え続けた。
でも、塗り終えた後の感覚が明らかに違うことはわかる。
「鏡、見てきて良いですか」
「良いですよ」
起き上がり、鏡を見る。
後悔する。
ハチャメチャに仕上がりが良い。
この顔だったらメイクのノリも良いだろうし、幅も絶対に広がる。
でも、高すぎる。
「では、この瓶は持ち帰って下さい」
「えっ!?」
「何を驚いているんですか。私がこんなもの使うわけないでしょう」
「いや、てっきり自分で買えって言われるのかと」
「私が売るのは化粧品ではなく貴方です。その価値を高めるために、投資しているだけですよ」
だから、何故そこまで私に全力を尽くす。
好きなんだろ、私のことが好きなんだろ。
私はそう思い、試しにアイドルスマイルをプロデューサーに向ける。
するとプロデューサーは満足そうに頷く。
「貴方の輝きは増すばかりですね」
「こんな無限に褒められる生活してたら戻れなくなっちゃいそう……」
「そうです、貴方はアイドルの道を進んでいくんです。戻るなんて、ありえませんよ」
このプロデューサー、一瞬たりとも前以外向かせてくれない。
結局その日は、そのまま寮に帰って前の指示通りの食事をするように言われた。