造花を持ったプロデューサー   作:宮田宮田

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第5話

 プロデューサーから教わった食事メニューは、結構カンタンに作れた。

 あっさり目ではあるが、十分なボリュームもあって満足度は高めだ。

 正直、自分でメニューを考える手間が減っただけ、という印象だ。

 弁当箱に詰めて学校に持って行ったら、クラスメートから『いいお弁当ね!』なんて褒められたりもした。

 

 そして言われた通り、食後から風呂まではある程度時間を空ける。風呂から上がったら電子機器には触らず、勉強とストレッチ。

 終わる頃には眠気に襲われるので、そのままベッドに入って眠る。

 

 そして朝もストレッチと指定の食事。

 それから学校の授業をこなして、放課後にはまた笑顔の特訓だ。

 

「ってこれでいいんですか?」

「結果は出ているでしょう」

「で、でも、かわいいだけじゃオーディションって勝てないと思うんですけど……」

 

 こんな生活が始まってから、もう一週間だ。

 授業でダンスや歌はやっているが、自主練もしていかないと不味い気がする。

 

「では、少しレベルを上げて行きましょうか。課題曲を練習しましょう」

「おおっ、ついにですか!」

「まずは歌からですね。聞くところから始めましょうか。貰ったデータの仮歌よりも、良いお手本を見せて上げましょう」

 

 この人、歌まで出来るのか、と思って聞く体勢を整える。

 が、声が聞こえてきたのはドアの方からだった。

 

「それじゃあ、行くよ」

 現れたのは、月村手毬だった。

 疑問を挟む余地もなく、曲が流れ出し、手毬は全力の歌唱を始めた。

 

「──♪」

 いろいろと言いたいことがあったはずが、全部吹き飛ばされた。

 

 上手い。

 

 どうしてマイクもなしにこれだけ声が出せるのか。こんなにも、心震わせる歌声が出せるのか。

 

 

「ふう」

「……あっ!ふう、じゃねえよっ!プロデューサー!これ、どういうことですか!」

「効率を考えました。貰った仮歌よりも、月村さんの歌声の方が学ぶことは多いです」

「そりゃそうかもしんないけど、敵ですよコイツ!手毬も、何で歌いに来てんの!」

「私の実力を見せつければ、ことねが諦めるかもしれないって言われたから」

「嘘ですよ。藤田さんが諦めるわけがないでしょう」

 

 どうしてトレーニングをする度にここまで意味不明な状況を作るのか、本気で聞かせてほしい。

 ライバルを騙して本気歌唱を仮歌扱いした上、勝手に私が諦めてないって断言して、もう滅茶苦茶過ぎる。

 

「これ、お詫びのクーポンです。ほら、駅近くのラーメン屋の。昨日来てたでしょう」

「……次はないから」

「それは困ります。藤田さんが聞きたいフレーズを歌って貰わなけければ」

「私この状況でおかわり出来るほど図太くないですけど!?」

「私は替え玉行けるけど?」

「ラーメンのおかわりじゃねーよ!」

 

 駄目だ、この二人を巡り合わせると私が保たない。

 どうにかして引き剥がさないと。

 そう考えている間にも、プロデューサーはスマホを録音モードにして、手毬にもう一度歌わせていた。

 それも今度は適当な間隔で区切ることで、参考にしやすいようにしてだ。

 

「今のところ、結構アレンジ効かせてますね。貴方はそれでいいですが、藤田さんには合わないのでもう一度お願いします」

「割引券、もう一枚」

「と、言うと思って用意しています」

 

 私がおかしいの?

 同じオーディションで戦うライバルって、ラーメン割引券だけで歌いに来てくれるもんなの?

 

「完璧な歌声でした。ご協力、感謝します」

「当然でしょ。それじゃあ、私は自分のトレーニングがあるから」

「いっそ一緒にダンスして行きませんか?お互い、実力を見たいでしょう。いいですね、藤田さん」

「もー煮るなり焼くなり好きにして下さい」

 

 どーせ言ったって聞かないんだ。

 だったら最大限、この機会を利用するっきゃない。

 

 プロデューサーが課題曲を流す。

 そして手毬と踊ってみて、気付く。

 そのダンスが、どこかぎこち無いことに。

 勿論基本は出来ているが、例えばスピードが求められる場面では、明らかに動きが悪くなる。

 

「藤田さん!今は自分のダンスに集中して!」

「あっ、はいっ!」

「あと、笑顔も!」

「はいっ!」

 

 怒られた。流石にダンス中に上の空ってのは許してくれないらしい。

 意識を切り替え、笑顔で踊りきったところで、プロデューサーは今とれたてのダンス動画を再生する。

 

 手毬は、やはりワンテンポ遅れることが多い。

 特別下手ではないが、これじゃあ中学でもトップは取れるとは思えない。

 

「そうです。月村さんはダンスの実力が著しく落ちています」

「くっ……!」

 本人もそれは気付いていたようで、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「ボーカルではまだ少し月村さんに分がありますが、ダンスでは勝利、ビジュアルでは圧倒的勝利です。今度のオーディションでのトップは、無理難題ではありません」

 

 確かに私は可愛いけども、ビジュアルで圧倒的勝利は言い過ぎじゃないか……?

 それにボーカルでは結構差つけられてるし、ちょっと見通し甘いような。

 

「再来月には全盛期月村さんを超えてもらいますが、今は弱った月村さんを超えてステップアップと行きましょう」

「完全にジャンプアップですよね?てか、なんで手毬は不調なんですか?」

「知りませんよ」

「「えっ」」

「担当でもないアイドルの不調の理由なんて調べる理由がないでしょう」

 

 てっきりこのプロデューサーのことだから、そのあたりは全て徹底的に調べ尽くしているものかと思っていた。

 本当に他のアイドル科の生徒に興味ないな、この人は。

 

「ただ、それが藤田さんの身にも起こり得ることなら対処が必要ですね。何故不調なんですか?」

「直接聞いちゃったよ」

「……中等部のとき、組んでたユニットが最近解散したの。その影響」

「それは変ですね。精神起因なら、歌声にも多少は影響が出るはずです」

 

 確かに、歌声はすごかった。これよりも上があるとは思えない。

 どういうことか聞こうと思ったが、手毬はいつのまにかドアのあたりまで移動していた。

 

「用は済んだでしょ。次会う時は私のプロデューサーなんだから、不調の理由ぐらいわかるようにしておいて」

「それ、次のオーディションでお前が受かったら、の話でしょ?」

「うん。だって、勝つから」

「いいや、勝つのは私」

 

 手毬は少し目を見開いたが、すぐにいつもの顔に戻り、返事もせずに帰って行った。

 私がそんなことを言うなんて思っても見なかったって表情だ。

 私も思ってなかった。

 

 中等部トップに、喧嘩売っちゃった。

 

「うあああああーっ!?なんで私喧嘩売ってんだぁ!?」

「落ち着いて下さい。どうせ勝つので何も変わりません」

「あーっ!プロデューサーのせいか!どうするんですかずっと褒められまくって調子乗っちゃったじゃないですか!勝てるって思っちゃったじゃないですか!」

 

 怒りに任せてプロデューサーの肩をバシバシと叩きながら悲鳴を上げるが、全く効いた様子はない。

 どころか、何も問題ないとでも言いたげだ。

 

「事実でしょう?」

「違います!」

「でしたら、事実にしてしまいましょう」

「どんだけ前向きなんですか」

「私の前には、いつも最高のアイドルがいます。だから前をみたいんです」

 

 駄目だ、ずっと話していたらどこまでも思い上がる。

 今の私は、そんなすごいアイドルじゃないのに。

 でも、このプロデューサーは絶対に口を閉じてはくれないだろう。

 

 だったら思い上がりじゃなくすしかない。

 最高のアイドルって言われても、恥ずかしくない自分に。

 手毬なんてぶっ飛ばして、学園一番のアイドルに。

 

「そこまで言うなら、プロデューサーの力で絶対に勝たせて下さいよ!」

「実力だけでも当然勝てますが、貴方が望むならば全力を尽くしましょう」

 

 

 それからは、毎日特訓の繰り返しだった。

 笑顔、ダンス、ボーカル。

 全てにおいて、毎日成長している実感がある。

 二週間もすれば、補修を受けることもなく、どころか褒められることも増える。

 

「藤田さん、どうしたんですか浮かない顔をして」

「いやあ、なんでこんなに上手くいってるのかなあ、って」

 

 そう、納得がいかないのだ。

 確かにバイトは減らしたが、最近は代わりにトレーニングを詰め込まれている。

 帰るのも門限ギリギリになることも多いし、それで体が軽くなる理由がわからない。

 

「だったら、成功ですね」

「えっ?」

「私が目指したのは二つ。まずは、気づかれにくいように貴方を休ませることです」

「休ませる、って、え、なんで気づかれないようにしたんですか?」

「藤田さんは、責任感が強すぎる。そのせいで、アイドルになれていない自分が休むということに罪悪感を抱いています」

 

 私は思わずうぐ、なった。

 夜十時まで働いて帰った後で、どれだけヘトヘトだったとしても、ダンスレッスンを始めてしまう。

 足を挫いて動けずとも、日付が変わるまで歌の練習をした夜は数え切れない。

 

 そしてベットに寝転がった後で、私は思う。

 

「もう、寝るの?」

 

 だって、私はまだアイドルじゃない。

 三年間、一度たりとも『アイドルとして』仕事をしていない。

 それはきっと、私の努力が足りないからだ。もっともっと頑張らなきゃ、アイドルにはなれない。

 

 バイトをいくら入れても、九十万近い学費に、安めとはいえ寮費、それから生活費の全てを賄うなんて到底無理だ。

 私のために、両親が用意してくれた貯金が底をつきそうなのも、なんとなくわかっている。

 

「そう、ですね。私は、休んでなんかいられない」

「だから、レッスンを休憩にしました」

「……そんなこと、しましたか?」

「気づかれないようにしたんですよ。例えば、笑顔のトレーニング、という形にして」

 

 言われて思い返してみると、確かに笑顔を浮かべるよう言われた時は、それ以外のことをしていない。

 私は、ずっと椅子に座って笑っていただけだった。

 

「騙したんですか!?」

「いいえ、笑顔が必要なのは事実です。時間は必要以上に取りましたが」

「でも、大した時間じゃないはずです!」

 

 と、言ってから気付く。

 笑顔の後で行われた顔のマッサージ。

 アレも私は寝ているだけだった。

 そしてその後の肌ケアも、私は聞いているだけだった。

 

「まさか肌ケアの時間って!」

「必要なことです。手間のかかる方法を選びましたが」

「私、騙されやすかったりします?」

「大丈夫です、私以外には騙されないよう守ります」

「ちょっとぐらい否定してくれません?」

 

 普通こういうとき、もう騙さないとか言うだろ。

 まだまだ騙すつもりだ、この男。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいんですよ」

「よくないですけどね」

「重要なのは、結果ですよ。藤田さん、笑って下さい」

「はい。ってなんで今!?」

 

 散々やらされたせいで、反射的に笑顔を浮かべてしまった。

 プロデューサーはその一瞬を逃さず、スマホで写真を撮った。

 そして私にその画面を見せる。

 

「どうです、良い笑顔でしょう」

 

 

 眩い笑顔だった。

 

 この学校に入って三年、動画で自分のパフォーマンスを見返しても、欠点ばかりが目についた。

 

 でも、この写真だけは違った。

 

 写真の中の私は、アイドルらしい笑顔だった。

 

「……世界一、かわいい」

「そうでしょう。貴方は、世界一かわいいアイドルです」

 

 

 あーあ、もう駄目だ。

 信じるしかないじゃん、こんなの。

 今までで一番輝いてる姿見せられちゃったら、もう言い訳出来ない。

 このプロデューサーとなら私は、なれるかもしれない。

 

 

 最高のアイドルに。

 

 

「プロデューサー、これからは嘘はつかなくて良いですよ」

「気分が悪いかもしれませんが、指示を通すにはこの方が良いんです。許してくれませんか」

「それでも、しっかり教えてほしいです。私、プロデューサーのこと信じることにしたんで」

 

 流石に、何もかも知ってるみたいに手を打つプロデューサーでも、これは予想外だったらしい。

 

 プロデューサーを驚かせる理由が、チョロさなのはちょっと恥ずかしいけど、信じちゃったものは仕方ない。

 

「さあ、次はどうプロデュースしてくれるんですか?」

「信頼して頂けたなら何よりです。次のオーディション、必ず勝ちますよ」

「はい!」

 

 プロデューサーは、いつも通り無表情。

 それでも、なんだか今日の無表情は、いつもよりも嬉しそうに見えた。

 

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