第17話:黒船のバット・ヴァレット
──動物霊。それは、絶滅した動物が無念を抱えて現世に現れた霊。
彼らは人に憑りつき、鬼となって災いを成した。
その災いに立ち向かう者達を──人は、霊術師と呼んだ。
「ヴァッハハハハハハハーッ!! 水中なら追ってこられまい!! 地の利を得たぞーッッッ!!」
──そして此処は6月半ばの白亜高校。
別に動物霊とか関係無く魑魅魍魎の巣窟である。何故ならば、此処の人間は生徒も教師も変人・変態揃いなのであった。
今回も──この通り。
「──悪いがお前達に邪魔はさせんぞーッッッ!! 俺はプールの底に潜伏して、絶景を激写し続けるのだーッッッ!!」
「要は女子の水着姿をプールの底から水中カメラで盗撮するってことだよね、端的に言ってキッショいなあ……」
ディプロカウルス霊と同化したこの鬼は、パパラッチ部に所属している生徒であり、連続盗撮魔の犯人である。
ここ数日、女子生徒のプール授業での姿が盗撮され、ネットに流出していたのだが──紆余曲折あってこうしてプールに追い詰められた次第である。
「おまけにその写真をダークウェブで販売していたというのだから救えませんね」
「サービスには対価が必要なのだよッ!! 金を取って何が悪いッ!!」
【ディプロカ底鬼 両生類 ネクトリド目 ケラテルペトン科】
ブーメランのような特徴的な頭部を持つディプロカウルスという生き物は、水底に張り付く事に特化した力を持つ。
おまけに、どうやって手に入れたのか水底と同化する擬態能力まで持っており、ディプロカ底鬼は水面から見れば何処にいるのか全く姿が見えないのだった。
しかし、そんなディプロカ底鬼を──いつもの3人組は、冷めた目で見ていた。
「あんなこと言ってますよ、どうしますか、つるぎさん」
「盗撮は犯罪だ」
「いや、そうじゃなくって水に潜ってドヤ顔してますよアイツ……潜るのは良いけど、ディプロカウルスじゃあこっちを攻撃する手段が無いじゃないですか」
実際その通りであった。
ディプロカウルスはサンショウウオのような生物。
水面に張り付いて、水中で活動することはできるだろうが──何処までいっても地上や空中の敵には攻撃出来ないのである。
おまけに此処は学校のプール。逃げ場は何処にも無いのだ。
「呆れて声も出ん……雷花、すまんが頼む」
「……うん、わかった……マージで気が進まないけど仕方ないか」
城ケ崎 雷花──恐竜・ライトニングクローが憑りついた霊術師。
特技は、爪の先からビリビリが出せる事。
帯電させた爪を、雷花はプールの水に付けるのだった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッッ!! しびびびびびッッッ」
不純物混じりの水はよく電気を通す。
間もなく、ぷかぷかと浮かび上がってくる鬼。
感電して気絶したのである。とはいえ、このままでは解決とは言えない。鬼の大元である動物霊を憑依者の身体に封じ込めなければならないのだ。
「……
城ケ崎 凍花──翼竜・クリオドラコンが憑りついた霊術師。
特技は、口から冷気のブレスを吐き出せる事。
プールの水面は──あっという間に凍っていく。ぷかぷか浮いているディプロカ底鬼を巻き込んで。
「じゃ、つるぎさん後はお願いします」
「全く人騒がせなヤツだったな……」
つかつか、と氷の張ったプールを、剣鬼・荒神つるぎはのっしのっしと歩き、中央で伏せる鬼に霊刀を突き立てる。
「”封”ッッッ!!」
──ディプロカ底鬼の体から霊の気配が消え、全てつるぎの御札へと吸い込まれていった。
荒神つるぎ──代々伝わる霊刀を振るい、動物霊を封じる霊術師。
特技は、鍛え上げられたフィジカルと剣の腕。
ついでに、御札の力を使うことで様々な動物霊の力を使う事が出来る。
だが、それはそれとして──霊刀を突き立てた際に思いっきり踏み込んだので水面に張った氷が砕け散った。
「ごっぼぼぼぼぼぼぼごぼぼぼぼぼごぼぼぼぼぼ」
「ギャーッッッ!! つるぎが溺れたーッッッ!!」
「つるぎさんッッッ」
つるぎは──溺れた。
常人なら踏み込んだ程度ではヒビも入らないほどの強度の氷だが、荒神つるぎは常人ではなかった。それだけの話である。
(どうして──こうなってしまうんだッ)
つるぎの嘆きとは裏腹に、動物霊とは関係無く今日も白亜高校には魑魅魍魎が湧き続ける。
頑張れつるぎ、それ行けつるぎ、学園の平和を守るために──
「ごぼぼぼぼぼぼッッッ」
※※※
──最近、夜寝る時は双子たちが腕を抱きしめるのが当たり前になってしまった。
彼女達はつるぎの傍で寝るのが一番安心できるのである。だが──つるぎとしては、ドキドキして安眠出来ないので、そろそろやめてもらおうかと思っている。
こちとら朝練があるのだ。起きられないと──非常に困る。
「んにゃ……つるぎさん」
「……んぅ、つるぎぃ……」
(眠れんッッッ──)
荒神つるぎは何処までもピュアな剣鬼だった。もう童貞じゃないのに。
(……ん?)
そんなただでさえ眠れない夜中に、スマホが鳴る。こんな非常識な時間に電話をかけてくるのは、大体霊絡みの案件である。
「全く、余計に眠れないな、これでは……」
電話の相手を確認すると──珍しく祖父だった。
つるぎは眉を顰める。彼が連絡を取ってくるのは、大抵霊術界絡みのゴタゴタだからである。勿論、他人事ではないので、つるぎもすぐ電話を取った。
霊術界というのは、表向きには対動物霊の為に一致団結しているように思えるが、裏では様々な思惑や対立が蔓延っている。
彼らもまた、一枚岩ではないのだ。尤も、しょうもない理由での対立も非常に多いのだが……。
「……なんだ、じいちゃん」
「おお、つるぎ!! 元気にしとるか!?」
「俺は大丈夫だ。それで──何事だ?」
「……実はのう、知り合いのツテであまりよくない情報を耳にしたんじゃ。いち早くつるぎにも伝えようと思ってのう」
「何だ?」
「あまりよくない情報」と聞くと、つるぎも穏やかではない。
なんせ、雷花や凍花の身の安全にも関わる話かもしれないからである。
そんな祖父の口からは──ある名前が語られる。
「ゴーストバスターのヴァレットが日本に来るッ!! ……という噂じゃ」
「ヴァレット……?」
思っていたのとは違うゴタゴタがやってきて、つるぎは少し困惑した。
「”黒船のバット・ヴァレット”……ッ!! アメリカの霊術師じゃ……!!」
黒船、と聞くと幕末に来航したペリーのアレを思い浮かべるつるぎ。
だが、それはそれとして──普段はあまり馴染みのない海外の霊術師もつるぎは気になった。
霊術師は海外においてはゴーストバスターだとかゴーストスイーパーだとかスピリットハンターだとか呼ばれてはいるものの、やる事自体は日本の霊術師とあまり変わらない。
日本古来や古代中国の呪術を扱う日本の霊術師とは対照的に、魔術を用いて霊を祓うのが向こうのゴーストバスター達だが──儀式の過程が違うだけで、霊封じという結果は変わらないのである。
「だが、あっちでは動物霊を封じた呪物をオークションで取引する行為が横行しておる。日本の霊術師たちはそれを問題視しておるのじゃよ」
「こっちでもこの間ヤフオクで呼獲箱が取引されたと思うが」
「いや……アレはその……違うじゃん……えっと、アレじゃん、イレギュラーじゃん……」
「良いから、続きを話せ。何故そのバット・ヴァレットが日本に?」
「さぁのう。元々日本に獲物が居ったらしい。ハワイで他のゴーストバスターに”次は日本で狩る”みたいなことを言ってたらしい」
「日本に獲物……! ヴァレットは一体どんな奴なんだ?」
「とにかく、規格外な奴じゃ……」
祖父は語る。
バット・ヴァレットは年齢こそつるぎと大差ない。しかし、扱う動物霊の規模がとにかく桁違いに大きいのだ、と。
「あまたの動物霊を従わせ、自らの乗るガレオン船に憑依させておる……高度な技術が無ければ不可能じゃ」
「ガレオン船?」
「ああ。奴が拠点にしているオンボロ船じゃよ。だが、船が動物霊の力で動いておる上に、姿も消す事が出来る所為で居場所が特定できんのじゃ」
「ッ……」
それだけで、何匹もの動物霊を完全制御しているかが分かるつるぎ。御札に封じて、一度に1匹しか扱えないつるぎとはまさに雲泥の差だ。
そんなヴァレットが一体何の用で日本にやってくるのか、つるぎには皆目見当もつかない。少なくとも、目を付けられて良い相手ではないのである。
「……気を付けるが良い。ヴァレットは御尋ね者。何をしでかすか分からん」
「だからこんな夜中にすぐ連絡を……ありがとう、じいちゃん」
「いや、これは単にモ〇ハンしてたら夜更かししちゃっただけでぇ……」
「埋めるぞ」
※※※
「愉快!! 痛快!! 豪快!! ゴージャスッ!!」
【”黒船”バット・ヴァレット】
──同時刻、太平洋上・日本付近には──古めかしい黒塗りのガレオン船がぷかぷかと浮いていた。
乗客の居ない古船。その主の名はバット・ヴァレット。アメリカでも有数のゴーストバスターだ。
「……ゴージャスな俺様の日の国・ジャパンへの上陸が近い──おいデスモダス、ジャパンはあとどれくらいだ?」
「えーと、ご主人様ぁ……あなたに1つ、言っておかなきゃいけないことがありましてぇ……」
「うん? どうした? 俺様の可愛いデスモダス」
ふよふよ、とヴァレットの周囲を飛ぶコウモリの動物霊が──きまり悪そうに言った。
「この船の動物霊……たった今……殆ど離反しました……てへっ☆」
「は? なんて?」
「あっ、殆どってのは、あたし以外全員って意味ですっ」
「え? え? え?」
※※※
──黒船が動くからくりは、ヴァレットが1匹1匹丁寧に動物霊がガレオン船に封印していることにある。
そもそも、この黒船自体が霊をエネルギーにして動く超巨大な呪具「ペリー・クリストファー号」であり、ヴァレットはこれをたまたま発見して今の今まで乗っているに過ぎない。
その為、世間で思われているようにヴァレットが大量の動物霊を一気に使役する凄腕の霊術師──というイメージと、実態はズレている。
とはいえ、それでもこれまで彼が数多の動物霊を封じてきた凄腕のゴーストバスターであることには変わりない。
変わりないのだが──彼の不幸は、黒船に施した動物霊の封印が、何故か全て解けてしまっていたことから始まった。
動物霊は当然のようにヴァレットに三行半を突きつけて出て行ってしまったのである。
「何!? 待遇が悪いから出ていく!? ふざけんな!! 何で今更──」
「えーと”霊使いが荒い””カビ臭い””何故かドリキャス”が置いていない──クレームだらけなのを無視してきた結果かと思われますねっ☆」
「しかも最後のは絶対動物霊じゃないだろ!! セ〇の亡霊が混じってるじゃないか!! なんかおかしいと思ったんだよ!! 夜中、一心不乱にぷよを積み上げる音が聞こえてくるから!!」
「Sw〇tchに勝手にぷ〇ぷよがインストールされていたのはソイツの仕業かとぉ……ハハ」
無念を抱えて死んだセ〇ゲーマーの霊は賽の河原でもぷよを黙々と積み上げるのだという。知らんけど。
「おかげで今、船はステルス機能も解除されてましてぇ、ただの海に浮かぶガラクタに成り下がっちゃってるんですよ、この船、ただでさえガラクタだったのに☆」
「ウソォォォん!?」
「もしもどっかの悪い組織の船に敵対でもされたら、大変ですねー☆」
「大丈夫だ──そんな都合よく、潜水艦を持ってるどっかの悪い組織の船に見つかるわけが──」
※※※
──更に同時刻。どっかの悪い組織の潜水艦の内部にて。
「あのーアニキィ! 進行方向に不審なガレオン船が止まってます!」
「えーマジー? 怖くねー? チョベリバじゃね? 折角だし新型魚雷の実験台にしねえ?」
「ええ!? 良いんですか、そんなアバウトな……一歩間違ったら大問題ですよ!?」
「あんなボロっちい船に人が乗ってるわけないし良いんじゃねぇ? ノリでやっちゃっていいんじゃねェ?」
「ええええええ!? 良いの!? 魚雷ってそんなノリで撃って良いのォ!?」
「チョベリグゥゥゥーッッッ」
ポチっとな。
あまりにも簡単に魚雷発射のスイッチが押されてしまった。
※※※
「マ、ママーッッッ!! 俺様の黒船が爆発炎上して沈んでいくよ、ママーッッッ!!」
──かくして。黒船は洋上で真っ二つになりながら煙を上げて轟沈した。
ついでに自室のSw〇tchもP〇5も救出できなかった。
ガレオン船に用意していた救命ボートの上で血涙を流しながら、ヴァレットは叫ぶ。
「はぁーはぁー、はぁーっ……!! 許さん、絶対許さんぞ……ッ!! お、俺様はこの程度では絶対に……!! うぐっひぐっうぐっ」
あーあ、心が折れちゃった。
「ジャパン、なんて恐ろしい国なんだッ……!!」
※此処までの惨事に日本は関係ありません。
「えーと、まあ……ドンマイですっ、ご主人様!! 今まで従えてきた動物霊全部に反旗を翻されちゃうダメダメなご主人様の事を好きでいられるのはあたしだけですねっ!!」
「デースモーダースーッッッ……!! 俺様についてきてくれるのは、最古参のお前だけだ、うおおおん……」
”黒船”バット・ヴァレット 日本上陸を目前にして黒船とほぼ全ての動物霊をLOST──
(ま、動物霊が離反したのは
尚、一番恐ろしいのは日本ではなく無能な味方であることは言うまでもない。
※※※
「バット・ヴァレットですか……?」
「ああ。厄介なアメリカのゴーストバスターらしい」
「それ、聞いた事あるよっ! 西部のガンマンみたいな姿をしたヤツ! 昔は……”魔弾のヴァレット”って呼ばれてたんだって」
「頭痛が痛いみたいな名前だな……」
翌日、つるぎは双子にもヴァレットの情報を共有した。
しかし、いつしか巨大な黒船を所有するようになり、”黒船”の異名を拝するに至ったのだと言う。
洋上に浮かんでいても、誰にも悟られることのない巨大な黒船。
「でもさぁ、わざわざアメリカから日本でしょ? 何しに来るんだろう。暇なのかな?」
「日本に獲物が居る、という話だったが……」
──しかし、つるぎ達は知らない。
「──”黒船のヴァレット”……ッ!!」
「もし敵対する事があるなら、間違いなく最強の敵になるでしょう」
「一体、どんなヤツなんだろーね……!!」
その”黒船のヴァレット”の黒船は、日本海付近で海の藻屑になっていることを。
おかげで、彼の日本上陸は予定よりも大きく先送りになっていることを──
※※※
「はぁー、はぁー、はぁーっ……!! やっと着いたぞ、東京……ッ!!」
棒切れを杖代わりにしながら、バット・ヴァレットは何とか日本の土を踏むことに成功した。
あれから紆余曲折あったものの、何とか陸地に着くことには成功したのである。
「あるぇー、おめーさん、見ねえ顔だな、こすぷれってヤツか?」
「あの、すいません……渋谷って、どっち行ったらいいですかねェ!?」
「シブヤァ? 何言ってんだ」
漁師は──看板を指差しながら言った。
「──此処は下関。山口県だぜ」
「ふぁあああああああああああああ!?」
【下関市:本州最西端】
残念。バット・ヴァレットの東京上陸は、更に先送りになってしまった。
泡を吹きながら仰向けに倒れるバット・ヴァレット。そんな様を見ながら、デスモダスは恍惚とした顔で胸をときめかせる。
「あはぁー♡ 目的地にまともに辿り着けないダメダメなご主人様ー♡ ご主人様を愛してあげられるのは、あたしだけですねー♡」
だから元はと言えば
「お、おのれ……俺は諦めんぞ……」
ブクブクと泡を吐きながら──バット・ヴァレットは虚空に向かって呟いた。
「荒神つるぎぃ……絶対にお前の元に辿り着いてやる、荒神つるぎィ──ッ!!」
双子はどっち派ですか?
-
雷花
-
凍花