──そして、待ちに待った仕事の当日である。
「良いですか? 私は飛べるんです。飛べるんですよ、コレでも。だから、万に一つにも水の中に落ちる事はないわけで、つまりこの私に遊泳は必要ないということになりませんか。つまり私が泳げなくても全く問題が無いと言うことです、ちなみにこれは私がカナヅチなのを正当化するわけではなく、あくまでも私の能力を加味した上での一般論から見た──」
※全部読まなくて大丈夫だし、自分が泳げないのを正当化しようとしています。
「いいから補修頑張って来い」
「あまりにも体育は理不尽ですッ!! 25メートルという超長距離を年頃のうら若き乙女に泳がせるなんて……!!」
「いーい? 先ず25メートルは長距離でも何でもないし、皆の前で犬神家の一族の表紙みたいな泳ぎ方して沈んでいったのは、お姉ちゃん全く以て心配だよ?」
「みんなして、そこまでして私の水着を見たいのでしょうかッ!! 皆、不純なヤツばかりですッ!!」
「とんでもない言いがかりだッ」
「最低限の命を守る方法として多少なりとも泳げておけって皆言ってんの!!」
──よりによって、この日の土曜日に城ケ崎凍花のプール補修が重なってしまったのだ。
雷花の勉強は二人でカバーできたが、凍花のカナヅチっぷりは筋金入り。二人の手でもカバーすることは出来なかった。
これで本人は「去年よりは上達している、人並みに泳げる」と思っていたのが恐ろしい所である。結果、体育のおばちゃん先生に「この子は生きていけるか心配だわ……」と至極真っ当な心配をされ、見事補修送りとなったのだ。
「刀工の所には俺達二人で行ってくる。お前はせめてあの犬神家泳ぎだけでも直して来い」
「……つるぎさん」
「何だ」
プール用品をぶら下げた凍花は、いつになくしょげた表情でつるぎを見上げた。
「……頑張ったら、ご褒美くださいね」
「ああ。頑張ったら、な」
ぽしょり、と言った彼女はそのまま戸を駆け抜けて出ていってしまう。
つるぎと雷花は顔を見合わせた。
「あれで結構甘えん坊だよねえ、トーカ。ご褒美、たっぷりあげないとだねえ?」
「……そうだな」
「頑張ってね? 旦那様?」
「やめないか……」
いずれはそうなると心に決めているつるぎだが、「旦那様」と呼ばれるとむず痒い気分になるのだった。
「よしっ。今日はボクがつるぎを独り占めだよ!」
「……オマエ。仕事なんだぞ、一応」
ここぞとばかりに、抱き着いてくる雷花。
3人で付き合う──と言う事になっているものの、二人きりになれるチャンスは決して逃がさないのである。
「大体、今回会う刀工さんってボク達とそんなに年が変わらない女の子なんでしょ?」
「腕が良ければ性別も年齢も関係ないだろう」
つるぎは、事前に渡された紹介資料の写真を見やる。
──加具土 朱音。燃えるような髪色の中学生くらいの少女だ。
「出鱈目 胡散苦斎」は襲名であり、その後は弟子、そしてその子孫、あるいはその弟子……といった形で一種の称号として受け継がれている。
現在は、初代の一番弟子の子孫の弟子の子孫──(以下略)の加具土家が「出鱈目」の称号を預かっているのだ。
如何にも強気そうな釣り上がった猫のような目と、活発そうなツインテール。とてもではないが、この少女が「出鱈目」の名を継ぐものには見えなかった。
(しかし、この年齢にして先代仕込みの刀鍛冶の腕前……次代を継ぐのも時間の問題と言われてるらしいが……)
「ねー、つるぎー? いつまで写真見てるの? 目移りしたらダメだよ? つるぎが浮気して良いのは、トーカだけなんだからね!!」
じとっ、とした目で雷花は腕を思いっきり抱き締める。
しかし──つるぎはそれに動じる事なく、雷花を見下ろした。
「……ナメるな。何年想ってたと思う? 俺は──お前ら以外に靡くつもりはない」
「ッ……!?」
少し怒気が含まれていた。つるぎは──もう、双子たちへの想いを隠すつもりは毛頭ない。
「くだらん事言ってないで、さっさと行くぞ」
「あ、あはは、そーだよね……」
(口下手な癖に、直球~~~!!)
雷花は、耳まで真っ赤になるのを誤魔化すので精一杯なのだった。
※※※
「──……っっっはぁぁぁぁ~~~」
(写真の明るそうな顔は、何処行った……?」
目には隈。髪は手入れされてないのか、ボサボサ。
強気そうな目は生気を失った三白眼になっており、疲れ切っている。
写真とは全く印象が違うが──間違いなく次期「出鱈目 胡散苦斎」と目されている加具土 朱音であった。
「……わたしが加具土 朱音……今日は来てくれてありがとう。いや、ホントマジで……助かるわ」
「なんか……隠せていないくらいにやつれてるけど、大丈夫なの? ボク、心配なんだけど」
「ええ。ところで貴女が荒神家のお孫さんね。でもお孫さんって女の子だっけ? わたし、疲れてるのかしら」
そこまで言ったところで、朱音は納得したように手を叩いた。
「そうか! 貴女、女装してる男の子ね!! 一人称”ボク”だし!!」
「違うよボクは女の子だッ!! ボクは付き添いで、つるぎが荒神の孫だよッ!!」
「……? ……ッ!?」
朱音はつるぎを二度見する。そして、猫のように震えあがるのだった。
「え、SPとか、ボディーガードじゃなかったの!?」
「……俺が荒神つるぎだ」
「ご、ごめんなさい、最近色々ありすぎて、頭がゴチャゴチャなのよ。確かまだ高校生って聞いてたけど、わたしの勘違いだったみたい」
「つるぎはボクと同じ15歳の高1だよ」
「……わたし、ちょっと横になってくるわ」
身長190cmで同年代の筋肉ムキムキマッチョマンをお出しされ、朱音は少々ショックを受けているようだった。
(多分、普段はもっと勝気な子なんだろーけど……なんか、色々トチ狂ってるなあ……仕方ないんだろうけど)
雷花は朱音を見て、嘆息する。受けた「仕事」は、朱音の悩みを解決するというもの。
動物霊絡みのこの悩みは、朱音の生来の明るさを失わせるには十二分であった。
「取り合えず、仕事の前にウチで飾ってる先代の打った刀……そのレプリカを見ていってほしいの」
「そんなの置いてるんだ」
「ウチの刀はオーダーメイド。仕事相手には必ず見せるようにしてるわ。ウチがどんな刀を打ってるのか、分かるからよ」
「ああ、頼む」
「……見た目通りの寡黙な人ね。でも、嫌いじゃない。ついてきて」
(いや、つるぎは寡黙ってより──)
(マズい──いざとなると、何を話していいのか、さっぱり分からないッ!!)
ただただ、コミュ症なだけである。
(ボクがサポートしなきゃ……)
※※※
──加具土邸は和風邸宅となっている。
そして、離れにあるのはこれまで先代が打ってきた刀のレプリカが置かれた”刀館”であった。
古い建物だが、かつては胡散苦斎の弟子たちが住んでいた長屋であり、古くなったので出鱈目流の歴史を残す為に、ある弟子が建てたのだという。
「歴史を感じられるねー」
「ああ。何というか──重いな」
「そうね……重圧に押し潰されそうになるわ」
朱音は暗い目。
そこには先代から受けたプレッシャーのようなものを感じられた。
予め聞いていた彼女の境遇を聞けば、無理も無かった。
「当代……わたしのおじいちゃんなんだけど、もう1年以上寝た切りなの」
「……」
「わたしはおじいちゃんの指導を受けながら、ちっちゃい頃から後継者を目指してきた。おじいちゃんが生きてる間に……すごい刀を打たなきゃ」
若くして刀工の名を背負う。
其れだけの実力を彼女は既に手にしているのだろう。
その歴史の重みを示すかのように、入り口には先代たちの顔写真や肖像画が並べられていた。
「これが──出鱈目流の歴史、ってヤツね」
──16代目 出鱈目 胡散苦斎
──17代目 出鱈目 ジュウシマツ斎
──18代目 出鱈目 胡散苦斎
──19代目 出鱈目 胡散苦斎
「待て待て待て待てーッ!?」
しんみりした空気は何処かへ吹き飛んでしまった。
異物だ。異物が混じっている。頑固そうな老人たちの肖像画や肖像写真の中に混じって、1つだけ鳥の頭をしたサムシングが混じっているのだ。
頭は鳥だが、人間の腕が生えている。
「ヴァーカ!!」とでも言わんばかりに人を小馬鹿にした顔で、ジュウシマツ斎は写真越しに此方を見ていた。こっち見んな。
「今なんか変なの混じってた!! 変なの混じってた!!」
「? 何かおかしな事あったかしら」
「人間じゃないヤツ混じってた!! デタラメだ!! もうデタラメだよ!!」
「ああ、確か17代目は動物霊に憑りつかれてこの姿になってしまった、と──」
「それでジュウシマツ斎なの!? ジュウシマツは絶滅してないけど!?」
「多分ジュウシマツじゃないけど皆知識が無さすぎてジュウシマツって呼んでたらしいわ」
「肖像写真から全く悲壮感を感じないが……」
当たり前であった。ジュウシマツ斎の何処に悲壮感を感じれば良いのだろうか。
「ポジティブな性格だったらしいわ。因みに猫に食われて死んだそうよ」
「怖い怖い怖い!! 猫に食われたの!?」
やっぱり悲惨だった。
「ねえ、何だったの? ボク達真面目な話を聞かされてたんだよね?」
「わたしは大真面目よ!!」
「写真がふざけてるんだよ!! せめて人間だった時の顔を使いなよ!! 初めて来た人はふざけてるって思うよコレは!!」
「……偉大なる刀工だったわ……」
「とてもそうには見えないよ!!」
「もう良い、刀を見せてくれ、刀を……」
このままでは埒が開かない。つるぎ達が奥に進むと、ガラスのケースの中に収められた刀のレプリカが立ち並ぶ部屋に辿り着いた。
歴代の胡散苦斎が打ち、霊刀使いの手で振るわれた刀の数々だ。
「弟子は、かつての師匠が打った刀を模倣し、独自の打ち筋を見つける。わたしもまた、先代たちに学んだわ」
「……この変わった刀は?」
「おじいちゃんは天才中の天才。奇抜な刀を幾つも打ったの」
「”奇刀の出鱈目”……その中でも異端中の異端、か」
朱音は頷く。
出鱈目家の打つ刀は、いずれも普通の日本刀の枠には収まらない常識外れのものばかりなのである。
その例はの1つが、今つるぎの目の前に飾られている刃がギザギザの霊刀だ。
「”霊刀・刃殺し”……これは西洋のソードブレイカーを意識してるのか」
「そうね。対剣性能は勿論、普通に斬ると霊気をぐしゃぐしゃに斬り刻むわ」
「こっわぁ……」
「そしてこれは”霊刀・残雪”刃零れする度に切れ味を増す、恐ろしい刀だわ。でも、じいちゃんの代表作はこれだけじゃない」
「まだあるの!?」
「ええ。此処からが割と最近の刀になるわね」
つるぎ達は奥に通された。
出鱈目流の中でも異端とされた当代。その妙技が光る──
「これが──二振りで1つ。対となる刀よ」
【霊刀 ショベルカー】
【霊刀 ブルドーザー】
「待て待て待て待て、待ってッッッ!!」
つるぎと雷花の目の前に現れたのは──ガラスケースに閉じ込められた只のショベルカーとブルドーザーであった。
これを刀と言い張る勇気は、一体何処から湧いてきたのか甚だ疑問である。
「刀じゃないだろうこれはッッッ」
「重機だーッッッ!! これスーパー重機だーッッッ!! 工事現場でよく見るヤツだーッッッ!! 名前誤魔化してるけど霊刀でも何でもないよ!!」
「いや、よく見ろ。ブルドーザーとショベルカーのブレード部分が霊気に蝕まれている」
だとしても、何処までいってもブルドーザーとショベルカーでしかない。
「何に使うんだよ、こんなもんッッッ!! 工事でしか使えないじゃんかさあ!!」
「巨大な動物霊に立ち向かう為に作られたの。結果的に土木工事で運用されたわ」
「やっぱり工事に使われてんじゃん!!」
「しかも結局展示されてるが」
「あ、これはレプリカじゃなくて本物ね」
「役に立ってないじゃないか!!」
「でもこれがピーク。だんだんおじいちゃんは迷走していった」
「もう迷走してたけど、これ以上があるの!?」
【霊刀 焼肉プレート】
次にお出しされたのは──焼肉プレート。
生肉を上に置いたらそのまま美味しく頂けそうなアレであった。
雷花はショックのあまり、床に額を何度も打ち付ける。頼むから夢であってほしい光景であった。
「これ以上があったーッ!! 刀何処行った!? ただの調理家電じゃん!!」
「せめて棒状のモノであってほしかった」
「今更だけどね!?」
「プレートとブレードは似て非なるモノという理屈で打たれた渾身の一振りね」
「全く異なるモノだよ!! 何が刀工だ、普通に家電量販店に行ったらあるよ、こんなもん!!」
「だけど、次第に才能も衰えて……」
【霊刀 精霊馬】
現れたのはキュウリとナスに爪楊枝が4本突き刺さったアレであった。
どうやらあくまでもこれも霊刀だと言い張るつもりらしい。
「とっくの昔に衰えてたよね!? もうこれに至ってはキュウリとナスに爪楊枝刺しただけじゃん!! 枯れたのは才能じゃなくてやる気だよ!!」
「どうやって斬るんだ、こんなもんで霊を」
「更にはこんなものまで作る始末」
【霊刀 HG企業戦士バンナム(1/144スケール)】
「これに至っては只のロボットのプラモデルだよ!!」
「刀は持ってるでしょう? だから霊刀よ」
「ビームサーベルだよ、プラスチック製の!! 144分の1だけどね!?」
「どんどんやる気が無くなってる……」
どうやら、霊刀と付ければ何でも許される節があるらしい。
【霊刀 火縄レールガン】
「これがじいちゃんが最後に打った刀ね」
「急にやる気を出すなッ!! 火縄レールガンって何!? なんか変なロストテクノロジーが生まれてるんだけど!!」
詳細は敢えて省くが、文字通りの火の縄ではなく、ケーブルが2本接続されたハンドガンサイズの銃である。
そこに霊気を流し込むことですさまじい威力を発揮するらしい。
「もう刀が刀の体を成していない事にはツッコまないんだな……」
「何言ってるの? 此処まで紹介したのは全部刀よ」
(こいつは目の前のモノが全部刀に見える奇病にでもかかっているのか)
恐ろしい事に火縄レールガンは、どうやらちゃんと何処かの霊術師の手に渡って運用されているのだという。
どうやら、現状これが当代の最後の作品なのだという。当代は確かに刀工としての才能はあったのだろう。
だが、刀工として以上にクリエイターとしての才能が色んな意味で多岐にわたっていたのだ。
多岐に渡り過ぎてクモヒトデみたいになってしまっただけで。
「それに比べ、わたしは凡才で……凡庸極まりない刀しか作れない始末!!」
「良いんだよ、それで!! 奇をてらわなくて良いんだよ!! 普通で良いんだよ!!」
「わたしじゃあ火縄レールガンなんて作れない……!!」
「刀工房に火縄レールガンを求めにやってくるヤツなんて居ないから安心して!!」
「なあ、頭が痛くなってきたから、もう仕事に入りたいんだが……」
「困ります!! 幾ら霊術師の方と言えど、アポも無いのに勝手に押しかけては──!?」
「金ならいくらでも出す。何なら、このために溜めていたといっても過言ではないッ!!」
その時だった。屋敷の入り口の方から喧騒が聞こえてくる。
つるぎと雷花、そして朱音は──声のする方へと向かうのだった。
黒服たちと、揉めているのは見覚えしかない風貌に顔。
金髪碧眼にテンガロンハット、そしてガンマンスタイルの格好だ。
「此処で魔銃を作っていると聞いてね……火縄レールガンを言い値で買いたい」
バット・ヴァレットその人が──押しかけていたのである。
(居たーッッッ!! 火縄レールガン買いに来るヤツ居たーッッッ!!)
双子はどっち派ですか?
-
雷花
-
凍花