とある平日の夜。
日中の疲れを癒すため、つるぎはソファにもたれかかって休んでいることが多い。
そこに、凍花は収まって本を読んでいることが多い。さながら主人を守る番犬のようだ。
(それにしても……)
珍しく凍花が眼鏡をかけている。
いつもは邪魔だという理由でコンタクトレンズにしているのに。
「どうしましたか?」
くるり、と凍花が振り向く。
年相応に幼さを残した顔付の凍花だが、眼鏡を掛けると目が大きく見えて──より可愛らしさが増す。
見惚れていた、などと素直には言えず、つるぎは「何でもない」と返すのだった。
「……何の本を読んでいるんだ、熱心に」
「ああ、霊術師同士の争いについての記述です。例によって下らない記述も多いのですが」
「例えば?」
「えーと……貸してた呪具をメルカリに流したとかで勃発したお家同士の争いとか……」
(だから呪具を漫画の単行本感覚で貸し借りしたりネットに流すな)
あまりにも霊術界は呪具へのモラルが低い節があると見受けられる。
「あ、でも、これとか酷いですよ」
「なんだ、どっちの意味でだ」
「龍虎合戦。知りませんか? 京都の龍王寺家と虎狼家の争いです。代々続く憎しみ合いで両家同士で激しい殺し合いになったんです」
つるぎは眉を摘みそうになった。
霊術界はたまにこうした血なまぐさい話が出てくるのである。
「先に龍王寺家が虎狼家を皆殺しにしたんですが、跡継ぎだけ取り逃したらしく」
「怖いな……ニュースでは表向き火事として扱われてたというアレだ」
「そして数年後、今度は身を眩ませていた虎狼家の跡継ぎが龍王寺家を滅ぼしたらしいんですよね。ただ……龍王寺家も跡継ぎの死体だけ見つかってないらしく。結局、両家の跡継ぎの動向は今の不明」
「刺し違えたか……」
「うちは家の仲が良くてよかったですね、つるぎさん」
縁起でもない事を言うな、とつるぎは冷や汗をかく。
城ケ崎家は霊術師の家柄ではないが、荒神家の隣で家族ぐるみで仲が良いのである。
少なくとも、龍王寺家と虎狼家のように殺し合うような仲でなくて良かった、とつるぎは心の底から思うのだった。
「ま、もっとも……私なら……つるぎさんを連れて一緒に駆け落ちしちゃうかもしれないですね?」
「……全く、家の連中とやり合うのはゴメンだぞ」
「私達の為なら?」
「……吝かではない」
それが本音だ。しかし同時に──荒神家には、つるぎよりも実力が高い者がいるのも事実なわけで。祖父もまた、その一人である。
どっちにしても家族同士で争うのは考えたくないな、と平和主義なつるぎは考えてしまうのだった。
(……にしても、大分油断していると見えるな)
最近蒸し暑いからか半袖のシャツに、双子の姉妹お揃いのドルフィンパンツ。
よくよく考えてみれば大好きな女の子がシャンプーの匂いをさせて、自分の前で普段見せない姿でくつろいでいるのだ。
「……どうしたんですか? もしかして、疚しい目で見ているんですか?」
(こいつ……計算づくか)
小悪魔のような笑み。誰にそんな顔を教わったのだろうか、と詰りたくなる。
流石のつるぎも──少し歯止めが利かなくなった。
「うに」
だから、少し悪戯してやろうと思った。
つるぎの手は凍花の頬に向かっていたのである。
「うににににににに」
もち。もちもちもち。
形を変える上に、桁違いに柔らかい凍花の頬。
雷花と同じくスキンケアに気を遣っているのか、すべすべでもちもちだ。
そして、頬を揉みしだく度に変な鳴き声を上げる凍花が面白くて、つるぎは手が止まらなくなってしまう。
しばらくすると、つるぎの手を掴んで少し涙目で凍花は叫んだ。
「うにぃっ……つるぎさんッ、人のほっぺたをオモチャか何かと思ってませんかッ」
「無防備すぎてつい……」
「人が読書をしてるのに、邪魔するのはやめてくださいッ」
「すまん、嫌だったな……」
「……別に嫌とは思ってませんが。どうせなら──抱き締めてほしいです」
「お安い御用だ、お姫様」
「ぴっ」
大きく太い腕が細腰に回され、凍花は冷静ではいられなくなってしまった。
自分で頼んだのに恥ずかしくなってしまう。
「ッ……」
「凍花?」
「あ、あの。耳元で名前、呼ばれるとこそばゆいです」
本で口元を隠しながら言う凍花に、つるぎは余計に抑えが効かなくなる。
「……赤くなっているな」
「ッ……!!」
余計に耳たぶが熱を増す。
興奮と恥ずかしさで身を震わせながら、凍花はつるぎを睨み付けるのだった。
「……つるぎさんのえっち……!」
「そりゃあ悪かったな。誰かさん達に襲われた所為だ。貞操観念とか諸々、ブチ壊されたからな」
「もしかして、怒ってますか……」
「さあな。生憎、やられた分は返さねば気が済まないタチでな」
城ケ崎凍花は──姉が居ない場所では、誘い受け気味。
「……たっぷり、愛でてくださいね」
※※※
──また別の日。
「掛かって来い」
「っしゃおらーッ!!」
つるぎと雷花は鬼化して相対していた。つるぎは竹刀を構え、雷花は体中に電気を迸らせて反応速度を極限まで上げて準備をする。
舞台は鹿島堂に用意された広大な地下スペース。元は物置だった場所を、つるぎや城ケ崎姉妹のトレーニング用に鹿島が改造して整備した場所らしく、結界で固められているので能力の使用もOKというシロモノ。
とはいえ今やっているのは能力による攻撃は無しの組手ではあるのだが。
互いに一進一退の攻防、そして打ち合い。もう何度やったか分からないが故に、互いの手は知り尽くしている。
つるぎの渾身の薙ぎ払いをすんでの所で躱す雷花。髪の毛がはらりと舞う。
だが、雷花の蹴りもまたつるぎは拳で受け流し、いなしてみせるのだった。しかし──
「ぶっふ──ッ!?」
つるぎは動体視力もすさまじい。それゆえに、見てしまったのだ。スカートの中から見えた、雷花の黒い下着を。
それも──明らかに布面積が小さい攻めたデザインのそれを、だ。
布は紐で結ばれており、ちょっとしたことで解けてしまいそうである。
「隙ありッ!!」
「ッ……!? ──!!」
だが、そこは流石に荒神つるぎ。
一瞬で立て直し、雷花の拳を竹刀で受け流すと、そのまま抑え込んで捻じ伏せてしまうのだった。
「あいだだだだ!? ギブ、ギブ!! それやられたら動けないってぇ!?」
「……おい雷花。スパッツはどうした」
「えー? ……てへ♡」
「わざとかッ」
つるぎの関節技から解放された雷花は、悪戯っ子のようにペロリ、と舌を出す。
そして悪びれる様子も全く見せずに「興奮した?」と聞いてくるのだった。
「何処であんなものを買ってくるんだッ」
「通販」
「こいつ……しかも、紐ってお前」
「なんだよなんだよ、ガン見してるじゃん……♡」
「ガン見じゃない、衝撃のあまり二度見したんだッ」
「心配しなくても、紐の結び目は飾り。ほどけたりなんかしないよっ。……スケベ♡」
「訓練中にも履くヤツが居るか」
「こんなので心乱されてたら、もしも相手がセクシーなお姉さんだったらどうするのさ?」
そこまで言って、雷花は──顔を顰めた。
「……ゴメン、想像したらすっごく嫌な気分になった。つるぎがボク以外のお姉さんにデレデレしてるのすっごく嫌」
「自分で言って自爆する奴があるか」
「ふーんだ。いいよ、つるぎが草食系の顔してこの手の下着に弱いってのが分かったからさ。次はもっと過激なヤツにしてやろーっと」
「……おい雷花」
「何さ?」
変身を解いていたのが、運の尽き。
雷花は一瞬で壁際に追い込まれてしまう。
所謂壁ドンというやつだが、腕まで抑えられており、身動きが取れない。
つるぎは獣のような眼光で雷花の身体を舐め回すように見下ろすのだった。
「つ、つるぎッ……?」
「そうだな、お前の言う通りだ。俺もどうやらまだ修行が足りなかったようだからな」
「目が怖いんですけどー……? もしかして怒った?」
「だが、オマエは1つ勘違いしてる事がある」
こつん、と額と額がくっついた。
「……お前らに襲われる前、俺がどれだけお前らを見て”我慢”していたか……だ」
「ひゃい……」
「お前は散々、俺をからかって、その反応を面白がってたんだろうが……俺は元より、お前を
「ッ……」
「それともう1つ。俺はオマエ達以外に靡くことはない」
そこまで言って、つるぎは──雷花を拘束から解放した。
少しはこれで懲りてくれるだろう、と思ったのだ。訓練中に挑発的な真似をするのはやめてもらいたい。
だが同時に、つるぎも激しく反省する。戦う相手がセクシーではないとは限らないからだ。
(もう少し俺も異性への耐性を付けなければいけないのかもしれない……雷花には感謝だ)
実際、その後、雷花はしおらしく、真面目にトレーニングに励んだ。
帰る途中も、いつにもなく口数が少なかった。少々怒りすぎたか? 気にしていたつるぎだったが、それが杞憂だったことが帰った後に分かった。
ガチャン。
部屋の鍵を閉めたのは雷花だった。
「つーるぎ」
後ろから──雷花は抱き着いてくる。しかし、どことなく──甘えたような声であったことは言うまでもない。
「さっきの、やってよ」
「さ、さっきのって──」
「壁にドンってするやつ」
「何でだ」
「良いから」
「……こうか?」
正直さっきは勢い任せだったので、恐る恐るつるぎは雷花を壁に追い詰め、そして手を壁に突いてみせる。
雷花は──つるぎの顔を見上げながら、悪戯っ子のように笑みを浮かべた。
「ねえ、つるぎ。ボクだって、君が思ってる以上に君の事好きだよ」
「ッ……」
「ねえ、教えて。ボクにどんな事したかったの?」
城ケ崎雷花は──妹の居ないところでは、とてもワガママだ。
「……どんなつるぎでも受け止めて、愛してあげる」
※※※
──それは、朝の登校中の出来事だった。
「正直もっと、つるぎさんの方からぐいぐい来てほしいんですよね」
「分かるーっ!! つるぎ、すっごく奥手だからさー」
「アレは姉さんが押せ押せしすぎなんだと思います」
「じゃあ、トーカはつるぎに何してほしいのさ」
「たっぷり膝の上で甘えてほしいです……♪」
「力づくで組み伏せられたい……♡ つるぎになら、ちょっと無理矢理でも良いかも……♡」
「……ん?」
「……ん?」
全く真逆の嗜好に──両者は顔を見合わせた。
先に文句をつけたのは凍花の方であった。
「む、無理矢理って、姉さん!! ただでさえ、私達無理矢理つるぎさんに迫ったようなものなのに、”逆”も求めるのはあんまりです!! つるぎさんは優しい人です、可哀想では……!」
「ぐいぐい来てほしいって言ったのは凍花じゃん!!」
「そうですけども!!」
「……こないだまではそんな事無かったんだよ? でも、こないだ訓練中に壁ドンされて睨まれてからは……その。逆も良いなって思っちゃって」
「うわぁ、末期ですこの人……ってか、その話は初耳なんですが」
「良いじゃん、あの丸太みたいな腕で組み伏せてほしいの!」
あれから、少し雷花のヘキは歪んでしまった。
今まではぐいぐい押せ押せだった雷花だったが、今では少しだけ被虐願望が見え隠れするようになってしまった。
無理矢理押し倒したのは雷花の方だが、それはそれとしてつるぎには強いつるぎで居てほしい、という思い。
何より──自分を一心不乱に求めてくるつるぎが見たいという欲望だ。
「私は、守ってほしいです、あの丸太のような腕で……つるぎさんはとても穏やかで優しい方ですから。傍にいるだけで安心できます」
「でもそのつるぎを襲ったのはトーカも同じなんだよねえ」
「アレは幾らなんでもつるぎさんがクソボケ過ぎるからですッ」
やはりこの姉妹、根っこの所では同じであった。
「正直こないだも、訓練中に捻じ伏せられるのに興奮した」
「姉さん……それ、つるぎさんが知ったら怒りますよ」
「大丈夫、ボク捻じ伏せるのも好きだから!」
「そう言う問題ではありません」
「そんな欲望全開のケダモノなつるぎも……ボクが愛してあげるんだぁ……」
「……姉さん。前から思ってたけど、つるぎさんの事になると思考がデンジャラスになりますよね」
「えー、何さ。トーカは自分がノーマルみたいに言うじゃん。こんな関係を受け入れてる時点で、トーカもアブノーマルだよ」
「そりゃあもう──」
凍花は、雷花の腕を抱きしめながら言った。
「……私は、姉さんも大好きですので」
「ッ……んもー、ボクの妹、かわいすぎー♡ ボクも、トーカ大好きだよーっ♡」
全く同じ顔。全く同じ姿。
故に通じ合うこともすれ違うこともあるが──姉妹は、互いが大好きなのである。
この歪で綺麗な三角関係は、ひとえにこの姉妹の繋がりの深さで成り立っていると言っても過言ではない。
双子はどっち派ですか?
-
雷花
-
凍花