「というわけで、しばらく俺は弱体化だ」
代わりの練習用ナマクラ刀を机に置きながらつるぎは言った。
「確か刀が届くまで、もうしばらくかかるんでしたっけ」
「凡そ2週間らしい」
こんな事もあろうかと、用意していたらしい。流石に準備が良い。
だが──同時にアフターサービスと言わんばかりに、朱音からも代わりの霊刀をつるぎは渡されていた。
「──どうやら万が一の時はこいつで戦えと言う事らしい」
【霊刀 精霊馬(新品)】
「激しく要らないッ!!」
「生ゴミじゃないですかッ!!」
「失礼な──」
2秒後、霊刀精霊場はつるぎ達の食卓に並んでいたのだった。
「──まだ新鮮だから食ったら美味い」
「ほんとーだ、ほんのり甘い」
「おいしーです」
【霊刀 精霊場(爪楊枝だけバージョン)】
もうそれは、ただの爪楊枝である。
※※※
(マズいですね……この間の水泳補修、結局25メートル泳げなかったので、このままでは夏休みに学校に通うハメになりそうです)
──城ケ崎 凍花は悩みに悩んでいた。
凍花は幼い頃に溺れかけてから、水が苦手なのだ。
これでも小学生の頃はお風呂すら嫌がっていたほどの筋金入りである。
そんな彼女がそう簡単に泳げるようになれるわけがなかった。
とはいえこのままでは夏休み中もプールで補修は確実であった。
かと言って学校図書館で泳げるようになるための本を探すのは恥ずかしい。同級生に泳げないのを揶揄われるのは彼女のプライドが許さない。
秋葉原にある行きつけの古本屋に足を運び、凍花は水泳初心者のための本を探し、堂々と立ち読みするのだった。
(うん──無理なモンは無理ですね……)
とはいえ、どうしても水中で足が付かなくなるのが怖い。
ビート板無しで25メートル泳ぐなど夢のまた夢の話である。
「……あれ? 凍花ちゃん? 凍花ちゃんよね?」
「!」
びくり、と凍花は肩を震わせる。
そして咄嗟に本を膝の上に隠した。
アッシュグレーの長い髪。外国人のような端正な顔立ち。
清楚な大人の女性といった立ち振る舞いにワンピースがよく似合う。
凍花は思わず──彼女の名を呼んだ。
「ヨ、ヨミさん……!」
「あはは、やっぱり凍花ちゃんだった。雷花さんの方かと思ったわ。だって珍しく水泳の本だなんて読んでるもの」
「……ッ!!」
凍花は顔を真っ赤にして机に突っ伏す。
「あ、ああ、ゴメン! でも気になっちゃって」
「あう……ヨミさんには知られたくなかったです……」
「此処に来てそれは無理があるでしょう? 私、此処の店長さんなんだからね」
東京に住んでいると、霊術師同士知り合うのはさして珍しい事ではない。ヨミは凍花にとってはそんな霊術師の知り合いの1人だった。
※※※
凍花が、このヨミという女性に出会ったのは4月も終わり頃の事だった。
ヨミは古本屋の若い店主なのだが、最初に出会ったのは暗い夜道。
見慣れぬ女性が動物霊に絡まれているのを見つけた凍花は、すぐ助け舟を出すべく駆け足して追いかけたのである。
(いけない、早く助けないと──ッ!!)
しかし、足が浮き、腕が抵抗して前に進まない。まるで水の中にいきなり放り込まれたかのようだった。
そして凍花が動揺してる間もなく、その女性は動物霊を前に怖気づく様子も見せずに叫ぶ。
「一次法定式・
目の前で動物霊はへしゃげて成仏していった。
その圧倒的で鮮やかな技に、凍花は思わず見惚れてしまったのである。
そして、案の定凍花の存在に気付いたヨミは慌てて「あ、あわわ!? 今の見られたかしら──!?」と叫んで逃げていってしまったのである。
凍花からすれば鮮烈な出会いであったことは言うまでもない。だが、もう二度と会う事もないだろう──と思っていた。
だが次の日、たまたま訪れた古本屋で凍花はその女性と出くわすことになる。
当然蒼褪めた顔で最初は素知らぬフリをしていた女性だったが、凍花は迷わず声をかける。
「あのっ、昨日のお姉さんですよね……?」
「ナ、ナンノコトカシラ……?」
「私も霊術師なんです。昨日の技、とても凄くて……見惚れてしまいました」
「え!? ど、同業者だったの……!?」
「特にバリオンプレッシャーって技の響き、良いですね──良い感じに中二病っぽくて」
「……分かる!? 分かっちゃう!? あの頃は若かったわね……でも、今でも使ってるのよ、考えた技の名前!」
そこから、本好き同士、ヨミと凍花は意気投合した。
ライトノベルの話、恋愛の話、そして──霊術師としての話。
放課後は時折、半ばヨミに会いに行くため凍花は訪れる事が多くなった。
勿論、つるぎや雷花と一緒に来た事もある。ヨミは珍しくつるぎ相手にも怯える様子を見せず、彼を歓迎した。
「つるぎ君カッコいいわねぇ。うちの旦那も鍛えててムキムキだから張り合えるかも」
「(※恥ずかしくて返事が出来ない)」
「ヨミさん、つるぎさんに色目使わないで下さいね」
「使わないわよ。私はこれでも、旦那さん一筋なのですっ」
「珍しいなあ、トーカがこんなに打ち解けるなんて」
凍花からすれば気兼ねなく本の話題で話せる近所のお姉さん──という感覚だ。
クラスメイトに友達が多い姉の雷花に対し、凍花は学校の外でこうして交友関係を結ぶことが多かった。
霊術師同士であることも二人の距離を近くさせた。
※※※
そんなこんなで今に至る。
「ところで、ヨミさん。ヨミさんは泳ぐのは得意ですか?」
「人並みには泳げるわよ?」
「そうですか──はぁ」
憂鬱そうな顔で凍花は溜息を吐く。仲の良いヨミでも、泳ぎという一点においては分かり合えそうにない。
「どうしたのよ、そんなしょげて」
「いいえ……人並みに泳げるヨミさんに、私のようなカナヅチの気持ちは分からないんだろうなあ……って」
「卑屈ね……ってかカナヅチだったのね、凍花ちゃん」
「おかげで夏休みもプール補修になりそうで」
遠い目をしながら凍花は一言。
「……なんかもう……プールなんて滅べばいいのにって思います。どうせ人間、泳ごうと思わなきゃ泳ぐ機会なんてないのに」
「いやいや、意外とあるかもしれないわよ? 例えば乗ってる船が沈んで溺れるとか」
「あるわけないでしょ……」
「そうじゃなくても霊術師なら、相手が無理矢理水辺を模した結界を張ってくることもあると思わない?」
「むぐぐ……」
「確かに凍花ちゃんは翼竜タイプだけど、むしろ空を飛ぶからこそ、水に落ちる機会もあると思うわ」
ヨミの鋭い一言に、凍花は反論できなかった。
水に落ちたくないから水辺を飛ぶわけだが、敵の攻撃でそもそも落とされる可能性もあるわけだ。
その時に黙って溺れ死ぬのは良くない、とヨミは問うているのである。
「はぁ、先生からは泳ぎのフォームが悪いって言われるんです。でも、水の中だと怖くてなかなか練習にならなくって。何かいい方法はありませんか、ヨミさん」
「……うーん、方法が無い事もないわね」
「なんと」
「よしわかった! 今日は凍花ちゃんの為に、お姉さん少しだけ一肌脱いじゃう! お店は早めに閉めて、鹿島堂に行きましょう!」
凍花は目をぱちぱちと瞬かせた。
鹿島堂で一体何をするのか、彼女には皆目見当もつかないのだった。
※※※
──鹿島堂の地下には、霊術師向けに鹿島が解放している特訓用スペースがある。
元々面識があったのか、ヨミもスペースを使う事を鹿島は快く許可した。
そして──両方共水着に着替え、二人は地下に降り立つ。
「──ふふん、意外と着れるものね。高校の頃の水着!」
「ヨミさんまで着替える必要はありましたか……?」
「でも旦那は結構好きなのよ、スク水」
「今しないで下さい、そんな話」
と言いつつも、今度スク水でつるぎに迫ってみようかと考えてしまう凍花だった。
「さーて、やる事は簡単。私の恐竜が何か覚えてるかしら?」
「バリオニクス──白亜紀のヨーロッパに生息していた魚食恐竜ですよね」
「ぴんぽーんっ! その能力は何か分かるわね?」
「えーと、早く泳げる──」
「ブッブーッ!! 答えは特殊な斥力を持つ
(私はその能力知ってるし、まだ答え全部言ってないのですが──!!)
──それこそが、ヨミの鬼の能力。
バリオニクスとしての水中遊泳能力は勿論持っているが、この疑似的に水中空間を作るという能力がとにかく反則染みている。
自分に有利なフィールドを作り出すのみならず、重粒子を操る事で疑似的な水圧を生むこともできるのだ。それにより、相手をぺしゃんこに押し潰すのも自由自在なのだという。
(だとしてもバリオニクスでそのインチキチート能力なのは未だに納得してないですッ)
正直、なんでこんな人が古本屋の店主をしているのか、凍花は甚だ疑問なのだった。
「このバリオン夜叉の力で、この空間中を重粒子で満たし、疑似的な水中を作るわ! それなら、凍花ちゃんも怖くないでしょう?」
【バリオン夜叉 獣脚類 スピノサウルス科】
「ま、まあ、溺れる心配が無いという意味では画期的な方法ですね……」
「一応マットも敷いたから、落ちても心配ないわね!」
「落ちるかどうかはそっちの能力の匙加減なんで気を付けてください」
青い顔で凍花は言った。溺れる不安は無いが、今度は別の不安が発生してしまっている。
「それじゃあ行くわよ──オン マカシリ ソワカ!!」
(法定改竄術ッ!!)
結界がスペース内に展開され、ふわりと凍花の身体が浮かび上がる。
既に周囲には強力な霊気を放つ重粒子が大量に充満しており、辺りを疑似的な水中へと変えた。
「す、すごい、ふわふわ、宇宙空間のようです」
「水中と無重力空間は似てる、ってよく言うわね。それじゃあ、フォームの練習をしていこうかしら」
「は、はいっ」
その後──溺れる不安が無いこともあり、凍花はヨミに手を取ってもらう形で泳ぎのフォームを練習していく。
水面に顔を付けるのをイメージしながらもバタ足。それを繰り返すだけだが、背筋を伸ばし、指先までピンと張ることを教えてもらいながら練習は続いた。
そして10分ほどしただろうか。
「うん、なんていうのかしら。物覚えはやっぱり悪くないのよね、凍花ちゃん」
「……そう、でしょうか」
「ただ、水の中に入るとパニックになっちゃうのが原因……かしらね?」
「昔溺れかけて……つるぎさんに助けられた事があって」
「ふふふ……でもね、大丈夫。水は確かに怖い事も多いけど、味方に付ければいい事も多いはずよ」
「味方……ですか」
「そう。嫌いだー、とか怖いとか、そんな理由で敵を作っちゃうと後悔する事もとても多いし、きっと自分の為にならないわ」
「水は……味方」
こくり、とヨミは頷いた。
「氷も、水が姿を変えたものよ。きっと、凍花ちゃんなら仲良くなれると思うわ」
※※※
「今日はありがとうございました、ヨミさん」
「良いのよ。私も楽しかったわ!」
「でも、何でわざわざ能力まで使って協力してくれたんですか? その──ヨミさんにはあまりメリット無いのに」
夕陽の中、二人は帰路につく。
ヨミはにこやかに凍花に笑いかけた。
「私ね……この力を平和に使ってみたかったの」
「……平和に?」
「誰も傷つけない方法で、役に立たせたかったの。それに、凍花ちゃん頑張り屋さんだから……力になりたくなっちゃった」
ヨミは──夕陽を前に何処か遠い目で凍花に笑いかけた。
この笑顔の裏に隠れた苦しい過去を──凍花は少なからず読み取る。彼女も霊術師だ。何事もなく今まで過ごせてきたわけではない。
むしろ、あそこまでの能力を鍛えるのには紆余曲折あったはずである。
(ヨミさん……本当に只の在野の霊術師なんでしょうか……?)
彼女ほどの霊術師を、霊術師組織が放っておくわけがない。
そんな事を考えていると、ヨミのスマホが鳴った。
「あっ、待って凍花ちゃん。旦那から電話が──もしもし?」
「……旦那さん、かあ」
「え? 店が閉まってる? ご、ごめんなさいっ、野暮用で閉めちゃいました……ワケは後で話しますから」
「……」
「それじゃあ帰ったらゴハンの準備するから──待っててくださいね、ザン君」
ぷつり。
通話を切ったヨミは凍花の前で手を合わせ、言った。
「ごめんね、凍花ちゃん! 今日旦那が早帰りだったみたいで」
「……夫婦仲、良いんですね」
「ええ。色々あったけど……あの人で良かったって思ってるわよ。じゃあまたお店で!」
「はいっ、また──」
そう言ってヨミは手を振って走り去っていくのだった。
そんな彼女を見送りながら──凍花はぽつり、と呟く。
「……夫婦、か」
いずれ、3人でひとつになる未来を凍花は思い描く。
だが──それは、きっと世間に認められなかったり、あるいは障害が待ち受ける幸せでも辛い道のはずで。
「……でも、どんな結果になっても……私は、つるぎさんと姉さんの味方です。それだけは……確かです」
ほんのりと未来に向けた決意を抱きながら──凍花もまた、恋人と姉が待つマンションへと帰るのだった。
※※※
──しかし、良い雰囲気を台無しにするような事件は翌日早速起こったのである!!
「夏は暑い……だが、私一人が校内で水着になると、私は当然公然わいせつ罪で捕まる事になる」
当然である。
しかし、問題はこれをのたまっているのは──この白亜高校の生徒会長・斜陽院 光一ということである。
この斜陽院という男は、普段から制服をはだけて着ており、真っ黒に焼けた肌を惜しげもなく周囲に見せつけていることで有名であった。
曰く。
「私の美しさを世に知らしめることができないのは、この世の損失だと思わないか!!」
何でこんなやつが生徒会長になっちまったのか、さっぱり不明である。
しかし──最大の不幸は、この斜陽院という男に動物霊が憑りついた事であった。
本人も無自覚のうちに、動物霊は彼を蝕んでいき──次第に彼を恐ろしい能力に目覚めさせてしまったのである。
ある日の朝。一番に学校にやってきた斜陽院は、屋上で惜しげもなく服を脱ぎすてた。朝日だけが彼の股間を隠している。
「この学校の空間定義と認識をこれより改竄するッ!! 結界を校舎全域に展開──海だから全員、水着になるのは当然だッ!! 赤信号、皆で脱げば怖くないッ!!」
『これでジュラシック・コーストの完成だ……ッ!! 我らの繁栄のため──此処ら一帯を海と再定義しようぞ!!』
【プレシオ海鬼 爬虫類 首長竜目 プレシオサウルス科】
──白亜高校の長い一日が、始まった。
双子はどっち派ですか?
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雷花
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凍花