──その日の放課後は、いつも以上に荒れていた。
「──誰かと思えばぁ……洞道家のお嬢さんじゃねえか……ッ!!」
「あ、あぅ……」
竹刀がアスファルトを抉る。
それを見て、少女は腰を抜かしてしまうのだった。
背中にはプレートが墓標の如く大量に突き刺さっており、顔面は手の形をしたオブジェが絡みついている。
尾てい骨から伸びた尻尾には、剣の如きスパイクが伸びていた。
「おい、どうしてくれるんだよ……可愛い顔してんじゃねえか……俺の剣もいきり立っちまったじゃねえか、ええ……!?」
【ステゴ剣鬼 爬虫類 鳥盤目 ステゴサウルス科】
それもただの鬼ではない。剣竜と呼ばれるステゴサウルスの力を宿した鬼であった。
「ひぃっ……こ、殺される……!?」
「斬らせろ、斬らせろォォォーッッッ!!」
ブン、と剣を振るえば街路樹が真っ二つに両断され、めきめきと音を立てて割れていく。
破壊的な威力の剣を前にした女子生徒は逃げ出そうとするが、足が震えてしまっており、最早走る事すらままならない。
「この力はすげぇぜ……!! 刀の錆びにしてやらァァァーッッッ!!」
刀が振るわれる。しかし、それは女子生徒に届かない。
甲高い音。受け止めたのは──呪力に蝕まれた刀。それを振るうのは──荒神つるぎ。正真正銘の剣鬼だった。
「ッ……! 逃げろッ!!」
「は、はひっ……!」
「此処で見たことは忘れろ、良いなッ!!」
相手も竹刀とはいえ、鬼になったことで相当膂力が強い。
じりじりとつるぎは押し返されつつある。女子が逃げたのを横目に、彼は竹刀を受け流して間合いを取る。
絡みついた手の形をしたオブジェから覗く顔。そこから、つるぎは鬼に変身した者が誰なのかを察した。
(……剣道部の剣崎先輩……部活に出ていないと思ったらッ……!!)
「ヒッ、ヒヒヒヒ……!!」
尻尾が舞い、つるぎはそれを跳んでひらりと躱す。雷花と組手で訓練する事も多いつるぎだが、尻尾攻撃はもう慣れっこだった。
「誰かと思えば、荒神かァ……ッ!! 丁度良い、お前も斬りたいって思ってたんだよォ!!」
(普段なら絶対にこんな事は言わない人だ……ッ! 鬼に意識を乗っ取られてしまっているッ!)
剣崎は真面目で穏やかな性格の3年生だ。いつもなら稽古に出るのに、出席していなかったため、不審に思ったつるぎが探しに来たのである。
(蓋を開けてみればビンゴ! 本人に理性が無いのは幸か不幸か!)
動物霊の力を悪用する者ばかりではなく、自らの意に反して暴走してしまう者も居る。動物霊との相性が良くない場合がこのケースに当てはまる。
ブンブン、と竹刀が空を斬ればそれだけで衝撃波が飛び、辺りの木が圧し折れた。
(
「ティラコ獣鬼の封──ッ!!」
つるぎは刀の切っ先でティラコレオの御札を傷つける。
(霊気を纏う対象を──足に!!)
つるぎの足は、ティラコレオの前脚と同様のスパイクが付いた獣のそれと化す。
そして、次々に飛ぶ斬撃を跳躍で躱したかと思えば、壁に飛びつき走って登っていく。
「ッ──待ちやがれッ!!」
(待たずとも、こっちから行ってやるッ)
壁を蹴り──つるぎは、ステゴ剣鬼に凄まじい勢いで跳びかかった。
両者は再び剣と剣でぶつかり合う。鍔迫り合いだ。
膂力は確かにステゴ剣鬼の方が上だが、つるぎも鍛え上げた体幹によって一切引くことがない。
加えて、飛び掛かった勢いが乗った事でつるぎが押している。
「ロッキー飛鬼の封──ッ!!」
更に、つるぎは仕込んでいた御札を刀の切っ先で傷つける。
(体をバッタには変えられないが……!!)
次の瞬間、刀はバラバラと音を立てて大量のバッタを吐き出し、ステゴ剣鬼の竹刀に喰らいつく。
「ん何ィ!? 竹刀が──」
竹刀が消えたステゴ剣鬼。当然胴につるぎの痛烈な一撃を見舞われ、ぐらりとバランスを崩すのだった。
そこに無地の御札を重ね、動物霊を鎮める必殺の突きが加えられる。
「”封”ッ!!」
衝撃。そして──御札に霊力が吸い取られていく。
しかし、阿怒烈奈や在都蛇の時とは違い、剣崎の身体を鎧のように覆っていた霊気は、彼の体内には吸い込まれず、そのまま拡散して消えてしまうのだった。
これは剣崎の身体に憑りついていたものが本物の動物霊ではなく、只のデッドコピーであったことを示していた。
普通、動物霊は人の体内に憑りつくが、このコピーは人の体を覆う拘束具のように変化して憑りつく。コピーであるが故に本物とは違って完全に祓う事が可能だ。
このコピーを──霊術師界隈では”レプリカ”と呼ぶ。
(また外れか……!!)
ばたり、と倒れてしまう剣崎を見て、つるぎは嘆息した。これで3ケース目。先に現れた二人のステゴ剣鬼も、同様にレプリカだったのである。
コピーである以上、本物が必ず存在する。そして、コピーを複製している何者かが居るということでもある。
(参ったな……全く同じタイプ、今月で3人目のステゴ剣鬼か……)
その時である。剣崎が目を醒まし、起き上がった。
「おーい、どうした騒がし──って」
その時だった。様子を見かねた他の剣道部員たちも、現場にやってきてしまったのである。
そこには倒れている剣崎と、その前に立つつるぎ。完全に言い逃れが出来ない現場が完成してしまった。
(あ、マズい)
「あ、荒神、お前まさか──やっちまったのか!?」
「(必死に言い訳を考えているため、無言)」
「なぁーにぃーっ!? やっちまったなぁ!?」
「(どうしようかと必死に考えているため、無言)」
「お、俺ァお前の事を怖いヤツだと思ってたが……信じてたんだぞゥ!?」
「あ、えーと、あの──その、これは──」
つるぎは卒倒しそうだった。この状況で言い訳を考えられるほど、彼は器用ではない。
まして、こんなに多くの部員に取り囲まれ、既にパニック寸前であった。
「荒神様は無実ですわっ!!」
鶴の一声で、剣道部員たちはいっせいにその方向に目を向ける。
先程つるぎが助けた女子生徒がそこには立っていた。
銀色の髪がくるくるとカールした、深層の令嬢を思わせる容貌に部員たちは皆釘付けになってしまった。
「……その人、えーと、熱中症で倒れていただけなんですの! 荒神様は、それを助けようとしただけ。とにかく無実ですわ!」
「……そうなのか?」
「それに、見た目で人を判断するなんて、サイテーの行いですわ!」
剣道部員たちは鎮痛な面持ちで顔を伏せるのだった。
「俺達は……サイテーだ……」
だが、同時に──見た目で人を判断する、の下りはつるぎにも突き刺さるのだった。明らかに犯人っぽかったのに全く無関係だった覗木を疑っていた事である。
(やはり、人にやったことは自分に帰ってくるのか……)
「そ、そうか……悪い荒神、疑っちまった……」
「おい、取り合えず剣崎さん運ぼうぜ、すっかり伸びちまってる」
「すまん、荒神! 帰りがけに何か奢らせてくれ!」
「いや、俺は……」
「遠慮すんなよ、よーし他の奴らは稽古に戻れ―」
「押忍!!」
つるぎは──女子生徒に振り向いた。
初対面の相手にまともに話すのは緊張する。
緊急時や、悪人相手ならば緊張している場合ではないのですぐに声が出るのだが、こうも面と向かうと、なかなか声が出て来ない。
そんなつるぎに、くすくすと女子生徒は笑う。
「此処で見たことは他言無用、でしたわね?」
妙に聞き心地の良い声で少女は言った。
「……あ、ああ」
「貴方は……荒神つるぎ様、ですわね。噂は存じてますわ」
「君は──」
「洞道コトリと申します。以後お見知りおきを♪」
そう名乗り、上機嫌そうに女子生徒は去っていった。
あの様子だと、今回の事は黙っていてくれそうだ。
「……あの子、俺を怖がらなかったな」
そんな事を考えながら、つるぎも稽古に戻るのだった。
※※※
「──って事があったらしいけどさぁ」
「霊術師でないならば、霊の記憶は次第に薄れていくはずです。心配はないかと」
それでも此方の世界の事は話題にならないに越した事はない。
人目をはばからずに暴れ回るステゴ剣鬼の存在は、霊術師たちを悩ませるものであった。
大抵、動物霊の力を悪用する者は自身の存在が露呈することを恐れて、人の目をしのんで悪事を働く。だが、ステゴ剣鬼にはそれが無い。
ただただ憑依者を暴走させて暴れさせるだけだ。既にSNS上には、最初にステゴ剣鬼が現れた時の「コスプレ怪人、暴れ回る!?」という題名で写真が出回ってしまっているのである。
「だよねえ。でも、参ったな。またステゴでしょ? あいつ、硬くて苦手なんだよねえ……」
「ですが、2回も戦ったおかげで、私達も戦闘経験が積めました。次で最後であってほしいですが」
「全くだよ。あ、そうだ──トーカ! 今度のデート作戦なんだけど……」
「姉さん、もう人が近くに」
「あ、ごめんごめん」
そんな事を話しながら、二人は学校に同時に入り、そして教室に入る。
そうして出くわした現場は──
「つるぎ様。もしよろしければ、私とデートしていただきませんか?」
「……? ……?」
──いつものように朝練帰りで寝ぼけていたつるぎの目の前に、見慣れぬ美少女が立っている光景だった。
「……ッ!?」
「……ッ!?」
「おい、ウソだろ、あの荒神に……デートォ!?」
「事件だ、大事件だーッッッ!?」
教室は騒然とする。
寝ぼけていたつるぎは、自分が何と言われたのか全く分かっておらず「ふが?」と情けない声を出して、目の前に立つ少女に視線を向けるのだった。
「もう一度言います、つるぎ様。今度の土曜日、私とデートをしてくださいませ」
「いやいやいや、駄目だよ!! つるぎにはボク達が──」
「姉さんステイ、此処は学校ですッ!!」
「ぐえええええええ!!」
出しゃばろうとする雷花を凍花が首を絞めて止める中、教室中の騒然は止まらない。
「おい!! 大丈夫か、洞道さん!! そいつは、あの剣鬼・荒神つるぎだぞ!?」
「スッゲー怖いんだぞ!?」
「失礼です! 貴方達は、つるぎ様の何を知っておられるのですか!?」
毅然とした態度で──洞道は言った。
その名前で、雷花はピンと来たようだった。
逆に凍花をヘッドロックで固めた雷花は叫ぶ。
「洞道……!? 確かお父さんが資産家ですっごいゴージャスな家に住んでる、あの洞道さん……!?」
「姉さん!! ギブ!! ギブ!! 殺される、姉さんに殺される」
「私、この間──つるぎ様に悪漢から助けていただきましたの!」
「ええ!?」
教室の騒然は更なるどよめきに変わった。
「つるぎ様は世間で言われているような、悪い方ではありません! 何処かの悪い誰かが流した噂に、貴方達は振り回されているだけです!」
「……待て、洞道さん」
「つるぎ様ー♡ 今度の土曜日! 白亜駅前で集合ですっ! よろしいですわねー♪」
「……? ……? ……?」
「……もし付き合って下さらないなら、この間の本当の事、言ってしまいますかもしれませんわ」
「ッ!? おい、待て──」
つるぎの頭がフリーズしている間に、洞道は手を振って何処かへ行ってしまうのだった。
(つるぎが、デート!? ボク達を、差し置いて、デート……!?)
(取られる……つるぎさんが、取られる……)
顔を真っ青にして、双子たちは手を取り合う。
双子たちにとって史上最大の危機が訪れようとしていた。
※※※
「洞道さんのおかげか、この数日でつるぎの悪い噂が殆ど立ち消えになってる……」
「実は良いヤツなんじゃないかって方向になってますね。そもそもつるぎさん、別に悪い事をしたわけじゃないですし、元々噂をただ噂だと思っていた層が顕在化しただけとも言えます」
その週の金曜日の夜。
つるぎは、律儀にデートの準備をしていた。
きちんと服にアイロンを掛け、デートコースの予習までしている。根はとにかく真面目なのだ。
双子たち以外の女の子と二人っきりで出かけるなんて初めてなのだが。
「つるぎぃ~、本当にデートに行っちゃうのぉ!?」
「まさか、ステゴ剣鬼から助けたのがこうなってしまうとは……」
「ボクという者がありながら!? 浮気だよーっ!!」
「別にお前と付き合っているわけじゃあないだろう」
「じゃあ、つるぎさんは……あの洞道さんの事が好きなんですか?」
その問いに──つるぎは答えなかった。
「……少なくとも、洞道さんは俺を恐れなかった」
「ボク達もそうだよ!!」
「そうです。つるぎさんを怖いと思った事なんてありません」
「……ねえ、つるぎ。洞道さんと付き合っちゃうの?」
「……何とも言えないさ」
首を横に振ったつるぎ。
ショックを受けた様子で雷花は泣きそうになるのだった。
「だが、それはそれとして、デートに向かわなければこの間の事を言いふらすとも言っている」
「それヤバい女!! 絶対ヤバい女だよ、つるぎ!!」
「……しかし、俺の悪い噂を消してくれたのも事実だ」
「私達の力を以てしてもダメだったつるぎさんの噂の火消し……一体何をしたのやら」
「どっちにしてもデートには行かねばならんだろう。二度と、こんな脅し紛いの事をしないようにキツく言う」
とはいえ、理由がどうあれこれまで双子以外とデートしたことが無いつるぎは、とても緊張している。
「……なあ、雷花、凍花」
「どうしたんですか、改まって」
「なぁに……?」
「俺は……これまでも、今も、これからも……お前達の幸せを願って生きるつもりだ」
「そ、それなら──何で答えてくれないのっ!? ボク達、こんなにつるぎの事、好き好きーって」
「……俺にお前達の気持ちに応える資格が無いからだ」
ぽつり、とつるぎは言った。
責任感。そして──彼女達の将来。その全てを考えた時、つるぎはどうしても、彼女達の気持ちに応えられなかった。
つるぎは、双子どちらかを選ぶことなど出来ない。かと言って、どちらもを選んだ先の未来も想像できない。
(……俺は、腰抜けだ……だが、腰抜けでも彼女達の幸せを願う事は出来る)
「俺は……お前達がいつまでも元気でいてくれて、そして真っ当なヤツとくっついて、普通に幸せになってほしいと思っている」
「何ですかそれ」
凍花は──つるぎの肩を思いっきり掴んでいた。
普段滅多に表情が変わらない凍花が──本気で怒っている。
「私達の幸せって、つるぎさんが勝手に決めつけて良いものなんですか!?」
「……それは」
「
つるぎの肩から手を離した凍花は、そのまま彼の顔を見る事もせずに──寝室に行ってしまった。
怒らせてしまったことなど、つるぎが一番分かっていた。しかし──これが最善なのだ、と自分に言い聞かせる。
「……ボクだって、そうだよ。いつだって、つるぎに幸せになってほしいってずっと思ってる」
「……雷花」
「トーカ、多分あれ泣いちゃうと思う。……ボク、トーカの傍にいるね」
「……すまん」
「それはトーカに言ってよ。……ボク達だって傷つくんだよ」
そう言って、雷花も凍花を追うようにして、寝室に行ってしまうのだった。
(……これで良い。これで──良いんだ)
つるぎは溜息を吐く。
しかし、どうしても腑に落ちず──自分のベッドに横になった後もなかなか眠れなかった。
(雷花、凍花……俺は……お前達が……)
※※※
「あーっ、つるぎ様ーっ!」
「……来たのか」
「ふふっ、オシャレしているつるぎ様も素敵ですわーっ!」
──次の日。
白亜駅前で落ち合うつるぎ、そして洞道。
洞道は白を基調としたワンピース姿で、如何にも清楚そうな格好だ。
対するつるぎは、黒いシャツに白いジャケット。服装は普通だが、本人の威圧感に所為で見る人が見れば、ヤの付く怖い人にしか見えない。
そんな彼らを観察する一組の影。
「──よくもまあ好き勝手に言ってくれたものです」
「……これで終わるボク達じゃないよ!! ボク達には、あの子がつるぎの彼女に相応しいか、見極める権利があるんじゃないかなあ!?」
アフロにサングラスを掛けた不審者。
鹿追帽に二重マントの探偵スタイルの不審者。
言うまでもないが──デートを尾行しに来た城ケ崎姉妹であったことは言うまでもない。
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双子はどっち派ですか?
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雷花
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凍花