※※※
──7年前。
あれは、憑りついた動物霊の力を双子の中に抑え込んだ後のことだった。
「……本当にゴメンっ!! 俺の所為で、ふたりが……」
「も、もうっ、つるぎが謝る事ないよ」
「……そうです。悪いのはつるぎを騙した悪霊の方です」
「……俺、責任取るよ。二人が、ちゃんと元のように生活できるように、出来る事全部やる」
だが、荒神つるぎという少年に二言は無かった。
その日からつるぎはこれまで以上に剣道の訓練に打ち込むようになり、雷花と凍花の修行には必ず付き合った。
冷気と電光の制御には必ず立ち合い、時には実戦形式の組手すらやった。
「あっ、つるぎ!? ごめんっ、痛かったよね!?」
「大丈夫……これに負けてたら、本物の動物霊相手に戦えるわけねーからな……!!」
「で、でも、火傷してるよ……!!」
「大丈夫だッ!! もう一回来いッ!!」
その際、電光や冷気が暴発してつるぎが怪我をすることも珍しくはなかった。
だが、彼は自ら望んで二人に立ち会った。いずれ動物霊が憑りついた鬼と戦うのだ。当時の彼女達よりも余程強い鬼と。
それに何より、彼女達が能力を得てしまった責任をつるぎは自分で取るつもりでいた。必ず能力を制御させてやる、と決意したのだ。
「う、あう……つるぎ、さん……私の傍に居たら、寒いですよ……」
「大丈夫だ、凍花……俺が絶対傍にいるっ! お前の冷気なんて、涼しいくらいだ!」
「……つるぎさん」
「ほら、あったかい御粥を作ったんだ。早く体温上げねえと……」
能力が暴走して、その反動で寝込んだ時は必ず傍にいた。
何なら普通に風邪を引いた時ですら、献身的に看病をしてくれた。
「すまん──待たせた」
「どうして来たんですか、つるぎさん……!」
「待ってよ、つるぎ!? 今日、剣道の練習試合なんでしょ!?」
「また部活の先輩から反感を……!」
「お前達が最優先だ。学校に出た鬼を放置できるわけがないだろう」
双子のピンチには、自分の用事などどうでも良いと言わんばかりに返上して馳せ参じた。
度々部活を休んだり抜け出すので、当時、剣道部の先輩からは激しく嫌われていたのである。実力だけはあるので、余計に彼への反感は強まっていった。
これだけ献身的に接してくれる幼馴染相手に、双子が惚れこむのに時間は掛からなかった。
※※※
「もしかしてボク達さぁ……つるぎを縛っちゃってるのかなあ」
渋谷の町を歩くつるぎと洞道を双眼鏡で監視しながら雷花は言った。
「……縛る……?」
「……うん。つるぎは責任感で、ボク達と一緒に居るの、って前に聞いたんだ」
「……返事は?」
「……返してもらえなかった」
「……そうですか」
「うん……」
苦しそうに雷花は言った。
胸が締め付けられるように痛い。
「ボク達はずっとつるぎが好きだけど、つるぎもボク達が好きな保証はないじゃん」
「それは……そうですが」
「その時に、ボク達がつるぎの枷になっちゃいけないよね」
「ですが、そう簡単に諦めて良いんですか、姉さんは」
「……諦められるわけないじゃん。どうやったって、つるぎのハートをゲットしたいよ」
「私だってそうです」
凍花は隣に居る雷花の手の甲に掌を重ねようとした。
重ねようとしたが、重ねられなかった。
──雷花の手には山のような数のワッフルが抱えられていたからである。ストレスによるやけ食いだ。
(いつの間に買ったんです、その数のワッフル──ッ!?)
「──大体ねえ、つるぎは頭が固すぎるんだよ、あむ」
「姉さん」
「──ボク達はかれこれ何年、つるぎを想ってるんだって話だし? あむ」
「姉さん食べ過ぎです。目を離した隙に買って食べるまでが速すぎませんか?」
「責任取るなら、やっぱり結婚してくれないかなぁ!?」
「姉さん、それで何個目ですか、また太りますよ」
「うるさいなあ!? そっちこそカルパス何本目だよ!! 大体トーカはデカい駄肉を2つ胸からブラ下げてんじゃんか、太るの気を付けないといけないのはそっちだよ!!」
「……フッ」
「今鼻で笑った!! 鼻で笑った!! 戦争!! 戦争だよ!!」
雷花が涙目で凍花を揺さぶる。悲しいかなこの姉妹、パッと見ただけで胸囲の格差が存在するのである。
「ところで私達今、何をしてるんでしたっけ」
「……ああ!! つるぎ見失った!!」
「はぁー……」
急いで二人は町中を追いかける。
「それで聞いてくださいませ! 私の家に”サル子”という名前のペットが居ますの!」
「……」
「あ、でも名前は”サル”だけど、ワニなんですの!! どうして”サル子”なんでしょう?」
楽しそうに談笑するつるぎと洞道の姿があった。……いや、楽しそうなのは洞道だけだ。肝心のつるぎはずっと無言である。
「うわぁ、楽しそうにしゃべくっちゃって!!」
「いいえ、目が泳いでいます。アレは何を話せばいいのか分からない時のつるぎさんです」
「ダメだ!! やっぱりつるぎはつるぎだよ!! 相手の人、これで本当にデート楽しいの!?」
「ちなみにワニの名前が”サル子”なのは古代ワニの”サルコスクス”からだと思われます。洒落た名前ですね」
「知らないよ!!」
「それにしても本当に楽しそうですね……恋は盲目です」
「……でも、ボクらが言えた口じゃないよねえ」
「そうですね」
きっと──つるぎに惚れてから、自分達はおかしくなってしまったのだ、と雷花は語る。
恋は盲目。ことあるごとにつるぎの顔が浮かぶし、その度に胸が焼け付くような思いをするのだ。
「……つるぎさんの事になると、私はクールで居られなくなりますから」
「恋って病気だよね……ほんっと」
「ドリキャス~、ドリキャス~、ドリキャスは要らんかねぇぇぇーっ」
「……」
「……」
余韻をブチ壊すのは──拡声器で響き渡る馬鹿でかい声。
見ると、路上で白い中古のゲーム機・ドリキャスの屋台がたたき売りをしていた。
今日び田舎の中古ゲームショップでも置いてなさそうな代物が屋台の上にこんもりと置かれている。
「ねえ……何て? ボク、耳まで病気になった覚えはないんだけど」
「──アレは渋谷名物、ドリキャスの屋台ですッ」
「ドリキャスの屋台ってなに!? なんでそんなモン売ってんの!?」
「そんなモンとは何ですか!! ドリキャスはセ〇の傑作ハードですよ!!」
「知らないよ!! そんなに傑作なら何で今〇ガ製のハードが無いのさ!!」
「今喧嘩を売りましたか?」
「売ってない!!」
「此処はオシャレの町渋谷、ドリキャスの屋台の1つや2つあるでしょう」
「無いよ!? むしろドリキャスはオシャレとは縁遠いよ!? そもそもドリキャスっていつのゲーム機!?」
「取り合えず1つ買ってみましょう、折角ですし」
「もーう、トーカはすぐ他の物に目移りするんだからぁぁぁ!!」
城ケ崎凍花はオタクであった。全方位に浅く広いタイプのオタクであった。
興味があるものには真っ先に突っ込んでいき、ドツボに嵌るのは──実は凍花の方である。
「……マズイですね。つるぎさん達をまたしても見失いました。あの女、なかなか狡猾ですね──くっ」
「違う違う! 自分で落とし穴にハマっていった!! あの女は何にも関係ない!!」
「今回の所は私の敗けということにしておいてあげましょう。ですが、次はこうはいきません」
「ちーがーうー!! トーカが敗北したのはドリキャス!! あの女じゃなくてドリキャス!!」
「ドリキャスに罪はありませんッ!!」
ドリキャスを後生大事に抱きかかえながら凍花が言った。確かにドリキャスに罪は無い。
「何がつるぎさんの事になるとクールで居られなくなる、だよ!! ボクの純情を返せ!!」
「なぁに安心してください、こんな事もあろうかとつるぎさんのスマホには位置情報アプリをこっそり仕込んでいます」
「今とんでもなく恐ろしい事言った!! ボク、この子の姉やるの嫌になってきたんだけど!!」
じゃあ最初から見失ったのを騒ぐ必要はなかったじゃないか、と雷花は頭を抱える。
この妹、頭がいいはずなのに時折バカになるのである。
「……位置情報アプリを使ってこなかった理由は勿論ありますよ」
「なにさ」
「アプリ上でつるぎさんのマーカーがお城のような建物に入っていったら、私は人の形を保っていられる自信がないからです」
「つるぎに限ってそれはない!! ……無いよね? 大丈夫だよね!?」
「……なぁ、城ケ崎の嬢ちゃん達、さっきから何やってんだい?」
びくり、と双子は震える。
振り返ると──そこに立っていたのは、顔馴染みのオカルトショップの店長・鹿島だった。
「か、鹿島のじっちゃん!?」
「鹿島さん、店は……」
「今日は休みだよ。何だ、オジサンが渋谷を1人歩いてたらおかしいか?」
ダンディな鹿島は、恰好が恰好なだけに渋谷を歩いていても様になる。
白髪にウエストコートがよく映えていた。
一方の双子は──おかしなコスプレ姿である。どちらがオシャレの町に相応しいかは一目瞭然だった。
※※※
──そんなわけで、双子はこれまでの経緯を鹿島に話したのである。
此処は渋谷のコーヒーショップ。鹿島の行きつけのお店らしく、渋い雰囲気だ。
雷花は砂糖たっぷりのミルクコーヒー、凍花と鹿島はブラックのエスプレッソを注文する。
「ハハハハハ! つるちゃんが他の女とデート、ね! それで尾行か!」
「もう、笑いごとじゃないんだよ、鹿島のじっちゃん!」
「……私達双子、最大の危機です」
「そりゃあ、つるちゃんが悪いわ。……女関係で優柔不断なのは、マージで爺さん譲りだな、カッカッカ!!」
けらけらと笑いながら鹿島は言った。
双子たちと鹿島は、東京に住む前にも何度か会った事がある。
使えそうな呪具などを融通してもらったこともあるくらいだ。
だが、こうしてつるぎの事で双子が鹿島に相談するのはこれが初めてだった。
「でもよ、つるちゃんもまだ15歳のガキだぜ。お前らと同じ子供だよ。間違えたり、悩んだりするもんだよ。あんまり責めてやるのは可哀想だぜ」
「……それは、そうかも」
「確かに……私達は無意識のうちに、つるぎさんを頼れる相手だと思ってました」
「体がデカいし、考え方もあの年の割にはしっかりしてる。多分……お前達の為になるって思ったら、例えお前達が傷つく結果になってもそれを選んじまうんだよ」
でもそれって、結局お前達の意思を無視しちまってるよなあ、と鹿島は言った。
「つるちゃんってあの年にしちゃあしっかりし過ぎてんだよ。お前達と付き合って結婚するとして? どっちを選ぶか──とか、あるいは
「……ボク達はそれで良いけど」
「若いなあ。良いか、つるちゃんはクソ真面目だ。きっと付き合う時は結婚まで考えるくらいには一途だぜ」
「……」
「こっからは俺の想像だけどよ、結婚して子供が出来た後の事まで考えてる。前提として──当たり前だが日本は一夫一妻制だからな」
「あ、確かに……」
「子供が生まれて、その後にお前達や子供が社会から受けるバッシングとか、考えちまったんじゃねーかって思うんだよな」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせる。
双子は考えた事が無かった。つるぎは寡黙だが、その裏には多くの苦悩を抱えている。
双子が自分に想いを寄せてくれていることなど百も承知だ。しかし、それを受け入れてしまった後の事を──ずっとつるぎは考えていたのだろう。
「つるちゃんだってな──お前達両方の事が大好きだからこそ、真剣に、本気で悩んでんだよ」
「じゃあ、ボク達はどうすれば良いの……?」
「……つるぎさんが”どちらも選ばない”という選択をするなら、受け入れるしかないのでしょうか」
「難しいなァ──両想いなのは分かってんだけどなあ。でもよぉ、根気強く話してみるしかないんじゃねえか?」
一番良いのは──つるぎが懸念しているリスクを全て受け入れた上でその覚悟を示す事だ。
それでつるぎや周囲が納得するかどうかは、また別問題なのであるが。
「恋愛ってのはよ、結局自分と相手、両方が幸せになるのが一番だかんなあ……」
※※※
「さぁて、そろそろお昼にしませんこと?」
「あ、ああ……」
(この女……ほぼ3時間近くノンストップで身の回りの事を喋り倒していたな……中身のない会話をする才能はナンバーワンだ、間違いない)
疲れ切った様子のつるぎ、そしてお肌がツヤッツヤの洞道。
つるぎは藁にもすがる思いで近くの喫茶店に入る。周囲の人間がギョッとした顔で避けていくが、もうそんな事つるぎは気にしなかった。
気掛かりだったことを──洞道に問いたいからだ。
「何を注文する」
「ふぅーむ、庶民のお店にはあまり入ったことがありませんの。何かおススメはありますの?」
「なら、オムライス2つで良いか」
「……卵や鳥以外にしてくださる?」
「アレルギーか?」
「似たようなものですの」
結局つるぎは大盛りのオムライス、一方で洞道はドリアを注文した。
料理が来るまでの間、つるぎは──漸く自分の話を彼女にすることにした。
「洞道」
「なんですの? もしかして、愛の告白ですの?」
「──この間見た事は誰にも口外しない。分かってるな?」
念を押すように──つるぎは問うた。
「ええ、勿論。心得てますわ」
「……ひとつ忠告しておく。こんな脅しに乗るのはこれっきりだ」
「あら。もうデートしてくださらないのですか?」
(あんな中身のない会話に付き合わされるのは、正直二度とゴメンだ……)
そこまで考え──つるぎの頭には、双子の顔が浮かぶ。
(……あいつらと一緒の方が、はるかにマシだ。だが、振ったも同然なのに、あまりにも虫が良すぎるか……)
彼は首を横に振り「話を逸らすなよ」と言った。
今は──目の前の洞道を説き伏せるのが先決である。言葉を一つ一つ、慎重に選んで行く。
「デートがどうこうじゃない。こっちの世界に踏み入ってくるな、と言っている」
「……残念。面白そうでしたのに」
「危険だ。分別のある奴らばかりじゃない。守ってやれんぞ」
「では、脅し抜きのお願いなら聞いて貰えるかしら」
「……内容次第だがな」
「──私の、
ぴくり、とつるぎは眉を動かす。
彼女の言っている意味、そして意図がよく分からなかったからだ。
「……
「読んで字の如く、ですわ。私、貴方のような強くて優しい殿方を待ち望んでいましたの。貴方も──せいせいするのでなくって? あの喧しい双子から言い寄られる日々から解放されるのだから」
「……何だと」
「知ってますわよ? 貴方と城ケ崎姉妹の事。あのアバズレ女たち、未だに懲りずに貴方に引っ付いてますのね。貴方が私とくっつけば、いい加減諦めも付くでしょう?」
「……俺達と双子の関係を何故知っている」
「どちらも選ぶことが出来ないなら、私の番になりません?
にぃ、と獲物を狙う捕食者のような笑みを浮かべ、洞道は言った。
「……あの娘達と一緒に居ると、貴方……不幸になりますわよ」
「あいつらを悪く言うような奴と懇ろになるつもりはない」
山盛のオムライスを掻きこみ終えると、つるぎは席を立った。不愉快である以前に、つるぎは洞道の事を不気味に思ったからだ。
事を構えるにしても、この喫茶店は狭すぎる上に人が多すぎる。代金をさっさと二人分払い、つるぎは先に店を出ようとした。
きっと洞道は追ってくるはずだ、と踏んで。
「……本当に本当に、変わっていない。純粋で……
そんなつるぎを追う事もせず──洞道は鞄から木製の小箱を取り出した。
ドリアは、全く手を付けられていなかった。
「
箱が開く。
そこから──黒い靄のようなものが飛び出し、背後からつるぎを覆うのだった。
「ぐっがぁぁぁ!?」
突如、息も出来ないような苦しみがつるぎを襲う。
白々しくも「まあ大変!! お腹でも壊したのかしら!!」と叫んだ洞道は、苦しみ悶えるつるぎに駆け寄った。
「貴様……何をした──ッ!!」
「くっすすす。貴方は私の見込んだ通りの男。剣鬼の才能がある」
「……ふざけるな!! 俺に、動物霊は憑依出来ない……!!」
「憑依出来ないなら、纏わせればいい。……
「改造だと……!?」
「……呪いを混ぜ込みましたの。とっておきの──呪いを!」
つるぎの背中に、次々と何処からともなく現れた影の剣が突き刺さっていく。その度に貫かれるような激痛が彼に迸る。
そして、彼の顔を覆った黒い靄は西洋鎧の甲冑の如き姿へと変貌していく。
思考が黒く塗り潰され、理性が蒸発していく──
「あ、ぐ──雷花──凍花──お前らは、逃げ──ッ」
薄れゆく意識の中、つるぎは──うわごとのように愛する双子の名を呼んだ。
「格好いいですわ、つるぎ様……♪ さあ、その剣であの双子たちを葬ってしまいなさいな」
後に残るのは剣鬼。冷徹な、正真正銘の剣鬼の姿だった。
これまで現れたレプリカとは違う。背中には墓標の如く剣が無数に突き刺さった、骸の騎士が渋谷の町に顕現する。
「……貴方こそまさに、「剣鬼」の頂点に相応しいのです」
「ゥぁ、るぁああああああああああああああッッッ!!」
【ステゴ剣鬼<完全体> 爬虫類 鳥盤目 ステゴサウルス科】
史上最悪の「剣鬼」誕生──
双子はどっち派ですか?
-
雷花
-
凍花