生まれ変わったら赤髪の幼馴染ができました   作:お米大好き

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今回は登場人物少ないです。


10.成長への第一歩です。

 

 

「……っし!」

 

 『ギィッ──』と断末魔を上げ、ゴブリンが崩れ落ちる。

 魔石だけを残して、そいつは跡形もなく塵となった。

 

「……」

 

 深く息を吐き、握りしめた短剣(ショートソード)をゆっくりと下ろす。

 薄闇のダンジョン内で、ほのかな安堵を感じた。思っていたよりも手応えが良かった。

 

「悪くないね」

 

 後ろでノインが腕を組みながら笑っている。

 その隣にはリャーナとマリューも控えていて、二人ともどこか満足げな表情を浮かべていた。

 

「剣の扱い、少しはマシになったんじゃない?」

 

「おかげさまで。この剣、かなり使いやすいです」

 

 僕はノインからもらった短剣(ショートソード)を見下ろす。

 模擬戦の後、彼女が『お詫び』として譲ってくれたものだ。

 新品というわけではないけれど、手入れが行き届いていて、僕には十二分にありがたい。

 

「けど、防具なしってのはやっぱり危険ではないかしら?」

 

 リャーナが心配そうに眉を寄せる。

 今さらな気もするけれど、それも無理はない。装備といえば、この剣を除けば訓練用の木の盾と小道具が少しあるだけで、防具に至ってはゼロだ。

 

 防具なしで行くと言った時、アリーゼたちにはさすがに全力で止められた。けれど

『着けてない人もいますよね?』と言うと、彼女たちは微妙な表情を浮かべながらも、

最終的には『気をつけてね』と送り出してくれた。

 

 それが、かれこれ3日前のことだ。

 

 まあ、僕だって防具があった方がいいと思う。もし頭や胸にモンスターの攻撃を受けることがあれば……と、そこまで考えて、ふと剣を握り直す。

 

「でも、やっぱり防具より武器ですよね」

 

 ステータス増加や特殊能力が付与された防具なら欲しいと思う。けれど、この世界にそんなロマン装備はない。

 

 なら、多少の無理をしてでも貯金を続けて、切れ味の良い武器を手に入れる。それが、僕の優先順位だ。

 

「そろそろ戻ろうかしら」

 

 ノインの提案に頷き、僕たちはダンジョンを後にした。

 地上に戻ると、リャーナとノインは先に拠点へ戻り、僕とマリューはギルドに立ち寄ることにした。

 目的は今日稼いだ魔石の換金だ。

 

 ギルドの換金所で魔石を渡すと、しばらくして係員が換金額を告げる。

 

「本日の換金額は、2100ヴァリスになります」

 

 その言葉に『……この数で2100か』と、思わず反応しかけたが、すぐに口元を抑えて気取られないよう努めた。

 

 マリューは特に疑問を持った様子もなく

『ふふふっ、十分な収穫ねぇ』と微笑んでいる。

 

 そんな彼女に同調するように頷きながらも、僕の頭の中では別の考えが浮かんでいた。

 

(今日まともに売れた魔石は約30程、探索初日が16程で1300ヴァリス、昨日が20と少しで2300ヴァリスだった、魔石の換金は量より質なのか?)

 

 この3日間で僕たちが狩ることができたのは、ゴブリンとコボルトだけだ、それもコボルトを狩れたのは、昨日と今日でそれぞれ5匹ずつに過ぎない。

 

(コボルトの魔石が高値なのか、それとも狩った個体の大きさや魔石の状態が関係しているのか……)

 

 考えを巡らせるうちに、ある一つの可能性が頭をよぎった。その瞬間、口元が緩みそうになるのを必死に堪える。

 

(確かめたいな……いや、でもこれ、下手すると悪用に近いかな……)

 

 思いついてしまった可能性に、冷や汗が流れた。

 

「どうかしたのかしらぁ?」

 

 マリューが首を傾げ、穏やかな声で問いかけてくる。

 その純粋な視線に、一瞬たじろぎながらも、僕は笑顔を作った。

 

「いえ、何でもないです。ただ、やっぱり魔石の仕組みって面白いなぁって思っただけで」

 

 自分でもぎこちない言い訳だと感じるが、マリューは特に疑う様子もなく微笑んでくれる。

 

 しかし僕は心の中で複雑な感情を抱えていた。

 

(もし本当に検証できたら……いや、それでもリスクが大きすぎる)

 

 思いついてしまった可能性を試したい気持ちはある。けれど、それが“アウト”に近い行為であることも、ウラノスやギルドの管理体制を考えれば、十分理解していた。

 

 一歩間違えば、自分だけでなくファミリア全体に罰則が降る可能性がある。

 それに、こういった行為がもし他ファミリアに知られたら、争いの火種になることだってあり得る。

 

「……慎重にいこう」

 

 誰にも聞こえない声で、そう自分に言い聞かせた。

 

 マリューと一緒にギルドを後にし、夜風が心地よく吹く街を歩きながら、僕はふと空を見上げる。

 

(ダンジョンは未知だらけだ。けど、それを知る権利があるのもまた冒険者なんですよね……)

 

 未知への興味とリスクへの恐怖。両方が交錯する中、僕は慎重に行動しようと心に決めた。今はまず、できることからやるしかない。

 

「それじゃあ、早く帰りましょうか。リャーナさんたちが待ってますし」

 

「そうねぇ、みんな心配してるだろうから」

 

 二人で歩きながら拠点を目指し、静かな街並みを抜けていく。芽生えてしまった好奇心を胸に抱えながら、僕は夜の空気を味わった。

 

 

 

 

 

「と、自制心を働かせたはずなのに来ちゃったダンジョン♪」

 

 深夜のダンジョン、一階層の入り口近くで僕は軽く鼻歌を口ずさむ。

 マリューと帰宅した後、一応眠るふりをしてみせたものの、結局好奇心に勝てなかった。

 

「おっと、暴れない暴れない」

 

 手足を縛られたゴブリンが、か細い声で抵抗しようともがいている。それを抑え込みながら、僕は用意してきた道具を取り出した。

 

「昼間に魔石を換金したんですけどね、全部じゃないんだぁ」

 

「売れるのは一定以上の大きさのものなんだってさ。細かく砕けたものとか、傷が多いものは使い道がないって拒まれるんですよ?」

 

 僕は道具を手に取りながら、一方的にゴブリンに話しかける。

 ゴブリンは目を見開き、か細い声を上げながらも、僅かな抵抗を繰り返している、しかしこの逃げ場のない状況で、その瞳は僕に完全に怯えている。

 

「不便ですよね、せっかく集めたのに無駄になるなんて、もったいないと思いません?」

 

 僕は笑みを浮かべながら魔石の欠片を取り出し、ゴブリンの目の前で見せる。

 その欠片は小さく、所々に傷が入っていた。明らかに換金には使えない代物だ。

 

「だからさ、君に協力してほしいんですよ」

 

 僕はそう言いながら、ゴブリンに顔を近づけた。

 その瞳は恐怖で震え、数刻前まで人間に敵意をむき出しにしていたゴブリンとは別物になっていた。

 

「知っているかい?モンスターは魔石を食べると強くなれるんだよ」

 

 僕はゴブリンの口を無理やりこじ開ける。

 

「それでね、これが使えなくなった魔石をすり潰して溶かし込んだ、僕お手製の特製ドリンクだよ。二十数個分の“栄養”が詰まってるんだ」

 

 冷静な声でそう言いながら、僕は持参した小さなフラスコをゴブリンの口元に近づける。

 中の液体は黒紫色をしており、どろりとした異様な粘度がある。

 

「これを飲むと君の体はどうなるのかな?やっぱり強くなるのかな。それとも何の変化もないのかな?」

 

 ゴブリンがかすれた声で抵抗するような音を漏らす。

 しかし、僕の手の力に逆らえるはずもなく、液体は彼の口の中に注がれていく。

 

「ほら、全部飲み込んで。大丈夫、毒なんて入ってないから」

 

 ゴブリンの喉が動き、液体を飲み込む。彼の顔は苦痛と恐怖で引きつっているが、僕はそんな様子を冷静に見守った。

 

「……ん?」

 

 しばらくすると、ゴブリンの体が小刻みに震え始めた。目が血走り、息遣いが荒くなる。その変化に僕は興味深げに首を傾げる。

 

「……グ、ギギ──」

 

 ゴブリンの体が膨らみ、縛っていた縄がギシギシと音を立て始める。

 

「ごめんね、このままだと縛ってる縄が千切れそうだから」

 

 僕は淡々と呟きながら、手にした短剣をゴブリンの首元へと振り下ろした。

 

──シュッ。

 

 鋭い音と共にゴブリンの首が切り落とされ、勢いよく地面に転がる。

 胴体からは黒い霧のようなものが立ち上り、やがて崩れ落ちるようにして魔石だけを残した。

 

「ふぅ……」

 

 僕は足元に転がる魔石を拾い上げ、それをじっくりと観察した。

 表面は以前よりも光沢が増し、大きさもわずかに大きくなっているように見える。

 

「他のゴブリンが落とす魔石と比べても……やっぱり違うな」

 

 僕は魔石を光に透かしながら、じっくりと観察する。表面の輝きと大きさ、そして何よりその存在感が明らかに異なっている。

 

「やっぱり効果はあるみたいですね」

 

 実験の結果に満足しつつも、その危険性を改めて実感する。

 モンスターの魔石を活用することで、彼らを僕の手で人工的に“強化”できる可能性を確信した一方で、それがどれほど危険な結果を招くかも容易に想像できた。

 

「あと試すべきは個体差と強化幅……」

 

 僕は魔石を手に取りながら、静かに呟いた。実験は一つ成功したが、これだけでは不十分だ。

 どのモンスターがどれだけ強化されるのか、個体差による変化や限界点を確かめる必要がある。

 

「たとえばコボルトならどうなるだろう。ゴブリンより魔石が大きいし、体も頑丈だ。もしかしたら、さらに顕著な結果が得られるかも……」

 

 そんなことを考えながら、僕は再び視線を手元の魔石に戻した。

 

 魔石は以前よりも鮮やかな光を放っている。それを見つめながら、心のどこかでわずかに高揚感が芽生えているのを感じる。けれど、同時に冷静な自分も頭の片隅にいる。

 

(勝てるだろうか?)

 

 もし強化されたモンスターが、予想以上の力を発揮したら? 先ほどのゴブリンでさえ、最後は急激に膨らみ、縄が切れる寸前だった。もし、次に試すコボルトが暴走でもしたら――。

 

 想像するだけで背筋が冷えるが、それでも好奇心は抑えられない。

 

「まあ、やるしかないよね」

 

 結局のところ、僕の選択肢は決まっている。

 リスクがあろうと、この世界で生き抜くためには知識と力を積み上げるしかないのだから。

 

 僕は魔石をポケットにしまい、次の実験の準備に取り掛かるため、一階層の奥へと足を進めた。

 

 

 コボルトを探しながらダンジョン内を慎重に進む。

 しかし、一階層の浅い部分ではどうしても見つからない。代わりに遭遇するのはゴブリンばかりだ。

 

「ま、仕方ないか……」

 

 そう呟きながら、目の前のゴブリン2体に目を向けた。こちらに気づいて威嚇するように声を上げているが、今の僕にとってはただの実験素材でしかない。

 

「ごめんね、付き合ってもらうよ」

 

 素早く動き、短剣でゴブリンたちの足を切り落とす。

 悲鳴を上げながら倒れ込む彼らを手早く拘束し、持参した道具を取り出した。

 

 先ほどの魔石を砕き、小さな粉末にする。

 

「おっと、少し風で飛んじゃった…って、そうだ…」

 

 それを水で溶かすつもりだったが、あいにく水を持ってきていなかった。

 ふと、ゴブリンたちのうち一体が瀕死の状態で血を流しているのに気づく。

 

「……代用になるかな?」

 

 ためらいは一瞬だけだった。もう一体のゴブリンを抑え込みながら、地面に広がった血を器に集め、魔石の粉末を混ぜ込む。血に染まった液体は異様にどろりとしているが、これで十分だろう。

 

「さぁ、君の出番だよ」

 

 ゴブリンの口を無理やりこじ開け、その液体を注ぎ込む。先ほどの手順とほぼ同じだ。

 

 僕は変化を期待しながら、じっとそのゴブリンを見守った。

 

 しかし、何も起きない。

 

 ゴブリンは弱々しい息を漏らすだけで、体に特に変化は見られない。

 血走った目もそのままだし、先ほどのような体の膨らみや異常な反応もない。

 

「……個体差かな?」

 

 僕は呟きながら、ゴブリンの動きをじっと観察する。先ほどの液体を注ぎ込んだものの、何の反応もない。

 

 それどころか、ゴブリンの息遣いはさらに弱まっているように見える。

 

(やっぱりモンスターごとに魔石の吸収率や反応が違うのか? それとも、さっきのゴブリンは特別な何かを持っていた?)

 

 ふと、注ぎ込んだ液体のことを思い返す。

 前回は純粋な魔石の溶液だったが、今回は血を使っている、それが何か影響している可能性も否定できない。

 

「……となると、試行回数が必要かぁ」

 

 僕は溜息をつきながら、もう一体のゴブリンを見下ろした。今も怯えた目でこちらを見上げている。

 

「次は、君で試させてもらうよ」

 

 冷静な声でそう言い放つと、僕は一度目の手順を振り返りながら慎重に準備を進めた。怯えるゴブリンを押さえつけ、その首元に短剣を振り下ろす。

 

『ゴトッ』と音を鳴らしゴブリンの首が落ち、胴体から霧が立ち上る中、僕は素早く魔石を取り出した。

 

 それを手際よくすり潰し、再び濃縮された液体を作る。

 

 次のゴブリンにその液体を飲ませた瞬間、体が痙攣を始めた。

 

「……おっ?」

 

 その反応に僕の目が鋭くなる。

 

 目は血走り、息遣いは荒くなり、ゴブリンの身体全体から異様な圧力が漂い始める。

 

 しかし、変化が完全に進む前に僕は一歩踏み出し、迷うことなく短剣を振り下ろした。

 

 

 ゴブリンの頭部が落ち、その体は力なく崩れ落ちる。黒い霧が立ち上り、魔石が地面に転がった。

 

「……なるほど?」

 

 魔石を拾い上げ、手元で観察する。

 見た目には大きな変化はないが、少しだけ重さが増したように感じる。

 

(やっぱり反応はある。だけど、どの条件が鍵になっているのか……まだわからないな)

 

 魔石をじっくり観察しながら、頭の中で先ほどの過程を振り返る。

 

 最初のゴブリンでは反応がなく、今回のゴブリンでは明確な変化が見られた。

 体の痙攣、荒い息遣い、そして身体全体から放たれる異様な圧力。

 

(……原因を絞る必要があるな)

 

 魔石を手のひらで転がしながら、頭の中で可能性を整理する。

 

 一つ目の可能性は、【変化が起こる上限値】だ。

 

 注ぎ込む魔石の量が、ある一定の閾値を超えることで反応が起こるのではないか。先ほどの実験では、粉にする際に少し散って量が減った。これが反応に必要な量に届かなかった可能性が考えられる。一番最初に実験した個体の時は、十分な量を溶かしていたからこそ変化が見られたのかもしれない。

 

 二つ目の可能性は、【適正】だ。

 

 モンスターごとに魔石を吸収して変化する適性があるのかもしれない。

 同じゴブリンでも個体差があり、適正を持つものだけが反応を示す可能性がある。そうであれば、変化が見られた個体には何らかの特性や素質があったということだ。

 

(どっちかが原因なのか、それとも両方が絡んでいるのか……)

 

 僕は立ち上がり、足元のゴブリンの死骸を一瞥する。これ以上の情報を集めるためには、さらに実験を重ねる必要がある。

 

 それには、もっと多くのモンスターが必要だ。

 

「もっと試そう……」

 

 僕は自分に言い聞かせるように呟きながら、ダンジョンの奥へと足を進めた。

 

 暗闇の中、慎重に耳を澄ましながらモンスターの気配を探る、先ほどのゴブリンたちの実験結果だけでは不確定要素が多すぎる、もっと多くのデータが必要だ。

 

 歩を進めるたび、背筋にじわじわと緊張が走る。

 深夜のダンジョンは、いつも以上に不気味だ。湿った空気が肌を這い、足音を立てないように動くたび、自分の呼吸だけが妙に響くように感じた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「はぁ…っそたれめ…」

 

 

(ここまで来て……最悪だ……)

 

 思い返せば、少し欲を出しすぎたのかもしれない。

 

 コボルトを探しながらも、結局見つからず、ゴブリンで実験を繰り返すこと七回。その全てで変化を引き起こし、上手くいっていた。

 

 注ぎ込む魔石の量や処理方法を少しずつ変えながら試してみた結果、反応には一定のパターンがあることがわかり始めていた。

 魔石を砕き、濃縮した溶液の濃度が高まるほど、変化が起こる可能性も高まる

 そして、実験を重ねた魔石自体も濃度が上がり、一度で明確な反応を引き起こすようになっていた。

 

 七体目のゴブリンを実験素材にしていたその時─。

 

 思いもよらない事故が起きた。

 

 

 気配を感じることなく、突然、ダンジョンの壁の中から一体のコボルトが飛び出してきたのだ。

 

「えっ……!?」

 

 驚く間もなく、コボルトはまっすぐ僕を狙うと思いきや、そいつは実験中のゴブリンに飛びかかり、その喉元に鋭い牙を突き立てた。

 

「は……?」

 

 ゴブリンが悲鳴を上げる間もなく、コボルトは咄嗟にゴブリンの胸元に突き出た魔石を噛み砕くようにして飲み込んだ。

 

「うそ……」

 

 ゴクッと音を鳴らし魔石を飲み込んだ瞬間、明らかに異常な変化が始まった。

 

 コボルトの体が震え、毛並みが逆立つ。まるで全身を電流が駆け巡っているかのように痙攣し、筋肉が膨張していくのがはっきりと見て取れた。

 

「……ははっ、笑えない」

 

 僕は短剣を構えながら後退した。

 

 ゴブリン相手の実験ならば、予測の範囲内で対応できていた。

 だが、相手はコボルトだ。加えて僕は何の準備もできていない。

 元々ゴブリンよりも強力な存在が、魔石を摂取して強化される──その危険性は、想像するまでもない。

 

「グルルル……ッ!!」

 

 コボルトは血走った目で僕を睨みつけた。

 

(どうする……逃げるか?いや、逃げ切れる保証なんてないし魔石も勿体無い)

 

 頭の中で考えを巡らせながら、僕は短剣を握る手にさらに力を込める。

 

「はぁ…っそたれめ…」

 

 次の瞬間、コボルトが飛びかかってきた。その動きは先ほどまでのゴブリンとは比べ物にならないほど速い。 僕は咄嗟に剣を振りかざしたが、その爪が服を裂き、肩に鋭い痛みが走る。

 

(ここまで来て……最悪……)

 

 思い返せば、少し欲を出しすぎたのかもしれない。だが、今さら後悔しても遅い。

 

(こうなったら……この状況も利用するしかない)

 

 短剣を握り直した。今さら逃げ切れる保証もない。ならば、この事態を次の実験に昇華する──。

 

「人工的に強化されたモンスター……そいつを倒したとき、得られる経験値はどうなる?」

 

 通常のモンスターと比べ、強化された個体がどれほどの差を持つのか。

 それを確かめる機会は、今しかない。

 

「……やるしかない…ですよねぇ!!」

 

 僕は思い切り地面を蹴ってコボルトに向かって突進した。

 

 逃げる余裕はない。防御する余裕もない。ならば――全力で押し切るしかない。

 

「回避? 防御? 攻撃を受けたら致命傷?知りませんねぇッ……勢いでゴリ押す!!」

 

 強化されたコボルトが吠えながら鋭い爪を振りかざしてくる、その動きはゴブリンと比べ物にならない速さだ

 

 だが、僕はその軌道を真正面から見据え、迷いなく短剣を振り上げた。

 

ギギッ、と音を立て刃と爪がぶつかり合い、火花が散る。

 腕に鈍い衝撃が走るが、それでも僕は短剣を押し返すように力を込める。

 

 

身体強化(ブースト)ッッ!!」

 

 全身から青白い湯気が立ち上る。

 ほんの僅かにステータスが上昇し、その一瞬の差が、僕にとっては大きな違いをもたらした。

 

 コボルトの爪と押し合っていた瞬間、わずかな力の上乗せが僕の体に漲った。

 そのおかげで、一歩だけ踏み込むことができた。

 

 短剣が相手の防御を押し破り、そのままコボルトの胸元に斬り込む。

 

「はぁっ……はぁ!?」

 

 剣が動かない。僅かにできた切り口は、コボルトの筋肉に阻まれ、それ以上進むことができなかった。

 

「グルガァァッ……!」

 

 コボルトは痛みに吠えながら、その鋭い爪を僕の顔に向かって振り下ろしてくる。

 

 僕は必死に体を捻って回避しようとするが、逃げ場はない。鋭い爪が頬と肩を掠め、赤い線が浮かぶ。

 

 

 そこからはコボルトの勢いに押され、僕は完全に防戦一方だった。傷が増えていく中、体力も気力もじわじわと削られていく。

 

(このままじゃ……迷ってる場合じゃないかッ)

 

 

 ここで倒れるわけにはいかない。だけど、勢いを殺され流れを取り返せない、ゴリ押しは失敗した。

 

 

 結果、使いたくなかった最後の手段に手を伸ばす。

 

「これ高かったんですよッ!!」

 

 叫びながら、腰のポーチから取り出した液体を持って、コボルトに向かって突進した。

 避ける暇もないコボルトに抱きつき、尻尾に向かってその液体をかける。

 

 次の瞬間、両手を合わせ火打石をカチッと鳴らして火をつけた。

 

──ボッ

 

 炎が瞬く間に広がり、コボルトは轟くように吠えた。そのまま転げ回り、苦しみながらも暴れまわる。

 しかし、ここで終わらせるわけにはいかない。

 歯を食いしばりながらその体に乗り、押さえ込んだ。

 

「あっついぃ!!」

 

力の限り短剣を突き立てたが──。

 

──パキン!

 

 金属の折れる音が響く。

 

 僕の短剣は、コボルトの強靭な体に跳ね返されて折れてしまった。

 

「あ"ぁ"ぁぁッ!?」

 

 絶望が一瞬よぎったが、それでも僕は止まらなかった。

 怒りと生存本能に突き動かされ、折れた短剣を放り出して拳を振りかざす、馬乗りになり、両手でコボルトの頭部を何度も叩きつけた。

 

「剣が壊れたら確実にバレるじゃないですかぁッ!!」

 

 五発六発と嫌な音をたててコボルトの頭に叩きつけられ、その度に痛みが僕の手に返ってくる。

 だがその痛みがむしろ僕の意志を支えているようだった。

 

「グ、グガッ…ガ…」

 

 コボルトは苦しみながらも必死に抵抗し、その爪で僕を引っ掻こうとするが、暴れたせいで炎が体全体に広がっており、動きも鈍くなっていた。僕はそれを感じながら、さらに力を込めて拳を振り下ろす。

 

 やがて――。

 

「……はぁ……っ、くそ……」

 

 コボルトの抵抗が弱まっていくのを感じた。力尽きたように、その体が重力に任せて崩れ落ちる。燃えさかる炎に包まれながら、コボルトはとうとう動かなくなった。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 僕は荒い息を吐きながら、倒れたコボルトの上からゆっくりと身を起こした。手は痛みで痺れ、肩や体中にできた傷からは血が滲んでいた。

 

「……」

 

 立ち上がろうとするが、足元がふらついて力が入らない。

 今の一戦で体力はほとんど尽きていた。しかし、コボルトの動かない姿を見つめることで、自分が勝ったという事実をようやく受け止めることができた。

 

 しばらくその場に座り込んでいたが、炎の勢いが収まると同時に、僕はふと我に返った。

 

(魔石……)

 

 あれほど苦労した相手の魔石、それを確かめることがこの場に置いて最も重要な事だ。

 

 必死に体を動かし、崩れ落ちたコボルトの体を探る。

 

 やがて、焼け焦げた肉の中から、光を放つ魔石を見つけた。傷だらけの手でそれを取り出し、じっくりと観察する。

 

 魔石は明らかに通常よりも大きく、光沢もより強いものになっていた。強化されたコボルトを倒したことで、この魔石にはさらなる力が宿っているようだった。

 

「……これが、強化の証拠……か」

 

 ぼんやりと魔石を見つめながら、その手に確かな達成感を感じていた。しかし、それと同時に――

 

「帰ったら……どうやって説明しよう……?」

 

 ため息交じりに呟いた。手の中の魔石は確かに実験の成功を証明するものだが、それと引き換えに得たものはあまりに多く、そして重い。傷だらけの体、壊れた短剣、焦げた服──全てがこの無謀な実験の結果だ。

 

(こんな状態で拠点に帰ったら、怒られるだけで済むかな…?)

 

 僕はふらつく足を引きずりながら、ダンジョンの出口を目指して歩き出した。

 

 痛む体を支えながら進む道のりは、いつも以上に長く感じる。

 普段ならなんでもない階段や曲がり角が、今の僕にはひどく遠く感じられた。

 

「……コボルトより怖いかも」

 

 ふと頭に浮かんだのは、アリーゼやセルティたちの顔だった。

 

 彼女たちは間違いなくキレる。

 

 この傷だらけの姿を見たら、どういう顔をするだろうか。アリーゼは厳しい説教をしてくるだろうし、アストレア様はどの様な反応をするだろうか?

 

 そして、リャーナやマリュー、ノインも僕の無茶に驚くことだろう。

 今朝までの彼女たちの優しい笑顔を思い浮かべると、思わず胸が痛くなった。いや、物理的か…。

 

「……帰らないわけにはいかないしな」

 

 再び前を向く。

 

 今はただ、一歩一歩進んで帰るしかない。

 

 そして、全てを受け入れて次に進む。それが、僕にできる唯一の方法だ。

 

 足を引きずりながらダンジョンの入り口にたどり着き、夜空が広がる外の世界へと出る。

 

 夜風が心地よく肌を撫で、冷えた空気が傷だらけの体を追い討ちしてくれる。

 

(うっ……我慢…)

 

 息を整えゆっくりと拠点へと歩き始めた。

 

 少し疲れたが悪いことばかりじゃなかった、これも一つの経験、そう思えれば楽しかった気もしてくる。

 

 頑張ろう、次に向けての新たな一歩を踏み出すために。大抗争に間に合うように。

 

 





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