生まれ変わったら赤髪の幼馴染ができました   作:お米大好き

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ステータスを上げなければ。


11.自業自得と積み重ねです。

 

 

 

「……ついたぁ…」

 

 拠点にたどり着いたのは、深夜の四時を過ぎた頃だった。疲労に滲む足を引きずりながら、ようやく目指していた場所へと帰還した。

 

 辺りは静まり返り、夜の冷たい空気が疲れ切った体に染み渡る。

 足音を立てないように慎重に歩き、こっそりと自室へ戻った。

 

 扉を静かに閉め、ようやくベッドに腰掛ける。

 全身の疲労がどっと押し寄せてきて、ため息が漏れた。

 

「……服は同じものの替えがあるし、怪我も……なんとか隠せそうだけど……」

 

 そう自分に言い聞かせながら、ぼろぼろになった服を脱ぐ。

 焦げた部分や裂けた部分を手で撫でつけると、その無謀な実験の記憶が再び蘇る。

 

「やっぱり、問題は剣だよ……」

 

 そう呟いて、折れてしまった短剣を見つめる。

 ノインからもらった大切な剣だ。昨日譲ってもらったばかりのこの剣が、こんな形で壊れてしまったことが現状一番の問題だった。

 

(正直に話すのは……いや、それは最終手段だ。問題が拡大するだけで済むはずがない)

 

 『なら修理に出す?』今の僕には、剣の修理費を捻出する余裕なんてない。

 

『隠し通す?』それならどうする?鞘から抜かず、戦闘時は拳で……いや、そんな無茶な話が通用するわけがない。

 

「ダメだ、思いつかない……」

 

 問題を解決する案が一向に浮かばない。こうなれば、とりあえず寝るしかない。

 考えたところで今の僕にはどうにもならないし、すぐにバレるとも限らない。

 少し時間を稼げば、どうにか別の方法を思いつけるかもしれない。

 

 そう自分に言い聞かせ、ベッドに横たわった。

 

 疲労が重くのしかかり、すぐに意識が薄れていった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

その日の朝。

 

 目を覚ましてから数時間後――僕は予想外の事態に直面していた。

 

 

[タクト・───]

 

LV.1

 

[基本アビリティ]

 

力 : I 80

耐久:I 48

器用 : I 76

敏捷:I 36

魔力 : I 12

 

「わぁ…成長期ってやつですかねぇ…」

 

 

 

「トータル250オーバー…」

 

 誰かがそう口にし、周囲の空気が一瞬固まったように感じた。次にアリーゼが驚いた表情で僕に詰め寄ってくる。

 

「たった3日で上がりすぎじゃない? タクト、何をしたの?」

 

 

 

 視線が集まり、冷や汗が流れる。

 一歩後退しながら、答えを探す、居心地が悪い中、無理やり笑顔を浮かべて言い訳を試みた。

 

「えっと……多分、経験値補正スキルのおかげでは……?」

 

 

 その言葉に、ノインが眉をひそめた。彼女は腕を組み、少し考え込むような表情で言った。

 

「でも、タクトが攻撃を受けていた覚えがないんだけど? あなた、一度も大きなダメージを受けていなかったわよね?」

 

 

 さらに焦りを感じながら『少しくらい受けておくべきだった……』と内心思う。

 

 そんな中追い打ちをするようにリャーナが困惑した表情で口を開いた。

 

「そもそも魔法を使っているところを見ていないかしら」

 

「……そうですか?」

 

 曖昧な返事をしてどうにかこの状況を切り抜ける方法を必死に考えた。

 正直に話すわけにもいかないし、アストレア様がこの場にいる以上、嘘はつけない。

 

ならば──。

 

 

 

「えっと、まあ、その辺の話は置いといて……今日はですね、ダンジョンじゃなくて、ファミリアとしての活動をしたいなーなんて思いまして!」

 

 無理やり話を変え、勢いよくそう言った。

 

 周囲の視線が再び集まった。半数の人は疑わしげに眉をひそめながら僕を見つめたが、何かを考え込むように視線を外した。

 

「ファミリアとしての活動って……具体的には何?」

 

「例えば、警邏とか見回りとか、巡回とか……治安維持です!やっぱり街の平和も大事ですよね!」

 

 アリーゼの問いに明るく振る舞いながら、必死に言葉を続けた。

 

 巡回(パトロール)などの活動なら、今の自分の状況を少しでも隠せるかもしれないし、何よりこの身体でダンジョンは辛い、ちょっとした油断が死につながる。

 

「……まあ、そうね。それも大事な役目よ」

 

 アリーゼは納得したように小さく頷き、リャーナとノインもそれに同調するように頷いてくれた。

 

「いいわ。治安維持のために巡回(パトロール)するのは大切なことだものね」

 

 アリーゼが微笑んでそう言った瞬間、僕は内心でホッと息をついた。

 このまま深く突っ込まれずに、別の活動に移れるのはありがたい。

 

「よし、それじゃあ今日は街の巡回(パトロール)をしましょうかしら!みんな、準備はいい?」

 

 アリーゼが声をかけ、他の眷属たちも準備に取り掛かる。

 それに合わせて、僕もすぐにその場を離れ、支度を整えに向かった。

 

(何とか誤魔化せた…のかな?でも、いつまでもこんな風に逃げ続けられるわけじゃないよなぁ)

 

 胸の中にわずかな不安を感じつつ、今日の治安維持活動に集中しようと頭を切り替えた。

 

 

 それからそうこうしているうちに、街の巡回はグループに分かれて行うことになった。

 アリーゼの指示で、僕はリャーナとイスカと共に行動することになり、三人でゆっくりと街の中を見回る。

 

 いつもとは違う視線を背中に感じながら、僕たちは治安維持という名目の巡回活動を進めていた。

 

「……なんだか、視線を感じますね」

 

 リャーナが小声で気まずそうに呟く。僕も同じく無数の目に見られている感覚を覚えていた。

 街中を歩く僕たちに向けられる視線は好奇心とも憶測ともつかず、居心地の悪さを際立たせる。

 

「気にしすぎじゃない?私たちはいつもと同じ巡回をしてるだけだよ」

 

 イスカが軽い口調でフォローするが、僕の肩越しに飛び交う声はますます気になった。

 

 

「見ろよ、あの子供(ガキ)が例の……」

 

「ああ、そうらしいぜ。唯一の男だってよ」

 

「なんだよ、あれで行けるなら、俺でも行けたんじゃねぇか?」

 

「俺はあの子でもイける」

 

 通りすがりの人たちの会話が耳に入ってくる。

 

 僕の名前は直接出ていないが、確実に僕のことを話しているとわかる内容だ。しかも最後のセリフ、何を『行ける』って言っているんでしょうか?

 

 深読みするだけ損な気がする。

 

 それどころか、今日ばかりはその手の雑音に気を取られる余裕もない。

 

(体が……痛い……)

 

 僕の身体は今『痛みのデパート』状態で、全身のいろんな箇所が盛大に悲鳴を上げている。

 肩の鈍痛、背中のズキズキ、脚の疲労感に加えて、昨日の戦闘で負った細かい傷たちが見事にコラボしている。

 おまけに寝不足までセットで、もうちょっとした痛みフェスティバルだ。

 

(誰か割引券(ポーション)とかくれないかな……)

 

「タクト、大丈夫かしら? なんだか顔色が良くないように見えるけれど……」

 

 リャーナが心配そうに僕を覗き込んでくる。

 その瞳には、本気で心配してくれている気持ちが映っていて、申し訳ない気持ちを隠しつつ、無理やり笑顔を作った。

 

「あ、いや……昨晩ちょっと寝不足でして、それに緊張も少々……あはは」

 

 リャーナはじっと僕を見て、しばらくしてからため息混じりに微笑んだ。

 

「そう……でも、無理はしないでくだいよ、少しでもしんどくなったらすぐに言うこと。約束よ?」

 

「はい、ありがとうございます。でも大丈夫です。無理せず……全力で頑張りますから」

 

 自信満々の返答で心配を払拭しようとしたが、その瞬間、横から容赦のないツッコミが飛んできた。

 

「おいタクト、それ矛盾してるぞ。無理しないのか全力なのかどっちだよ?」

 

 イスカが口元を緩ませながら首をかしげている。僕は肩をすくめて、少し照れくさそうに笑った。

 

「気合と勢いで両立させます。ほら、『無理せず全力』ってなんか語感良くないです?」

 

「いや、響きだけで何とかなると思うなよ」

 

 イスカが呆れたように鼻で笑うのを見て、リャーナまで小さく吹き出した。

 

 そんなやりとりをしながら歩いていると、少し先の路地からか細い泣き声が聞こえてきた。

 僕たちは一斉にそちらに視線を向ける。

 

『あ』リャーナが声のする方を指さすと、小さな女の子が道端でしゃがみ込んでいるのが見えた。僕たちは顔を見合わせてから、急いで少女の元へ向かった。

 

「どうしたのかな? 迷子になっちゃった?」

 

 リャーナが優しく話しかけると、女の子は涙を拭いながらうなずいた。

 どうやら親とはぐれてしまったらしい。さらによく見ると、片方の膝が擦りむけて赤くなっている。

 

「大丈夫よ、大丈夫。私たちが一緒にお母さんを探してあげるからね」

 

 リャーナがにこやかに励ましながら、女の子の膝にそっとハンカチを当てる。イスカは腕を組んで、膝を見ながら呟いた。

 

「歩きにくそうだな。これ、抱っこかおんぶしないと厳しいかもな」

 

「そうね……タクト、お願いできる?」

 

 えっ、僕? 急に指名されて完全に固まった。

 

「あ、あの、僕でいいんですか? リャーナとかイスカのほうが……」

 

 助けを求めるように二人を見たが、リャーナは満面の笑顔で微笑み、イスカは『がんばれ、男代表!』と言わんばかりに背中を叩いてきた。

 

「ほら、女の子もタクトを選んでるわよ」

 

 見ると、女の子が僕に向かって小さな手を伸ばしている。これで断ったら悪役確定だ。

 

「……わかりました」

 

 そう返事をしながら、僕は無理やり微笑み、女の子の方にしゃがみ込んで手を差し出した。

 内心では『無理無理無理、痛い痛い痛い』と泣き言を連呼していたが、それを顔に出さないように必死だ。

 せめて見た目だけでも頼れるお兄さんを演じなくてはならない。

 

「さあ、乗れるかい?」

 

 僕が優しく声をかけると、女の子は少し不安そうにしながらも、そっと背中にしがみついてきた。

 小さな手が肩に触れる瞬間、僕の肩は予想通り鋭い痛みを訴えてきたが、ここで顔を歪めたら負けだ。何とか痛みを押し殺して、慎重に立ち上がる。

 

(ぐあぁぁ……これ、立ち上がっただけでクライマックスです…)

 

 一瞬目の前がチカチカし、全身に痛みが走るが、なんとか踏ん張る。冷や汗が背中を伝う感覚に耐えながら、気丈に振る舞った。

 

「よし、大丈夫だからね。お母さんを探しに行こうか」

 

 そう言って一歩踏み出すと、またしても全身に響く鈍い痛み。肩、背中、脚、どこもかしこも痛い。

『痛みのオールスターズ』が見事に集合している状態だけど、泣き言を言える空気ではない。

 

「お名前はなんていうのかな?」

 

 気を紛らわせるために、僕は背中の女の子に話しかけた。しばらくして、小さな声が耳元で返ってくる。

 

「リア…」

 

「リアちゃんだね。リア、うん?……あ、いい名前だね」

 

 その名前を繰り返しながら、どこかで聞いたような気がすることに気づいた。

 

 リア、リア……。その響きがやけに耳に残る。

 

(なんだったっけ? どこかで……)

 

 記憶を探ろうとするが、全身の痛みにも気を取られていて、頭が回らない。

 痛みと疲労が交互に襲いかかってくる状況では、思考に余裕がない。

 

「タクト、大丈夫?なんだかとても辛そうだけど…?」

 

 リャーナが心配そうに声をかけてきた。無理やり笑顔を作り、軽く首を振る。

 

「大丈夫ですよ!ほら、こう見えて僕、大丈夫なので!」

 

 元気そうに振る舞ったつもりだったが、リャーナは疑わしそうな目をしている。そんな彼女をよそに、背中の少女に優しく声をかけた。

 

「リアちゃんも、もう少しだからね。一緒に頑張ろうね」

 

ありがとう…」

 

 僕の肩にしがみつく小さな手が、ほんの少しだけ力強くなったのがわかった。

 その小さな変化に、僕は少しだけ救われた気持ちになった。

 

(よし、まだ大丈夫だ)

 

 全身の痛みを感じながらも、僕たちはゆっくりと歩を進めた。この状況を耐え抜けば、きっと母親と再会したリアの笑顔が見られるだろう。それを思うと、不思議と足取りが少し軽くなったような気がした。

 

 

 

 リアちゃんの両親を探しながら街を巡回していると、前方から大きな騒ぎが聞こえてきた。足を速めてその場に向かうと、酔った冒険者が屋台の前で暴れている。

 彼の荒々しい声が響き、周囲の人々は困惑しながら距離を取っていた。

 

「何が平和だ! 闇派閥の奴らのせいで、地上だって安心できやしねぇんだよ!!」

 

 酔っ払い冒険者は怒声を上げながら屋台をひっくり返そうとしている。

 その手には空になった酒瓶。

 見るからに正気ではない。

 

 イスカとリャーナはすぐさま状況を把握し、行動を開始した。イスカが冒険者の前に立ちはだかり、毅然とした声で語りかける。

 

「おい、落ち着けって。暴れても何も解決しないぞ」

 

 その間にリャーナが僕に向き直り、冷静に指示を出す。

 

「タクト、リアちゃんを巻き込まないように、あなたは先に行ってて。ここは私たちで対処するわ」

 

「わかりました。気をつけてくださいね」

 

 僕はリアちゃんを背負い直し、その場を離れる。振り返らずに少し歩き、十分に距離を取ったところでようやく心の中で安堵の息をついた。

 

(ただの酔っ払いでよかった……。もし本当に闇派閥の連中だったらどうしようかと……)

 

 胸をなでおろしつつも、全身の疲労感にため息が漏れる。これ以上の負担は無理だ。リャーナたちなら、酔っ払いくらいは問題なく収めてくれるだろう。

 

「リアちゃん、きっともうすぐお母さんも見つか──」

 

──『ドォンッ』と、僕の声を遮るように突如、耳をつんざく爆発音が響き渡った。

 

 背後から立ち上る煙と叫び声。

 それだけでは終わらず、進行方向の別の場所でも同じように爆発が起こり、混乱が広がっていく。

 

「え、後ろも!?」

 

 前方と後方、少なくとも二箇所から爆発音が続き、僕の心臓が一気に跳ね上がる。街全体がパニックに陥り始め、あちこちで人々の悲鳴が響いてくる。

 振り返ると、煙の向こうにリャーナたちの姿は見えない。

 

(逃げ道がない……)

 

 進行方向を見ると、煙の向こうに剣を振り回して暴れる数人の男たちが見える。乱雑な装備に荒々しい動き。彼らは間違いなく──闇派閥(イヴィルス)の連中だ。恐怖で動けなくなった人々を無差別に威嚇しながら、破壊を続けている。

 

 どう対応するか考えていると、背中でリアちゃんが『あっ!』と声を上げ、何かを指差した。

 

(やめて嘘でしょ? ないない、どんな確率?)

 

「ママッ!!」

 

 突然、背中のリアちゃんが叫び声を上げた。同時に彼女が激しく暴れ出す。

 

「ちょっ、リアちゃん! 暴れないで!」

 

 慌てて彼女を支えながら視線を前に向ける。

 リアちゃんが指差した先には、倒れ込んだ女性がいた。

 その女性は腰を抜かしてしまったのか、その場から動けずにいる。

 

(リアちゃんのお母さん……)

 

 状況が一気に飲み込めた。だが、それと同時に血の気が引く。

 彼女の母親らしき人のすぐ近くに、あの闇派閥(イヴィルス)の連中がいる。

 彼らは剣を振り回し、さらに周囲を破壊しながら騒ぎを拡大していた。

 

(どうする? このままリャーナたちを待つべきか? でもリアちゃんの様子からして、目の前で倒れている人が彼女の母親で間違いないだろう。腰が抜けてしまったのか、その場から逃げられずにいるようだけど…)

 

思考を巡らせた。

 

 武器は壊れていて頼りの小道具もない。

 昨晩の戦闘で体はボロボロだ。

 僕一人でどうにかできる数じゃない。

 

 頭の中で言い訳が次々と浮かんでは消える。

 

 どうにかして、この場から逃げる理由を正当化しようとしていた。

 

 目の前の状況は明らかに不利だし、リスクが高すぎる。

 僕一人で突っ込んでも何も変えられない──そう思い込もうとしていた。

 

 だけど――。

 

 逃げるか、助けるか

 

 アストレア・ファミリアに所属している以上、悲劇を見過ごすわけにはいかない

 

 心の中で葛藤していた天秤は、すでに傾いている。

 

『正義』を掲げるファミリアに属する者として、ここで逃げる選択肢は許されない。

 見て見ぬふりなんて、絶対にできない。そうだろう?

 

「リアちゃん」

 

 この混乱の中でリアちゃんを連れて行動するのは危険すぎる。

 この場に残すのも、何かあれば取り返しがつかない。なら……

 

「リアちゃん、聞いて。お兄ちゃんはここに残って君のお母さんを助ける。でも、君はリャーナお姉ちゃんたちのところに行って、すぐに助けに来てくれるように伝えてほしいんだ」

 

 考えた末に、リアちゃんをリャーナのいる場所へ向かわせることを決断した。

 それが一番安全で、そして確実な方法だ。

 彼女たちなら、リアちゃんを守りながら迅速に状況を収める手段を取ってくれるはずだ。

 

 リアちゃんを背中からそっと下ろし、しゃがんで彼女の目線に合わせた

 その小さな体は不安と恐怖で震えている、けれど、今の僕にできるのはこの子に少しでも勇気を持たせて送り出すことだけだ。

 

「大丈夫だよ、君のお母さんは絶対に助ける。だから、君がここにいるよりも、リャーナお姉ちゃんたちを連れてきてくれる方が、僕も君のお母さんも助かるんだ」

 

 震える彼女の肩に手を置き、できるだけ優しく、しかし強く語りかける。

 

 リアちゃんは唇を噛みしめ、何か言いたげに僕を見つめた。だけど、僕の真剣な目を見た瞬間、小さくうなずいた。

 

「……わかった。お兄ちゃん、絶対にママを助けてね」

 

 彼女の声はか細かったけれど、確かな決意がこもっていた。

 

「もちろんさ。君の大事なお母さんを、必ず助けるよ」

 

 リアちゃんを見送るように立ち上がり、後ろを振り返らずに走り去っていく彼女の背中を見届けた。これで、少なくとも彼女は安全だ。

 

 

(相手は6人……正面から挑むのは無理そうですね。まずは1人ずつ確実に減らして、時間を稼ぐ、出来ればお母さんを連れ去る…)

 

 目の前の男たちを見据えながら、物陰を使い慎重に距離を詰めていく。

 冷たい汗が背中を伝う感覚を感じながらも、震える手を無理やり押さえた。

 

(どうしようもないならリャーナたちが来るまで……時間を稼ぐだけでいいんだ)

 

 自分にそう言い聞かせながら、街の混乱の中に飛び込んだ。

 

 背中を向けていた1人に狙いを定める、緊張で心臓が早鐘を打つ中、全身の痛みを振り払うようにして、急いで距離を詰めた。

 

 

「…あ?」

 

 あと数歩というところで、相手が何かに気づいたのか急に振り向いた。

 

「っ……!」

 

 反射的に、事前に握り込んでいた砂を相手の顔に投げつけた。

 

「ぐあっ!?」

 

 砂が目に入り、相手が顔を覆って苦しむ。その隙を逃さず、素早く足を振り上げ、相手の急所を狙った。

 

──グニュッ!

 

「ぐぅっ……!」

 

 男は苦痛で屈み込み、全身を丸める。

 その姿勢に追い打ちをかけるように、男の背後へと周り折れた短剣で、足に切り込みを入れた。

 

 

 

「うぁぁっ!!」

 

「貴様ぁぁっ!!」

 

 悲鳴を聞きつけた敵の仲間がこちらに気づき、怒声を上げながら迫ってくる。

 その鋭い目と手に握られた剣が、じわじわと死の影を運んでくるようだ。

 

(っ……!)

 

 焦りながら、手に持っていた短剣をとっさに相手に向かって投げつけた。刃の欠けたそれが鋭い音を立てて飛んでいく。

 

「くそっ!」

 

 だが、短剣は敵の剣によってあっさり弾き飛ばされてしまった。

 

 響く金属音に、戦力差を実感する。それでも立ち止まるわけにはいかない。倒れた敵の近くに転がる剣が目に入り、即座にそちらに走り寄った。

 

(間に合え……!)

 

 地面に転がる剣を拾い上げ、構えを整える。目の前の敵が剣を振りかざしながら接近してくるのを見て、気合いを込めて剣を振りかぶった。

 

──ガチッと

 

 剣と剣がぶつかり合い、鋭い音が響き渡る。衝撃で腕が痺れるが、どうにかその一撃を受け止めた。

 

 必死で体勢を保ち、剣を押し返そうと力を込めた瞬間──。

 

「っ……!」

 

 突然、背中に鋭い痛みが走る。

 

 振り返る間もなく、何かが背中を切り裂いた感覚があった

 激痛に顔が歪み、思わず膝をつく。

 

(3人目……!?)

 

 背後にいる第三の敵の姿が目に入る。

 

 剣を振りかぶったまま、冷たい目でこちらを睨んでいた。その無慈悲な瞳に、全身が硬直しそうになるのを叫ぶことで無理やり誤魔化した。

 

身体強化(ブースト)ォォッ!!」

 

 ここで動きを止める事は死を意味すると、痛みを堪えながら民家の扉へ向かって全力で転がり込むように飛び込んだ。

 木製の扉が大きな音を立てて壊れ、僕はそのまま内部へと転がり込む。

 

「逃がさねぇぞ!」

 

 背後から追いかけてくる敵の怒声が聞こえる。

 焦りながらも、辺りに手を伸ばして手当たり次第に物を掴み、投げつけた。壺、椅子、食器──何でもかまわず放り投げるが、相手は器用にそれらをかわし、なおも迫ってくる。

 

(やるしかない……!)

 

 拾った剣を持ち直し、思い切り突き出した。

 その刃先を敵の胴体に向け、全力で突撃する。

 

 しかし、男はその一撃をギリギリで受け流した。

 

「っあぁぁ!!」

 

 剣が弾かれる感触と同時に、反射的に剣を捨て、そのまま体当たりするように飛び込んだ。

 

 男の胴体にぶつかり、その勢いで床に押し倒す。乱暴にもみ合いながら地面に転がり込み、必死で相手を押さえつけた。

 

 そのとき、鞘の中からこぼれ落ちた折れた短剣の()()が目に入った。

 

(……!)

 

 迷う暇もなく、その切先を掴み、男の肩をめがけて力いっぱい突き刺す。

 

「ぐああっ!」

 

 男の絶叫が室内に響き渡る。肩に突き刺さった刃に敵の体が硬直し、その隙を逃さず僕はさらに力を込める。

 手には鋭い痛みが走り、血が滲むのがわかったが、これで勝てると、受け入れた。

 

「……これで2人目ッ!!」

 

 全身の力を振り絞り、男を床に押さえつけたまま刃をさらに深く突き刺す。

 その肩から溢れる鮮血に、相手の動きが次第に鈍くなり、やがて完全に沈黙した。

 

 荒い息をつきながら、ようやくその場に倒れ込んだ。

 

(まだ終わってない……けど…)

 

 

 相手の肩に突き刺した短剣を引き抜く間もなく、民家の扉から3人目の相手が中に入ってきた。その姿を目にした瞬間、全身から力が抜けるような感覚に襲われる。

 

(もう無理……)

 

 全身を苛む痛みと限界を迎えた疲労が、一斉に重くのしかかってくる。

 

 荒い息を吐きながらも、立ち上がることすらままならない

 背中の傷がジクジクと焼けるように痛み、視界がぼやけてくる。

 

(痛い……きつい…倒れたい…)

 

 このままでは終わりだ。敵は着実に距離を詰め、剣を構えたまま冷たい目でこちらを見据えている。

 

(……どうにかしないと……)

 

 必死に策を考えようとするが、疲労で頭が回らない。

 それでも、なんとか状況を打開するために考えを巡らせていると、一つの案が脳裏をよぎった。

 

(……やるしかない。これが最後の手だ)

 

 

 全身の痛みを押し殺し、震える声を振り絞って口を開いた。

 

「た、タナトス様の……意思に逆らう異端者どもめ……!」

 

 少し先に起こる、いや、既に起きている可能性の高い原作の知識を利用するしかない。相手がタナトスの狂信者であるか、スキルがその範囲に含まれるかどうかは賭けだが、何もせず死ぬよりははるかにましだ。

 

 かすれた声だが、相手には確かに届いた。

 足をピタリと止め、驚いた表情でこちらを見つめる。

 

「……タナトス様?」

 

 その名が発せられた瞬間、相手の表情に戸惑いが浮かぶ。

 その反応を見て、内心で少しだけ安堵した。

 

(騙せる…!)

 

 体が震え、視界が揺れる中、さらに言葉を続けた。

 

「貴方方の……粗雑な行いは、タナトス様の……ご意思を汚している……!」

 

 震える声を隠しながら、可能な限り威圧的に振る舞った。

 呼吸は荒く、足元もふらついている。その姿が威厳とは程遠いことはわかっていた。

 

 だが、それが逆に『何か得体の知れないもの』に映ることを、僕は信じた。

 

 男の目が揺れるのを確認する。冷たい瞳に戸惑いと疑念が浮かび上がっている。

 

「まさか……いや、そんな……」

 

 男は一歩引き下がるように警戒を強めていた。

 その反応を見て、僕は壁に手をつきながらじりじりと距離を詰める。

 

(あと少し、あと少し距離を…)

 

 疲労と痛みで体は限界を迎えつつあったが、僕の心臓は期待と焦りで高鳴っている。

 

 今、この瞬間にすべてをかけるしかない。

 

 敵が完全に信じ込むか、それとも疑いを振り払って襲いかかるか─けこの賭けに勝てなければ、命はない。

 

 相手が動揺している。僕はその小さな変化を見逃さなかった。

 

「亡き人を望む信者、輪廻に縋る同胞よ……何故わからないのですかッ! タナトス様はこのようなことを望んでいるわけではない!」

 

 声を震わせながらも、必死に怒りと熱を込める。

 僕の言葉に、相手の動きが止まった。表情が揺らぎ、その目が疑念に曇る。

 

「指示……? 何を、お前のようなガキが……」

 

「我々の悲願に歳など関係ないッ!」

 

 相手の言葉を遮り、勢いよく声を荒げた。傷だらけの体を無理やり支えながら、続けて叫ぶ。

 

「此度の襲撃は誰の指示だッ!答えよ! タナトス様の御心に逆らう愚行を、誰が命じたというのだッ!」

 

 その声に相手の目が見開かれ、完全に言葉を失っているのがわかる。

 戸惑いの色がその動きに現れ、相手の構えが崩れた。揺れる視線、迷いの表情──これ以上の好機はない。

 

 

「お、俺はタナトス様のしじ──」

 

 地面に転がっていた剣を拾い上げると、全力で振り抜いた。剣先が敵の脇腹を抉り、鮮血が飛び散る。

 

「──ぐあぁぁっ!!」

 

 

 剣を振り抜いた勢いで体勢を崩し、そのまま前へと倒れ込んだ。

 背後から男の呻き声が聞こえるが、振り返る余裕もない

 全身に痛みが広がり、疲労が体を押しつぶしていくようだ

それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。

 

(動け……まだ……まだ終わってない……)

 

 頭の中で繰り返し自分を叱咤するが、体は言うことを聞かない。

 

 両腕で地面を押し、どうにか膝を立てようとするが、足に力が入らない、喉の奥から漏れる嗚咽を、抑えきれなかった。

 

「くっ……う、ぁ……っ!」

 

 吐き気がこみ上げ、胃が捩れるような感覚が襲う。思わず床に顔を伏せ、次の瞬間、喉の奥から胃の内容物がこぼれ落ちた。

 

「おぇっ……ぐ、うぅ……」

 

 嘔吐の後の虚脱感が体にのしかかる。それでも這うように地面を進んだ。視界は霞み、冷や汗が全身を覆う。

 

(リアちゃんの……お母さん……)

 

 ぼやけた視界の先に、リアちゃんの母親が押し倒されている姿が映った。

 その肩には鮮血が滲み、彼女は恐怖に震えて動けずにいる。

 リアちゃんはリャーナたちを呼びに行ったはずだが、まだ戻ってきていない。

 

(間に……合わない……。僕じゃ……無理……)

 

 全身が痛みに支配され、意識が遠のきそうになる。このままではリアちゃんの母親が危ないとわかっていても、体が動かない。喉が詰まり、叫び出したい衝動に駆られる。

 

「…考え……ろ…っ!!」

 

 絶望感に押しつぶされそうな中、声が震え、涙がにじむ。それでも喉が裂けそうになるほどの力で叫んだ。

 

闇派閥(イヴィルス)……聞いて……聞いて呆れますねッ!!死にかけの子供一人……仕留められないなんて……なんて……無様な連中だッ!!」

 

 喉が焼け付くように痛む。それでも、敵の意識をこちらに引き寄せるため、僕にできる唯一の行動がこれだ。

 

「どうしました……?来ないのですか……?あぁ……貴方たちも……裏に隠れて指示を出す……臆病な主神の……真似事ですかッ…!」

 

 全身が震え、声はかすれ、喉の奥から嗚咽が漏れる。

 

 それでも、視線がこちらに集中するのを感じた。

 

 リアちゃんの母親に向けられていた刃がわずかに下がるのを確認し、内心でかすかな安堵を覚える。

 

 闇派閥(イヴィルス)の一人が怒りに顔を歪め、こちらに歩み寄ってきている。

 

 その目は鋭く、剣を握る手には力が込められている。

 

「貴様……容易く死ねると思わないことだッ!!」

 

 肩で荒い息をつきながら、引きつるような笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

 

「その台詞……まさに……三下ですね…」

 

 擦れた声を絞り出しながら、冷笑を浮かべる。

 

「神々の……言う定型文(テンプレ)そのままじゃ……ないですか……あまり笑わせないで……ください……傷が開いてしまう…」

 

 その嘲笑を込めた言葉に、敵の顔がさらに怒りで歪むのが見えた。

 血管が浮き出た額、顔を真っ赤に染めながら剣を握りしめ、今にも襲いかかりそうな勢いで一歩を踏み出してくる。

 

「貴様ッ……!!」

 

「…運が良かった…この場にいるのが…使い捨ての……駒に過ぎない…半端者で…」

 

 言葉を続けると、相手の動きがピタリと止まった。

 その目が一瞬揺らぎ、困惑の色が浮かぶ。自分が何なのかを突きつけられたかのような表情だ。

 全身の痛みと疲労で視界が霞む中、相手のわずかな動揺を見逃すわけにはいかない。

 

「…わかっているのでしょう…?あなたの“主”にとって……あなた方なんて……ただのコマ…ですよ…」

 

 敵の瞳が再び揺らぐのを確認し、微かな手ごたえを感じた。

 内心の喜怒と痛みを押し殺し、唇を引きつらせながら、あざ笑うような表情を作る。

 

「あなたの命なんて……神にとっては……どうでもいいただの消耗品だ……」

 

 その一言が相手の心に突き刺さるのがわかった。男の手がわずかに震え、剣先が揺れている。それでも男は怒りを抑え込むように顔を歪め、叫びながら剣を振り上げ、こちらに迫ってきた。

 

 

 剣が振り下ろされる瞬間、全てがスローモーションのように感じられた。

 

 『これで終わりだ』そう思い、死を受け入れることにした。

 痛みから解放されるなら、それも悪くない──。

 

(あぁ、呆気ない最後だなぁ……でも少しは楽しかったかな)

 

 意識が徐々に遠のき、全てを手放そうとしたその時。

 

「そこまでだ!」

 

 突然、聞き覚えのある場違いな声が耳を打った。

 

 まるでこの血生臭い戦場に似つかわしくないほど堂々とした、凛とした声だった。

 刹那、全身に走る痛みも忘れさせるほど、その声は鮮烈だった。

 

「これ以上我が友への蛮行は、この私が許さない!」

 

 その宣言と共に現れたのは──波打つ刃を持つ特徴的なフランベルジュを手にした、美しい少年だった。

 

 エルフにも劣らぬ端正な顔立ちした彼のその目には鋭い光が宿り、敵意と威厳が入り混じった表情を浮かべている。

 

「ヒュア…キントス……?」

 

 霞む視界の中、その名前をつぶやく。

 まさかここに来るとは思っていなかった彼の姿に、驚きと安堵が入り混じった感情が湧き上がる。

 

「愚かな連中よ、我が友を傷つけたことを後悔するがいい!」

 

 彼の声は凛として、静かな威圧感を放っていた。その場の空気が一変し、ヒュアキントスは優雅に剣を構える。その姿はまるで舞台に立つ俳優のように堂々としていた。

 握られたフランベルジュの波打つ刃が紅く輝き、その煌めきは敵の息の根を止めることを約束しているかのようだった。

 

「な、なんだこいつは……!」

 

 敵の一人が困惑した声を漏らし、じりじりと後退する。

 その様子にヒュアキントスは目を細め、微笑すら浮かべた。

 冷静でありながら容赦のない一歩を踏み出すと、地面を蹴り、一瞬で距離を詰める。

 

「私を前にして、その程度の隙を晒すとは……なんと愚かな事か」

 

 フランベルジュが振り下ろされ、鋭い一撃が敵の防御を打ち破る。

 力強い衝撃が敵を押しのけ、その体勢を崩した瞬間、ヒュアキントスは鮮やかな動きでさらなる追撃を加えた。彼の剣が再び閃き、敵は呻き声を上げながら地面に叩き伏せられる。

 

「さあ、次はどちらが相手をしてくれる?」

 

 冷たい微笑を浮かべながら放たれるその言葉に、残りの二人の敵は互いに視線を交わし、焦りを隠せない。

 だが、一人が恐怖を振り払うように怒声を上げ、ヒュアキントスに向かって突進してきた。

 

「くっ……うるせえぇ!!」

 

 ヒュアキントスはその動きを冷静に見据え、フランベルジュを軽やかに振り上げた。紅い剣が煌めき、一気に振り下ろされる。敵の剣が力任せに振るわれたが、ヒュアキントスの動きはそれよりも速く、正確だった。

 

「遅い」

 

 フランベルジュが敵の剣を弾き飛ばし、刃はそのまま敵の胴を斬り裂く。鮮血が舞い、敵は呻き声を上げながらその場に崩れ落ちた。

 

「ぐああっ……!」

 

 無力化された敵が地面に倒れ込むのを確認すると、ヒュアキントスは無駄なく最後の一人に視線を向けた。

 

 冷ややかな瞳に射抜かれたその敵は、完全に恐怖に捕らわれている。手に握った武器を振るうことすらできず、ただその場で足をすくませていた。

 

 ヒュアキントスは小さく溜息をつき、軽く肩をすくめた。

 

「随分と手間を取らせてくれる……だが、これで終わりだ」

 

 その言葉を最後に、彼は再び剣を振りかざした。

 

「……ふん」

 

 彼がこちらに視線を向ける。その鋭い瞳には、少しの苛立ちと安堵が混じっているように見えた。

 

「大丈夫か。全く、危ない状況だったな、愚か者」

 

 冷静でありながら、どこか呆れたような声。

 だが、その言葉に不思議と温かさを感じた。

 

 どうやら僕の長旅は無駄ではなかったらしい。

 

 彼の声が耳に届くと、わずかに残っていた意識がほっとする。『生き延びた』その実感が胸に広がり、体の緊張が一気に解けた。

 

「ありが……と……助かった、よ……」

 

 声は震え、小さく掠れていた。彼が返事をするのが聞こえたのかどうかもわからないが、僕の意識は静かに暗闇の中へと引き込まれていった。

 

 

 





コメントありがとうございます。

次回の投稿は少し遅れそうです。
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