戦闘描写はオラリオまでないです。
「……あれぇ?」
周囲を見渡すと、そこに広がるのは、妙に不穏な空気が漂う街並み。
看板もボロボロで、道端に転がっている人々は皆、どこか警戒心を持った目つきでこちらをチラ見してくる。
何かがおかしい。
僕の知ってる
崩れたボロ小屋を背にしている怪しげなおじさんに恐る恐る尋ねてみた。
「あの……ないとは思うんですけど、ここってオラリオであってますか?」
おじさんはニヤリと笑って答えた。
「オラリオ?ここは『
その言葉に、思わず後ずさりした。なんで僕、迷宮都市に向かってたはずが、よりによって罪人都市に来てるんだ?。
必死に考えた末に、僕はある結論にたどり着いた。
「これは……運命力のせいに違いない」
そうだ、アリーゼ、輝夜、ネーゼと、すでに3人もの
……そうだ、きっとそうだ。僕は頷きながら、都合よく思考を放棄してしまうことにした。
その場で考え込んでいると、先ほどの怪しげなおじさんが近づいてきた。
「坊主、ここで生き抜くにはいろいろ知っといた方がいい。オレが特別に、この罪人都市のことを教えてやるよ。ただし……少しばかり“情報料”がかかるがな」
ニヤリと笑うおじさんの視線が、僕の荷物にちらりと向けられる。
どうやら金を要求されているようだ。
だけど、僕もそんな余裕があるわけじゃないし、
「あー……それは結構です。自分でなんとかしてみますんで」
やんわりと断ってみたけれど、その瞬間、おじさんの表情がピクリと変わった。そして、次の瞬間には、手がスッと伸びてきて、僕の首にがっちりと絡みついた。
「断るだと?坊主、ここじゃ“ただ”なんてないんだよ!」
その手は細身とは思えないほどに力強く、息が苦しくなって必死にもがく。しかし、おじさんの手はさらに強く締まり、視界がだんだんと暗くなっていく。
「や、やめ……」
声も出せない、どうや僕は罪人都市の洗礼を受ける羽目になってしまったようだ。
息が詰まって視界が薄れていく中、僕は咄嗟に相手の腕を引っ掻いた。
おじさんが痛みに顔をしかめて手を緩めた瞬間、必死に息を吸い込み、近くの砂を手に取ると、目に向かって投げつけた。
「ぐあっ、てめぇこのが──」
目を押さえて呻くおじさんを見て、今がチャンスだと直感した。
体の震えとえづきを堪えながら、渾身の力で彼の股間めがけて蹴り上げた。
「ぐはっ!!」
おじさんは声にならない叫びを上げて崩れ落ちた。
その隙に金品を掏って一気に駆け出し、荒い息をつきながら通りを抜けていく。
背後からおじさんの罵声が聞こえたが、振り返ることなく全力でその場を離れた。
「はぁ……はぁ…」
罪人都市での『歓迎』があまりに過酷すぎて、僕は心底震えながらも安堵と“悦”を感じていた。
◆◆◆◆◆
「よし……?」
暗い路地に身を潜め、何とか息を整えようとした。思わぬ歓迎に、全身が震え、未だ心臓がばくばくと鼓動している。
ここを早く抜け出して安全な場所を探そうと、移動しようとしたその時、視界の端にふと妙なものが映った。
この場には不釣り合いな、薄汚れた桃色の髪。
その色が、薄暗い路地の中でも目を引く。ボロボロの服を身にまとい、小柄な体を丸めるようにして座り込んでいる少女がそこにいた。彼女の目には疲れと警戒が浮かび、僕に気づいたのか、かすかに体を縮こませるように身を引いた。
「……」
僕はその場でしばらく黙り込んだまま、ただ少女を見つめていた。心の中で『まじ?」と自問する。こんな場所で出会うなんて、本当に運命力が?。
アリーゼ、輝夜、ネーゼに続き、またしても不思議な出会いが目の前にある。運命の波に翻弄されているような気がしてならない。ありえないと否定する自分と、もしかしてという思いが入り交じり、頭の中がぐるぐると巡り始めた。
深い思考の渦に囚われたまま、再び少女に視線を戻す。この出会いも運命だとするならば、一体、僕はここで何をすべきなのだろう?。
一つ、見捨てる
これが正しい選択肢なのかもしれない。このまま関わらず、何もなかったことにして去るのが、後を考えると一番だ。
二つ、保護する
本音を言えば、彼女と関わりたい。けれど、もし僕が彼女を関わり守ってしまえば、彼女は一人で強くなる機会を失いかねない。ここで彼女が自立できなければ、後に待つのはもっと過酷な未来かもしれない。
三つ、彼女を利用する
彼女から情報を引き出す手段にするのも手だ。彼女はここで生きてきたから、この街に関する情報を持っている。生き残ることが決まっている彼女ならば選択肢としてはありだ、だけどそれは少し気が引ける。
僕が選択肢を巡らせている間に、彼女はかすかに体を引きずるようにして後退し、今にも逃げ出そうとしていた。
「…うん決めた」
考えるだけ無駄だった、と少し自分に呆れて苦笑した。誰かのためにどうするべきかなんて、正直疲れるだけだ。
そんなこと考えても、この街での僕の立場が変わるわけでもない。ここまできたら、自分のやりたいようにやるのが一番だ。
そう決めると、迷いが晴れたように少し心が軽くなった。
優しく介抱するように少女に近づいた。逃げる素振りを見せていた彼女は、こちらをじっと睨んでいるが、その体はあちこちに傷だらけで、疲れ切っているのがわかる。
無理もない、この街では生きるだけで体がボロボロになってしまうのだろう。
「君、怪我してるよ。ちょっと見せて」
そう言いながら手を伸ばすものの、手当てする道具も持ち合わせていない僕は、どうしたものかと頭を悩ませた。せめて清潔な布でもあれば……。
その時、不意に彼女の手がこちらに飛んできた。驚きつつも、それは痛々しいほど弱々しく、僕には届かなかった。
「……施しなんて、いらねぇ」
その言葉には弱々しさの中にもどこか誇りのようなものが滲んでいた。傷だらけの体を丸め、精一杯の拒絶を示す彼女。
その気丈さに、思わず笑みがこぼれてしまう。
「そう言うけど、こんな状態で大丈夫なのかい?無理するのは自由だけど、倒れたらどうしようもないだろう?」
「……他人に頼るなんざ、馬鹿のすること、だ」
その言葉には、確かに誇りが感じられた。こんな場所でも、誰かに助けを求めずに生き抜こうとしている気丈さが、そこにあった。かっこいい。
「そんなに頑張らなくてもいいんじゃないですか?」
「……うるせぇ」
「本当は休みたいんじゃないですか?」
「……てめぇには、関係ねぇ」
「そうですか。でも、少しくらい頼ってくれてもいいんですよ?」
「……くそ、なんでそんな楽しそうなんだよ」
少女は苛立ちを隠せない様子で、僕を睨みつけた。
肩で息をしながら、彼女の体は今にも限界を迎えそうに震えている。
「……何が目的だ?」
「目的、ですか?うーん、特にありませんけど。ただ、困っている人を放っておくのは気が引けますし、何より……」
僕は肩をすくめて、少しだけ冗談めかして続けた。
「こうして君と一緒にいるの、楽しいですから」
彼女は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐにまた強がりの態度を取り戻した。
「……ふざけてんじゃねぇよ…」
そう呟きながらも、その声は少しかすれ、疲れた様子が隠しきれなくなっている。僕はそんな彼女を見つめながら、そっと手を差し出した。
「何かお手伝いできることがあれば、言ってくださいね」
彼女はしばらくその手を睨んでいたが、とうとう拒む力も失ったように、ゆっくりと僕の手に触れた。
少女の手が僕の手に触れた瞬間、その冷たさがじんわりと伝わってきた。彼女がどれだけ過酷な環境で生き延びてきたのかが、肌を通して感じられる気がして、思わず指に力を込めてしまう。
「……本当に、助ける気か?」
彼女は、まだ半信半疑の表情で僕を見つめている。僕は静かに微笑みながら、力強く頷いた。
「もちろんです。僕が何とかしますから、安心してください」
彼女は少し戸惑ったように表情を歪め、ふいに視線を逸らした。どうやら、他人に頼ることに慣れていないらしい。無理もない、この街では他人を信じることが逆に命取りになることが多いのだろう。さっき、罪人都市について知ったばかりの僕でも理解できた。
「あぁ、そうだ、貴方の名前を──おっと」
彼女に声をかけようとした瞬間、その体がふっと力を失い、僕の腕の中で崩れるように倒れ込んできた。驚いて支えながら、彼女の顔を覗き込むと、すでに気を失っているのがわかる。
「……やっぱり、無理してたんですね」
小さく呟いて、彼女の冷たい手をそっと握りしめた。今は何も言わず、ただ少しでも休ませてやるべきだろう。
「大丈夫です。“今だけは”僕が守りますから……」
その言葉は誰にも届かない。静かな路地裏に僕の声だけがぽつりと響き、すぐに夜の闇に飲まれて消えていった。
◆◆◆◆◆
──少女side──
ぼんやりとした意識の中で、少女はゆっくりと目を開けた。暗闇が少しずつ形を持ち始め、自分が知らない場所にいることに気づく。ぼやける視界がはっきりしてくるにつれて、周囲の景色が目に入り、記憶が少しずつ蘇ってきた。
「あぁ……何やってんだ
小さく愚痴るように呟いた。簡単に信じてしまうなんて、自分らしくないと内心で悔やみながら、周囲を見回して少年を探す。そして、視線の先に少年の姿を見つけた瞬間、思わず息を呑む。彼は頭から血を流して倒れていた。
「お、おい!?」
彼女は慌てて彼に駆け寄り、その体を揺さぶった。が、よく見ると傷はほんのかすり傷で、血も大したことはなかった。
よく見ると、少年はただ眠っているだけで、気を失っているわけでもない。
彼の寝顔に安堵しつつも、さっきの焦りが恥ずかしくなり、少女は小さく舌打ちした。
「……ったく、ビビらせやがって」
少年の寝顔を見下ろしながら、少女は一瞬、どうしようもない安堵と少しの苛立ちが入り混じったような気持ちを抱いた。
倒れている姿を見たときの焦りが尾を引いていて、つい顔をしかめてしまう。
「……まったく、なんで私がこんな思いしなきゃならねぇんだよ」
そう小さく呟きながら、そっと彼の手を離す。体を起こしたい気持ちはあるが、さっきまでの疲れがまだ抜けきっていないのか、彼女の手も少し震えている。
彼に背を向け、もう一度周囲を見渡してみるが、崩れかけの天井に瓦礫の山、ここがどこなのかはやっぱりわからない。
だが、どうにかしてここまで運んできてくれたのは、少年であることは確かだ。
「はぁ、馬鹿みてぇなツラ晒して寝や…がっ…」
少女がそう呟こうとしたその瞬間、ふと彼の顔に目をやると、少年がわずかに口元を緩めて、にやけているのが目に入った。まさかと思い、彼の顔をじっと覗き込んでみると、その薄く開かれた目が彼女の視線に気づいたようにわずかに動いた。
「……てめぇ、起きて…たのか?」
彼は完全に起きているらしく、微笑みながら小さく頷いた。少女は顔を真っ赤にして後ずさり、今までの心配が全て馬鹿らしく感じてしまう。
「ニヤついてんじゃねぇよ!さっさと起きやがれ!」
少女が怒鳴りながら少年の頭に軽く拳を振り下ろした瞬間、彼は思わず顔をしかめて、わざとらしくうめき声を上げた。
「うぐふっ……容赦ないですね、一応僕も怪我人なんですよ?」
そう言って少年は、そばに隠してあった小さな紙袋をそっと取り出し、中から一つのパンを取り出した。見るからに食べ物に飢えていた少女の目が、そのパンに釘付けになる。
「これ、手に入れるのに結構苦労したんですよ。あ、それと安心してください、盗んだものじゃありませんので」
少女は一瞬戸惑ったように彼を見たが、次の瞬間にはそのパンに視線が戻っていた。空腹が限界なのか、かすかに唾を飲み込む音が聞こえ、少年は微笑んでパンを差し出した。
「どうぞ、遠慮せずに」
少女はしばらくじっとパンを見つめていたが、ゆっくりと手を伸ばし、少女はパンを受け取りながら、じっと少年を睨むように見つめた。
「どうやって手に入れたんだよ?
少女の疑いの眼差しに、少年は肩をすくめて小さく笑った。
「お金に関しては…まぁ、運が良かったんです」
少女は少年の返事にじっと目を細め、彼の額や腕に残る擦り傷を見つめる。
「……本当は買えなかったんじゃねぇのか、店主と暴力沙汰にでもなったんだろ?無理やり金を押し付けて、その隙に逃げたとか。それでできた怪我か?」
鋭い勘に少年は少し驚いたように視線をそらし、軽く笑って肩をすくめた。
「いや、さすがに無理やりでは……まあ、少し揉めた、くらいですかね。でも、ちゃんと代金は置いてきましたから、ご心配なく」
彼の返答に、少女は呆れたようにため息をついたが、その手はしっかりとパンを握りしめている。
(…なんなんだよ、こいつ)
私は目の前の
この街で、いや、私が生きてきた中でこういう人間に出会ったのは初めてだ。
でも、こいつは違う。何の得にもならないだろうに、わざわざ自分のためにパンを手に入れてきたなんて言いやがる。
しかも、それを軽く笑いながら差し出してくる。まるで何でもないことみたいに。
(……わかんねぇ)
何か裏があるんじゃないかと疑いたくもなる。だが、こいつの馬鹿面を見ていると、そんな気持ちが揺らいでしまう。
信じられないのに、どこか安心している自分がいる。私は目をそらして、パンをかじった。
(……どうして、そんなことするんだ?)
声に出して問いたい気もするけど、言葉にはならない。
何を求めているのか、何が正解なのか、どうしても掴み切れない。
心の奥からじわじわと広がる困惑と苛立ちが、自分をじっとりと包んでいく。それがもどかしくて、パンをかじる勢いだけが強くなった。
こいつはじっとこちらを見て、何も言わずに微笑んでいる。その笑顔が、余計に私を落ち着かなくさせるんだ。
「そんなに急がなくてもいいですよ。誰も取ったりしませんから」
そえ優しげに言うのを聞いて、なんだか無性に腹が立った。
「……お前、なんでそんなこと言うんだ?」
思わず口からこぼれた問いに、
「なんでって……君が困っていたから、放っておけなかっただけですよ」
その答えが、あまりにもあっさりしていて、拍子抜けした。だから、余計に腹が立つ。
この街じゃ、誰もが自分のために生きている。それが当然だと信じてきたし、それでずっとやってきたのに。
「お前、そんなことでここで生きていけると思ってんのかよ?」
少し強く言い返すと、真剣な目で私を見つめ、静かに答えた。
「……難しいかもしれません。でも、そうしたいって思ったから、やってみたいだけです」
私はその言葉にぐっと詰まり、何も言えなくなった。 この街ではありえない考え方。でも、それを信じているこいつの瞳は、不思議と迷いがない。
(……わかんねぇ)
こんな街で、そんな無防備な生き方をして、いったい何になるっていうんだ?普通なら呆れて無視するところなのに、こいつのことは気になって仕方がない。
しばらく沈黙が続いた後、私はようやく思い切って口を開いた。
「……お前、名前は?」
彼は少し驚いたように僕を見つめ、それからにっこりと微笑んで答えた。
「僕はタクトです。君は?」
その名前を聞いた瞬間、なぜか心が少しだけ揺れた。名前を名乗ったタクトの顔には、少しの迷いもなく、まっすぐな瞳がこちらを見つめている。
「……別に、私が名乗る必要なんてねぇだろ」
言いながらも、どこか胸の奥が落ち着かない。この街で名前なんて意味を持たない。そう思っていたのに、タクトの名前を聞いた瞬間、なぜかその気持ちが少し揺らいでいた。
「いいじゃないですか、教えてくださいよ」
タクトがしつこく言ってくるので、思わず顔をしかめて答えた。
「……名前なんて、ねぇよ」
その言葉を聞いた瞬間、タクトが初めて動揺した表情を見せた。今まで穏やかで余裕があるように見えたタクトが、一瞬だけ言葉を失ったように黙り込む。そして、驚くほど真剣な顔で何かを考え込んでいるのがわかった。
「……じゃあ、僕がつけてもいいですか?」
「……は?」
予想外の提案に、私は思わず目を見開いて彼を見つめた。どう反応していいかわからず、何か言い返そうとしたが、言葉がうまく出てこない。
タクトはかなり悩ましそうに眉をひそめ、しばらくの間、考え込んでいる。私も少し動揺しながら口を開いた。
「……本気かよ?」
「…もちろんです。君にぴったりの名前がありますから」
「いや、そんな簡単に決められるもんじゃねぇだろ」
タクトはじっと私を見つめたまま、さらに考え込むようにしてうなずいた。
私は少し呆れたようにため息をつきつつ、タクトを見上げた。
「……一応聞いといてやるよ…」
タクトは少し緊張したように、けれど真剣な目でこちらを見つめ、深く頭を下げた。
「このような形で本当に申し訳ありません。ライラ」
「……ライラ?」
その名前を口に出した瞬間、思いがけず胸がざわついた。タクトは顔を上げ、頷いた。
「ええ、なんだか君に合ってる気がしたんです」
私は言葉に詰まりながらも、その名前が不思議としっくりくるような気がして、思わず黙り込んでしまった。
◆◆◆◆◆
──タクトside──
前世の父と母よ、そんなこんなで僕が罪人都市に辿り着いてから、気づけばもう半年ほどが経過しました。
今ではこの環境にもすっかり慣れてしまいました。思いの外、僕には適応能力があったみたいです。
荒れ果てた街並みや物騒な空気も、今ではさほど気になりません。
生き延びるコツもなんとか掴んできたつもりです。
「……おい」
そう呼ぶ低い声に我に返って視線を下ろすと、僕に押し倒される形で地面に横たわっている桃色髪の少女、ライラが僕を睨みつけています。
あぁ、そうそう、それにしても彼女の頭の良さには驚かされました。
誰かに教えられたわけでもないのに、読み書きや計算を自力で覚えてしまったと思ったら、今度は爆弾を自作し始める始末。
この街で生き抜くための知恵なのか、それとも彼女の生まれつきの才能なのか……どちらにせよ、順調に成長しているようで嬉しい限りです。
「……どさくさで触ってんじゃねぇよ」
少し前までなら、間違いなく蹴飛ばされていたでしょう。でも今、それをしなかったのは、ライラが僕に少しずつ心を許してくれた証拠かもしれません。
うん、本当に喜ばしい限りです。
「……聞こえてんだろ」
初めの頃は、ライラには強い警戒心を向けられていて、少しでも距離を縮めようとすると、冷たくあしらわれたり、きつい言葉を投げつけられたりしていた。
隙を見せれば容赦なく蹴られたこともあったっけ。
「…おい」
沢山の苦労もあったけど、少しずつライラの心を開いていくことができた。最初はほんのささいな変化だった。冷たく突き放す言葉が、少しだけ柔らかくなったり、僕に対する視線がどこか優しげになったり。
それでも、彼女のガードはまだ固かった。
だけど今はあの頃が嘘だったかのように仲がいい。
1番の要因はやはり……“あれ”ですね。あれは本当に死ぬかと思った。もう二度とあんなことは御免だ。
思い出すだけで身震いするけど、結果的に、あの事件を機に距離が縮まったし、悪いことだけではなかった、と思う。どんな手を尽くしても心を開かなかったライラが、あの一件以来、行動する時はいつも『2人一緒』が当たり前になった。
何をするにも、どこに行くにも、自然と互いの動きに合わせるようになり、気がつけば、ライラが僕の隣にいるのが当たり前のことになっていた。
もちろん、今でも相変わらず憎まれ口を叩くし、何かと素直じゃないけれど、それでも信頼を寄せてくれているのがわかる。
そう、信頼を得たのだ。
その結果、今ではこの有様です。
「ごめんね、決してわざとじゃないんです」
この隠れ家は足元が悪く、僕はよく転んでしまいます。 そして、そんな時に限ってライラがそばにいることが多く、勢いで押し倒してしまうことも少なくありません。
今ではこうして無防備に横たわるライラを見下ろすのにも、すっかり慣れてしまいました。
「…お前、わざとじゃねぇならなおタチが悪りぃぞ…?」
現在進行形で僕の手は少女の胸部に添えられていて、最初の頃は『手ぇどけろよ』と容赦なく蹴飛ばされていましたが、今ではすっかり諦め、されるがままになっています。
ふむ、少しライラの顔が赤く見えますが、気のせいでしょうか…。
「痛っ!?痛いですライラ!離しますから!離して!爪を立て――いだっ!?」
ライラの手が容赦なく僕の腕を締めつけ、爪を立ててくる。思わず叫び声を上げる僕を見て、ライラの口元にわずかながら満足げな笑みが浮かべていた。
◆◆◆◆◆
──ライラside──
(ったく、油断も隙もありゃしねぇ)
タクトの拘束から逃れると立ち上がり服に付いた汚れを払った。そしてふと視線を下に向けるとタクトが何か言いたげな顔で私を見てやがったから睨みつけてやった。
「なんだ?」
「……いえ、別に何も」
別にこんな私の貧相な体を触られようがどうでもいい、何とも思わなねぇ、ただ、触っといてなんも言わねぇのはなんかムカつく。
「毎度思うがわざと転んだフリをしてんじゃねぇだろうなぁ?」
興味本位で『触ってみるか?』と聞いた時『良いの?』と目を輝かせていたコイツだ、意図的にやってる可能性も捨てきれねぇ。
「違います、本当にわざとではないんです」
「じゃあなんで毎回押し倒してんだよ?」
「…マットとしても丁度いいなぁ、と」
「ほぉ?良い度胸してんなお前」
タクトの目に若干の焦りが浮かんだ様に見えたがそんな様子もすぐに消え、いつも通り『ごめんなさい』と謝りやがった。ったく……。
「
「僕の守備範囲を舐めないでください」
「は?……お、お前やっぱわざとやってんだろ!?」
「いえ、それは本当にないで──ぐふっ」
私はタクトを蹴飛ばし仰向けに倒れたところに馬乗りになると勝ち誇った笑みを浮かべ見下してやった。あぁそうだ、こっちの方が落ち着く。男に押し倒されるなんざ気味が悪いったらありゃしねぇからな。
「へっ、いつまでも舐められっぱなしの私じゃ──」
「さっき押し倒されて赤くなったライラの顔、中々に可愛かったですよ?」
「お前ぇ……!」
コイツの煽り文句もいつも通りだ。もう慣れたが未だに我慢出来ねぇ時もある。本当はこんなやり取りやめちまいてぇんだけどな……。
「ふふ」
私が凄んで見せてもコイツはいつも気味が悪いくらい笑っていやがる。私が怒鳴っても顔色一つ変えやしねぇ。まるで恐れる必要が無いと言わんばかりだ、実際その通りなんだろうけどな。
「全く、変な奴だなお前」
こんな風にイラつく事もあるが、私もコイツとの生活を楽しんでいた。
苦労ばっかでつまんねぇ人生だったが、今は悪くねぇ。
こんな馬鹿みたいな生活がこれからも続く、そう信じて疑わなかった。
あの日までは。
◆◆◆◆◆
「え、オラリオに向かう?」
夕食の最中、唐突に告げられたその言葉は僕を驚かせるには十分だった。
「なんで驚いてんだ、そもそもお前の旅の目的地がオラリオなんだろ?」
「あ…それは、まぁ、そうなんだけど…」
言い淀む僕に、ライラはじっとした視線を向けてくる。
「何躊躇ってんだ、そもそもオラリオに行くって決めたの、お前だろ?」
彼女の冷静な言葉に僕は小さくうなずいた。確かに、オラリオが旅の目的地だった、少し前にそのことも話した。だけど、心の奥で一つだけ気がかりがあった。
(……輝夜との再会が、正直怖い)
別に遊んでいたわけじゃない。だけど、僕があんな別れ方をした後に、まさか生き延びていたなんて、輝夜にどうやって伝えればいいのか。別れてすぐならまだしも、約一年も経ってから『実は生きてました、てへっ♪』なんて言ったら、どうなるか。
「り、旅費はどうするんですか?」
思わず焦って問いかけると、ライラはため息を吐き、懐から中身の詰まった小袋を取り出し、それを僕に投げ渡した。
小袋を受け取って中を確認すると、中には中々の額が入っている。
「結構貯まってたんですね。てっきり、隠し続けるものかと……」
僕がそう告げると、ライラは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
この半年の間、僕はライラの手伝いをしてお金を稼いでいた、主にスリや盗みで。
初日はさすがに躊躇したものの、ライラ曰く、この都市ではこれが“普通”だそうです。ならば郷に入っては郷に従えということで、僕も次第に慣れてしまいました。
個人資金だとばかり思っていましたが…。
「見ての通り、旅費は貯まったんだ。これだけありゃ問題ねぇだろ」
ライラの言う通り、これだけあればオラリオまでは問題なく旅ができそうだ。
「…そうですね、僕も覚悟を決めるとします…」
諦めて、殴られよう。あの時のことを思えば、輝夜がどれだけ怒るかは想像に難くないけれど、きっと誠心誠意謝れば、彼女も許してくれるはずです。覚悟を決めて謝罪すれば、拳の一発や二発で済むかもしれないし……そうであってほしい。
「行きましょう、オラリオ…」
◆◆◆◆◆
故郷でぬくぬくと日常生活を送っているであろうお父様お母様、貴方達はいかがお過ごしでしょうか、僕が村を追い出されもう
「着いちゃったよオラリオ…。輝夜も
旅の終着点に辿り着き、これから地獄の様な日々が始まろうとしているかもしれません。
今回で旅はおしまいです。次回『再会』です。今回急に飛んだ場面は次回説明が入ります!。