Beginning of MAHAartMATA   作:葉隠小太郎

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第一話 点心飯店【崑崙】

 

 

点心

 

中国において軽食を指す総称であり、イギリス等ではアフタヌーンティーのサンドイッチやスコーンに当たる。

 

蒸籠で蒸された肉饅や焼売、油で揚げられた春巻きや葱油餅と言った鹹点心(甘くない味付けの物)。

 

餡饅、桃包(タオバオ)、蓮蓉包、月餅、芝麻球等の甜点心(甘いお菓子系の点心)。

 

此等は数が多く、一つ一つが手作業で行われる為、手間や材料の揃える事が難儀すると言われている。

 

そんな中華点心を作る男の話をしよう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

食材と向き合う。

 

栄養だけ摂れれば良いと言うならば健康機能食品だけでも、ゼリー飲料だけで充分であろう。

 

腹が満たされれば良いと考えるならば毎日変わらない献立で過ごす事も自由である。

 

しかし。

 

世の中には其れだけでは済まない物。

 

束の間の一時、幸福に空腹を満たし、時には自分勝手に自由に誰にも邪魔されず、気を使うような事もせずにただただ"食べる"事のみに集中したい。

 

そんな人種もまたこの世には存在している。

 

故に。

 

故に、男は飯を作る。

 

中華4大地域に伝わる伝統料理(ローカルフード)から満漢全席に連なる宮廷料理まで。

 

来るもの拒まず、面倒にはノーセンキュー。

 

今日も大きな菜刀でリズミカルに塊肉をミンチに変えるのだった。

 

 

…………

 

 

横浜 伊勢佐木異人町

 

横浜駅から二駅程の距離にある歓楽街。

 

広大な敷地面積を誇りつつ、街には多くの外国籍の人種が溢れ、様々な喧騒を生み出している。

 

此処を人々は【どん底の街】と呼ぶ。

 

路肩にはホームレスがブルーシートと段ボールで作った寝所が辺り一面を覆い、行き着く先の果てと形容出来る。

 

また電鉄路線のガード下には小料理店と称した風俗店が軒を連ねる。

 

中央に位置する商店街などの歩行者天国もありつつも、1つ路地を潜ればディープな大人の世界が広がり、異人町というものを理解させた。

 

その異人町の東側に位置する飯店小路と呼ばれる個人経営の中華料理店が建ち並んでいる。

ただし、建物の老朽化や店主の高齢化によって店を畳む事が多く、まばらに店の点灯が見える程度しか営業していない。

 

しかしそんな閑散としている飯店小路の中で十数人ほどの行列が並び、賑わいを見せている店がある。

 

点心専門と大きく書かれた看板に、2人向かい合う席が3つと8人座れるカウンター席という少々狭い店内。

 

それを切り盛りしている人物がいる。

 

少し広めの厨房内でガスレンジ式餃子焼き器に冷凍された餃子を並べて鶏ガラと豚骨、端側の野菜を巻いた"ブーケガルニ"を入れてとったスープを注ぎ、蓋をする。

次に高く積まれた蒸籠にはグリンピースとコーンの乗る焼売を並べ、蒸気立つ蒸し器へセット。

同時に巻いた春巻きはフライヤーの中に入れて揚げ、ごま団子の注文が入ればそれも追加する。

 

見れば多くの者が混乱し、目を回してしまう程の仕事場であるがまるで水流を波立てずに泳ぐ魚のごとく、流暢な動きぶりを見せていた。

 

「春巻き、小籠包、焼き餃子お待ち」

 

出来上がった料理を直ぐに提供する。

 

テーブルには既に調味料と取皿、箸は置かれており、直ぐに食べる事が出来る。

 

蒸籠の蓋を開ければ閉じられた蒸気が一気に上へと昇り、分厚い皮と汁の詰まった小籠包が現れる。

 

春巻きは1つかじればザクザクと音を鳴らし、中からタケノコ、シイタケ、豚肩ロース、春雨、生姜の千切りが顔を出し、濃厚な味付けが食を進める。

 

焼き餃子は焼き面はパリパリと上はモチモチの其々異なる食感と共に閉じ込められた肉汁が口の中を激流の如く弾けとんだ。

 

食べる客は声にせずとも顔をほころばせ、その味を舌鼓する。

 

孤高に孤独に自分の味わいだけを求めてやって来た彼等に店主は必要以上の言葉を出さず、ただ淡々と新たな注文を捌き、怒涛の速さで提供していった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あん?〔宮本真之介〕?」

「ええ。有名人だと聞いていますが?」

 

職安通りと呼ぶハローワークや求人募集の掲示板が置かれている道路の傍にホームレス達による不法占拠が行われた空き地がある。

 

その中で1人ろくにヒゲを剃らず、服の端が縒れて汚れの目立つ服装の中高年男へ少女が話をしていた。

 

「…知らんなお嬢さん」

 

男は金色の長髪を持つ異人少女へ冷たくあしらう様に答え、手元に作っている鍋の中のインスタントラーメンを啜り始めた。 

 

「年齢は二十代後半から三十代前半のアジア系男性。近接格闘術の専門家で一瞬のうちに完全武装した兵士10名を昏倒、小隊クラスを壊滅状態にした人物です」

「益々知らんな…そんなランボーめいたバケモンを知っとったら、コッチがお目にかかりたいわ」

 

会ったことも無いと言わんばかりに男はそのままテントの中へと入っていった。

 

「……まったく」

 

少女は独り言ち、一回周りを見渡してから空き地を出る。

 

「…商業都市である筈の横浜にもこれだけのスラム街があるとは…」

 

貿易港として栄える街でも浮浪者等の存在は見え隠れしている。

知らなかった事を実感させられると、少しばかり浮ついていた自分が恥知らずとも思えてくる。

 

「…ま、兎に角探してみましょう」

 

宮本真之介。

 

その人物を見つけるまで彼女は前に進む事が出来ない。

 

(…間違いなくあの"箱"は古代メソポタミアに由来する代物。そしてあの刻まれた文字は紛れもなく…)

 

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…………

 

 

 

点心の仕込みは基本、中身と皮を作る所から始まる。

 

春巻きの皮は強力粉、水、塩だけだが、少しばかり水多めの柔らかい生地にして、鉄板に付けて広げる。

ライスペーパーも同じ様に作っているので恐らくこれがスタンダードなのだろう。

 

餃子の皮も強力粉3に対して薄力粉1の割合で塩と熱い湯で湯捏ねしてから冷蔵庫で数時間寝かせる。

 

中身に至っては春巻きの材料は生姜を除いて全て同じ大きさ太さで千切り、生姜は裁縫針ぐらい細く千切りにする。

その後はオイスターソースと醤油、おろしニンニク、紹興酒、ガラスープ、塩コショウ、水溶き片栗粉でとろみを付けたタレを用意し、炒める。

 

餃子の餡は豚モモ肉や成形する際のこま肉、余計な脂身などを包丁で叩き、ミンチにする。

キャベツは粗みじん切りにしてから塩で脱水、ニンニクは叩いて細かく刻み、生姜も同じ大きさに刻む。

ニラは少し大きめに輪切り。

ボウルにミンチ肉、塩コショウ、醤油、紹興酒、ゴマ油、ガラスープ、作り置きしているチャーシュータレ、ニンニク生姜で味付けをしてからまず練り込む。

全体が白っぽいピンクに変わってから脱水したキャベツとニラを加え、馴染むように捏ね上げれば冷蔵庫で寝かせる。

 

後は包む作業。

 

市販の春巻き皮は包みやすいように四角であるがこちらは丸の状態。

端に水溶き片栗粉を塗り、多すぎず少なすぎず具を乗せて空気が入らないように密閉して包む。

こうする事で油で揚げた際、中の水分が蒸気に変わって爆発するのを抑制する…つまり余裕を持たせないと破裂する可能性がある。

あらかじめ薄く油を塗ったバットに巻いた春巻きを並べてから冷凍庫へと納める。

 

餃子はクッキングシート(またはベーキングシート)という便利な物を使えばバットに付かないのでよく使う。

生地は棒状に伸ばし、スケッパー等で切ってデジタル計量機で大きさを合わせる。

直ぐに丸く伸ばし、ヘタって付く前に餡を真ん中に詰め、閉じていく。

伸ばす時は真ん中が厚めに外薄めにする事がポイント。

閉じるときには厚さが均一だと仕上がりが綺麗に行くからだ。

 

こうして出来上がったものは全て冷凍庫に入れる。

 

ほぼ急速冷凍であるこの冷凍庫ならば品質をほぼ保てて綺麗な状態を維持出来るからだ。

 

(……そうだ。ごま団子の数も少なかったな)

 

次にウチの人気メニューであるごま団子。

 

中身のアンコはザラメと小豆で蒸し、煎り擦った黒ごまと合わせ、ラードを入れた特製。

それに白玉粉で練った生地に包み、サラダ油を塗ってから白ごまを付けて冷凍。

後は満遍なく揚がる様に回して出来上がりだ。

 

と仕込みに時間がかかる故に朝から夕方に差し掛かろうとする時刻までしてしまう為、崑崙(ウチ)の営業日は一日置きに休業を挟まねばならない。

 

それを理解してくれている客がいる事だけは良いと思っている。

 

(……さて。閉めるか)

 

後片付けと鍵を閉め、店を後にする。

 

この1年のルーチンワークとしてやって来たが、ようやく心に余裕を持てるくらいまではなったと思う。

 

今日もまた多くの客が来店しては頼んだ物を食べては唯一置いてあるドリンクメニューの瓶ビールと瓶コーラを飲んでは支払いを行っていった。

 

まぁもっと飲みたい場合は店のすぐ横に置いた酒類と飲料水の自動販売機で購入すればいい。

あれもオーナーは自分だから結構売れるので嬉しい。

 

ここ異人町は夜ともなれば少し街の雰囲気が変わる。

 

伊勢佐木ロードと呼ぶネオンサイン光る商店街に男の性事情を網羅していそうなイメージクラブやヘルスと言った風俗店も点在する。

 

歓楽街と住居が入り乱れた街とも言えるこの異人町は不思議と空気感が嫌いではなく、少しばかり気に入ってもいる。

 

それは自分の感覚にない人の営みを感じられるようだったからだが。

 

「……とは言え」

 

歓楽街であると同時にスラムの雰囲気もあるこの街では路地1つ入っただけで不穏さを持つ。

 

「や…止めっ…!?」

「動くんじゃねぇぞ!?おらっ…!!」

 

男の3人が妙齢の女に対して馬乗りになりながら服を破こうと無理矢理裾やボタンを引き千切ろうと力を込めている。

 

そのまま放置すれば後数秒で彼女は下着姿を晒し、それ以上の陵辱を受ける事になるだろう。

 

此処で見ぬふりする気にはなれず、足元の礫を上へと弾き。

 

「あでっ!?」

 

指弾の要領で飛ばした。

 

「あっん?何だテメェ!?」

 

こめかみ部分に当たった男が顔を歪めては立ち上がって此方へとメンチを切って向かってくる。

少しばかり強めに弾いたからか、当たった部分が切れて細く赤い線が下へと辿って落ちている。

 

「……直ぐに彼女を離してやれ」

「はっ?何いってんのコイツ?」

「二度は言わん。彼女から離れろ」

 

年齢は20代前半か10代後半のガラの悪い男。

カラーギャングとも言えるラッパーなどが着るパーカーやスカジャンらしい上着とダブついたズボンというだらし無さしか感じられないカジュアルファッションで、他の2人も大した違いは見られない。

 

「一分だけやる。これが最後だ」

 

頭が良ければその意味はわかる。

思慮が効いているなら此処は退く。

何か分かればそのまま去る。

 

「…っテメェ舐めてんじゃねぇぞ!!!」

 

しかしどれも選ぶことは無く、暴力を解決手段として行使してきた。

 

大振りの素人が使うパンチが此方へと襲いかかる。

 

まぁそんなものを素直に受けるつもりも無いし、かと言ってただ回避するのも面白みに欠ける。

 

味にメリハリのないスープでは拉麺も美味くはない。

時として刺激を加えるのも良いだろう。

 

「…あん?」

 

相手の手首を手にし、捻りを込めて回転を加える。

 

汎ゆる物理法則に於いて、回転とは進む力を生み、遠心力による強烈な衝撃も創り上げる万物の基本。

 

黄金の回転。

 

かつて大陸横断レースに参加したチャレンジャーに教わった…と思う技を自分なりにアレンジし、使う。

 

日本武道の1つ、合気道の小手返し。

 

男は自身の身体が宙を舞い、地面と空を3回縦に回ってから何が起こったのか分からぬ内に。

 

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「……はへっ?」

 

先程の怒りが霞に消え、目を白黒させる。

何があったんだ…?

そんな顔をし、後ろの仲間へ首だけを動かして視線を合わせる。

 

仲間2人は手を止め、何も口に出せず、そのままゆっくり首を横に振った。

 

「…後12秒」

 

ちなみにカウントダウンはまだ止めていない。

 

一応警告の意味でも伝えてみると。

 

「いっ、行くぞ…!!」

「う…うわぁぁあ…!!」

「何なんだ…あれ!?」

 

一目散に逃げていく。

 

とりあえずは理解してくれたと見ておこう。

さて、ここからが問題だ。

 

「……立てるか?」

「えっ…?あっ……」

 

少しばかり着衣が乱れただけで済んだ女だがそのままにするのも流石に気が引ける。

 

「女一人で出歩くにはこの街はよろしくない。神内駅のビジネスホテルに泊まって明日朝一番に帰るべきだ」

「…あっ…そ…。す、す…みま…せん」

「謝るくらいなら来ないほうがいい…全く」

「……はい」

 

とりあえず彼女の手を取り、立ち上がらせてから神内駅方面へ歩いていく。

一応また何ががあっても困るからビジネスホテルまでは送らねばならない。

 

「あ、ありがとう…ございました…!」

「ああ。次からは気を付けて」

「はいっ…!」

 

元気のいい女性だ。

見たところ何処かのビジネスマンらしく、少し安いリクルートスーツを着ていた。

 

彼女とホテルのロビーで別れ、ようやく帰路につける。

 

さて、晩酌はどうしよう?

少しは棚の中に入れたスコッチを開けて飲むのも良いと思う。

 

乾燥肉にしようか。

それか網型のポテトを揚げてみるか?

 

少しワクワクしながら歩いて10分。

 

朝焼け通りのアパートメント、という体と表向き小料理店として経営している建物の2階へと上がる。

 

そう、此処は個室の料理店で客と応対店員があれよこれよで自由恋愛に発展してしまったという少々無理矢理な形の風俗店だ。

 

ただ、こういう店がやっていいかと言われれば違法な部類であるものの、誰かが住めば其処に居住権が発生し、立ち退きを言い渡せないという方法がある。

 

ちなみに其れを今やっているのが自分だが。

 

「……さて、ただいま」

 

誰も居ないが何故か癖で言ってしまう言葉を発しつつ。

 

ふと変な様子の部屋に目をやり。

 

「…ガフッ…!!グアッ!グジュッ!!」

 

暗い中で冷蔵庫のLED照明がナニかを映し出し、ナニかが大きな口を開けてはミシリと歯を立てて齧りついていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……おい」

 

部屋に入っている闖入者に対して、怒りを込めた声で問う。

 

むしゃむしゃと咀嚼音が聴こえるが、それ以上の応答も何かする様子もなく、そこから数分無言の時が流れる。

 

(…あれハムの原木か…)

 

真っ先に齧り付いているのが横浜駅の高級スーパーマーケットで売っていた丸のままの生ハム。

楽しみに木の固定具も買って毎回薄切りにして堪能していたが、マンガ肉を食べる様に咀嚼されている。

 

少々塩分濃度の問題が頭によぎる中、返答の無い事で苛立ちを募らせ、店主は口を開く。

 

「…答えろ。何をしている?」

 

見れば分かるだろうと言うかも知れないが一応相手の言葉を聞くのも必要なプロセス。

場合によっては何らかの対応策を練らねばならないと思って聞いてみるも。

 

「………返事なし」

 

遂に買ってあったウインナーソーセージにまで手を出し始めた事で目元を手で覆う事態になりつつある。

 

どうすれば良いのだろうか?

 

そんな思いが頭に反響しつつ致し方ないと思っては靴を履いたまま上がり。

 

「おい」

 

問おうとした瞬間、()()()()()()()()()()

 

「…なっ…!?」

 

身体中が引力にひかれるまま、床へと叩きつけられる。

ミシミシと音を立てて軋む畳と床板が今にも破けそうな勢いであった。

 

「ぐっ…!?」

 

投げられた。

と言うよりも服の裾や端を掴んで振り回されたと言うのが正しい。

 

恐ろしい程の膂力に油断していたとはいえ、店主の顔も少し怒りが籠もったように見えた。

 

「………ブチギレたぞ?」

 

ナニカへと殺意を向ける。

ビクリと肌を震わせ、その意味を理解するが既に遅く。

 

倒れた状態のまま、両手を床に倒立するように逆立ち、脚を撓らせて振り回す。

 

「──!!?」

 

カポエイラの脚技と同じく、鞭のごとく遠心力で放たれた踵の一撃はその腹部と思わしき部分に当たり、大きくくの字に曲げる。

 

身体は壁へとぶち当たり、強い衝撃で辺りが揺れ、一部の漆喰が粉末状に落ちて散らばる。

 

「グゥ゛ゥ゛ゥ゛──!!」

「ようやく聞いてくれる気になってくれたか?」

 

倒立からの跳躍と着地。

重さを置いていくような軽い音で床に立つと、直ぐ様両手を前に出し、構えた。

 

「いざ、参る…!」

 

 

 

 

 

 

to be continued

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