Beginning of MAHAartMATA   作:葉隠小太郎

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第三話 Amnesia

 

 

腹が…減った。

 

口に出さず、心の中で思い浮かんだ言葉。

軽快な音と共に3回遠くへとフレームが拡大していくイメージが何故か浮かぶが、それが何なのかは分からない。

 

とりあえず自分が今、何処かの砂浜に居ることと、海水を吸って重くなった衣服がとても鬱陶しい事だけは分かる。

 

「……ぺっ」

 

口に含んだ砂を吐き出し、立ち上がろうとするものの、節々の重さを感じる。

流石に体力も底を尽きたと言うわけだ。

 

視界が揺らめく。

 

呼吸すらしづらくなる。

 

口の中に広がる塩味だけがおそらく最期の感覚なのだろうと思いながら。

 

「あら?此処に居たのね…。聞く限り4()5()4()()()()()()()()()()()()()

 

笑顔を見せる絶世の美女が視界に映るのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

破損した地面のアスファルトが元の状態へと戻る。

 

違法駐車されたワンボックスカーは何故か70年代に走っていた3代目スカイラインに代わる。

 

アパートの階段を昇り、立て付けの玄関ドアが外れているのを見てから蝶番を再生。

ボロボロの壁やその他の家具等の破損を指先で動かせばガチャガチャと音を立てて修復が始まる。

 

みるみるうちに綺麗な状態へと元通りになった部屋へと靴を脱ぎ、抱えていた少女を隣の寝室へ運び、ベッドの上へと寝かせる。

 

「……何なんだ一体」

 

寝ているのか気絶しているのか判断のつかない状況に宮本の目は細々と訝しみを込めた視線を送る。

 

とはいえ、このままにするのが良いとは思ってもおらず、今の所は時間による解決しか無いと判断。

 

「──そういえば」

 

ふと思い出したように寝室からリビングへと戻り、冷蔵庫を開ける。

 

「…………」

 

中にあったと思われる生ハムの原木は骨のみに変貌。

その他ソーセージ等の加工食品やマーガリンの箱と思わしき物は中身が乱雑に食べられていた。

 

これを一言で表せば、"食べ物がない"である。

 

「…………」

 

思わずその場に崩れ、何処にもぶつけようのない怒りが込み上がってくるが、炎が出るどころか綺麗に鎮火する勢いで終わってしまう。

 

「……しょうがない」

 

頭は痛いが、それでも腹は減る。

 

時刻的にはまだ近くのスーパーは営業中であり、買い物をするには充分。

 

直ぐ様、玄関前に置いてある買い物カゴを持っては給湯器のスイッチを押し、追い焚きを開始。

風呂が沸くまでの間に済ませようと足早に外へと出ていく。

 

 

 

…………

 

 

 

伊勢佐木異人町という名の通り、スーパーの陳列された商品は異国情緒に溢れている。

 

広東語で記載された様々な調味料、ヒンドゥー語が目一杯目に付くスパイスや食品、ハングル語のキムチやお菓子。

別の棚にはタイやインドネシア、フィリピン、シンガポール等の東南アジア圏の食材も並び、別の国に居るように錯覚させる雰囲気であった。

 

「…おっと、老干媽が切れそうだったな」

 

年配女性の写真が貼られたピーナッツ入り辣油の瓶を手にとって買い物カゴに入れる。

牛肉豆鼓入りや千切り豚肉入り等の食べるラー油の走りみたいな調味料で、混ぜ麺にかけて食べる。

 

「ん?ピーナッツバター…ビーフン、マーガリン、バター、薄力粉と砂糖も切らしてたな」

 

少しだけ買いに来たとラフな状態で来たら思いのほか思い浮かんで買ってしまったケースは多いだろう。

今が正しくそれであり、宮本の買い物カゴの中には次々と食品が積まれていく。

 

「豚こま現品限りで値引きされている…。冷凍すれば何日かは出来るか?」

 

大判パックに入った豚こま肉を入れる。

 

「……ハムの塊か…」

 

1kgサイズのプレスハムにも貼られている事に気が付き、其れも入れる。

 

「………」

 

アメリカ人のバーベキューパーティー用なのか牛肩ロースの一本が売られている事に気が付き、顔を渋らせながらも欲望に勝てず、入れてしまった。

 

「…野菜も食べよう」

 

そう言いながら、店頭に売られている野菜をカゴに入れ、合計2つも必要なほど詰められたまま購入となる。

 

「………流石に買い過ぎたな」

 

ギリギリ冷蔵庫へ入るかと思いながら買い物客用の段ボールを1つ手にして台の上で商品を詰めていく。

 

硬く重い瓶類は下に詰め、軽く柔らかい食材や野菜は上に載せる。

 

すっかりと大荷物を運ぶ事になった宮本は、その重さを実感する様にスーパーから出る。

 

「買い過ぎたな…」

 

そんな言葉を呟いて。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

夜が明ける。

 

「──ガウッ」

「………」

 

朝の日差しがゆっくりと部屋の中に差し込むと、宮本の上には少女がへばりついている。

 

「……服を着ろ」

「グゥ?」

「全く……」

 

ベッドを使われている以上、仕方が無いと考えてもう一つ用意していた敷布団を使う事にしたもののケダモノから姿を変えたが中身が変わっているわけではない。

 

まるで大型動物の毛繕いの様に宮本へと舌で舐めずられながら、とりあえずと自身の着るYシャツの袖を通させると。

 

「……これはマズイか」

 

世間一般で言う裸Yシャツという状態になってしまう。

 

「……???」

 

初めて衣類を着たことで不思議そうな顔をしては、長い袖を上下に振るう。

 

見た目の割りには精神性は幼児に近い可能性がある。

 

そんな考察が頭に浮かびながらも、とりあえずと起床し、朝の準備を始める。

 

先ずは歯磨き。

 

これは毎日2回は行う。

 

次に乱れた頭髪を真っ直ぐに整えて後ろに流してからヘアゴムで束ねる。

 

寝間着からシャツと上着、ジーンズ等の服を着て、身支度を整える。

 

「…さて」

 

ここで先送りにしていた問題が出てくる。

 

リビングにはテーブルに座る少女。

 

一体何者なのかそれすら知らずに置いているが、宮本は其れを気にはしておらず、「まぁそういう事もある」と非現実的な結論を出し、キッチンへと立った。

 

今日はプレスハムと目玉焼きにしよう。

 

幸い手が出されてない生卵と昨日買ったプレスハムを厚めに切って焼く。

シンプルだが悪くないご機嫌な朝食メニューにである。

 

「パンかご飯どちらがいい?」

「グゥ??」

「すまん。聞いても駄目だったな」

 

流石に意味が掴めないと分からないだろうと独り言ちながら、フライパンへ油をひく。

 

一部の包装を剥き、厚めにハムを切る。

トースターに切ってある食パンを入れ、タイマーのツマミを一分にセット。

頃合いに熱されたフライパンにハムを乗せ、パチパチと音を立てる。

 

その間、セラミック製のカップを2つ、戸棚に入っている市販のカップスープ粉末の袋を開け、中に入れてから電気ポットの湯を注ぐ。

 

ハムが焼けてくれば片面をひっくり返し、音が鳴ってから卵を割り入れ、軽く水を入れて蓋をする。

 

スープをスプーンで混ぜて溶かし、湯気の立つそれを少女の前へと置いた。

 

「熱いから少しずつ飲むんだぞ?」

「???」

「こうだ」

 

宮本は実演するように自分のカップを少し傾けて中のスープを吸う。

 

その様子を真似て、少し飲んでみると。

 

「ヒッ…!?」

 

あまりの熱さに驚いてはテーブルへ大きな音を立てて置く。

流石に慣れていないらしく、目の瞳孔が大きく広げて驚愕の表情のままジィと見つめ始めた。

 

「もう少し冷めてから飲むといい」

 

と少し面白い反応に宮本も笑みがこぼれる。

そんな微笑ましい光景を見ていると、トースターから大きな音が鳴る。

 

「おっと、そろそろ焼けるな」

 

パンが焼け、目玉焼きの方も出来上がる。

直ぐに皿を用意し、パンをトースターから取り出し冷蔵庫の中のバターを取って表面に塗る。

 

その後、焼けた目玉焼きとハムを乗せ、塩と胡椒をかける。

 

「出来たぞ」

「……ガウッ」

 

アミノカルボニル反応によって焼けた香ばしい香りは少女の腹を鳴らす。

 

ひとり頭2個の目玉焼きと分厚いプレスハムの乗ったトースト。

 

料理としては簡単な部類に入るそれだが、などの人によっては様々な意味で賛否両論が巻き起こるかも知れない。

 

ただ、そんな事はお構いなしと宮本は少女と自分とでテーブル対面に置き、椅子を引いてから座る。

 

「…頂きます」

 

両手を合わせ、食事前の挨拶。

それを少女は不思議そうに首を傾げる。

 

「…生命を食べる意味だ。この国では結構な習慣だよ」

「……グゥ…?」

 

意味の理解がし切れないのか疑問の表情をするも、宮本の行動を模範し、とりあえずと自分でも手を合わせる。

 

「…イ…イタダ…キマス!」

 

少々辿々しい言葉遣いながら、言い切った少女。

 

「うん、よく出来た」

 

其れを短いながらも褒め、そのまま左手で少女の頭頂部へと触れては撫でる。

 

「グルルル〜♪」

(まるで猫みたいだな)

 

喉を鳴らしてご機嫌な様子を見て、近所の猫を思い返す。

 

「さて、食べるか」

「ンッ!」

「そう。そのまま齧ればいい」

「ン!!」

 

大きく口を開けてトーストを頬張る。

ザクザクと焼かれたトーストとハムの塩味、そして半熟に熱された卵の黄身が一層味を引き立てる。

 

少女はその美味さに両足をバタバタと振っては喜びを表した。

 

「もう少しお行儀を良くしないとな…」

 

と言いつつも、その素直さには何も言うことは難しく、ただ笑う事しか出来なかったり。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

〔宮本真之介〕

 

その名を警視庁データベースにハッキングし、調べてみる。

 

「犯罪歴無し。ただの料理人?」

 

写真撮影おろか補導された形跡もなく、ただの一般市民であろう記録しかない。

 

では国税庁は?

 

税金関係の書類であれば別段珍しくはなく、調理師として登録がなされている場合がある。

 

直ぐにキーボードへとコードを入れ、関東圏内の税務署記録を当たっていく。

 

出てきたのは2年前に伊勢佐木異人町に出店した事。

年間売上1千万以下で、インボイス制度は利用していない。

 

そもそも完璧に個人客のみをターゲットにした業態故にインボイスに関与する企業間取引を行わなければしなくてもいい。

 

ただ、そんな事で回るほど世間は簡単でもなく、そもそも年間売上1千万以下という数字も随分と少なすぎて経営が成り立つのかが不思議でならない。

 

「でも、確定申告で出てる領収書は大体問屋とかで買ってるからなぁ…」

 

肉類は異人町内の卸売り業者から購入し、野菜などもスーパーや問屋の仕入れとして記載。

支払いも滞りなく行われており、下手な飲食店よりも真面目に経営管理がなされていた。

 

「原価率20%以上…昼の11時から夜10時まで…たった1人でこなしている所はちょっと怖いけれど…」

 

何かカラクリがある。

 

そもそもこの人物を当たる理由がなんだったのか。

 

「……もしも何かがあったら〔宮本真之介〕に頼りなさいか…」

 

思い出す。

 

自分の所属している組織の最古参である〔ティア・フラット〕から言われた言葉を。

 

物語に登場する稀代の大魔術師〔マーリン〕より受け継ぎし魔術の遣い手で、私とは親友同士。

 

シリアから運ぶ最中にA級エージェント達から狙われるハメになった事を歯噛みしながらも、やるべき事を最優先に息を整える。

 

「……しかし、一体どういうわけ?」

 

マウスで取り込んだ画像をクリックする。

 

現れたのは先日、宮本が"あるモノ"と交戦した際の画像。

 

少し高いカメラを買っただけに高画質の画像を撮ることが出来た。

 

ただ、そこに写し出されているモノには大分驚かされたけれど。

 

「……()()()()()

 

背恰好は兎も角、顔の造形等は鏡で映したかのような自分が目の前にいる様だ。

 

まさか瞳の色すら同じになったならば恐ろしいを通り越して何が起こるか分かったものではない。

 

「もしも本当に…」

 

伝承そのものであれば。

 

会わねばならない。

 

「……先ず確かめてみよう」

 

そう決意し、ラップトップPCを閉じてリュックサックへと仕舞い、借りたビジホから窓を伝って別のビルへと飛んでいく。

 

尚、お金についてはベッドの上に万札3枚置いておいたので足りるとは思ってる。

 

 

 

 

 

to be continued

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