Beginning of MAHAartMATA 作:葉隠小太郎
〔張維新〕
喪服めいた黒いスーツとコートを羽織り、サングラスを付けた中国人。
香港黒社会からやってきた反社会的勢力の重鎮である男はそれと裏腹な屈託ない笑みを浮かべながら店へと入る。
「よう店長。腹が減ったんだが…」
「注文は食券を購入してくれ。其れがルールだ」
「……そうだな。
対し、冷たくあしらう様に店のルールである食券機での注文以外を受けない宮本の態度に頓着せず、ポケットの中に丸まっていた札を伸ばして入れ、ボタンを押していく。
「…少々お待ちを」
買った券の半分が宮本の居る厨房側へと入り、確認して直ぐに冷蔵庫から食材を取っていく。
「海老は増量しといてくれ。香港のレストランで食べた海老炒飯が懐かしくてな〜」
「善処しよう」
気さくに話す張に特段気にする様子を示さずに調理へと進む。
最初に刻んだ長ネギ、ニンニクを大豆油を注いで熱した中華鍋へと入れて炒め、剥き身の海老を入れる。
通常4匹の所を8匹入れて、表面が赤く色づくまで炒めていく。
「おみず、どうぞ」
「おっと。ありがとね」
宮本が調理する合間、コップに水を入れて持ってきたエンキドゥに会釈を返しては置かれた水を一つ飲む。
食材に火を通った所であらかじめ大鍋にて炒めていた焼き飯を中華お玉、【
高火力のコンロの上へ焦がすように飛ばしてはひっくり返して全体を炙り焼きにすると、余計な油分と水分が飛び、パラパラと解れつつも噛めば蒸らされ、しっとりとした炒飯が出来上がるのである。
最後に解きほぐした玉子を細くきめ細やかに振り掛け、米粒一つ一つを黄金色に輝くコーティングを施して出来上がった。
「海老炒飯海老多めお待ち」
「ほぉ…」
カウンターからテーブルへとこんもり盛られた炒飯が乗る。
玉子の黄色。
海老の紅色。
ネギの焦茶。
そしてマー油仕立ての米が黒のダイヤの如く光り輝く。
「……頂きます」
添えられたレンゲを手にし、一つ炒飯の山を掬う。
食材一つ一つに火が行き渡った色合いは並大抵の物ではなく、見ても思わず腹を鳴らせ、そのかぐわしき香ばしさで喉を鳴らす。
張はそのまま口を開けてレンゲを差し込み、炒飯を口の中へと入れて咀嚼。
「………」
静かな時が流れ、飲み込む音が響くと、張の顔は。
「……
恵比寿のような満面の笑顔を見せ、皿ごと持っては炒飯をかっ込んでいく。
時間にして一分も掛からず、皿の絵のみが綺麗に見える程の食いっぷりを見せたのだった。
「はぁ…相変わらず美味いよ店長。贅沢の極みでも場末の店でも出せねぇ旨味の籠もった炒飯だったぜ」
「その食い様ならそうだろうな」
「アンタくらいだぜ?忖度なく褒めても何もしないの?」
「何かしたら忖度が出てくるだろう?」
「………確かに」
正直な感想を述べる張が納得したかのように手を叩く。
賄賂が横行しているチャイニーズマフィアでは忖度という言葉は死語に値するかも知れない。
「さて、そろそろ本題に入りたいがいいかい?」
「……茶を淹れるまでなら聞いてやる」
「それなら全容を語れそうだ」
比較的長く抽出させる淹れ方の中国茶を用意すべく、沸いたやかんの湯を空の急須へと注ぎ入れ、容器を温める。
張はその間に自身の目的である話をすべく、一度咳払いをしてから口を開いた。
「
3日前、俺達は何時も通りに貿易会社のフロント企業として港の資材運搬やら本土とのやり取りをしていた。
最近物騒な話もあってな?
流石にハジキは使えねぇから木刀だとか武器術使える手練れを
少なくとも容易に負ける連中じゃない。
それは確かだとここで言っておく。
ただ、真っ暗な晩の中で起こったんだ…。
「真っ暗な晩?」
ああ。
相手はまぁチンピラに毛が生えたような連中だな。
ソイツらの武器も金槌やら金属バットやらでまぁ変わんねぇが経験値は断然コッチが上だ。
5〜6人おっ倒して捨て台詞吐いて逃げたんだがどうにもおかしい。
有能な部下だぞ?
争い途中で逃げるようなタマじゃない。
そう思って他の連中も探してみた。
したら…。
…………
「異形…そう表現した怪物が1人骨ごとバリバリ食べてたのを見たんだと」
張の話に妙な事を思う。
怪物と評した存在。
それを"悪魔"と呼んだ理由。
まだ何か隠しているのかどうか。
それを把握するべく、黙って聞いてみる。
「怪物はチンピラの1人が操ってた」
「なんでそう言い切れる?」
「そりゃ、
成る程、情報は手に入れているのか。
「コイツがその悪魔を使役できるアイテムだそうだ」
とコートのポケットからジッパー付きビニール袋に入れられた物を取り出し、カウンター側へと置く。
一瞥してみるが、何の変哲もない量販されているスマートフォンの類いである。
「これが?」
「ああ。ロックは解除してあるから開けてみてくれ」
ということで電源を押し、横にスライドして解除する。
タッチパネル式の液晶画面からメインメニューの画面が映し出されると、一つだけアプリが表示されている。
「ちなみにそのアプリだけしか無い。ソイツのデータ容量で一杯一杯だそうだ」
確かに。
アプリケーション情報とPDA(スマートフォン等の端末機器を指す)の容量を比較してみてもパンパンに詰まっている。
恐らくこれにアプリをインストールしてしまえば動作が鈍くなりかねないだろう。
ギリギリサクサク動く限界と言える。
「開いてみても?」
「間違っても悪魔を出したりするなよ?ソイツぶっ倒すのに部下が5人病院送りになった」
「それで済んだならまだ弱い部類だろう」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
中身はなんであれ、開けなければどんな物か理解出来ない。
アプリをタップし、開かれると。
【
と表示され、幾つかメニュー画面が浮かぶ。
上から順番に。
所持悪魔、邪教の館、ステータス、アイテム、その他システムと並んでいる。
容量が大きくなっているのはこのアイテムや邪教の館で食っているからだろう。
所持悪魔のボタンを押し、中を覗く。
〔妖精:ピクシー〕に〔鬼女:マーメイド〕の2つのみ確認され、3つ目の悪魔の表示はLOSTと出ている。
どうやらこれが張維新を襲い、倒された悪魔と考えられる。
「…所でこのスマホをどうするつもりだ?」
「あん?俺がそれを使って鉄砲玉するって思うのか?そんな事をするつもりはないぞ?」
腹の読めない男であるが、暴力による解決は極力取らない人物でもある。
故にこのスマホを使って何かしようと考えるとすれば、相当数出回っていた場合だけだろう。
「一つ格言を。強すぎる力にはそれだけ因果も回ってくる」
「……キモに免じておくよ」
一応警告という意味で語り、彼は其れを受け取る。
釘は刺しておいたから大丈夫であろうと思いつつ、席を立つ姿を一瞥する。
「このスマホはどうする?」
「要らん。危なっかしい代物はアンタに預けておくのが無難だ」
背中越しに手を振ってから店へと出ていく。
恐らく解析中にうっかり出現させて大暴れされたと見る。
しかし、いくら静かに食べたいからといって部下使って通せん坊は営業妨害なのでは?と思いつつ。
「うわっ…めっちゃ怖…」
「うぅ…さびぃ…」
「お腹減ったぁ〜〜♪」
「4人座れそうだな…」
異人町通いの来客達は店の前に静かに待っていたらしく、空腹に飢えている彼らの為に。
「いらっしゃい。其処の券売機で注文宜しく」
厄介極まりないとはこの事を言う。
《正午13:00より攻撃を開始。対象を拿捕せよ》
司令部から送られてきた電文はある意味で待機命令から作戦行動へと変更を意味する。
但し、正午という点を除けば。
「……飲食店で正午襲撃と言うのは…」
《〔ベケット〕中佐が指揮を執る。その命令をうけよ》
「………
正直に言うならばその様な行為を許す気にはなれない。
何も知らない民間人が多数来店している中での作戦行動は確実に無益な死者が出る。
如何に相手が謎とはいえ。
だが軍人である以上、やるしかあるまい。
「……大尉」
「私に命令権はありません。〔マイケル・ベケット〕中佐の指示に従いなさい」
「あの悪名高い
副官でもある曹長へと口を噤む様に伝える。
虐殺者ベケットが仕掛けているかも知れないナニかが何処で聞いているか分からない以上、下手には何も出来ない。
本国にですら極秘で動いている以上、白昼堂々と動くには厄介が際立っているが、何か手を打っているのだろう。
「……仕方がない、ハァァ…」
では此方も少しばかり単独での作戦行動を行うしかない。
こればかりは流石にと考えて椅子から立ち上がる。
「大尉?何をするつもりですか?」
「君は脅された。ただ其れだけを言い給え」
「……すみません」
直ぐにバレるかも知れない嘘をさせるのは気が滅入るが、今はそうとは言っていられない。
「今から交渉に入る。恐らく失敗する可能性がありますがね」
現在、午後11時に差し掛かる時刻。
あの通りの治安情報からして最も人通りの少ないと此処での調査結果だ。
身動きの取りづらい時刻での戦闘よりはまだマシと捉えつつ、私自身は少しばかり高揚していた。
私は自他ともに認める
この腕になる前でも中南米麻薬カルテルを潰し、敵対するであろう存在を抹消してきた。
どれも強敵だったが、私自身の戦闘能力を前に生命を刈り取らせて貰った。
だからこそ今度の存在に関して言うならば、背筋にゾクリと冷たい感覚が覚える。
生身の部分を見れば寒イボだらけの鳥肌が立っている状態であるし、今まででこうなる事は無かった。
NSAですら把握出来なかった人物。
"此方側"に寝返ったA級エージェント十数名を殺害した対象を鎮圧させた実力かつ一分の隙も見せぬ対応の仕方。
間違いなく強者だ。
部下には見せられない口角の上がった私の顔を顔中動かしてはほぐし切ってから外を出る。
丁度秋雨が降っている。
これから来るであろう冬の寒さを感じながら、待機しているビルから飛び降り、崑崙へと進んでいく。
夜露が呼び水となってか外は大きな雨が降り始めている。
傘を忘れて急いで帰る者や夜遅くになる前にと出る者がチラホラと見かけるようになり、宮本も時刻的に店を閉める事を決める。
「もう流石に人は来ないな…」
店の暖簾を降ろし、表の鍵を閉めようとした時。
「すみません。もうお店はやらないんですか?」
大きな雨音が地面に落ちる中でハッキリと若い女性の声が響く。
其れを聴き、宮本は暖簾を店内へと入れながら。
「まだ火を落としていない。中に入るといい」
入店を勧めた。
「…では失礼します」
若い女性はポンチョと思わしき雨具のフードを取り、店の中へと入る。
「………」
其れを一瞥し、宮本の顔は何かを感じた様に奥歯を噛み締め、店へと入る。
…………
「…唐突に聞くが、君はエンキドゥと何か関係があるみたいだな?」
店に入り、厨房で何も言わずに調理を始めたかと思えば、唐突に問いを投げ掛けられる。
エンキドゥ。
ここ2週間程度観察し続けた中で分かった謎の少女。
彼が義理の妹の子と言って保護し続け、高等教育なども施している存在。
こうして私と会って何か言う事は無いのか?と思っていたけれど、中々確信に近い部分を突いてくるとは思わなかった。
「……関係が無いと言ったならば?」
「世の中には似た顔が三人居るとか、ドッペルゲンガーという話がある。しかし似た顔にしては造形が酷似していて、ドッペルゲンガーにしては身体つきが異なり過ぎる」
其れを言われてしまえばそうだ。
似せる目的のドッペルゲンガーであればそのまま私を創り出せば良いと言われるだろうし、むしろ姉妹扱いの方がまだ説明がつくだろうけれど。
駄目だ。
此処はキチンと誠意を見せるように話さねばならない。
「……既に知ってると思いますが。あの子は「
どれほどの物かと思えば、彼は既に知っていたのか言おうとしていた事を理解して口を開く。
「古くは中国の哪吒太子。あれは神仙が不憫に思って蓮の花から生まれ変わらせたとされる仙人由来の存在だが。あの子はまた別ベクトルで違う部分がある」
そう、神造人間はその名の通りに神が造ったとされる生命体の一種。
パンとワインを持って捏ね上げたのが最初の人類とされ、様々な神話にて同じ様に作られた者達が多く記述に遺されている。
北欧神話であれば主神オーディンが英雄へ遣わす戦乙女ワルキューレ。
中南米のアステカ神話におけるテスカトリポカが戦士としてジャガーの革を被せて遣わせた
基本的に言えば神造人間は神の御使い役であり、人類との橋渡しもしくは人類に対して宣告を行う者というカテゴリーに分類されている。
「いつ現れるかと思っていたが、まさかそっくりそのままの人間に会うとは想定していなかった」
「…私もここまで知っていて、何故動かなかったのか。それを知りたいですが?」
そこまで似ているのかと思うとやはり機内で腕を噛まれた事による物と考えられる。
まあそんな事は今はいい。
「知っているならば話は早いです。Mr.宮本」
「おっとその前に一つ…いや、三つ程話しだ」
と右手を出しては三本指を見せて口を開く。
「一つ、
「……あっ」
確かに名乗っていなかった。
イギリス貴族としてあるまじき失態です。
「……メアリ。〔メアリ・クラリッサ・クリスティ〕です」
「どうもMs.クリスティ」
と名乗ってみたら自分の前に料理が置かれた。
「シェントウジャン…豆乳のスープだ。上に油条の大き目に輪切りした物を乗せてある。好みで隣の鰹節で取った出汁餡掛けを掛けてみてくれ」
「はっ…はぁ…?」
どんな食べ物だろうと思いながら置いてあるレンゲで一つ掬ってみる。
完全にスープ…ポタージュみたいな料理の様で、どちらかと言えばポタージュよりもサラサラと水っぽい。
先ずはそのまま白い豆乳?の状態で飲んでみる。
「……ほぁ…」
押し寄せてくるのは濃厚なソイビーンズの味わい。
ただ濃さだけではないさっぱりとした後味が通り過ぎると、いつの間にかもう一杯とレンゲで掬い、飲んでいる。
しかし、軽く塩味だけのこの豆乳スープも美味しいけれども店主が好みでと行ったこの出汁餡なるものも気になる。
試しにかけてみてどうだろうか?
そう思いながら、熱々のあんかけをスープの中に掛けていく。
現れたのは樹液を思わせるようなアンバーカラーの濃密なソース。
前にロンドンのチャイニーズレストランで食べた広東風焼きそばにもあんかけが乗っていたけれど、其れとはまた異なる代物であろう。
「………」
一回、二回と軽く混ぜてからスープを掬って飲む。
成る程、確かにこれは違う。
想像よりもガツンとくる鰹節の風味。
それに合わせて少量に抑えたらしいソイソース等の味付けがこの出汁餡の邪魔をしない。
ただでさえ濃厚かつさっぱりとしたスープにこの旨味の塊である出汁餡の組み合わせはもうマリアージュ以外の物では表すことが失礼極まりないと思ってしまう。
「………はっ!?」
そうこう考えている内にスープの入った皿は底が見えてしまった。
ふと見るとクックックと不敵な笑みをしている宮本氏の姿に少し恥ずかしさが出てきたのだった。
「いや、お嬢さんがそんな良い食べっぷりを見せると此方も甲斐があったと思うさ」
「……少しはしたなかったです」
「此処は食堂。飯を残さないっていうモラル位がルールだ」
そう言って空になった皿を下げていく。
考えてみればここ2週間以上は食欲も少なくてカロリーバーのみであった。
久しぶりの温かな料理を食べて少し気がほぐれたと思う。
「それに、シッダルタは断食の後に乳粥を食べた。豆ではあるが今の君には豆乳のスープが良いだろうとね?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「なに。酒飲みの締めには丁度いいと思ったまでだ」
医食同源。
中国で聞いている食と医は根本は同じと捉えている。
個々の身体に合わせて体調を診てから必要な食事を提供する。
この豆乳スープは私自身が知らなくとも心身から求めていた様に、体内の芯から熱を感じられる。
「…さて、二つ目を聞いていいかな?」
「……あっ」
そう言えば彼から質問されていたのだった。
流石に店を構えているだけに料理が上手いことは確かだけれど随分と舌鼓してしまい、気が緩んでいた。
「…えっ…ど、どうぞ」
「…では言おう」
何が飛び出してくるか、少々緊張するも考えつくのは一つ。
「…具体的にエンキドゥをどうするつもりだ?」
「………」
彼の心配事はこれだ。
エンキドゥの処遇。
これからどうするべきなのか、其れを伝えねばならない。
「通常手順であれば、
「………」
場が少し重く感じる。
強いプレッシャーと言うのか、いきなり心臓を鷲掴みにされた様に思った。
「…その施設に入ったらもう気軽に会えないだろうな…」
「……っ…!?」
言葉の端々に鋭い棘のような物を突き刺された気がする。
言霊という概念がある様に、宮本という人間には何らかの話術でも習得しているかも知れない。
「もし、通常手順とやらがなされるなら…不本意だが君達には少し手を揉んで貰うしかない訳だが?」
先程まで笑っていた人物とは思えない。
鬼武者とも阿修羅とも形容出来る気迫をコチラに向けている。
正直怖い。
言葉の色を完璧に把握していると考えられる力に圧倒されかけていると。
「……まぁ、それは後で答えてもらうとして…三つ目だが」
店の正面である入り口を見やり。
「……"知り合い"。では無さそうか?」
「…えっ?」
戸が引かれ。
「こんばんは。今日の雨模様は人通りが少なくなる…良い夜ですね」
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