偉くもないし、立派でもない。わかってるのは────── 作:無名のサイドラ使い
奉仕部に入部して数日が経った。
部室に工藤と顔を出すと大抵は雪ノ下が本を読んでおり、今のところ『依頼人』とやらは現れる気配はなく部活の時間はただ黙々と過ぎていくのみであった。うーん暇な時の探偵部を思い出すな。
さて、今日もキーンコーンカーンコーン…、と授業が終了した合図が学校全体に響き渡る。それと同時に荷物をまとめ、即座に校門へ直行…しようとしたところで俺の襟元が何者かに引っ張られた。
「うお!!?」
「比企谷、部活の時間だ。」
「ひ、平塚先生…。」
しかし、まわりこまれてしまった!!
おおはちまんよ、しんでしまうとはなさけない!…ってこれはドラクエか。
そんなくだらないことを考えていると、平塚先生にギロリと睨まれる。
「部活の時間だぞ。」
「いえ、二度も言わなくて結構です…随分と暇な部活なのでてっきり帰っていいものかと思いまして…。」
「探偵部はそうだったが、奉仕部はそうもいかん。いつ依頼が来るのかは分からないからな。」
そう言って呆れたように腕を組む先生。…なるほど、一理ある。
かつて俺と工藤の二人が探偵部だったころ、このように部活内で暇な期間はあるにはあった。そう言った日は帰宅しても何ら問題はなかったのだが、基本的には依頼解決に奔走していた記憶しかない。
きっとそれは(顔ファンの奴らもいるし)『探偵部にはかなりの実績があったから』、そして『宣伝等を積極的にしていたから』依頼人が集まって来ていたのだと思う。その点、今の奉仕部はどうかと言われたら…まぁおそらくそう言った実績はほとんどないに等しいのだろう。…あいつの性格上宣伝とかしてなさそうだしなぁ…。
「で、今日はどうなんです?依頼が一つも来ないと部活として機能してるか怪しいと思ってしまいますけど。」
「安心しろ、今日は一人依頼人が来る予定だ。…というか工藤から聞いてないのか?」
「いえ、特に…というか基本的にあいつは部活とプライベート以外で会わないんですよね。」
「ほう、そうなのか。」
そう、俺と工藤は普段の休憩時間では絶対に会わない。なぜなら、クラスがそもそも違うというのもあるのだが…工藤が気を遣って話しかけないようにしているとのこと。最も、俺のベストプレイス以外でだが。
中学時代の事もあってか『別に悪意を持って孤立させられてるわけじゃないならいい』とあいつは言っている。まぁ基本的に俺は一人が好きであるため、そこを汲み取ってくれるのはかなりありがたい。
奴はただのシャーロキアンではない、彼は気を遣えるシャーロキアンなのだ…特に変わってねぇなこれ。
「ま、そういうわけで依頼人の件、頼んだぞ。」
そう言って先生はどこかへクールに去っていく。ケッ、やってられるか!!俺は家に帰らせてもらうぜ!!
「今、なにか考えたか?」
「しゅみましぇんでした…。」
こえー!!一瞬で帰ろうとしたこと看破されたー!!
恐らく俺がこのまま帰ろうとすると絶対殺されるッ!!仕方ない、俺は部活へ向かうぜ…。
めんどくせぇー…。
とまぁそんなわけで奉仕部の部室へ到着し、扉を開くと既に雪ノ下と工藤の二人が座って本を読んでいる。しっかし、工藤の奴と雪ノ下が並んで座っていると様になるな…。
「うす。」
「よう、その顔は平塚先生になんか言われたか?」
「こんにちは…あら、私にゾンビの知り合いはいないのだけれど。何か用かしら。」
「…はぁ、悪かったな目が腐ってて。」
そう言って自分の定位置である椅子へ座って、『怪盗1412号』という小説を取り出す。うむ、いつも通りの奉仕部の日常…であるのだが、先ほどの平塚先生が言っていた『依頼人』とやらは本当に訪れるのだろうか。仕事がないのは大歓迎だが、あまりにないと逆にそわそわしてしまう。
やだ八幡ったら、ワーカーホリック?…そういや探偵部でもそうだったか。…うーんやっぱあの顔ファンども滅んでくんねーかな。ほぼあいつらのせいだし。
「…そういえばあなた達、ここに来てからずっと『江戸川コナン』の小説ばかり読んでるわね…飽きない?」
「そーいやそうか、まぁ面白いしな。特に『怪盗1412号』は名作。」
「…確かに、『怪盗1412号』は他の探偵モノとは一味違う面白さがあったわね。昨今の探偵vs怪盗はどっちにも注目して描写しないといけないと思っていたのだけれど、あえて探偵の思考のみに注視することで推理に集中できてとてもよかったわ。」
「「そうだろうそうだろう。」」
「…なんであなた達が得意げにしてるのかしら?」
『江戸川コナン』とは、最近小説界隈で頭角を現している小説家である。さっき工藤が言っていた『怪盗1412号』で賞を取り、その小説のスピンオフである『まじっくKID』は若者を中心に大ヒットし、世間は今やコナンブームとも言える空気になりつつあるという。しかし、その正体は誰も知らない謎の小説家という一面を持つ。年齢、身分、その他一切が不明の謎の小説家として有名だ。
閑話休題。
そんなこんなで珍しく雑談をしていると奉仕部の扉が二回ほどノックされ、雪ノ下のどうぞという声が響く。
…おいおい、そりゃトイレだろ。三回な、こういう場合。ちなみに国際的なビジネスマナーだとノックの標準回数は四回らしいぞ。
さて、ここをトイレと間違えてノックする輩とは一体どこの何者なのだろうか?とおずおずと入室してきた依頼人であろう来訪者を注意深く見る。
「し、失礼しまーす…平塚先生に言われてきたんですけど…。」
入ってきたのはピンク色に近い茶髪…うーん茶髪?を所謂『お団子』に纏めて、制服を多少着崩しているまさしくイマドキのJKと言った風貌の女子であった。
「って、なんでヒッキーと工藤君がここにいんの!?」
初対面の女子に引き篭もり呼ばわりとか、今日の俺は随分とやさぐれて見えるらしいな。相当久しぶりの仕事に気が滅入っているらしい…という現実逃避はさて置き、この女子は一体誰なんだ?なんかどっかで見たような…と悩んでいると、名前を知っていたのか先に雪ノ下が彼女の名前を呼び、椅子に座るように勧める。
「二年F組の由比ヶ浜結衣さんね。」
「あ、あたしのこと知ってるんだ!!」
「全校生徒の名前覚えてるんじゃないのか?」
そう皮肉たっぷりに言ってみる。
雪ノ下という校内の有名人に名前を覚えられていたからか、彼女はどこか嬉しそうだ。
「あら、そんなことないわ。私、あなたのことなんて知らなかったもの。」
「そうですか…。」
「別に気にすることでもないわ。むしろこれは私があなたの矮小さに目もくれなかった原因だし、何よりあなたの存在から目を逸らしたくなった私の心の弱さが悪いのだから。」
「それは慰めてんのか?」
「いいえ、ただの皮肉よ。」
「あのな、お前ら由比ヶ浜のこと忘れてねぇよな?」
雪ノ下め、さっきの意趣返しのつもりなのか?あと工藤、別に忘れてたわけではない…断じて。
…そういえばこいつ、葉山とかいうやつのグループに属してる女子じゃねーか。思い…出した!!
しかし、それ以外でもどこかで名前を聞いた事がある気がする…どこだったか。
そんな俺の思考を遮るかのように俺と雪ノ下を交互に見てキラキラと目を輝かせる由比ヶ浜なる女子。どこに輝かせる要素があったんだよ。
「なんか、楽しそうな部活だね!!」
「「は?」」
「うーん、なんていうか…二人ともすっごい自然だなって思った。ほらヒッキーってクラスじゃどこにいるかわかんなくて話しかけれないときとかあるし、話しかけてもなんか表情硬いし…。」
いや、今の会話でどうしてそうなるんだ?意味わからん。それとヒッキーって言うな!!
ゴホン、とりあえずこいつは平塚先生が言っていた依頼主で間違いないだろう。そう思い、工藤と『話を進めるぞ』とアイコンタクトする。
「その話題はさて置き、君はこの探偵…ゴホン失礼。奉仕部に一体どのような依頼を?」
「あっ…えーっと、その…クッキーを…。」
内容を言いかけて由比ヶ浜は俺をちらっと見る。
…あーなるほど、察した。これ俺たちが邪魔ってわけね。雪ノ下もそれを理解したのか俺たちに退出を促す。
あと工藤、お前は急にかしこまるな。由比ヶ浜委縮してるだろうが。
「ついでになんか飲み物でも買ってくるか、何が良い?」
「私は野菜生活を頼むわ。」
「あ、あたしは別にいいよ?」
「…まぁなんかテキトーに買ってくる。クライアント様にお茶ぐらいは出さねーとな。」
そう言って、俺たちは奉仕部の教室から出て一階の自動販売機へ向かうのであった。比企谷八幡はクールに去るぜ…。
「ナイス捻デレ。」
「うっせ。」
そんなことがあったのがついさっきのこと、適当にジュースを買って部室に戻ろうとした時雪ノ下から工藤に連絡があった。曰く、『家庭科室でクッキーを作るため、家庭科室に集合しなさい』という。ちなみに連絡先は既に聞いていたらしい、さすがコミュ強!!
『クッキーを作る』ことになんとなーく嫌な予感がしつつ二人で駄弁りながら家庭科室に向かうとどうやら既にクッキー作りは始まっているようで、雪ノ下の指導のもと由比ヶ浜がクッキーを作ろうとしていた。
「いいえ、奉仕部はあくまで手助けをするだけ、『飢えた人に魚を与える』のではなく『魚の取り方を教え自立を促す』のよ…ってあら、遅かったじゃない。もう始めるところだったわ。」
「おう、悪い悪い。で、俺たちは何をすればいいんだ?」
自慢じゃないが工藤はともかく俺の料理スキルはかなり高い。理由はこの隣に立ってるバカのせいだが。
「味見して感想をくれればいいのよ。それ以上は元々期待していないもの。」
雪ノ下の毒舌とともに始まった由比ヶ浜のクッキー作り、どうやら雪ノ下は横から教えつつ様子を見るようだ。部の方針が『あくまで奉仕部はサポートに徹し、依頼を解決するのは本人の力によるものでなければならない』というものだからだろう。『依頼を部のメンバーが全面的に解決する』探偵部とはある意味真逆の方針だ。
…まぁ、女子のクッキーなんぞバレンタインに『工藤君に渡してほしいな?』って中継役としてでしかもらえなかったからな。タダで食えるんだったら遠慮なく頂こうじゃないか。
かくして、由比ヶ浜の調理が終わりクッキーが出来上がった。
しかし、彼女が作ったそれはもはやクッキーとは言えない何かで…例えるならアレだ、ホームセンターとかで売ってる木炭が一番近いのではないのだろうかというレベル。…要は炭じゃねぇか!!
「……食うのか?これを?…マジ?」
「…よーし工藤、毒味はお前の役目だ。遠慮なく逝ってこい。」
「それぜってー漢字違うやつじゃねーか!?」
「毒じゃないし!!…やっぱり毒かなぁ?」
自分の作ったクッキーを手に取ってよく観察し、徐々に自信がなくなっていく由比ヶ浜。すげぇだろ…クッキーなんだぜ…それで。
「グズグズしてないでさっさと食べなさい工藤君、時間は限られているのだから。」
「わ、わぁーったよ…。」
「やり直すのは確定なんだね…。」
由比ヶ浜が抗議したそうに雪ノ下を見ているが、当たり前である。
どう見ても味がいいとは考えにくい見た目をしている彼女のクッキー、この世には『見た目が悪いものほどおいしい』というゲテモノ好き特有の考え方があるにはあるものの、これはゲテモノ好きでも食べるのは憚られるレベルのものではなかろうか。
「い、いただきます…う゛ぉ゛…?」
うっっっわ、今までで見たことねぇほどやべぇ表情してるわ…あいつかなり味覚が鋭敏だからなぁ余計にやばそう…と思ったら数回咀嚼して飲み込んだ後即座に元に戻る工藤。なにがあったんだ口の中で…。
「……うん、アレだ。まず食感がかなりやばい…多分これ、オーブンの温度設定がミスってると思う。嚙んでてジャリジャリした。あと、味に桃の風味があったからどっかで桃缶でも入れたか?なーんかクッキー本来の味と喧嘩しててかなり…やばい。」
「なんでそこまでわかるのかしら…というかアレにそこまで味わう余裕があったことに驚きだわ…。」
「二人ともヒドッ!!」
二人の酷評にあからさまに落ち込む由比ヶ浜。そりゃそうだ、自分が苦労して作ったクッキーをここまで言われたら当然傷つく。
「やっぱりあたし、料理向いてないのかな?才能っていうの?そういうのないし…。」
そして傷ついた人間はそこで挑戦するのを辞めてしまう。これ以上傷つかなくてもいいように。
しかし、その諦めを許さない人間がここには存在している。
「由比ヶ浜さん、まずその認識を改めなさい。最低限の努力をしない人間は才能のある人間を羨む資格なんてないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ。」
「で、でもさ…最近こういうのやんないっていうし…こういうのあってないんだよ…。」
「その周囲に合わせようとするのやめてくれないかしら、ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」
そう、この正しすぎる女雪ノ下雪乃である。
この引くレベルの辛辣な言葉も裏を返せば依頼人を鼓舞する彼女の優しさあっての言葉なのだろうが、それが相手に伝わるかと言われるとそうではない。
きっと誤解され、そっぽを向かれて、そのまま相手との関係は終わってしまう。それでもなお今の生き方を貫き通したのが雪ノ下という女だ。
「か……」
そして由比ヶ浜も彼女との関係を断つ人間の一人なのだろう。悲しいことではあるが仕方ない。
「カッコいい。」
「「は?」」
俺も雪ノ下も思わず声が漏れる。
こいつマジで言ってんのか?かなり言葉はきつかったと思うが…だとしたら相当なアホかメンタル最強女子なのか…。心の強ぇ奴なのか?
「建前とかそういうの全然言わないんだ。なんかそういうのすごいカッコいい。」
「は、話聞いてたのかしら?結構キツイこと言ったつもりなのだけれど…。」
「確かに言葉はキツかったし、正直引いたけど、でも本音って感じがするの。あたし周りに合わせてばっかりだったから…。」
…すごいなこいつ、あの毒舌を受けても自分にとってポジティブに捉えてやがる。
いやなるほど、きっと雪ノ下に必要なのはこういった人間なのかもしれない。自分の言葉を聞き、それを噛み砕いて心に留めてくれる人間、それがなんであれ『雪ノ下雪乃なりの理由』があって言葉を発しているのだと、理解してくれる人間が。
「ごめん、次はちゃんとやる。」
きっと由比ヶ浜結衣とはそういった人間なのだ。
※11月、12月は仕事が忙しくなかなか投稿できず申し訳ないです。それと新一が目立たない回が続きます。本格的にメインに添えるのは次の話以降です。